十三話 私こそ
昨日一昨日と何も言わずにお休みしてしまい、すみませんでした!
なので、その分を今回は併せて投稿いたします!
―――血の海をちゃぷちゃぷと音を立てながら歩いて行く。周りには無数の魔獣の死骸が倒れていた。
頭がなかったり、縦か横か斜めかに真っ二つになっていたり、腹から臓物を飛び散らかしていたりと、この世の地獄のような光景が広がっていた。
そして周りの家屋には火がついており崩れ落ちる音がそこかしこから聞こえてきていた。
そんな地獄をただひたすらに真っ直ぐと歩いて行く。
歩く理由はただ一つ。
「……っ、お母さんっ」
里のみんなを守るために千を超える魔獣の群れに立ち向かった母を見つけるためだ。
ずっと止まらない涙、母がいないことに寂しくて震える身体。
周りの光景に恐怖し腰を抜かしそうになっても歩き続けた。
母が好きだから、探しに行くのだ。
母に憧れたから、探しに行くのだ。
母に思われたいから、探しに行くのだ。
母とずっと一緒に居たいから、探しに行くのだ。
「お母さんっ……どこに、居るの……?」
何処を見ても母の姿はない。
戦ってる姿も、帰ってくる姿もない。
何処に居るのか、探しても探しても母は居ない。何処にも居ない。
だって―――
『―――だって、お母さんはもう居ないから』
「―――」
幼かった時の記憶が途切れ、何処までも続いていそうな虚無空間へと意識が移った。
そして自分に声を掛けてくる、自分の声。
振り返ると、そこには母を失い、一番荒れに荒れていた時期の自分が立っていた。
冷たい顔で、全てを諦めたかのような顔でじっとこちらを見てきている。
『いい加減、見てられないよ私』
「……」
『いつまでも、いつまでもお母さんの猿真似を続けて、周りの人の声なんて全然聞かないで……独りよがりになって気持ちよくなるのは、いい加減やめたら?』
突き放すような声で、自分の本音をぶつけてくる。
あの自分は、自分の心の中の罪悪感、または後悔や無念が形となった物だ。
それ故に放つ言葉一つ一つが鋭く、心を抉ってくる。
「私は……お母さんの猿真似なんて」
『してないって? よく言うよ、竜胆達の前ではお母さんみたいに振る舞ってたのに? いつもあの子達の前に立って助けようとするのは、お母さんの真似事じゃないの?』
「そんなこと……」
誰かを助ける人間。自分にとって、その象徴は母だ。
一人の誰かを救ったんじゃなく、大勢の誰かを救った母がその象徴だった。
だから無意識にその行動をなぞるのは不思議でもない。
でも、それを心は許してくれない。
『お母さんにそっくりじゃない自分より、顔も、性格もお母さんそっくりな【英雄】が現れた時、あなたはどう思ったっけ?』
「なにも……」
『ふざけんな、どうして、あんなやつお母さんなんかじゃない、お母さんを騙るな、消えろ、死んでしま……』
「―――違う‼︎」
どんなに否定しても、自分が向けてくる目線は変わらない。変わらずキツイままだった。
射殺すような眼光をずっと向けてきている。
『気持ち悪いね、私』
「……」
『気持ち悪いね、私。……お母さんが好きなのに、お母さんの代わりになりたいのに、お母さんに憧れてたのに―――』
「……っ」
『あの言葉も、あのことも忘れちゃうんだね』
畳み掛けてくる心の声に目を瞑り、耳を塞ぎ、身を縮こまらせて、ただ震えているだけの少女に戻ろうとした時だった、最悪なタイミングで現実に引っ張り戻されてしまうのだった―――。
―――ハッと、視界が移り変わった瞬間、轟音と閃光がやってくる。
瞬間、身体が浮き上がった感覚に陥る。
「ごめんっ、油断した‼︎」
そして間髪入れずに聞こえてくるのは焦燥に染まった【英雄】の声。
直後、物凄い音を立てて洞窟が崩れ始めた。
「っ」
「大丈夫! 私って結構、頑丈だから」
落石が幾つも幾つも落ちてきては割れ砕ける。そんな中を自分を抱えながら【英雄】は外を目指しながら走り続けた。
道中、落石が頭、肩、背中に直撃しても平気な顔をして、ただひたすらに走り続けた。
「舌噛まないでね!」
そしてバッと飛び込むように洞窟の大穴から飛び出した時、洞窟は完全に崩壊した。
轟音と共に土煙がブワッと立ち上るほどに。
「っ、つつ」
終始【英雄】の腕の中にいた自分は実感がなかった。
「柊、無事?」
全身が汚れ、頭からは出血し肩も外れている状態で【英雄】は微笑みながら無事かどうかを聞いてくる。
もはやその行為は優しいや強い、かっこいいなど、それら全てを超越した異常だった。
だがその異常性に助けられたのも事実。
微笑みかけてくる【英雄】にコクっと首を縦に振った。
「じゃあ、ちょっと隠れてて。……その足が回復するまでは時間稼ぐから」
「ぇ」
唐突にそんなことを言ってくる【英雄】の服の裾を、自分ですら気付かぬうちに、人差し指と親指で挟み離さないと掴んでいた。
「……」
「―――何なんですかっ!」
そして気が付けばそう叫んでいた。
「本当にっ、何なんですか‼︎」
心がそう叫ばずにはいられなかった。
なぜ、行ってしまうのか。なぜ、自分は止められないのか。なぜ、いつも自分は助けてもらう側なのか。
心がそう叫んでいる。
心だけがいつもそう叫んでいる。
声に出したことはない。
それで後悔しなかったことなんてない。ずっと後悔の連続だった。
「何でっ、大切な人たちを全部置いてっ、何もかも背負ってっ。先にっ……先に行ってしまうんですかっ‼︎」
後悔することは誰しもあって、でも、自分のは人並み以上に強く心に突き刺さる後悔だ。
止められる状況にいて、止めたい気持ちを持っていながら、止められない後悔をし続けてきた。
文句が言いたい、疑問を投げかけたい、後悔を打ち明けたい。自分の心は常にそれだった。
「柊」
「全部、全部置き去りにしてっ、先に行ってしまうことの何が、何が英雄ですか‼︎」
「柊」
「そんなのはただの身勝手ですっ、誰かために役に立てると自己陶酔しているだけですっ」
あの時、自分はこうしたかったのかもしれない。
かっこいいと思っておきながら、心の中ではこう思っていたのだろう。
憧れを持っておきながら文句ばかりの心の中。
自分でも吐き気がするほどに歪で気持ち悪い。幻想的に考え過ぎているのだ。
「行かないでって、そばに居てって言っても……行ってしまう……どうしてっ」
でも、一度決壊したモノは止めることはできない。感情という濁流は喜怒哀楽全てを飲み込み、怒と哀を強くしてしまう。
身勝手は自分だ。母親への文句を違う誰かにぶつける自分こそが身勝手なのだ。
「なんで、誰かのために行くんですか。なんで、私のために残らないんですか‼︎」
英雄という言葉はかっこいい。
かっこいいからこそ憧れる、誰しもが。人の心にはヒロイズムがあって、時がくれば英雄になろうとする。
ただ、それは誰かの英雄であって誰かの悪なのだ。
善悪は表裏一体、光と影のようなもの。
善があれば悪があり、光があれば影がある。そのような関係性で成り立っている。
そして、悪、または影。それは自分のことだ。
足を引っ張れば救えるというのなら、全力で引っ張る。
それが自分なりの英雄のなり方でもあるのだ。
「行かせない、行かせたくないっ……」
「―――柊!」
ガッ。
目端に涙を溜め、愚図る子供のようにしていた自分のことを、【英雄】は優しく包み込んできた。
拒むことも拒絶することもできない抱擁に、ただ力なく抱きしめ返すことしかできない。
母のような温もりと、母のような匂いを持つこの人には、絶対に勝てないと思ってしまう。
力の勝敗ではなく、心の器の大きさの勝敗だ。
「帰る。帰ってくるから、待ってて」
「っ、そんなのっ」
「嘘じゃない! 嘘じゃないよ、本気」
自分という悪を打ち倒してしまう英雄。
この人には何を言って聞かせても無理なのだと。
この人の過去を聞いた、知った。
この人自身の言葉で聞いた、それだけでも、この人は英雄だったんだと知った。自画自賛に語ったのではなく、ありのままを語っただけ、それだけでとんでもなく英雄味を感じたのだ。
「だから、安心して……」
抱擁してくれていた【英雄】は手を離し、立ち上がって、地響きを起こす足音の主へと向かっていく。
待ってと、口からその言葉が漏れるのは自然で、掴もうとする手は虚しく空を切った。
「私は絶対に死なない!」
その叫びは、決意の叫びだ。そしてそれは、【英雄】の言葉だけではない。
同時に誰かが叫んだ。
その誰かだなんて、言わずもがな決まっている。
(……っ)
涙はすでに溢れていた。
それでも、涙はさらに溢れ流れ出す。
だって、葛葉の背中とあの日の紅葉の背中と完全に一致し、その口にした一言一句も完全一致したからだ。
(―――ぁあ、思い、出した……)
あの日、この言葉を聞いた後に避難所へ連れて行かれていった。その後の記憶を―――。
―――地獄はここにあって、救いはなかった。
朽ち果てた魔獣の死骸の山と、血の海だけがその目に焼き付いていた。焼き付いてこびり付いた焦げは気が付けば剥がれていたものの、思い出せば、それがなぜ剥がれていたのかを悟った。
自己防衛だったのだ。自分の心がこの記憶は永遠に耐えられないと、耐えれるわけがないと、この記憶を永遠の忘却の彼方に追いやったのだ。
「お母さん……」
そして記憶は鮮明に現実を叩きつけてくる。
記憶の中の私が目にしたのは、隻眼隻腕となり背骨が露出してしまうほどに腹部を抉られた母親の姿だった。
3歳ながらに、助からないと悟るのは無理もなかった。
「お母……さんっ……」
光の無い片目で音のする方を見る母親。目は合っているのにも関わらず、反応がない。
音は聞こえているのだろうが、反応も薄く片手を必死に動かそうとしていた。
「……しゅ、う」
血で真っ赤に染まった口から、弱々し過ぎる声が聞こえてきた。
ハッと、その声に気が付き急いで駆け寄った。
母の身体に抱きついて、嗚咽しながら母のことを何度も何度も呼び叫んだ。
普段らお母さんと言ってたのを、その時だけは「ママ」と甘えるように、抱きつく力を強めながら何度も叫んだ。
その時の母親の顔がどうだったかは覚えていない。その時の視界は涙で滲んでいて何も見えなかったからだ。
「ぶ、じ……? け……がは、なっ……い?」
途切れ途切れではっきりと聞こえない上になんで言ってるかもわからないけれど、必死に「うんっ」と頷き返した。
ゆっくりと動かすことすら出来ないはずの母の手が、そっと頭に乗せられた気がした。
そして弱々しくいつものように撫でてくれた。
「ご、めん……ねっ。ごめ、ん……ね。……おっ、母さ……ん、馬鹿っ……だから、……こん、な手……しか出来な、から」
弱々しい声は次第に震え、所々詰まってより一層聞き取りづらくなった。
顔を上げて、母の顔を見た。
そこで絶望した。少し空を見上げる角度の母の顔には生気は消え掛かっていて、夕焼けの明かりがかすかに照らしていた。
終わろうとしていた。
「お母……さん……?」
母の撫でていた手が少し力んだ気がした。まさか、少しは回復したのかと淡い希望を抱いた者の次には、それは完膚なきまでに、無慈悲に打ち砕かれた。
「あ、ぁ……死、たく、ない……よ、ぅ。生き……て、たい……あ、子……達と、一緒……にっ」
ポタポタと私の額に母の涙が流れ落ちた。
零れ落ちていく。涙と同じく母の命が。
「ど、こ……しゅ、う……、さび、しい……よ、どこ……いっ、ちゃ……た……ぅ?」
撫でていた手が離れ空を切る。何度も空を切る、どこに手を伸ばしているのかわからない。
どこに私のの幻影を見ているのかわからない。
「ま、ママっ。ここっ、ここにっ居るよ‼︎ 私はっ、ずっとずっと……、ママのっ……となりに……居るん……だよ……?」
訴えかけても、母の手は空を切ることをやめない。
もう、声は聞こえていない。もう姿は聞こえていない。
もう抱きついている感覚すらも感じ取れていない。
「しゅ、う……ちゃ、ん……?」
空を切っていた手に頬を当てると、母は見つけてくれた。
「ママっ。―――大好きっ‼︎」
手を頰に当てたまま、にっこりといつもの笑顔を浮かべていつものように、あの日々の中で一番輝いていただろう笑顔でそう口にした。
「―――」
最後に母と目が本当の意味で合った気がした―――。
『―――違うでしょ? ママの本当の最期はこんなのじゃない。本当の最期は』
最後の最後、母は微笑んで消えてしまいそうだった力がいつものような力に戻って、自分の頬を伝う涙を親指で拭き取ってくれた。
母の顔に視線を戻すと、ニコッと笑みを深めて母は、
「柊。……私を、お母さんにしてくれてありがとう」
と本当に死力を尽くして最後の言葉を、ハキハキと口にする。
「世界で一番、愛してるっ‼︎」
満面の笑みのまま母は息を引き取った。
今まで見たことのないような笑顔で、輝きながらその人生に幕を下ろした―――。
読んで頂きありがとうございます!!
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