十一話 足は止まらず
『……大丈夫だからね、ママが守るからっ―――!』
「―――っ‼︎」
脳が跳ねたかのような感覚の後に飛び起きた、だが視界は全て土煙で覆われていて何も見えない状態だった。
だったが、それでも微かに音が聞こえていた。硬い物を砕かれる音、ガキンッと甲高い音が鳴り響き、タッタッタッという誰かの足音。
痛む頭と足に表情を歪ませた次の瞬間、土煙に影が浮き上がっていたのだ。
「っ!」
何か来るっと、瞬時に身構えたと同時、土煙から飛び出してきた影がガシッと身体を掴んできて、そのまま連れ去られてしまう。
その直後、ドガンッと一秒前まで倒れていた場所が爆散した。
衝撃と風圧が一斉にやってくるのを感じながら、自分を抱き抱えている人物を見た。
「……」
当然、それは【英雄】だった。
傷だらけの四肢、泥とちと傷に塗れてもなお美しさを放つ美貌にはかなりの焦燥が浮かんでいた。
「……大丈夫ですか?」
「んっ!? あ、起きた!? ごめんっ、ちょっと今話せないからっ、少し待っててね!」
【英雄】の怪我や焦燥に声を掛けるも、案の定というべきか、そんな余裕はなく【英雄】はひたすら走り続けた。
先ほどまで閉じ込められていた洞窟内には陽光が差し、息苦しさも感じないほど広々と開放的になっていた。
馬車一台分は通れそうな大穴が出来ているものの、【英雄】はそっちには向かわずに反対側、洞窟の奥へ奥へと進んでいた。
「よしっ」
そんな時だった、【英雄】が立ち止まり周囲を伺いながら遮蔽に飛び込み、抱き抱えていた身体を解放してくれた。
地面に座り込み痛む足を見てみると、
「っ……」
つま先が本来向いている方向とは逆方向になっていて、チョンチョンと触っても感覚がなかった。
ただ痛みだけが、現実を突きつけてくる。
頭からも出血はしているものの、頭が少し割れた程度の様子なため、放っておいてもすぐに治ると判断する。
自分がそうやって自身の怪我の具合を診ている間、隣に座り込んでいる【英雄】は荒い息を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。
お互いにかなりまずい状況だった。
「……ふぅ、よし。よしよし……柊、怪我はない?」
「ない、とは言えません」
「ん、あちゃー。……ごめん、私がしっかりしてれば」
だいぶ遅れはしたものの【英雄】は安否確認してくるが、隠しようもないので素直に見せた。
口元を手で押さえ「痛そー」と軽く済ましながら、猛省する【英雄】。
何をそんなに反省しようとしているのか理解できなかった。というよりも、記憶がないのだ。
話し合いはしていた、ただそこから後の記憶が綺麗さっぱりないのだ。
だから、今のこの状況にもあまりついて行けていない。
「……あれ、もしかして」
状況について行けていないことが顔に出ていたのか、こちらの顔を見た【英雄】が首を傾げた。
「覚えてない感じ?」
「ん、はい……」
質問に返事をすると【英雄】は「あー、うん、そうだよね」と、なぜか納得している反応をした。
お返しにこちらも首を傾げると、【英雄】はこほんと咳払いをおもむろにしたのだ。
「えっとね……私たちが話してる最中にね、どうやって察知したのか分からないけど、魔獣が攻撃してきたの。一撃で洞窟の壁が吹っ飛んじゃって、崩落したんだけど、多分その時の破片とかが頭にあたっちゃったんだと思う」
「……魔獣の攻撃、ですか」
「そそ。……アイツだよ」
そう言ってピシッと指差したのはあの大穴。
そこに顔を突っ込んできてはスンスンと匂いを嗅ぎ、へどろのような唾液を垂れ流しする並びの悪い牙の生えた口。が、大穴をぴったりフィットする形で塞いでいた。
「外に出て遠くに行かそうとしたんだけど、柊が起きたのを察知したのかこっちにきたから、急いで柊のことを担いで逃げたってわけ」
「……ひとまず、状況は理解しました。ですが、ここからどうやって打破するんですか……?」
【英雄】の説明に意義や異論は無いものの、疑問はある。
打破の仕方だ。
馬車が通れるほどの大穴にぴったりな顔の持ち主ということは、相当な巨体の持ち主であるということ。
自分の疑問に【英雄】は「ん〜」と難しい顔を浮かべて悩み始めた。
「……どうやって、ね〜」
【英雄】の含みのあるその言い方に、自然と顔がムスッとした。
危機的状況というストレスのせいだろう、語気も無意識で少し強くしながら言い淀む【英雄】へ声を掛けた。
「打開策があるならとっとと言って下さい! この状況を抜け出すためなら、なんでもしますので!」
「……へぇ、なんでも? よしっ」
その言葉を聞いた【英雄】は微笑みを浮かべた。
その顔に嫌な予感をものすごく感じていると、【英雄】は武器の具合を確認した後に本日何度目ともなる「よし」を口にした。
何をする気だと自然と怪訝そうな顔になってしまうものの、そうそう変なことはしないだろうと確信していた時だった。
【英雄】はポーチを自分の腰から取り外し、中身をチラッと確認すると、目の前に置いてきた。
は? と無意識に困惑が漏れてしまうが、当然だろう。
目の前にポーチを置いた【英雄】は立ち上がって歩いていく。
まさか、この人は―――! と思い至ったものの、それは致命的なまでに遅かった。
足が使い物にならない状態の今の自分に、【英雄】を追いかけることは不可能。ただ大穴へ真っ直ぐ歩いて征く背中を見つめるだけしかできなかった。
「っ! あなたは馬鹿なんですか⁉︎」
止めたい、止めなくちゃならない。
なのにこの足は動かない。
だから声を、喉が潰れるほどに、声を張り上げるしかなかった。
「そんなことしたってこの状況を打破できませんよ‼︎ そんな安い自己犠牲、やめてください‼︎」
死にたがり、と言ってしまっても誰も咎めないだろう。
それくらいには【英雄】の行動は愚かなのだ。
「聞こえてるんですから返事してください‼︎ 私が居ますっ、この足も後十分もすれば完治します! だから‼︎」
―――行かないで。
「っ……。……っ、行か、ないで……」
途端になぜか涙が溢れ出してきた。
なぜか、自分にすら分からない。ポロポロ流れていたのが、今は滝のように涙腺が決壊していた。
困惑していると、大穴に向かっていた【英雄】が振り向いた。
そして今の自分にとって、今【英雄】が言わんとしている言葉は間違いなく言ってはいけない言葉だと、本能が警告してきた。
でも、やはり、【英雄】のほうが一歩早い。
耳を塞ぐ前に、自分はその言葉を聞いてしまうのだった―――。
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