第五話「正しい努力の仕方」
「それじゃあ、早速授業を始めましょうか!」
昨日よりもハイテンションな声でリリスはそう言った。いよいよ今日が授業初日。といっても授業は俺がいつも魔術の練習をしている室内練習場で行われるし、以前にもちょっとだけ家庭教師に教わっていたこともあるしであまり新鮮な感じはしない。
「ルークくんはある程度は魔術ができるそうですね。では、力試しに攻撃魔術『アイスボール』を使ってあの的に当ててみてください」
「はいよ」
『アイスボール』か。手元に氷塊をつくり前方に発射するだけの簡単な魔術だ。それをリリスが今指さしている10メートルほど先にある的に当てるのか。正直楽勝だ。
手元に魔力を手中させる。だんだんと魔力が集まってきた。それを氷に変換する。
魔力を変換して魔術を行使する際には、行使する魔術の発動プロセスを具体的にイメージするイメージ力が重要になる。例えば、この『アイスボール』なら、手元に魔力を集めてそれを氷に変換させそれを前方に向けて発射する、このプロセスを頭に思い浮かべながら魔力を練り上げるのだ。
というわけで、俺は手元に出来た野球ボールくらいの大きさの氷塊を発射する。すると10メートルほど先にある的に見事氷塊が命中した。
「お見事です、ルークくん」
リリスが褒めてくれた。誰かに褒められるのはやっぱり嬉しい。特に可愛い女の子に褒められるのはとても嬉しい。ついうっかり顔がニヤついてしまう。
「照れるなあ」
「でもルークくん、いくつか改善点があります。まず、魔術の発動速度が遅いです」
「えっ、遅かったか、今の」
「遅すぎというわけじゃないですが、もう少し早くできるはずです。それと、『アイスボール』で作った氷塊、ルークくんの力ならもうちょっと大きな氷塊を作れるはずです」
「そうなのか。ところで先生ならどのくらい早く魔術を発動できるんだ?どのくらい大きな氷塊を作ることができるんだ?」
「わかりました、では実演してみましょう」
そう言ったリリスの手元に、ピキピキピキっとサッカーボール大の氷の塊が出来、10メートルほど先にある的へと向けて発射され、見事的に命中した。
それにしても、魔術の発動速度が早い。俺の時は発動までに10秒弱かかっていたのに、ものの3秒くらいで発動してしまった。しかも、氷塊の大きさも俺のより断然大きい。
「すげぇ。先生、どうやったらあんな風に魔術を使えるんだ?」
「何度も反復練習をすればできるようになりますよ。そういえばルークくん、今何種類ぐらいの魔術を使えますか?」
「えっと、大体60種類くらいかな」
「60種類!あなた14歳でしたよね?14歳で60種類の魔術を習得するなんて多すぎです!」
「えっ、14歳で60種類は多すぎるのか?」
「ええ、多すぎです。私も今使える魔術は50種類ほどしかありません。」
へえ、リリスが使えた魔術は50種類しかないのかよ。ということは、使える魔術の種類で言えば俺の方が多い。
「もしかして、褒めてるの?」
「いいえ、褒めてません。とりあえず、ルークくん、今使える一番高度な魔術を使ってあの的に当ててみて下さい」
なんだよ褒めてないのかよ!私と同い年なのにこんなたくさん魔術を使えてすごいね、みたいな感じで褒めてくれるって思ってたのに。女の子に褒めてもらう感覚に味を占めていた俺は少しだけ落ち込んだ。
「じゃあ、俺が今使える魔術の中で一番高度な魔術『クリムゾン・ドライブ』やりまーす……」
ちょっと不貞腐れた感じで俺はそう答えた。と同時にかれこれ生前の分も合わせれば30年以上生きている癖に、14歳の女の子に褒められなかっただけで不貞腐れてしまう自分が少し情けなくなった。
けど、不貞腐れていてもしょうがない。とりあえず、また褒めてもらうために、頑張って灼熱の火球を発射する攻撃魔術『クリムゾン・ドライブ』をやろうと心に決める。
手元に魔力を集める。さっきの『アイスボール』の時よりもはるかに膨大な魔力を手元に集める。それを大きな火球に変換しようとする、がなかなかうまくできない。魔力の扱いはその大きさに比例して難しくなる。したがって、この『クリムゾン・ドライブ』を使用難度は『アイスボール』よりもはるかに高い。
しかし、時間をかけるうちに何とか魔力を火球に変換することができた。やっとの思いで作り上げた火球を前方にある的に向けて発射する、がうまくいかない。的からそれた火球は壁にぶつかりそのまま消滅した。壁に施された特殊効果のせいだ。この部屋の壁には魔術の練習で壊れないように、魔術の効果を減衰させる特殊な材質の建材で作られているのだ。
「外れた……」
うーん、外してしまった。正直『クリムゾン・ドライブ』は最近辛うじてできるようになったばかりの魔術で、とてもじゃないけど使いこなせているとは言えないレベルの習熟度だ。
「この年で不完全ながらも『クリムゾン・ドライブ』のような難しい魔術を使えることは素晴らしいことです。でも、ルークくん、あなたは使える魔術の種類こそ多いですけど、どの魔術も習熟度が足りていません」
『クリムゾン・ドライブ』を外した俺に問題点を指摘するリリス。確かに、俺は習得している魔術の種類こそ多いが、どれも全体的に習熟度が不足している。
「ルークくん、あなた一つの魔術をある程度使えるようになったら完璧に使いこなせるまで練習せずに、また別の魔術を習得しようとしてませんか?」
「はい、してます……」
痛いところを突かれた。俺は飽き性な性格で、一つの物事を極めることが苦手だ。なんでもそこそこできるようになったら完璧にできるようになるまでに、ついつい別のことに目移りしてしまう。
「それじゃあだめなんです。魔術の習得は、中途半端に高度な魔術をたくさん身に着けるよりも、基礎的な魔術を完璧に身に着けることの方が重要です。基礎的な魔術が完璧でないと、高度な魔術を完璧に習得することは不可能なのです」
「基礎を完璧にしろということか。でも、基礎的なことってやっててもつまらないし……」
「だめですよルークくん。つまらないことでもやらなきゃいけないことはちゃんとこなさないとだめなんですからね」
うーん、確かにリリスの言う通りかもしれない。でも、今更『アイスボール』とかその辺のレベルの魔術の練習をするのか?正直退屈そう……
「ということで、ルークくんにはこれからは基礎的な魔術を完璧に使えるように練習してもらいます」
「え~~~~」
「え~、じゃありません。ほら、じゃあ早速『アイスボール』を完璧に使いこなせるように練習しますよ!」
リリスに怒られた。
「完璧に出来るまで何時間でも練習しますからね!」
こうして、俺はリリスと付きっきりで『アイスボール』の練習をすることになった。
* * *
「疲れた~」
ふぅ、とため息をついて俺は床に座り込む。
「お疲れ様です、ルークくん。かなり完璧に使いこなせるようになりましたね」
そんな俺にねぎらいの言葉をリリスはかける。
あれから、俺はひたすら『アイスボール』の練習をした。4時間くらい練習したと思う。的に向けて何度も何度もを撃った。おかげで、俺はリリスのように『アイスボール』を完璧に使いこなせるようになった。
『アイスボール』の練習は意外と退屈ではなかった。正直、こんな基礎的なことを続けるなんて1時間も持たないと思っていた。だが、リリスは俺のそんな飽き性で辛抱の足りない性格を見透かしてか、色々と俺がモチベーションを保てる工夫をしてくれた。
まず、4,5回『アイスボール』を撃つたびに「ルークくん、その調子です。頑張って下さい!」と励ましてくれた。つぎに、1時間ぐらい練習してちょっと練習に嫌気が差してきた時、リリスは「先生もルークくんと一緒に練習します」と言って俺の横で一緒に『アイスボール』を撃ち始めた。しかもかなり一生懸命、ハイペースで『アイスボール』を撃っていた。これには流石の俺も、隣で女の子が必死に頑張っているのに自分はへこたれていてもいいのか、と感じてしまった。結局俺は、半分惰性だけどリリスの頑張りに影響されて、4時間近く『アイスボール』を撃ち続けた。途中で疲れて中断してしまうこともあったが、隣で休まず『アイスボール』を撃ち続けるリリスに励まされてすぐに復帰した。それで何とか4時間も練習を続けることができた。おかげでかなり『アイスボール』の習熟度を上げることができた。
「先生こそ、あんなに『アイスボール』を撃ってて疲れなかったんですか?」
「えへへ、正直結構疲れました」
そう言ってリリスは俺の横に座った。しばらく俺たちは魔術を使い続けた疲れを取るために座って体を休めた。
「今日はこれでもう終わりですか?」
「ええ、もうかなり遅い時間ですし、これで終わりです」
練習場にある小さな窓から外を見る。ちょうど夕日が沈んで暗くなった時間帯だ。昼すぎから始めてもうこんなに時間が経ってしまったのか。
「それじゃあ、そろそろ帰りますね。明日も授業がありますから、ちゃんと伝えた宿題やっといて下さいね、ルークくん」
「わかりました、先生」
そう言ってリリスは立ち上がり、廊下に出ようと部屋のドアの方へと歩みを進める。
ちょうどドアを開けて外に出ようとした瞬間、「ルークくん、今日の授業どうでしたか」と少し小さめの声で言った。
それに俺は、
「楽しかったです。それに嬉しかったです。一生懸命、練習に付き合ってくれて。明日からもよろしくお願いします、先生」
と返した。
すると、リリスはパッと明るい笑顔になって「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」と言って部屋を出て行った。
俺は部屋を出て行くリリスの後を追いかけて廊下に出て、「さようなら、先生」と手を振った。基本的にあまり愛想のいい性格ではない俺だけど、今日一日親身になって練習に付き合ってくれたリリスへの感謝の気持ちを込めて手を振った。
それにリリスは少しだけ顔を赤らめながら手を振り返した。




