十四話 魔法がある時点で自然法則なんてねぇ?
―――ズンッ。地響きのする方に目を向けて見れば、そこには体毛の一本すら無い体皮だけの赤褐色の肌に、三つの首と並びの悪い獰猛な牙の隙間から見える、獄炎をチラつかせる番犬が唸っていた。
フーッフーッと地面を前足で何度も引っ掻き、いつでも襲い掛かって来れる状態だ。
でも、襲い掛かって来ないのは何故か。それを考える暇すら、今は全く無い。
(私一人で勝てるかなぁ……?)
柊に行った手前格好の悪い姿は見せられない、死なないと口にした瞬間に負けは万に一つとしてあってはならない。
けれども、冒険者を始めてだいぶ経つ分、相対する魔物の力量は感覚でわかる。
目の前の魔獣はおそらく、
(Lv.10)
勝てるビジョンが浮かびやしない。
「……っ」
冷や汗が頰を伝い流れ落ちた。
緊張があからさまに出ている。手の震えが止まらない、足の震えも止まらない、どう見ても格好悪い。
が、柊は顔を俯かせていてくれているので大丈夫かもしれない。
「じゃあ……行こうか‼︎」
虚勢を張って、自分は強いんだと見せてみる。
魔獣なんかにそんなハッタリが効くかどうかは全くわからないけれども、それでも、やらないよりもやってみる。
0を1にしてみせるのも、英雄の偉業と言える。
「『紅焔鎧―――ッ‼︎』」
ステータスが爆上する。同時に身体が軽くなる。
Lv.10の相手にして見れば、そのステータスの変化は微々たるものかもしれないが、自分にとっては大いなる変化となる。
ドッと地面を踏み割って加速する。
地面と胸との間がスレスレのまま加速していく、地面を掛けるその様はまさに風のようで、魔獣もほんの一瞬面食らっていた。
地面を蹴りつけ、速度を維持したままバッと魔獣の隣を飛んで横切っていく。
そして木の幹に着地し、腰の鞘と腿の鞘から二振りのナイフを抜き放つ。
解き放たれるのは紺色の煌めき。
紺色の残光は不規則な動きを経て、魔獣の身体を穿つ。
が、
「っ!?」
毛の一本すらない体皮には切り傷の一つすら付かず、逆にナイフの方が刃毀れを起こしてしまう。
驚愕と共に硬直していると、しなる尾が音速を超え当たる。
腕、肋骨を一撃で砕くその威力は絶大。なす術なく身体は適当な大木へと衝突するのだった。
腕、肋骨と背骨が砕ける痛みは失神してもおかしくないものだ。
それでも失神することは許されない、失神したその場合魔獣の次の標的は、目の前にいる柊になってしまう。
「……つっ、痛いなぁ〜‼︎」
激痛を声を上げることで紛らし、そして冷静に手を突き出した。
創り出すのはもちろん、世界最強の超大型拳銃『トリプルアクションサンダー』だ。
装弾数は一発のみ、当てた場合リロードの時間なんてありはしない。激情した魔獣が襲いかかってくるはずだからだ、だから絶対に当てなければならない。
そして当てる場所はもちろん、
「機動力を削ぐ‼︎」
引き金を引いた瞬間に、とてつもない反動が手を襲ってきた。
トリプルアクションサンダー自体5.44kgあるはずだが、それでも反動はえげつない。
触診しなくてもわかってしまう。手首は確実に折れ、腕の骨にも罅が入っているだろう反動。
だが、そのデメリットなんかどうでも良くなるほどのメリットを与えてくれる。
故にロマン武器と呼ばれるのだ。
「よっしゃ……!」
放った弾丸は見事に魔獣の後ろ足を穿っていた。
足の腱をズタズタにし、内部の組織を再生不可に陥らせた。
回復魔法をかけたとしても、一筋縄では治らない不治の傷となった。
が、同時にそれは信じられないほどの激痛を相手に与えるということ。
そして当然そんなことをされれば怒るのが必然。
ゆっくりと振り向いた魔獣の三つの頭の口の中で、獄炎が噴き漏れ出していて、間違いなく火炎を放とうとしているのが見てわかった。
「当然、怒るよね……」
想定済みとはいえ、火炎を吹く可能性までは考慮の余地にはなかった。
「あぁ、不味いっ‼︎」
咄嗟に大木の後ろへと避難した。
直後、燃え盛る火炎が吐き出された。
それは車線上のもの全てを灰燼に帰す滅びの炎だった。
すぐに動いたはずが火炎の到達速度の方が圧倒的であり、大木の影から出ていた左腕は見事に、一瞬にして炭と化した。
痛みすら感じない一瞬のうちに、石炭か木炭のように変わってしまった腕を見て、ますます身動きが取れなくなってしまう。
「全くっ、どうなってんのさ‼︎」
馬鹿げているにも程がありすぎる。
人の腕を一瞬にして炭に変える火力など、自然の法則を無視し過ぎている。
「どうしよう‼︎」
完全に次の手立てが無く、八方塞がり。火炎が止まればいい話だが、一向に止まる気配はない。
そして最悪なことに盾にしている大木も限界を迎えつつあった。
幹の中心がドロドロと溶岩のように融解してきたのだ。
(めちゃくちゃ過ぎだってぇ〜‼︎)
このままでは一瞬に消し炭にされて終わってしまう、そんな時だった大気中の魔力が揺らいだのは。
何度も経験したことのある感覚に、何が起こったのかを瞬時に理解した。
そして次の瞬間、火炎が止まった。
否、正確には火炎を止めさせたのだ。
誰が、それはもちろん決まっている。
一人しかいない。
「―――もう絶対に失いたくない‼︎」
火炎を止めてくれたのは、額に角を生やした柊だった―――。
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