九話 えいゆー、若葉と一緒に
朝食を食べ終わり、何かやることがないかと思っていたところに、
「……えいゆー」
「ん?」
未だ眠そうな若葉が背後から声を掛けてきた。
ただ先ほどと少し違った、それは寝巻きから外行の格好に変わっていたことだ。
「どうしたの?」
「……出掛けたい、一緒に」
クイックイッと腕を掴んでくる若葉。
今やるべきことはない。強いて言うなら柊との関係をどうにかしなければいけないが、今はいない上に、どこにいるかも分からない。
なら、と一つ妙案を思い付いた。
「よし、行こっか!」
頭を撫でて笑い掛けると、若葉は自然と手を出してきた。
ふっと笑みをさらに深くして、その手を取り出掛けるのだった―――。
―――眠いからか、若葉の歩行速度はあまりにもゆっくりだった。
まだ外に出て200メートルも歩いてはいないくらいだ。
「だ、大丈夫?」
あまりにも遅い速度に少し不安になってきた。
尋ねるも若葉は決まって頭を横に振る。
本当に大丈夫かなぁ、と思いつつもゆっくりと優しくも強い日差しを浴びながら歩き続けた。
しばらく歩き続けて、とある所へとやってきた。
それは彩りどりの花が咲き乱れ一面に広がる広大な花畑だった。
「……すごい。こんな場所に……」
広さ的にはショッピングモールが丸々入るくらいだろうか。
良い香りが漂ってきている気がした。
「……んぅ、こっち」
圧巻の光景に驚いていると、若葉が続いてくるとテクテクと先ほどまでの歩行速度は何処へやらと思ってしまうほど、早足で先に行ってしまう。
慌ててその後について行くと視線の先には少しだけ高い丘の上に置かれている、雨風を凌ぐためだけの上屋があった。
丘を登り切り上屋の中を覗くと、先に着いていた若葉が猫のように丸まって横になっていた。
「……んぅ、温かい」
「ちょっとちょっと〜、さっき起きてきたばっかでしょ〜」
丸まっている若葉の隣に腰掛け、寝ようとする若葉に呆れつつ頭を撫でると、ゴロゴロと本当に猫のように喉を鳴らし始めた。
猫かとも思いつつ、目線を前に向ける。
ふわっと、優しい風が前を通って行くたびに、花々の良い匂いが鼻腔をくすぐってくる。
確かに良い所だと、深呼吸をしながら思った。
屋根はあるものの日差しが入ってくるように設置されているおかげか、日光が直で当たる。ベンチがあり人一人は余裕で寝れる幅だ。
まるでここで寝て下さいと言わんばかりの場所だ。
「……えいゆー」
「うん? どうしたの?」
まだ朝日のうちに入りそうな日差しに当たりたそがれていた時、むくりと起きた若葉が、じっと見てきたながら呼んでくる。
首を傾げて次の言葉を待っていると、
「……眠い」
「えぇ……」
言葉を待っていた身からすれば拍子抜けしてしまう。
だが若葉は目を擦ってどうにか踏ん張ったようだった。
「……えいゆーは、ママ?」
「え?」
「ん……匂い、する」
スンスンと近寄ってきては服の匂いを嗅いでくる若葉。ええっと、とどう言うべきかと思案していると、
「……平気。……若葉は、えいゆーのこと……ママだと、思う。……思いたい」
こちらの言葉よりも早く自分の気持ちを答えてくれた。
しかも偽りの母親になろうとしている、自分にはこれ以上ない嬉しい言葉で。
「……若葉。ママ知らない。……でも、えいゆーは……ママみたい」
若葉がママだと言ってくれたことに唖然としている内に次々と、大変嬉しい言葉を言ってくれるため、感情の処理が追いつかずにいる。
だが、その一言一句の逃さずに聞き入れていた。
「……いい匂い、する」
キュッと抱きついてきてお腹に顔を埋めてスンスンと嗅いでくる若葉。
されるがままだが、当然嫌な気なんて起きるわけがなかった。
「……っ。ありがと、認めてくれてっ!」
優しく抱きしめ返すと、遅れて若葉もキュッと抱きしめていた腕の力を強めた。
しばらくの間、母親らしく愛おしそうに若葉のことを抱きしめるのだった。
そしてその結果、
「ちょっとそこは……」
若葉は膝の上で丸まって寝てしまうのだった。
嫌と言うわけではないが、少し怖いのだ。落っこちそうで。
「ありがとう、若葉……ちゃん」
眠っている若葉の頭を撫でながら名前を口にした時だった、バッと若葉が顔を上げてじっと、こちらの顔を見てきたのだ。
「……若葉で、いい」
「え? いいの?」
「……うん。えいゆーは、ママだから」
そのまま丸まってすぐに眠ってしまう若葉に、ふっと笑みをこぼし、青空を見上げながら若葉の頭を優しく撫でながら、ボソッと口に出す。
すると少しだけ若葉が反応した気がした。
そのことに、さらにふふっと笑みを浮かべるのだった。
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