八話 停滞と進展
すみません、昨日投稿できなかった分と併せての投稿になります!
ガタンっと大きな物音と同時に掛けていく足音が部屋に響く。
それはとある報せを聞いた鬼丸によるものだった。
部屋の扉のドアノブに手をかけた瞬間、その手を止める五十鈴と、鬼丸の身体を抱き止める律によって動きが止まった。
「……放せ」
「っ、出来ませんっ!」
静かに指図する鬼丸だったが、律の屁っ放り腰でありながらも断固として譲らない態度に舌打ちし、今度は五十鈴へ目を向ける。
言葉を発するまでも無く、五十鈴は鬼丸の顔を見てすぐに、自分の顔を横に振った。
「―――っ!」
やるせない怒りが爆発しそうになった瞬間、五十鈴の顔を見て握りしめていた拳を開いた。
一瞬だけ、自分が今何をしようとしたのかを考え恐ろしくなった。
「……頼む、わしを行かせてはくれぬか」
「駄目です……」
指図では無く懇願。
それでも五十鈴と律は鬼丸の身体を掴んでは離さずにいた。
「早く行ってやらんと……間に合う物が手遅れになってしまうのじゃぞ?」
酷く冷たい声で淡々と言う鬼丸、そんな鬼丸の言葉を受け二人は難しい顔を浮かべていた。
そんな三人の葛藤を沈痛な面持ちで見ているのは、ここにはいない柊以外の姉妹と、酒呑や琥珀だった。
「厄介なことになっちまったな……」
そんな全員の顔を一瞥した紅鶴が酒を呷りながらぼやく。
ことの発端はとある報せだった。
魔獣との戦いと土砂崩れによる被害はないかの確認を取らせていた防衛隊の人が、二人行方不明なことを伝えたことに起因する。
その行方不明の二人というのが葛葉と柊なのだ。
(本来なら飛んでいきたいんだけどねぇ)
行方不明の二人は里からしてもとんでも無いほど貴重な戦力であり、その二つの消耗はこの戦いにも大いに関係してくるだろう。
それと、これはただ一人葛葉についてのみだが。
ここで葛葉を失えば、それは魔族に対抗する種族すべてにとっての損失になり得る。
それだけは避けなければならない。
(ってのに、こうもタイミングよく来るとはね)
最悪のシナリオを避けたいのにも関わらず、今防壁の外は千を優に越える程のLv.6以上の魔獣によって埋め尽くされていた。
中でも一番やばいのが、防壁の周りを何周もする三首の魔獣だった。
「特別指定駆除魔獣、厄災級『屠彪』。神話の怪物が、甦りやがって」
『屠彪』。憤怒に染まった猛犬のような顔がある三首、胴は虎であり、足は白頭鷲、尻尾は蛇のような魔獣だ。
その存在は大昔に確認されていたものの、今の今までは存在すら怪しいとまでされた伝説の魔獣だ。
(酒呑様の結界がなかったら既に壊滅してたな)
ゴクゴクと信じがたい現実を忘れたいがためか、呷る酒の量を増やす。
喉を鳴らしながら飲み込んでいき、プハッと息を思いっきり吸う。
アルコールに焼かれた喉がスースーする感覚に気持ちよくなりながらも、はぁと嘆息した。
『屠彪』の対策がこれまた面倒だからだ。
『屠彪』は一匹で街を壊滅することが可能の怪物だ。大昔に設定された推定レベルは8〜9。並の冒険者などでは討伐は不可能。
このレベル帯になると、魔獣でありながら一国が総力を上げ戦う必要があり、その上で辛勝することが可能なほどの怪物だ。
「そんな奴が都合よく復活しましたってか? ……有り得ねえ」
大量の魔獣と『屠彪』。この二つを率いている奴が決めに掛かってきたのだ。
こっちはだいぶ戦力を削がれているのにだ。
だからこそ仕掛けてきた。つまり、あの二人は今、人質かそれとも何処か遠くに分断されてしまったかのどちらかになる。
「さて、どうするか……」
だいぶ詰みな状況からどう巻き返そうな考え始めた紅鶴の耳に、欲しく無い報せが新たに届く。
部屋の扉がノックされ、返事を返すと、そこには防壁の上で監視を行う防衛隊と司令部の橋渡し役の、伝令兵がいた。
冷や汗をダラダラと流しながら、紅鶴へと歩み寄る。
「何があった?」
声を掛けると伝令兵は耳打ちしてくる。
この場の皆の視線が紅鶴へと向けられた。
「……っ。わかった、すぐに向かおう」
伝令兵の息を呑むような言葉を聞き、酷く動揺しないよう心がけながらその報せを聞き入れた。
報告を済ませた伝令兵はそそくさと部屋を後にする。
パタンと扉の閉じる音のあとには部屋にはただ沈黙だけが残っていた。
「……」
全員の視線を一身に浴び、どう噛み砕いて伝えようかと黙っていると、
「許す。そのまま伝えるのじゃ」
音もなく隣に来ていた酒呑が優しい笑みを浮かべながらそう助言をくれた。
何を考えての言葉なのかは理解するには、あまりにも生きた年月が違いすぎる。
そのため、ただただ人形かのように、酒呑の言葉通りに動けば良い。酒呑の采配に間違いはないからだ。
「あっち側から来やがった。……話がしたいってな」
『―――っ⁉︎』
「……それは、人か? 魔獣か?」
その場のほとんどの者が驚きを露わにする中、鬼丸だけが一歩前に出ては問いただす。
話のできる知性を持った魔獣なのか、それとも悪意ある人の手によるものか、それとも……。
「魔王軍だ」
その言葉に鬼丸は眉を顰めるのだった―――。
離れていた距離は気が付けば消えていた。
今はもうとっくのとうに、まるで姉妹のように肩をピトッとくっ付け合い、話をしていた。
赤裸々に語たり出した自分の過去は、思いの外、柊にとっては新鮮で感情を揺り動かす物だったらしい。
今となっては釘付けだった。
「って感じで倒したの!」
「っ。そ、その後はどうしたんですか……⁉︎」
今はつい最近あった出来事を話していた。
いつもの如く【英雄】てして受けた依頼にて起きた出来事についてを。
「んー、こっちもかなり消耗してたけどね。でも、そこは気合いでどうにかしてみせたんだ」
「また気合いですか……」
何度目ともなる気合いという声に柊は若干の呆れを感じさせていた。
だがそんなのは関係ない。
飽きたとしてもいつでも語り聞かせる準備はできている。自分の過去が誰かの感情を揺り動かし、ワクワクやドキドキ、時に悲しみを与えれるというのなら。
微笑みながら柊の横顔を見ていると、その視線に気が付いたのかチラッと見て、怪訝そうな顔を浮かべた。
「……。な、なんですか?」
「んー、今日までのあの態度が嘘みたいだなって」
「……当たり前です。今は知らない誰かじゃないです、少なくとも初対面の頃よりは知りましたから」
ふいっとそっぽを向く柊。
だがそれよりも、少しだけでも自分のことを快く思ってくれているのだと判明し、とても嬉しくなった。
あの二人の言っていた通り、面と向かってバカ真面目に正直に話せば心を許してくれるのだと、心の中で感謝する。
「妹達も、あなたと接していて……その、嫌そうではなかったですし」
「……うん。あの子達は良い子だよ、私のことを義理のお母さんとして受け入れてくれたし……普通ならそんなことあり得ないのに」
今までも義理の母は居ただろう。それでも、今回は訳が違う。
「意外と母性があるんじゃないですか?」
「そうかな? でも、そうだと良いな。そしたら、柊達のお母さんとして幸せにできるかもね」
「……大変ですよ。私はしっかりしてますけど」
そう言い笑い合う。
本当に今日までのあの態度が嘘のようで、自分でもまさかこんなにも打ち解けるとは思えなかった。
「……少し、調子に乗って良い?」
「……はい? それはどういう意……」
「柊の昔のことについて、私はそれが知りたいな」
ずっと気になっていたこと。
ずっと知りたかったこと。
そしてこれが最も酒呑からのお願いを叶えられる方法だ。
柊しか知らない、柊の過去。それを共有してもらえれば、どう接して、どう心を救うかがわかる。
そしてそれは他人の心にズカズカと土足で上がり込む行為と変わらない。
それを丁寧にお願いして、許してもらえるように関係を築くのが難しいのだ。
「どうしてですか?」
「知りたいだけじゃダメかな……?」
「……」
柊の顔から感情が消え、機械的な声で理由を聞かれる。
その理由を答えるものの、それだけでは不服なのか無言で答えてくれた。
正当な理由が必要なのだ。
生半可な答えでは絶対に共有してくれない、そして今までの関係値も全て水の泡となってしまう。
慎重に言葉を選び、恐る恐る口を開いた。
「みんなにお願いされたの。柊を助けて上げてって」
「……みんな、ですか?」
「そう。……竜胆や若葉に菜葉。そして酒呑さんに」
「―――っ」
その四人の名前が出た瞬間に柊は顔を俯かせた。
そんな柊の肩に手を回して優しく抱き寄せてあげた。
柊の態度から色々と察せた。
柊は見ていたのだ。自分が竜胆と話していた時も、若葉と話していた時も、菜葉と話していたのも、ずっと遠くで見ていたのだ。
自分は姉でちゃんとしているから、平気だも気丈に振る舞い、心配をかけないようにしていたのだろう。
でもその三人から、そして親代わりの酒呑からも心配されていたのだと今知った。
知ってしまった。
「みんな、柊が救われるのを願ってる。助けてって言って良いんだよ、お姉ちゃんはたくさん頑張ったんだから」
救われてこなかったのだ。
母親が死んだ日から柊は姉として生きてきたのだろう。
まだ幼い妹達を守るために姉として、必死に、自分のことを後回しにして。
周りの大人はきちんと手を差し伸べた、だがそれに気付けるほどの余裕が当時の柊には気が付けなかった。
「……私は」
「うん」
「私の時間はあの時に止まってしまったんです……。あの日、お母さんが死んだ時に……」
声が震えていた、身体が震えていた。
辛い過去のだろうか、思い出したくもないのだろうか。
酷なことをさせているなと、少し申し訳なく思いながらも、その震える身体を抱き寄せて、少しでも気持ちが楽になるように。
「お母さんは、本当に……あなたみたいな人でしたよ」
「うん、みんな言ってた。でも、それは顔だけでしょ?」
「いえ……性格もお母さんにそっくりですよ」
「えっ!? そうなの!?」
それは言われてないよ!? と大袈裟に驚くと、柊は目を細めて、ぎゅっと突然抱きついてきたのだった。
わっと驚きつつも、優しく抱きしめると柊は顔を胸にグリグリと埋めてきた。
えっと、と困惑していた時だった。
「っ」
チラッと見た時、柊は泣いていた。
涙を目から流して震えながら泣いていた。
「頑張ったね、頑張った。十分だよ、今だけは休もう」
そんな柊をひとまずあやし続けるのだった。
読んで頂きありがとうございます!!
面白いと思って頂けましたら、ブックマークと評価やレビューなど、どしどししてくれると物語の面白さ向上につながります!




