五話 この気持ちにケリをつけて
遅れてしまい、すみません!!
夜風が身体の熱を奪って去っていく。風に揺らぐ髪を手で押さえ、雲一つない夜の空で月が満ちているのを、ホッと息を吐きながら見上げる。
手を伸ばせば届きそうなほどに近いようで、遠い。大きいその存在に恋焦がれる、その様はまさに恋する乙女のようだった。
―――ガンッ。そんな考えがよぎった自分の頭をバルコニーの手すりに思いっきり叩きつけた。
よく澄んだ音が響き、額にはジンジンと痛みだけが残った。
(……っ‼︎ いつもみたいに出来なかった……‼︎)
ギリギリと悔しそうに歯を鳴らすのは、平静を装うとして空回りをしまくり、逆に葛葉に気を遣われてしまった緋月だった。
葛葉の顔を見るたびに胸が締め付けられるような感覚に陥り、指先が触れただけでも心臓が止まり掛けるほどに、今日の自分はとにかくどうかしていた。
「なんなの、これ……」
とは言っているものの自覚はしている。
ただ、それがこんなにも自己をぶち壊してしまうような強烈なものだとは知らなかった。
「かっこいい姿だけ見せたいのにぃ……」
ただそれだけなのに、どうしても出来ない。かっこいい姿のままでいられない。
こんなのは自分ではない、こんなのは【戦帝】ではない。こんなのは葛葉の師匠ではない。
はぁ、そんな深いため息が自然と出てしまった。
「―――緋月さん」
その時だった、背後から掛けられる声。それは当然まごう事なき、葛葉の声だ。
ビクッと肩を跳ねさせバッと後ろに振り返ると、いつも以上に可愛く、そして美しい葛葉がそこにはいた。
月夜で揺れるその紺色の髪は、月光を反射させ、妖艶な光を放ち、女神のような相貌をより映えさせる。
「何してたんですか?」
後ろで手を組みながら葛葉は隣へやってきた。
そしてこちらを見つめ、首を傾げなら尋ねてくる。
一挙手一投足から目が離せない。葛葉の姿を自然と目が追ってしまう、釘付けという言葉がこれほどまでに当てはまることもそうそうないだろう。
葛葉から言葉を投げ掛けられても、どうしても反応が遅れる。
「……あ、いや。ちょっとね、夜風に当たりたいなって……」
「あーなるほど。確かに、ちょうどいいですねっ。……もうそろそろ夏も終わりですし」
「そ、そだね……」
普段なら合わせれる目が、どうしても合わせれない。
下を向いてしまう、葛葉の顔を見ることが怖い。
魅入られ、自分が自分では無くなってしまうような、そんな恐ろしい考えが過ってしまうのだ。
相手が葛葉なのにだ。
「……緋月さん」
「う、うんぅ?」
モジモジと両手を合わせたり、ぎこちなく体を揺らしたりとしていると、葛葉が声を掛けてきた。
上擦った声で返事を返すと、
「こっちを……」
ダッダッという踏み込みの音と、肩を同時に掴まれる。
そして、
「こっちを見てください!!」
グルンッと身体の向きを強制的に葛葉の方へ向けさせられた。
葛葉の顔がはっきりと見えた。
そしてそれは悲しそうな顔だった。
「どうしちゃったんですか緋月さんっ! らしくないですよ!」
訴えるように、掴んでくる手の力がより強くなって、涙こそ流しはせずとも、確かに涙を溜めて。
葛葉は思いの丈を吐露する。
「いつもみたいにおちょくって下さいよっ‼︎ なんでっ、揶揄ってっ、抱きついて、胸を揉んできて、下品なことを言って……そんないつもの緋月さんは、どこ行っちゃったんですか!?」
はっきりとそう言われてしまった。
きっと葛葉は愚直な言葉を言ってくれた。だが、自分にはお前は誰だという言葉にしかならない。
そうだとも、自分はなんなのか。
「はっきり言って気持ち悪いです! こんなの緋月さんじゃありません‼︎」
言われてしまった。
自分ら一体なんなのだ。
自分は、一体……。
そう思考しようと顔を俯かせようとして、ガッと強く仇を掴まれてしまった。
正確には、むにゅっと両頬をだ。
「んびゅ⁉︎」
変な声が出てしまう。頰を押されたせいか、葛葉の顔がすぐ真ん前にあるからか。
未だ自分の目は葛葉のことを直視するのを避けようと、葛葉以外の物を見ようと泳いでいた。
が、当然葛葉はそれを許さない。
「緋月さん‼︎」
「っ!」
喝を入れるような声にようやく、自分の目は真っ直ぐと葛葉のと視線を交わした。
宝石のように美しい瞳、だがやっぱり目端に涙が溜まっていた。
泣かないように必死に堪えながら。
「……っ、ごめん」
その顔を見て、ようやく考えが纏まった気がした。ごちゃごちゃになっていた頭の中がスーッと一つになった気がしたのだ。
こんな情けない奴でいていいわけがない。
それにボクは……、
「君の師匠だっ!」
向かい合っていた二人。
心臓の高鳴りを抑えつけ、苦しくても葛葉の中の緋月になるために、葛葉へ抱きつくのだった。
「大好きだよっ! 葛っちゃん‼︎」
ぎゅっ〜っと飛んで抱きつき絶対に離さないと言わんばかりに抱きしめる。
葛葉は唐突なことに「急過ぎますよっ⁉︎」と悲鳴を上げていた―――。
―――そんな二人の遠く離れた場所から頭だけひょっこりと出し、そのやりとりを親のような温かい眼差しで、葉加瀬は見ていた。
「……」
「―――葉加瀬様」
不意に声を掛けられ、少々ビックリしつつも振り返ると、そこにはスミノが立っていた。
「準備完了いたしました。いつでも転移してもらっても構いません」
「あ、うん。分かった」
任せていた作業の完了報告らしい、淡々とそれを報告してくれる。
ただ足音も気配もなく背後に立って急に声をかけるのはやめて欲しい。
「……何を?」
一拍置いて、スミノが首を傾げて眉を顰める。
あーっといい、葉加瀬は「まぁいいか」とスミノにも見せると、
「……なるほど。あのお二人はとてもお似合いですし」
「そう?」
求めてはいないが見た感想を口にし出した。
どうやら好評らしい。
……ん? ですし?
「それでは、私は戻ります。失礼します」
お辞儀をし、スミノはそそくさと去ってしまった。
「……」
スミノのあの言葉が気になるが、葉加瀬は気を取り直し二人のことを見守るのだった。
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