十話 駆け引きは笑いながら
―――十分ほど前―――
茂みに精鋭の複数人、防壁の上に残りの全戦力を配置し超厳戒態勢で一歩、また一歩と、目の前に立ち並ぶ魔王軍を名乗る少女に寄っていく。
先頭に紅鶴、鬼丸、氷雨、琥珀で固め、その後ろに律と五十鈴。そして酒呑という、里の最高戦力が一箇所に集まっていた。
竜胆達姉妹は精鋭として茂みの中で待機している。
目の前には少女が二人だけだが、オーラが違った。
「……これはこれは、ご足労いただきありがとうございます。まさか、里の全戦力をでお迎え頂けるとは思いもしませんでした」
二人のうち一人、背の高い方の少女は礼儀よく一礼もしつつ気持ちのこもっていないような声で社交辞令を述べる。
そんな社交辞令に対して、紅鶴達の答えは単純だった。
「―――要件を言え」
冷たく突き放すかのように、ギロッと鋭い目線で睨みつけた。
「……そうですね。では、本題に入らせて貰います……が、その前に自己紹介をさせて頂ければと?」
それを受け少女は作り笑いで誤魔化しながら首を傾げた。その言葉には無言で返事を返す。
相手の一挙手一投足から目が離せない、いや離してはいけないのだ。
そして少女はこほんと咳払いしてから姿勢を正し、じっとこちらへ視線を向けてくる。
「改めて。私は魔王軍幹部『魔獣使い』の屍皇と言います。分かりやすく言いますと『屠城の獣葬』と申します」
瞬間、その場の全員に緊張が走った。
それはなぜか、理由は至極簡単だ。屍皇の成した偉業が凄まじいからなのだ。
万を超える魔獣を率い、城を落とし、一国までもを落とした災厄の魔獣使い。
大半が一新された魔王軍幹部の中でもずっと残り続けている古株であり、その脅威は今現在も語り継がれているほどにはヤバい者なのだ。
「……嘘ではないらしい。目撃情報と一致する」
信じたくはないものの、紅鶴は信じるしかなかった。
頭の中にあるかつての記憶、『屠城の獣葬』の目撃情報による、その特徴。
膝まで届く銀髪のストレートな長髪に、漆黒の絹布で両目を覆い隠し、髑髏の徽章やシルバーの縁取りが施された漆黒の将校服。そして肩からロングコートを羽織って、頭には深く将校帽を被っている。
一見すればどこかの国の軍人に見えるが、その正体は魔王軍の幹部だ。
「そして、こちらが私の忠実なる相棒の昏霧と言います」
自分と、その背の後ろで退屈そうに地面の石を蹴り遊んでいた少女の自己紹介を終わらせた屍皇はニコッと、作り笑いをまたまた浮かべた。
「……初耳だ、警戒しろ」
紅鶴は屍皇の背後にいる少女―――アシンメトリーに切り揃えられたブルーブラックなショートヘアで、まだ幼い身体つきながら服の下からでも分かってしまうような筋肉を持つ褐色肌。そして動きやすさを重視したタイトな野戦服で袖を捲り、タクティカルベルトには何かの予備燃料なのか魔鉱石を装備した昏霧という少女を見て、誰でも分かるように警戒心をあらわにした。
「……それで、幹部様はなんの話で此処に来た?」
鋭い視線は変わらず警戒心を剥き出しで嫌味ったらしく聞いてみると、屍皇は本当の意味でクスッと笑った。
「休戦です。……そして同時に、盟約を交わしたく伺いました」
その言葉にその場の全員が今度は唖然とした。
予想外すぎる言葉に不意をつかれてしまったのだ。
「休戦? 盟約だと?」
「はい。……我々魔王軍はあなた方、鬼族の待遇について長年憂慮してきました。そこで、我々はあなた方をこちらの陣営に引き入れたいと結論に至り、盟約を結んだ暁には、それ相応の地位を保証します」
両手を広げ嬉々として言う屍皇に対して、紅鶴は特に何も言わずじっと屍皇のことを見ていた。
屍皇からは嘘をついている気配はない。そのままの本国の決定を通達してきたのだろう。
先の大戦後、鬼族はその身に余る罰を受けた。
その結果、数十年前までは牙を捨てた飼い犬と化していた。最近になってようやく牙を取り戻せたくらいだ。
「それなりの地位……ね」
「えぇ。それはそれは、あなた方、里の皆様が末代まで何不自由ない生活と地位を保証しますよ」
屍皇の笑みがさらに深まった気がした。
言葉だけなら魅力的なことだ。だが、それはあくまで言葉のみ、屍皇達は行動で示していない。
それよりもまず、この状態の説明がされていないのだ。
「口先ばかりの盟約には、そうほいほい返事は出来ねぇな。それに、お前らは肝心なことを忘れてる見てーだ」
「……」
「あたしらの里を襲撃して、仲間を何人も、お前の従える獣風情にしゃぶらせてたな。……それはどう説明するんだ?」
紅鶴のその言葉を受けた屍皇は、あからさまに痛いとこを突かれたと言うような顔を浮かべた。
その場の誰もが、いや、正確には三人を除いた誰もがが耳を澄まし、屍皇の言葉を待った。
「それは誠に申し訳なく思っておりますよ。……ですが、ご理解頂きたいのは、その行為に侵略の意図はなく、あくまであなた方の闘争本能を、奪い取られた牙を、飼い犬を猛犬へと戻す必要なことだったのです。……荒治療だったとは私達も反省するところではありますが」
そして屍皇の答えがそれだった。
その言葉に葛藤を覚えたのかと、紅鶴の背後で立ち尽くす律と五十鈴は危惧していた。
ここで鬼族が魔王軍に寝返れば、それこそ人類はおしまいだろう。
魔王軍でさえ満足に倒すことすらできない人間が、鬼を相手にできるはずがないからだ。
「そうか」
だが二人の頭の隅では答えは出ていた。
あり得ない……と。
あの人がいれば間違いなく言うと、確信していた。
「盟約だったか?」
「はい。共に人類を打破し、その理不尽な待遇から脱却しましょ……」
「―――気にくわねぇな」
「……? なにが、ですか?」
嬉々として勧誘してくる屍皇に紅鶴は鋭い目つきで、声色で、口にした。
「その上から目線の安っちい同情がだよ」
「……」
「……あぁ、本当はお前ら同情すらしてねぇだろ。ただ単に戦力として鬼の力が欲しいってんだけだろ?」
「……」
そんな紅鶴の的確で的を得た発言に対して、屍皇の真顔はぞっとするほど滑らかに歪んだ。
焦りや動揺の片鱗すら垣間見せず、予想通りなこちらの反応をただただ嘲るかのように、不適な薄笑いを浮かべた。
「やっぱりな」
「いやいや、まさか見破られるとは思いませんでした」
「黙れ、お前の言葉は一つも信用がないってことがわかった。―――だから、お前達は此処で死ね」
殺気をドンッと放ちいつでも蹴れるように地面を踏み込んだ紅鶴に対して、命知らずなのか屍皇は不適な薄笑いはそのままに、ピシッと指をとある方向に向けた。
「残念でした……。ですが早計ですね……いいんですか? あなた方の大切な仲間と、世界を救うであろう【英雄】が今、大ピンチですよ?」
『―――っ』
構えていた紅鶴が、静観を決め込んでいた酒呑が目を見張り、律と五十鈴が目を震わせる。
そして鬼丸だけが動こうとした。
だがそれすらも見越していたのか、屍皇はピッととある方向に向けていた手を前に持ってきて、提案するように人差し指だけピンとさせた。
その場で鬼丸の動きが止まった。
「提案をいたしましょう。一つ、私達との盟約を受け入れるか、二つ、盟約を受け入れずにお仲間さんと英雄には魔獣のお腹の中で仲良くしてもらい、あなた方も魔獣のお腹の中に入ってもらうか。……さぁ、お選び下さい」
絶望の二者択一。
鬼丸と紅鶴は同時に下唇を噛み締めるのだった。
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