一話 知略家さん
四章開幕です!
鬱蒼とした森の中、綺麗に整列している犬型の魔獣たちの頭を、一匹一匹ずつ確かめるように撫でていく。
ハッ、ハッ、ハッと躾ければ十二分家で飼える可愛い犬ころだ。
「……数は十分ですね。あとは吉報を待つだけです」
聖母のような、そして悪魔のように口端を釣り上げた微笑みに、流石の魔獣たちもたじろいでしまう。
だが本人はお構いなしにその顔を浮かべたまま、魔獣たちの周りをゆっくりと歩く。
戦闘開始の合図が出るまで魔獣たちには待機の指示が出されているのだ。
「さぁ、あちら側も準備が整ったご様子……では、始めましょう」
悪魔のような笑みをさらに邪悪なものに変えて、手を振り上げる。
魔獣たちの視線がその振り上げられる手へと集中した。
そして、バッと手が振り落とされた。
同時に魔獣たちは駆け出し、四足歩行を持ってして超速で森の中を駆けていく。
目指すは鬼族の里の防壁の一点突破。……を警戒し、それを阻止すべく組まれた鬼族側の作戦。
まさか総隊長を出してくるとまでは予測していなかったものの、概ね予測通りの陣地を形成してくれている。
「あの子達には酷ですが……我々の活躍のために散ってもらい、彼ら彼女らが包囲殲滅している所を……あぁ」
自分の頭の中で形成されている作戦が上手く嵌まることを想像するだけで、彼女の頰に妖しい熱が灯る。
彼女の身体は形容し難い歓喜に打ち震えていた。
「っ……んぅ、あ……」
先ほどまでの悪魔のような笑みは消え、息を呑むような美貌が、勝利への渇望に染まっていく。脳内に溢れる全能感に飲み込まれ、周囲の景色すら目に入らなくなっている。
彼女はただ、自身の天才性がもたらす狂気的な恍惚に浸り続けていた。
その時だった、
「なぁ〜あ、なんで私は待機なんだー! 我慢出来ないぞー!」
背後から野生み溢れる不気味な少女がムスッとした顔でこちらをじっと見てきていた。
浸っていた少女は、先ほどまでの恍惚とした表情をすんっ……と真顔にして、咳払いの後に振り返った。
「……まだ私達が出るには些か早すぎるのですよ。そうですね、次の作戦時には……必ずや貴女の力が発揮されると思いますよ」
「ほんとか⁉︎」
少女の説得に野生み溢れる不気味な少女は目を輝かせ、嬉しそうに飛び跳ねる。
そんな今回の諜報活動の相棒にやれやれという感情と、愛しさをその胸に宿し、少女は「ふっ」と優しく微笑んだ。
「それでは、私は準備をしなくてはいけないので、貴女は奥で待機していて下さいね」
「分かったぞ!」
素直に言うことを聞いてくれる上、反抗的な態度も取らない少女に涙が出そうになってしまう。
今まで組んできた相方に、このように指示を聞いてくれる者はいなかった。須く戦闘狂だったのもあるのだろうが。
少女は森林の奥へ嬉しそうに飛び跳ねながら去っていくその背中を見えなくなるまで見送るのだった―――。
―――あれから暫くして、何も起きない状態が続いていることで集中力に若干の揺らぎが生じた頃だった。
ゴゴゴと地響きが微かに聞こえた気がした、顔を上げるよりも前に、地面の小石やらが微かに動いているのを視認した。
来たっと顔を上げた時、柊も同じような顔をしていた。
地響きは徐々に大きく強大になり、振動もはっきりと感じれるほどになっていた。
「……来るっ」
「静かにして下さいっ」
自然と両者は小声で話していた。
揺らいでいた集中力もいつの間にかシャキッとしていて、いつでも戦える準備が出来ていた。
そして次の瞬間だった。
「―――っ⁉︎」
視界の先、わずか数メートル先の獣道を無数の犬型魔獣が猛スピードで横切っていったのだ。
その数はよくよく確認せずとも、とんでもない数だとわかるほどで、こんなのを相手に紅鶴は単身違う気なのかと正気を疑った。
真っ直ぐと、魔獣たちは防壁の方向へ向かっていく。
バッと柊を見てみると、冷や汗を掻いているものの不安そうにはしていなかった。
と言うよりも絶対大丈夫だ、と言う確信を持っている顔だった。
「……っ」
ごくりと固唾を呑み、防壁の方へ視線を向けた。
紅鶴がどうやってこの魔獣の大群から防壁を守るのか見届けるために。
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