六話 頼まれごとの真実
少し遅れちゃいました、すみません!
防壁の向こうから聞こえてくる戦闘音。ただ眺めるだけしかできない酒呑は、歯痒そうな思いと表情でただ立つことしかできなかった。
里の代表になってしまうと、大切な里の人々を守れなくなってしまう。多数のために少数を。
「……難儀なものです」
「気づいておったか」
黙し戦いの行く末を見ているつもりだった酒呑だったが、背後にいる鬼丸に少しだけど心の中を吐露した。
「して、なんじゃそのシケた面は。長を冠するのならば、胸をドンと張れ」
隣に並んで背中をバシバシ叩き付けてくる鬼丸に、酒呑は屈託のない笑みを浮かべた。
他の誰の言葉よりも、鬼丸の言葉は酒呑にとっては天啓に等しい唯一無二の物なのだ。
「……のう、小娘。うぬに一つ聞きたいことがある」
「? なんでしょうか……?」
顔を向けてきてはじーっと見つめてくる鬼丸に、何かまた無茶振りでもさせられるのかと、酒呑は苦い記憶を思い出しながら首を傾げた。
「昨日、葛葉と話したな?」
「―――」
だが吐いて出てきたのは全くちがう事柄についてだった。
ただやましいことは何ひとつない。それなのに、鬼丸の放つオーラが酒呑に心臓の鼓動を忘れさせる。
冷や汗を流し、ごくりと固唾を飲み込んだ。
「は、はい。話しましたが……、いけなかったでしょうか……?」
「あ? なんじゃその顔は、わしとて寛容じゃ、話すことくらいでブチギレたりはせん。―――ただ……内容次第で変わるがのう?」
恐る恐ると言った表情で尋ね返す酒呑に、鬼丸は快活な笑みを浮かべたかと思えば、海の底に居るかのような圧を向けてきた。
そんな鬼丸に肝を冷やすが、鬼丸には苦労させられた酒呑にとって、この時のような場合の対処法は心得ている。
その対処法とは、素直に話す。意外とこれで許してくれる場合があるのだ。
「……鬼丸様には内緒話は筒抜けのようですね」
「なに、昨日、あやつと共に寝てたときに、あやつがうなされておっただけじゃ。それがなければ気付かんかったわ」
悔しそうにな顔をして鬼丸はムスッとそっぽを向いた。そんな鬼丸にクスクスと笑みを溢す酒呑は、話した内容とその事実を話すことにするのだった。
「鬼丸様には全てをお話しします。……それは今から12年前に魔獣による大侵攻が起きました」
当時の里には強力な防壁はなく、戦える者も少なかった。何せ鬼族は先の大戦以降、その力を押さえ込まれていっている。
一族に課せられた呪いとも言える。
鬼の血を呼びしまし闘争本能を剥き出しにする『鬼化』すら出来ない物も少なくない。
そんな状況でそれが起きたのだ。
「一瞬にして里の防衛網は突破されてしまい、里は魔獣達による侵攻により地獄絵図と化しました。ただそんな状況で一人だけ、諦めぬ愚者が居たのです」
愚者の名は紅葉。この里の中で、史上最強の鬼だった。元傭兵であり、里には傭兵を引退し子を連れて戻ってきたのだ。
人間と恋に落ち、子を成し、里に戻ってきて、さらに四つ後を授かった。
だが人間は死んでしまった。二人で里の中を散歩していた時だ、一匹の魔獣が柵を乗り越え中に侵入していたのだ。四つ子を授かり身重な紅葉へと魔獣は襲い掛かった、だがそれを人間が庇ったのだ。
駆けつけた紅鶴によって魔獣は瞬殺されたものの、厄介な毒を持つ魔獣なために、重症だった人間の傷は悪化し日に日に衰弱していった。
そして紅葉が四つ子を出産すると同時に、命の灯火を燃やし尽くし、産まれたばかりの四つ子と幼き柊を残し絶命。
紅葉はその死の理由を自分のせいにし後悔。その三か月後に大侵攻が起こったのだ。
「今思えば、あの魔獣は偵察だったのかもしれません。……大侵攻は、今相手取っている魔獣達ほど洗練された動きではないものの数の暴力には勝てず、ジリジリと後退していき、今あるこの里が最後の砦となりました」
四方を森に囲まれ、神事やらを執り行われる地として魔除けの魔鉱石によって魔獣を退いていたこの地は、避難場所としては最適だったのだ。
だが一箇所だけ開けた道があった。南にある森の入り口とは別の入り口、東の入り口。魔獣はそこから津波のように攻め入ってこようとした。
だがそれを一人で食い止めたのが紅葉だった。ボロボロになりながら、逃げ遅れた里の人々を守り、背後にいる大切な我が子のために魔獣を一匹残らず殲滅してみせたのだ。
だが大量出血や、右腕欠損、内臓破裂、眼窩骨折共に眼球破裂などの大怪我は、鬼の血をもってしても回復は不可能であり、紅葉は最後に我が子達のもとに帰ってきて力尽きたのだ。
「そしてその子は私の娘でした」
「……ふぁ?」
酒呑の唐突なその言葉に鬼丸は素っ頓狂な反応しかできなかった。
口を開けてポカンとし、首を傾げる鬼丸に酒呑はくふふと笑みを浮かべた。
「私はもう500年の時を生きています。……もちろん恋もしています、あの子は私が400歳の時に産んだ子でした」
500年間封印されていた鬼丸とは違い、酒呑は500年の歳月を生きてきた。当然の話だ。
だがあの時の記憶で止まっている鬼丸からしたら全く当然の話ではないのだった。
「あの子は何者にも縛られない、自由を求めていました。でも、あの子も恋という楔には逃れられなかった」
自由を求めたはずの少女は、乙女に成長し帰ってきて。乙女は最後に、母となりこの世を去った。
「……大体読めてきたのじゃ。つまるところ、うぬは葛葉にその紅葉の代わりをさせようというのじゃな?」
「……はい」
今までの話を聞いて察せれない鈍感はいない。
それに、
「葛葉がうなされとったと、言ったな? その内容がもろにそれじゃ、代わりになれるかどうかどうか、そんなことを宣っておったわい」
鬼丸はその耳で聞いていた。
だが、葛葉に頼むにしてはあまりに重い物だ。
葛葉は人間で、16の小娘なのだ。長命種の価値観からすれば赤子も同然だ。
「どうして葛葉なんじゃ?」
鬼丸のそんな疑問に、酒呑は罪悪感に苛まれているような顔で答えた。
「……単純な理由です。英雄殿は大変よく―――」
そこまで発せられれば鬼丸は嫌でもわかる。
前にもあった。そして葛葉はそれで苦しんでいる。
なぜ、そうなってしまうのか。
そして問いたい、なぜそんな酷いことを頼めるのかと。
「似ていますから。紅葉の生まれ変わりと言っても信じてしまうほどに」
鬼丸はその酒呑の言葉に湧き出る怒りを食いしばった。
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