第78話 経緯
物語がようやく進んでいる気がする。
「少しこの辺りを照らしましょうか。
ロード、ルミネイター」
光の粒が散らばり、辺りの様子が露わになる。
所々に石が飛び出していたりしているくらいで、それ以外はほぼ平坦な大地だ。
「この場所の印象はどうですか?」
「どうって……単なる平坦な地形というか」
「そう見えますよね。
ですが、ここに確かにあったのです。
確かな、記憶が……」
最後の方は聞き取れなかったが、何かを思い出しているのだろう。
「えっと、ここで魔人との戦闘があったという話でしたっけ?」
とりあえず話を進めるためにも確認の意味で質問を投げかけておく。
「そうです。
過去に中央大陸で人間は前線を大きく後退し、中央大陸の覇権を魔人に奪われた時期がありました。
そしてこの場所に魔人の上陸を許してしまったのです。
それでも人間は必死の抵抗を見せ、なんとか魔人の人間界への侵入を阻むことができ、現在の人間界での平和が確保できました」
「それは……良かったんじゃないですか?
確か、二十数年前ですよね。
歴史的に結構新しいので、学園の入試でも出題されてました。
シリウス皇帝の手腕が評価されていたと思います」
「シリウス皇帝の手腕で魔人部隊を撃退した。
史実ではそうなっていますね。
結果だけ見れば確かにそうですが、内容は大きく異なります」
「それが、シリウス皇帝を殺すことに繋がるんですか?」
「最後まで聞けば分かりますよ。
……この魔人侵攻が行われたのは、今から24年前。
元々この周辺には複数の村々が点在しており、それらが寄り集まって一つの行政地域が出来上がっていたのです。
私はその中でも最も大きな村──イングリス村の村長の一人娘として生を受けました」
▽
24年前──
「おかあさん、お腹すいた」
「マリア、まだ外で働いている方々がいるうちは夕飯は出せないわ」
「でも、お外真っ暗だよ?」
「それでも、皆さんまだお仕事をされてるの。
あなたは魔法で外を照らして、お仕事のお手伝いをしてきなさい」
「……はぁーい……」
空腹を抱えながら、村のはずれまでひとりで向かいます。
この頃になって、やけに大人たちが忙しくしたのを覚えています。
この時点では知りませんでしたが、どうやら中央大陸での状況が芳しくないということでした。
村長の娘とはいえ、決して裕福な生活はさせてもらえませんでしたし、こういった対応は珍しくありませんでした。
母が教会に所属していたせいか質素な生活こそ好まれ、贅沢な暮らしはむしろ良くないものとして私は育てられたのです。
母から光属性を受け継いだため、将来は教会で勤められるように早くから教育を受けていましたし、6歳にしては光属性魔法を使えていたでしょうか。
「おじさん、おかあさんがお手伝いしてきなさいって。
ロード、ライトボール」
外で作業をするおじさんの周囲を魔法で照らしてあげます。
「お、マリアちゃん、いつもありがとうね。
でも申し訳ないね、まだ6歳なのに。
お腹すいただろう?」
「うん」
「じゃあこれをあげよう。
これはおじさんが仕事の途中で食べようと思ってたものだけど、時間が取れなくて食べれなかった干し芋だ。
残していても傷んでしまうし、マリアちゃんが食べていいよ」
おじさんは紙包みに入った干し芋渡してくれました。
「ほんと?
ありがとう!」
子供の私は恥も外聞もなく、すぐさま干し芋にありつきました。
「ははっ、そんなにお腹が空いていたのかい?
でも夕飯を残したりして、干し芋を食べたことがバレないようにね」
「うん!」
口の周りを汚したまま、元気よく返事をしていました。
おじさんも私のことを微笑ましく見てくれて、談笑をしながらお仕事を眺めるのは決して嫌な時間ではありませんでした。
その後自宅に戻ると、母はやはり忙しそうに動いています。
「マリア、お母さんはお父さんたちの寄り合いの準備があるから、夕飯は一人で食べておきなさいね。
夕飯を食べたら整容してすぐに寝るんですよ?」
いつものことです。
家族の団欒など、ほとんど行われた記憶がありません。
「はぁーい……」
食卓で一人、質素な夕飯をつつきます。
そのまま就寝前の整容を終えて、ベッドに身体を沈めます。
ここ半年ほど、このような状況が続いていました。
それは、村が戦場に向かう兵士の駐屯地としての機能を求められていたことが原因でした。
特に私の村は、その中心的な立ち位置でした。
戦場へ向かう前の兵士たちに食事用意したり、戦場からの負傷兵の看護場設営して管理したり、周囲の村々も含めて人材をかき集めて、それでも人手が足りない状況でした。
そのため子供だからといって遊ばせている暇などなく、私と同年代の子供も軒並み働かねばならないのが現状でした。
そこに私だけが文句を言うわけにもいかなかったのです。
日に日に村の様相が様変わりしていくのが見て取れました。
住み慣れた村は昔であれば木の柵で周囲を囲まれていた程度だったのですが、今では要塞のような佇まいです。
反り立った外壁のために日照度も減りましたし、海を臨むことも出来なくなりました。
夜間であっても外壁の上を慌ただしく動き回る兵士もいましたし、村中に松明の灯が煌々と輝き続けていました。
外壁も伸び続け、周囲の村々も徐々に巻き込まれて行きました。
最終的に、イングリス村は付近の5つの村を併合した集合体になりました。
「いつになったらこの状況は解消されるんだ!
もう我々の村は食料の備蓄が底をつくぞ!
大人たちだけならまだいい。
だが、子供たちに食べさせる食事すら難しくなってきている!」
最近では会議の場で怒号が絶えません。
村の中心にある会議場から漏れ出すその声に、さすがに子供の私でもよくない状況だということは気がつきます。
怒号の標的は私の父です。
イングリス村が中心に周囲の村を併合したことから、ここの代表は父ということになっています。
国からの指示でさせられていることなのですが、皆そんなことが分かっていても不満の吐き出し口は必要です。
それが分かっていたからこそ父も住民の声を無碍にせず、私の家の食料を減らしてまで対応していました。
日に日に憔悴していく父の姿を見るのは、なかなかに辛い経験でした。
そんな折、国からの使者という方が派手な馬車で村に乗り付けてきました。
当然住民の不満や殺意がその方に向くことになるのですが、父はそれらをなんとか抑えるように動いていました。
「私は帝国の使者であるぞ?
こんな汚らしいところで待たせず、早く村長宅へ案内せぬか!」
「も、申し訳ございません!
直ちにご案内致します!
ささ、こちらへ!」
嫌な人間というものは得てして存在するものです。
傲慢な態度の人間でしたが、帝国からの使者とあってはそれを誰も咎めることはできません。
もし誰かが激情に任せて使者を攻撃しようものなら、ここにいる住民すべての命が危ぶまれます。
皆それが分かっているのです。
そのため住民の鬱憤はさらに溜まっていくのでした。
「この村はまともな食事も出せぬのか?
このような食事では戦場へ向かう兵士たちも辛かろう」
「申し訳ございません!
ですが、切り詰めてこの状況なのです。
全ての村の備蓄を総動員しても、そう長くはありません!
この状況が続けば、飢え死にしてしまう者も出かねません。
どうか、どうか国からの援助をお願いできないでしょうか?」
「何を生意気な!
国のために戦場で戦う兵士たちであるぞ!?
貴様ら村民の命よりも尊いであろう!
なれば、兵士にたらふく食わせ、貴様らが我慢するのが筋ではないか!」
「で、ですが──」
「くどい!
備蓄が不安なら、なぜ命懸けで食料を集めぬ?
離れた地域まで足を伸ばせば、購入も可能であろう。
なぜそこまでせぬか!
不平不満を述べる前に、まずは行動で示さぬか!」
「……大変な無礼を申しました。
兵士こそ国の宝。
平にご容赦を!」
「ふん、ようやく愚かな考えを払拭したか。
ただし、次はないぞ?」
「ははぁ!」
「……そうであった、話の続きだ。
ここ最近、魔人たちの勢いが増してきておる。
戦場での戦いも芳しくないとのこと。
そこでシリウス皇帝は一度戦線を立て直すべく、新たな作戦を立案された」
「と、申されますと?」
村長に不安が過ぎる。
「この場所を主戦場として設定する。
一度敗走したと見せかけてここに魔人を迎え入れ、そこを一気に叩くという作戦だ」
「そ、それでは……我々はどこに逃げれば良いのでしょうか?」
「逃げる?
何を言っておる、貴様らも戦うのだ!」
「わ、我々は戦う術を持ち合わせておりません!
兵士の方々の邪魔にもなりかねませんし、我々はこの場を離れたほうが良作ではないでしょうか?」
「貴様、シリウス皇帝の作戦に不満があると申すか……?」
使者の口調の変化に、身の危険を覚えた村長。
「いえ、そのような訳では!
決して、決して皇帝陛下を愚弄する意図はございません!」
村長は額を擦り付けるようにして謝罪を口にする。
「私は貴様ら村民の生殺与奪も任されておるのだぞ?
黙って私の話を聞いておれば良いのだ。
分かったな?」
「ははぁ!」
「それでは詳しい作戦の内容だが──」
最終的に使者は満足げな顔で帰っていった。
なんとか笑顔を顔に貼り付けていた父だったが、使者の帰還とともにそれは即座に剥げ落ちた。
「お、おい、どうなったんだ村長!?」
暗い様子の父に、皆が群がります。
「それは、追って伝える……。
まずは各村の代表者には集まってほしい」
さらに憔悴した父の顔を見て、ロクな会合ではなかったことが容易に想像できました。
▽
「なんだって!?
俺たちも戦わなければならないだと!」
「そうだ。
大人も子供も関係ない。
全員が一丸となって魔人に立ち向かわなければならないのだ。
ここが人間界の最後の砦となる。
ここ失えば、人間界全土に魔人を解き放つことに繋がってしまうのだ。
だからこそ、我々は立ち上がらなければならないんだ」
使者が来る前と去った後で、村長の様子が少し変化している。
正義感だったり責任感というのだろうか。
それによって無理矢理に重い重圧を押し返しているような印象を周囲の者に与えていた。
「そんなこと言ったって、戦う術なんて……!」
面々の一人が、泣きそうな声で漏らした。
「そこは大丈夫だ。
皇帝陛下が確実性の高い作戦を立案済みだ。
しかし流石に戦う手段が全くのゼロというのは無理だ。
戦えるも者が全くいないという訳でもないしな。
その者が指揮を執って、訓練を行なっていこうと思う。
そのために使者殿は教本や魔法のスクロールなども残して帰られたしな」
「それでも……」
まだ皆の顔に明るさは見えない。
「それに使者殿は約束してくれた。
ここで我々が奮起して人間界を守る役目を果たせば、我々が一生安泰に暮らせるように取り計らってくれると!
国からの恩賞で教会を建てたりだとか、そういうことも検討中なのだそうだ」
「おお……!」
「なんと、それは本当か!?」
「ああ、その証拠にこれだ!
帝国の正式な書面にて契約を履行する旨が明記されている!」
村長はその書面をバンと机に叩きつけた。
皆食い入るように眺めた後、力強く頷いた。
「そうか……それなら頑張らなければならないな」
「俺たちが人間界を守るんだ!」
「不甲斐ない姿を子供たちに見せるわけにはいかないしな!」
ようやく決まったようだ。
「明日、私の口から住民にこの内容を伝えることになるはずだ。
多少の混乱は起こるだろうが、これは国の決定だ。
出来る限りのことはやってみよう。
どうしても戦いを避けたい者がいれば、なんとか遠くの村落に落ち延びさせることも検討している。
まずは君たちの方から周知して欲しい」
「ああ、分かった」
「やっておこう」
村の代表者の意思が固まったところで、その日の会合はお開きとなった。
▽
次の日、村長の口から今後の活動が発表された。
村長は騒動になると踏んでいたが、思ったよりも反論は出なかった。
それでもやはり戦うことに向き合えない者達には、こっそりと村から脱出してもらうように手配した。
流石に国といえど、全ての住民を把握はできまい。
このややこしい渦中で村人1人1人を確認などはしないだろうという考えもあった。
そうして、本格的に住民達の戦闘訓練が始まった。
学校に通ったことのない者が大半だったが、少しでも秀でた者がいれば年齢性別関係なく指揮を執り、皆魔法技術を学ぶことに没頭した。
それもこれも生きるためであり、家族を守るため。
ひいては人類を守る大きな役目にもなるかもしれないということで謎の一体感が生まれ、作戦決行の日に向けて一歩ずつだが着実に力をつけていった。
そして、その日は訪れた。




