六話 お姉さん!
―――今まであった出来事と、そしてつい先ほどの里長とのやり取りを簡単に琥珀に説明した柊は仏頂面でちょこんと、琥珀の隣に座っていた。
そして琥珀はというと、何とも言えぬ顔で「んー」と何を言ってやればいいのかと、慎重にだいぶ慎重に考えていた。
何せ自分は、容姿がそっくりという理由であの【英雄】に一目惚れしたと、しかも本人に言ったのだ。
そんな自分が何を言えるのか、と琥珀は言葉を必死に探していた。
「ねぇ、琥珀姉さん……。これは私の、子供の我儘なの?」
じっと顔を見てきて言ってくる柊に、琥珀はますます何も言えなくなってしまう。
現実というものはどこまでも度し難い。
我儘と言い捨てることができるならば、誰も苦労はしない。
柊という人物の過去を知っていて、その心内を察している者には到底できないのだが。
「……我儘ではないですよ。気に食わないことに声をあげるのは当然のこと、それが自分のことに対しての大切の決め事ならばなおのこと。でも、それを理解した上で、受け止めるのも大事ですよ」
「どっちつかずな答え……。琥珀姉さんは優し過ぎ」
「嫌われたく、ないですから」
親しみを込めた笑みを浮かべながら柊の頭を優しく撫でる。
柊にとって妹たちの次に、血は繋がっていないにしろ、家族と思われている。それを裏切りたくないがための、答え。
ずるい答えだ。
「私は、大人じゃない。だから、受け止めることなんかできない」
「停滞することも大事、けれど、変わろうとすることも大事ですよ。対話とか」
「……」
変わろうとしなければ成長はできない、何よりも、柊という人間がいつまでも過去に囚われ、自己に閉じ込められてしまう。
それはあまりにも不健全だ。
「私には無理。……対話なんて」
「……」
この里の英雄は立派だった。
最後の時まで、勇敢で壮大で、誰もが憧れを持てるような人物だった。
だが、そんな人物でも、所詮は人だった。
彼女はこうして娘に、あまりにも残酷で強い呪いを掛けてしまったのだから。
(死者の呪いは他者には解けない……。無理矢理にしてしまえば、その者の心を壊してかねない……)
柊の呪いを解くには、柊の心に焼きついた紅葉のイメージを、完璧な母の面影を崩し、本物の紅葉を見せる必要がある。
でも、そんなこと。
この世界の誰ができるというのだろうか。
これは呪術ではない、魔法でもない、知性を持ち感情を持つ生物の切っても切り離せない、呪いであり病であり、そして愛なのだ。
歪んだ愛とも言える。
母を忘れたくないという子供の、親に対する愛。
美しく正しく歪んだ愛に解はない。
最も強い呪いであり、病であり、愛であり、思いなのだから。
解呪も解病も解愛もできぬ思い。
それを、
(里長は、あの方ならば解けると……)
あの英雄と瓜二つの少女にならば解けるのだと、信じて酒呑は行動に出たのだ―――。
時刻は夕去り。朱色に染まった空の下、穏やかに夜を迎えていく里の家々のなか、異様に賑やかな家が一つだけあった。
ドタバタと忙しない足音が響き、少女達の笑い合う声がし、豪勢な料理の良い匂いが漂う。
料理が目の前の食卓の上に並べられていく光景をむず痒い気持ちを感じつつも、両腕をガッチリホールドしてくる若葉と椿の相手をしていた。
「……んぅ、あったかい」
「ねぇねぇ〜、お姉さんはさ〜紙を切るの時〜どこから切るタイプ〜?」
「え、え〜っと……」
ぎゅっと抱きつき頬を押し付け、抱きつきからしがみつきへとかわる若葉。
そして興味津々にあの大鋏ではなく、紙を切るため用のちゃんとした鋏を手に、チョキチョキと鳴らしながら、そんなことを聞いてくる椿。
あははと苦笑しか浮かべれないのを、料理を持ってくる律や五十鈴が不憫そうな顔で見てくるのだった。
助けて欲しいが二人には自分ができないことをしてもらっているため、何も言えないのだ。
「……た、助けて」
誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた、その時だった。
誰かがリビングに音もなく入ってきたのだ。
「……っ」
「……」
一瞬認識するのが遅れたものの、すぐに誰が入ってきたのかを理解した。
リビングに入ってきたのは、何処かに行っていた柊だったのだ。
チラッとこちらを見てきた柊と目が合った気がするも、柊は「チッ」と嫌な顔と舌打ちだけして、何も言わずにリビングの隅に座る。
ちょうど対角線の位置で。
「―――ほら、もう夕ご飯ができましたのよ。二人ともいい加減離れなさいっ!」
髪の色と同じエプロンを身につけた竜胆がお盆を手にリビングにやってきては、こちら側へやってきて、椿と若葉を引き剥がしてくれる。
その後に五十鈴が、その次に、
「あははっ、お姉さんよわよわ〜♡」
メスガキ顔をした菜花と律がリビングへと入ってくる。
律は最後の料理をお盆に乗せ歩いているが、その顔は泣きそうだった。
何事だと思って声を掛けると、
「そのお姉さん、辛いからやめときな〜っていう私の注告無視して、味見したの。そしたら辛いの苦手だったらしくって〜」
「く、葛葉さ〜んっ。お口の中がヒリヒリしますぅ〜」
涙目でべーっと舌を出して辛いのを紛らわそうとする律に、やれやれと言う気持ちで頭を撫でる。
大人しくやめておけばよかったものを……。どいうこちらの思いを察したのか、律がキッと真剣な顔をして、
「葛葉さん! 私は常々、料理は完璧なものを提供するべきだと思ってるんですっ! ですから味見は欠かせないんですよ!」
「……辛いものは、無理してまで味見しなくていいんじゃないかな?」
「た、確かにそうなのですがっ、私のポリシーがぁ……」
頭を抱え出す律に、またさらにやれやれと嘆息してしまうのだった。
「でも、殊勝な心がけですわ! 完璧、その一点を追求するそのポリシーに私、感服いたしますわ‼︎」
「そ、そうですよねっ! うぅ、理解してくれる人がいて嬉しいですぅ!」
と意気投合したのか抱きつき、熱い涙を流す二人を見て、
「何これ」
そんな茶番への感想を口にするのだった。
「……こほん。えー、さて、食事に致しましょう。……まだ柊姉が帰ってきてませんけれど―――」
「……ん、帰って……来てる」
へ? と竜胆が若葉の言葉に反応して指が指されている方へ向き気が付いた。
不機嫌そうな顔の柊がちょこんと座っていたのだ。
「お、お姉様! いらしたので⁉︎」
「さっき帰ってきたの。……それより、お腹空いてるでしょ。私のことは気にしないで食べて」
「……気にしないでと言われましても、気になりますわよ! ……でも、そうですわね。まずは食事ですわね!」
竜胆からの質問攻めを嫌ったのか、自然に話を逸らした柊。それに見事流され、竜胆は手を合わせた。
「それでは、命に感謝を―――」
その言葉がこの里での『いただきます』らしい。
眠っていた若葉も半目だがきちんと起きて、箸を手に、食事する。
そうして賑やかな食事が始まるのだった―――。
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