一話 もう一度
目が覚めると、そこは見知らぬ天井。
全身の痛みと、激しい頭痛に「ゔっ」と声が漏れてしまう。
起き上がろうとしたとき、右手に違和感を感じた。
見てみればそれは、私の手に覆い被せるようにして置かれている小さな手。
その手の主が誰なのか暗い部屋の中、目を凝らして見てみると、手の主はどうやら柊だった。
寝台の隣に置かれた椅子に座り眠っている。
柊の寝顔を見ると自然と微笑みが漏れてしまう。だけど、今したいことは状況把握だ。
痛む頭では眠る前の記憶が不鮮明で曖昧だ。
「どうしたもんかのう」なんて考えながら固まっていると、
「―――っ、ママ……?」
目が覚めた柊が、未だ慣れない呼び方で呼んでくれる。
少しむず痒くなるが、それも全て柊が自分を母親代わりとして認めてくれたということなのだ。
「おはよう、柊」
「……っ!」
微笑みながら声を掛けると、柊は嬉しそうな顔をしてすぐにガバッと抱きついてきた。
びっくりしたのと同時に、どうしたのだろうという疑問が浮かんできた。
「ど、どうしたの柊……?」
「っ。……すみ、ません。すこし、少しだけ……」
ハッとしたように柊は抱きついていたのをやめ離れようとした。そんな柊のことを今度は逆に抱きしめ返した。
「え?」という、そんな短い呟きを耳元で聞きながら、ぎゅっと優しく抱きしめた。
「柊、すみませんじゃなくて、ごめんねとかごめんなさいでいいよ。……他人行儀じゃなくていいの、だって、柊は認めてくれたでしょ?」
どうかしたのかを聞くのではなく、ただくだらなくも大事なことについて話す。
そうすれば柊が気負わなくて済むだろう。
「っ」
「私は柊のママなんだよ」
一瞬、抱き締めている柊の身体から力が抜けたように感じた。
だがすぐに力は戻って、ぎゅ〜っと強く抱き締め返してきていた。
2人は気が済むまでずっと、一方を優しく包み込むように、もう一方は二度と離さないように強く強く抱きしめるのだった。
目が覚めるとしばらくして、五十鈴と律が部屋の中に入ってきては真っ直ぐに、一目散で抱きついてきた。
そして遅れて紅鶴や鬼丸も部屋の中に入ってきた。
静かだった部屋は一瞬にして騒々しくなる。
でも、誰も咎めない。当然だ、咎める必要がどこにあるというのか。
「律、五十鈴。ごめんね、心配掛けて」
抱きつく2人の頭をなでながら「あはは」と笑みを浮かべた。
そしてベッドのそばに立つ鬼丸へ視線を送る。
すると鬼丸はムッとした顔を浮かべてから破顔し、肩をポンポンと叩いてきた。
「無事で何よりじゃ。……全く、わしも抱きついたいというのにこやつらが居ってはそれも出来まい」
ぷくぅと両頬を膨らませ不満気にそう言いながら、鬼丸は「じゃから」と耳元に近寄ってくる。
「じゃから、後で存分に堪能するとしよう」
「……んー鬼丸さん目が怖いです」
「くくく、酷いようにはせんよ」
口は笑っているのに笑っていない目。
そんな目をする鬼丸に嫌な予感を感じつつも、どうしようもないので頷く他ない。
そんな光景を黙って見守っていた紅鶴が、時を見て口を開く。
「仲良しこよしもいいが……、まだ何も終わってねぇ。次の戦いに備えるために、【英雄】。あんたと話がある」
「……分かりました。2人とも、後でいっぱい生存確認させてあげるから、今だけ離してね」
その真剣な眼差しからただごとではないなと察して、ずっ〜と抱きついている2人を説得してひっぺがす。
泣く泣く抱きつくのをやめた二人はショボンと気を落としながら部屋の隅へと移動した。
「悪いな」
「いえ。……それで、お話とは?」
「あぁ。……近いうち、またあいつらはここに攻めてくるだろうよ」
「えぇ、間違い無いですね」
二度戦った少女、あの時の記憶は不鮮明で曖昧だが、でも最後らへんは覚えている。
あの少女の言葉からすれば、間違いなく再びやってくるのは明白だ。
「そこでだ。あたしらは、この里を戦場にする」
「っ⁉︎」
「勘違いするな、当然里の連中は避難させる」
「……でも」
「建物はどうしようもねぇ。……また復興させるさ」
衝撃の決断、そして伝わってくる覚悟。
懸念点はある、たくさん。
でも紅鶴の顔を見れば、私が思いつく全ての懸念点にはすでに受け入れ、覚悟を決めた後なのだと分かる。
「この里を戦場に……」
「あぁ……ようは防衛戦だ。まぁ、ちっとばかし防衛するにしても、人数も防衛する壁も不安だがな」
聞くだけでも無謀と思える作戦だ。
防衛が有利というのは、設備も人数も万全を喫した状態があってこそ。人数も半端、守るべきものの守りも決して頑丈とは呼べない。
そんな状況では、防衛戦など無謀もいいところ。
しかも、今回の相手は千の兵を持っている。いや、それどころでは済まないかも知れないほどに。
「……」
「でだ。こっちは量より質で対抗する方針だ」
「なるほど、確かに……」
紅鶴や鬼丸、私や柊。律や五十鈴もいるし、もちろん防衛隊の人々もいる。
質は良いが、数がないだけだ。
質での対抗をうまいことすればもしかしたら勝機があるのかも知れない。
実に合理的な判断だ。
「そこで【英雄】。お前にはあれをもう一度やってもらう」
「あれ? ……っ」
「そうだ、鬼化だ。こればっかしは出来ないなんて言わせやしねぇ、できる。あたしらが求めるのはそれだけだ」
はっきりと、そう断言されてしまうのだった。
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