十三話 想定外
パチパチパチと乾いた音がすぐ近くで鳴っている。
でも、そんなのを気に出来るほど余裕はない。
腕に刺さった湾曲している短剣を身長に抜いて地面へと投げ捨てた。カランカランと音を立てて転がる短剣には目もくれず、すぐに腕の傷を治した。
「お見事ですね」
「……あの時と違って随分余裕があるね?」
一段高いところに立つ屍皇が薄っぺらい笑みを浮かべながら見下ろしてくる。
そんな屍皇へできる限りの煽りをぶつけやるが、効いてなさそうだった。
「えぇ、それは当然。……見て下さい、アレを」
そう言って屍皇が指すのは、先ほどから聞こえてくるとんでもない音がする方向だった。
「……」
「なんと神々しいのでしょうか。まさに厄災っ! ……あぁ、あなた方は生きる自然災害と呼ぶのでしたっけ? ふふっ」
山のように大きな体躯のドラゴンが、その身体の周りを飛び回る赤い閃光を捻り潰そうとしている光景。
絶望なんて生ぬるい。
戦う気すら起きやしないのだから。
「ご愁傷様です」
笑みを孕んだその安い同情にも不快感や怒りは全く感じられない。
なぜなら、その通りになる結末しか頭に浮かばないからだ。
「ですが、【英雄】。あなたは今、アレよりも気にしないといけない状況ですよ?」
「……そうだね」
ドラゴンから視線を戻して、今一度自分の状況を確認する。
現在、四方八方を魔獣と屍皇、そして昏霧によって包囲されている状態だ。
そしてすでに身体はボロボロ、地面には血の跡だらけと化している。
「あなたの言葉を一部借りて行ってあげますね? ……随分と余裕がありますね?」
さっきのお返しだと言わんばかりの顔と目でそう言ってくる。
実際余裕なんてありはしない。今も心臓がバクンバクンと脈打ち警鐘を鳴らしている。
律達と共に屍皇の元へ向かっている最中に拉致られ、完全包囲された上、律達の方にはやばいドラゴンがいる状況。
自分の語彙力では「終わり」としか表現できない。
「詰みですね」
「……そうだね。でも、私は負けられないからさ、チェクメイトにはさせないよ?」
「はい? ……ふっ、ふふふっ。あなたは何を言ってるんですか、すでにチェックメイトなんですよ? させない? どうやって?」
「え? んー……」
そう、チェックメイトは許されない。
【英雄】は負けられない。
「―――こうやってかな?」
答えてあげながら足を地面に踏み締めた。
瞬間、身体の奥底からとんでもない力が漲ってきた。
ドクドクと心臓の鼓動は先ほどとは違う理由で早くなり、全身に血が巡るのを感じる。
頭が冴え、視界がクリアになり、自分の身体を頭上から 俯瞰しているような、そんな感覚になる。
そしてあげた顔、その額からゆっくりと生えてくるのは鬼の角。
『⁉︎』
屍皇と昏霧の驚きが肌に伝わってきた―――。
(―――バカな!! 鬼化を最初に持ってくるなんて⁉︎)
屍皇の頭の中は大変な混乱に陥っていた。
それは単に葛葉の想定外の行動が理由だった。
屍皇の想定では鬼化は本人の身体にも大きな負担がかかる上に、長時間と顕現させれるものは個体差が激しい。
故に、鬼化を習得してまだ日が浅い、経験の少なさそうな【英雄】ならば鬼化は戦闘の最後の最後に持ってくるものだと思っていたのだ。
(まさか、すでに鬼化は何度も経験している!? その場合、この作戦自体が破綻する‼︎ こっちの手札のほとんどが使えなくなる……っ、最悪アレに頼るしかなくなるの!?)
自分の浅はかな想定によって、魔獣に全任せにするのは魔王軍幹部にとっての恥だ。
普段なら兵として使うために、魔獣に作戦を任せることはあった。だが、今回は別だ、全てを任せることになる。
「そんな生き恥っ」
背負うわけにはいかないのだ。
ここまで綿密に企てた作戦が、たったこの程度のミスで瓦解する現実。
鬼族の斥候部隊にあえて姿を見せ、あちらのとってくる作戦を読み切り、両翼の端っこを潰し、そこから徐々に浸食していき【英雄】を倒し、全軍を持って落とす作戦が、自分の浅慮な考えのせいで瓦解する。
あってはならない。
(……っ。だとしても、まだあるか! 道はまだ!)
混乱に陥っていた頭が一つの活路を見出した。
それは【英雄】の暴走だ。
先の戦いで【英雄】は理性なく戦いを行っていた。ならば、搦め手で組み伏せることが可能かもしれないのだ。
戦闘の面では昏霧は魔王軍幹部に匹敵する強さを持つ、故に昏霧に抑えてもらいながら罠を張り、それに嵌ったところを討つ。
急拵えの、付け焼き刃な罠だが、ないよりはマシだ。
そんな考えが浮かんだ……と言うのに、目の前には、
「……っ、うぅ、すっごいなこれぇ」
額から角を生やし平然と立っている【英雄】が。
「……」
頭が考えることを停止した。なぜ? なぜ暴走しない? あの時は暴走していた。なぜ?
そんな考えが頭を一杯にしていた。
故に、【英雄】が拳を握りしめて駆け出し一瞬で距離を詰め、殴りかかろうとしているのに、全く避けようとしない。というか出来ないのだ。
「―――駄目ッ‼︎」
危機一髪、昏霧がそれを防いだ。
腕をクロスさせ防御するも、まるで加速でもしたかのような挙動で後方へ吹っ飛ばされてしまった。
そんな昏霧の腕からはくっきりと拳の跡が残り、シュゥウウ〜っと煙を出していた。
「チッ‼︎」
その光景を見てやっと意識がハッとした。
腰に携えた剣を振り上げ【英雄】へ向けふるった。
【英雄】は一瞬、その剣の形状に驚き動きを止めたもののすぐに飛び退いた。
だが、剣はそれよりも早く【英雄】へと辿り着いていた。
パンっ。と綺麗に【英雄】の腕が切れ飛んでいく、地面を何度も跳ねて待機している魔獣へ飛んでいって、バクッと食われてしまった。
「あぁー‼︎ 食われた‼︎ 返してよ‼︎」
本人は表情を歪めつつも、たいして気にしていないようにそう口にする。
表情を歪めているのは痛みだろうが、自分の腕が魔獣にぐちゃぐちゃに食い荒らされているのを見て平然としているのも、どうかとは思うが。
「……にしても、何? それ?」
「はい? あぁこれ……ですか? 我が国最高の鍛治師に作らせた天下一品ですよ、紐のように細い刀身に人の腕を容易に切る切れ味。……基本は鞭のように扱いますね」
「へぇ〜、それは、通りで……」
【英雄】は自分の腕の綺麗な断面を見て納得したような顔を浮かべた。
「まだ驚くのは早いですよ、ほら、こうすることで紐はピンッと伸び張るんですよ。この状態なら鍔迫り合いも可能ですよ?」
「うっそ……その鍛治師教えてくんない? 私の知ってる鍛治師と一緒に何か作って欲しいんですけど」
「ふふふ、無理ですね。この争いを完全にやめなければ」
「やめるってたって、こっちは休戦協定したのに、そっちがこう言う工作してるんでしょ? どっちがけし掛けてるか分かってんの?」
「……」
【英雄】の言葉に疑問を浮かべるが、すぐに納得した。
「なるほど、それは無くならないわけですね」
「はい? なんか言ったー?」
「いえ、何も。……ただ理由がどうあれあなたには死んでもらいますよ」
「やだ」
そんな【英雄】の短い呟きの間に駆け出し剣を振り下すのだった―――。
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