十一話 気絶してて欲しいよね、それは
立つのもやっとの状態で、落ちた魔獣の首を見る。
目に光はもう無く、完全に事切れているのがわかった。
ただ、事切れそうなのは氷雨とて同じ。
全身の筋肉を喪失したかのような感覚に襲われている上、今もなお死んだほうがマシとも言える激痛が全身から伝わってきているのだから。
「……ぁ。んぅあ、む、り」
どうにか立てていたが、ついにバランスを崩し踏ん張ることすらできずに膝から崩れ落ちた。
顔が地面に触れる。目と鼻の距離で目の前には魔獣の血の海ができている。
悪臭も漂い、今すぐ逃げ出したいのに身体は力なく横たわる。
筋肉の再生は一筋縄ではいかない。
余程のことと意図的に出ない限り、普通の再生速度では数十分は時間を要するのだ。
「全身て……どんくらいなんだろ……」
ただ漠然とそんなことを考えることしか今の自分にはすることがない。
と、そんな時だった。
ガサガサと今顔が向いている方向とは反対側の、背後から、茂みの蠢く音が聞こえてきたのだ。
最初はあの姉妹達が来たのかと期待したものの、すぐにその考えは頭の中から消え失せた。
低く野生み溢れる息遣いと、鼻をひん曲げてくるような強烈な獣臭。
そう、やってきたのは魔獣だった。
戦闘の音と、血の匂いに誘われてやってきたのだろう。
全身麻痺みたいな状態の今ではこんな雑魚も倒せず、ただそのまま貪り食われるだけの餌だ。
(動かないと……!)
力を込めても腕どころか指先すら動かない。
(もっと力を込めれば……‼︎)
込めれているのかすらわからないのに、力んでみる。
それでも指先はピクリともせず、ただ大人しく魔獣の汚い口にまんまと食われるのをみることしかできなくなる。
それでも、氷雨は絶望はしない。
(もっともっと‼︎ もっと―――ッ‼︎)
失禁してしまうのではないかと思えるほどの力を込めた時だった、ピクッと人差し指の先っちょだけが動いたのだ。
「……ぐっ、ぅぅぅうううううううっ‼︎」
ピクッと動いたのだから動けると、もっと力を込め、そして、
「ぁぁぁあああああああああああああああああああ‼︎」
と喉を震わせた。
その大声に魔獣達の動きが止まった気配がした、あとは自分が動くだけだと、さらに叫び力を込め始める。
「ぁぁぁあああああああああああああああ―――」
あと少し、あと少しで動けそう! そう思った矢先だった。
「―――ちょっとうるさい‼︎」
そんな生意気な声と共にすぐ近くに何かが落ちた。
大地が揺れ土煙が舞い上がり、体を包み込む瞬間、バッと茂みの中から現れた影によって身体を持ち上げられる。
そしてそのまま別の茂みの奥へと進んでいった。
「大丈夫ですの?」
ちょくちょく見下ろしながらも巨大過ぎる槍を手に茂みの外を警戒する、四姉妹の長女竜胆が優しく声を掛けてくれる。
そして全身麻痺みたいな状態の身体をツンツンしてくるのは、次女の椿だ。
「……あと少しで動けた」
「……いや、無理ですわよ? その前に貴女があの犬にペロリされるほうが早いですわ」
「そんなの……わからないでしょ」
助け出される直前、確かに肌にあの犬型魔獣の歯がチクッとはしていたが、その前に動けたはずだ。
それを邪魔されてしまった、が、とりあえずは窮地を逃れたのだから身体の再生に取り掛かるのだった。
「その間が答えですのよ。とりあえずは菜葉にお任せいたしますわ。……若葉はまだですの?」
「ん〜寝てた気がする〜」
「……あの子は一体全体、作戦行動中に何をしてますの?」
目頭を抑えつつ「はぁ……」と、とても深いため息をついた竜胆は椿へ、若葉を早く連れてくるように促した。
戦闘の音は聞こえなくなり、竜胆の警戒も解けていたため戦闘はもう終わったのだと察した。
これで本当に窮地を逃れた。故に身体の再生を始めたと同時だった、竜胆が首を傾げてこちらを見てきたのは。
「なに」
「いえ、氷雨お姉様がそんな状態になってしまうのは珍しいので」
「……やられたわけじゃない。自分の技によるもの、これは」
地面にうつ伏せで倒れながら歳下に見下ろされるという無様を見せてしまう、この屈辱的な状況に氷雨は次第にムカついてきている。
それが顔に現れているのを氷雨は感じていた、実際にムッとしている。
「どんな技ですの?」
「……身体中の熱を力に変換させる技。ただ今は本気を出し過ぎて筋肉が千切れただけ」
「はぁ……。ん? なんで起きてるんですの?」
「だけ」と片付けたことに遅くなりながらも気が付いた竜胆は若干引き始めた。
そう、普通なら気絶しててもおかしくないと言うかおかしい怪我の具合だ。
起きているほうが不思議で怖いしキモい。
「そんなのは私だからに決まってる。私は【英雄】よりも強いんだからね‼︎」
ムッフーとドヤ顔で威張る氷雨に、あの人より強い……? と疑問を浮かべるのだった。
「本気とかまだ見てないですわよね?」
「見るまでもないな!」
「……そう。あ、来ましたわ」
圧倒的に自信で断言する氷雨にやれやれと乾いた笑みを浮かべた竜胆の目に、若葉を担いで急いで帰ってくる椿の姿を目に映るのだった―――。
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