七話 代わりを務めれるといいのですが
すっかり夜が更けた頃、あまり寝付けないため夜風にあたりに、静かな渡り廊下を外を眺めながら歩いていた時だった。
「……」
広いなぁと家や庭に対する思いを吐く、暗い夜の闇の中にうっすらと何かが光って見えたのだ。
ゆらゆらと風に揺られている気がした。
月夜の光が差さるそこに、人が居る。
黒い髪。律かと思うも、どうも背が低い。
「律じゃないや」
よくよく見てやっと気が付いた。
律ではなく、この家に住む姉妹の長女。
ぼーっと夜空を見上げ、ただ佇み風に揺られているだけの背中。
声を掛けようかと思い至るものの、今日のことを振り返り、少しだけ心がモヤっとした。
「……あぁ。そういう……」
その自分の心のモヤに心当たりがある。いや、当然のことだ。
心当たりではなく確信。
自分は聖人ではない、立派な【英雄】でもない。だから嫌になったのだ。
自分に向けられる暴言と、鋭い目が。
「こんな感じでいいのかなぁ〜」
救ってくれと言われているというのに、今のままでは救うことなんて出来るわけがない。
それを理解しておきながらも、行動に移すことができずにいた。
だが、あそこまで拒絶されている以上なにが出来るのかと。
「好きな食べ物をあげるべきっ……? それともボディランゲージッ!?」
飛躍する思考に自分自身驚いていると、チョンチョンと背中を突かれた気がした。
振り返ってみるとそこには、普段のお嬢様言葉に合う髪型を下ろし、ストレートロングヘア状態の竜胆が立っていた。
「前者はともかく、後者はよした方が良くてよ」
呆れているかのような屈託のない笑顔を浮かべながら、腰に片手だけを当てる竜胆を見て、少し思案する。
「……んーなら、どうしてあげるべきだと思う?」
柊の妹である竜胆になら、なにか解決策がわかるかどうか賭けてみるが……。
「私に聞きますの……? それは自分の力で考えてこその物ではなくて?」
と返されてしまった。
他人任せは駄目かと落胆するも、すぐに気を取り直し、「じゃあ」と呟く。
自分の力で考えてこそ。ならば、考えれるように情報が欲しい。
故に、酒呑ではなく柊の妹の一人である竜胆に効くのだ。
「皆んなのことを教えて? ……私はまだまだ知らないことだらけだからさ、教えてもらえたら、なにがいい策が浮かぶかも〜……しれないかな〜なんて」
最初のうちは良かった勢いが、後半になるにつれて一気に減速してしまった。
話を聞いたところで、自分にいい策とやらが思い浮かぶのか? 諸葛亮孔明が必要じゃないか? なんて思いつつムムムッと眉間に皺を寄せた。
「私達のこと、ですの? 大してなにもありませんわ」
そういうと竜胆はふぅと短く息を吐き、こちらを見てきて話始めてくれる。
自分のことやどう暮らしてきたかなどを。
「柊姉様と、私達の違いはたった一つですのよ。生まれた時が違うんですの」
「違うって?」
「私達は四人一斉に、柊姉様は私達よりも早く一人で生まれましたわ」
だからか、と今まで気になっていた違和感が消えた。四人はおんなじ背丈なのに対して、柊だけ10センチほど違っていたということだ。
「柊姉様は三年早く生まれてますわ。……それが決定的な違いですのよ」
え? と呟くよりも早く竜胆は続けた。
なんでも自分達は、あの日に生まれてしまったという。
そのあの日というのが、
「……もしかして、君たちのお母さんが戦った日?」
「えぇ。そうですわ。でも、正確に言うと数日前ですのよ」
竜胆の表情が寂しそうな、そんな表情へと変わった。
「大体察せましょう? 私達は、お母様のことは微塵も知らないんですの」
その言葉に込められた思いは筆舌しがたい。自分の母親を知らないというのはどんな気持ちなのか。
この世界に写真はあるにはあるが、そう便利な物ではない。前世のようにポケットからスマホを取り出せば、写真も動画も撮れるのとは違い、この世界の写真機は大きく、携帯向きではない。
その上数も限られている。
そして何より、危機的状況で写真を撮る者なんて居ない。故に竜胆達からすれば、自分の母親の姿は一度も見たことがないのに、二度と見れないのだ。
「……」
「そんな顔、しないでくださいませ。……本当のお母様は分かりません。でも、あなたがいらっしゃいますわ」
手をそっと頬に添えて、暗い夜闇の中でこちらの顔をじっくりとマジマジとみるために、顔を寄せてくる。
あなたが居る。その言葉の意味を理解するのに、時間は要らなかった。
「私達のお母様と、里の全員が口を揃えてそっくりと言う、あなたがここに」
見たことのない母親とそっくりの人間である自分が、彼女達にどれほどの思いを感じさせているのか。
自分を初めて見た時、なにを思いなにを感じたのか。
そんな考えが一瞬にして頭の中に溢れかえった。
「……私は、代わりになれるかな? 私も同じなのに……」
紅葉という人の顔も声も性格も、何もかも知らないというのに。
「であったとしても、私はなにも文句はありませんわ。母親の代わりを着てくれた方々は他に居ますわ! そのうちの一人に、あなたがなるだけですのよ」
ふふんっとドヤ顔で気休めの言葉を言ってくれる竜胆に、思わずうるっときてしまった。
あれ、本当に母性がでできたかな? などと惚けつつ、竜胆の背中へ手を回す。
そしてニコッと微笑みかけて、
「じゃあ早速、母親らしいことさせてね!」
「へ?」
ぎゅっと力強く、それでも痛くならないように優しく抱きしめた。
へ? え? は? と竜胆は全く状況に追いつけていない。
自分がなにをされているのか全く分かっていないようだった。
「……至らないかもだけど、私頑張るよ。……っ、竜胆の皆んなのお母さんとして!」
「……っ」
母親として子供の名前を呼ぶと言うのが、こんなにも心のこもっている物だとは、とてもとても思っていなかった。
そして、しばらくぎゅ〜っと抱きしめていると、竜胆も抱きしめ返してくれるのだった。
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