第77話 迫真
切りどころが悪く、短いです。
あと、クドくてすいません。
『シリウス皇帝を殺害しなさい』
あの言葉にどんな意味がこもっているのだろうか。
そればかりがグルグルと頭の中を巡っていた。
マリア先生の発する恐ろしさよりも、俺は彼女の過去に想いを馳せていた。
彼女の言葉には力があった。
あれらは彼女の経験からくるものではないだろうか。
確かに俺は行き当たりばったりな行動ばかりしていたし、過度だったとはいえ、俺に学ばせる意味では彼女の行動は間違っていなかっただろう。
一つの魔法だけで俺はほぼ無力化されていたのだから、吹けば飛ぶような命であることは間違いない。
俺の命が長引いているのは、たまたまだ。
そう、たまたま他人の手が届いていたから助かってきたに過ぎない。
それを深く考えさせられた。
そして、まだ続きの話があるのだろう。
『明日の晩、私の元に来なさい』
とも言っていた。
俺の性根を叩き直すような何かが行われるのかもしれないが、わざわざ時間をとってくれるのだから赴かないわけにもいかない。
最終的に回復魔法もかけてくれたし、服の汚れなどはクリアの魔法で処理しつつ自室に向かった。
正直シャワーを浴びたい気もしたが、それ以上の疲労のためにベッドに入るとすぐに眠りについてしまった。
▽
次の日。
何事もなかったようにジュリは戻ってきていた。
昨晩あった事を軽く共有し、皆思い思いの訓練や勉強を行っている。
試験まであと3日だ。
無理もない。
俺はどこか気の抜けたような、心ここにあらずといった状態だった。
なんというか、昨晩のランゼとマリアの言葉で考えさせられることが増えたからだ。
周りもどこか気を遣ってか俺を1人にしてくれていたから、久しぶりに1人になれた気がする。
不甲斐ない姿を見せているのは大変心苦しいが、考える時間は必要だろう。
なんでもガムシャラにやればうまくいくと思っていたが、容易に足元をすくわれるというのを痛いほど実感させられた。
周りの皆も必死で物事に打ち込んでいる。
ジュリなんて昨日酷く傷ついたはずなのに、そんな様子は一欠片も見えやしない。
それは自身を高めるためであり、俺を手助けするためだろう。
それなのに俺はなんだ。
自分勝手に行動して命を大切にしないようなことばかりしている。
それもこれも、いつも誰かが助けてくれるという考えがあったからだろう。
マリア俺のそんな浅い考えを見抜いての、あの発言だったはずだ。
いつでも誰かが助けてくれるわけではない。
一人で戦わなければならない場面も多いはずだ。
場合によっては──マリアの発言にあるように、仲間を切り捨てる判断も必要になってくるかもしれない。
何をもって、彼女は闇魔法を発現させたのだろうか。
……今はこんな考えは捨て置くか。
いずれ彼女の口から語られるのを待つとしよう。
結局俺は何がしたいのだろうか。
昨晩命の危機を感じた時。
『俺は決めたんだ!
あいつらを還すって、彼女を守るって……!』
あの時出た言葉が俺の根幹だろう。
勇者がこの世界に使い潰されるなんて許せない。
その考えから、そんな事をする連中は殺害しても構わないと、俺の倫理観が崩れている。
彼らの正義感や責任感があるから、彼らのやろうとしていることを止めはしなかった。
この世界に来てまもなくは、こんな世界なんか捨てて還すべきだと思っていた。
しかし、今は俺にも大事なものが出来てしまった。
彼らも、俺以上にそういう存在は多いだろう。
だからこそ、彼らのサポートが出来るくらいには強くならなくてはならない。
自分の中で目的を言語化していけば、少し見えてきた気がする。
▽
「来ましたね」
「はい、お待たせしました」
深夜になり、俺はマリアに指定された場所に身一つで馳せ参じた。
「では、向かいましょうか」
向かう?
話をするわけじゃないのか。
「えっと……向かう、というのは……?」
「昨晩の私の発言について疑問があるでしょうから、その説明のためにとある場所へ向かいます」
「え、あ、はい」
とりあえず黙って付いて行くとしよう。
まだ昨晩のことでマリアに対する恐怖感は抜けていないが、仕方がない。
「ご苦労様です。
夜が明けるまでには戻りますね」
警備の者に外出の旨を伝え、そのまま歩いて通用門を出る。
警備は俺に対してやや怪訝な面持ちだったが、教員付き添いだからか、それ以上は俺に興味を示さなかった。
一体どこへ向かうというのだろうか。
大通りを進み、さらに暗くなった路地に入ったあたりでマリアは足を止めた。
ゴロツキでも出てきそうな印象だ。
普通に生活していたら、夜中にこんな所には絶対来ないだろうな。
まさか、ここで俺を始末するとか?
いや、それならもうやられているか。
ランゼ曰くマリアは戦闘狂ということだから、見た目とは裏原に武力は一級品だろう。
しばらくそのままでいると、何者かが近づく気配があった。
シルエットから女性のようだが、暗がりで全貌は窺えない。
その人物はマリアと一言二言話すと、また闇の中に消えていった。
「では、ここからスクロールを使って移動します。
私の手を握ってくださいませんか?」
俺は言われた通りに彼女の手を握る。
細い指だが、こんなところでいちいち煩悩など芽生えさせない。
マリアが手に持ったスクロールマナを込めたのが見えた。
そして、次の瞬間には周囲の景色が一変していた。
あたり一面を夜闇が占めている。
魔獣とか出そうなんだが、大丈夫なのか?
耳をすますと、静かな波の音も聞こえる。
海岸沿いにやってきたのだろうか。
帝国に一番近い海岸だとしても相当な距離があるのだが、本来移動用のスクロールは大した距離が飛べないはずだ。
一体どんなものを用いたというのか。
「ここはどこなんですか?」
「……ここは、人間界の東の果て。
中央大陸に最も接近する海岸線。
ここ数百年のなかで、魔人との戦場と化した唯一の場所」
呟くように、哀愁を漂わせるマリアの姿が暗闇の中に見えた。
「私のお話をする前に、少しお勉強をしましょうか」
「……?」
「昨日あなたが戦闘を行なっていた相手──彼女が使っていた魔法を覚えていますか?」
どの魔法かと戦闘風景を思い出してみたが、マリアが聞いているのは恐らくこれのことだろう。
「えっと、確かデュアルマジックだとかなんとか……」
「そう、それですね。
あれは2つの属性を掛け合わせた高等技術。
混合魔法と呼ばれるものの一つです。
デュアルマジックという根源名を使用する魔法は、根源名を持つ魔法の中では比較的難度の低いものですね。
以降はこれらを根源魔法として纏めますね」
「その根源魔法がどうかされたんですか?」
「根源魔法はそれほど多くはありません。
今の混合魔法であったり、ジュリアーナさんが用いていた系統魔法。
これらがよく見られる根源魔法でしょうか。
そしてこの根源魔法の中で、一般的に知られていないものがあります。
何かご存じですか?」
系統魔法自体も入試で知ったくらいだしな。
混合魔法という名称も、今初めて知ったし。
図書館などで一般知識的に流布されている魔法は、それほど多くないということか。
「いえ、特に思いつきません」
「そうですか、ではお教えしましょう。
今から語るこの魔法は、あらゆる魔法の中で禁忌に属するものであり、普通に生活していて触れることはまずありません。
ですがこの魔法により得られた産物には、もうすでに触れているはずです。
まずはこの魔法の名前からお伝えします。
その名は……犠牲魔法」
「犠牲……」
その名称に、背中にぞくりとした怖気が走る。
「当然、この名前を聞いて良いイメージは抱きませんね。
根源名はリーサルマジック。
とくに人間やその生き血を触媒として要するのが、犠牲魔法の特徴です」
なんだよ、その魔法。
狂ってやがる。
反吐が出るな。
「すでに犠牲魔法の産物に触れていると言われましたが、それは何なんですか?」
だがその魔法名を聞くと、得体の知れない興味が湧いてくる。
「犠牲魔法の産物はこの世界にありふれています。
その一つが、魔剣」
たしか、トラキアの魔道具屋に置いてたな。
あれがそうなのか。
魔剣士なんてカッコイイと思っちゃいたが、考えを改めないといけないな。
「魔剣は、何かに対して深い怨みを持った人間を触媒にして作られるものです。
例えば目の前で大切な人間を殺したりだとか、そういった負の感情を高めるような方法を用いて怨みを増幅させます。
そしてその状態で魔剣作成の犠牲魔法を使うと、その人間の全身がドロドロに溶けて──」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
唐突に語られるその悍しい魔剣作成方法に、胃酸の逆流を感じて俺はマリアの発言を遮った。
吐きこそしなかったものの、呑酸により気持ちの悪さが長引く。
「大丈夫ですか?
こんなもの、まだまだ話の冒頭です。
世界をなんとかしたいと思うのなら、事実からは目を背けてはいけませんよ。
どうですか?
もうやめにしますか?」
「今のこの話に、何の意味があるんですか……?」
胃の締め付けられるような気持ちの悪さが残るなか、なんとか声に出してマリアに問いかける。
「この世界の汚い部分も含めて全て受け入れなければ、あなたの言う『世界を救う』なんてものは口先だけに過ぎないものになってしまいます。
全てを聞いてもなお続けたいという意志が無いのなら、途中で投げ出してしまうに違いありません。
そんなことなら、初めからやらない方がマシだとは思いませんか?」
「……」
更に気持ちの悪い話を聞かなければならないのか?
正直言って気が進まない。
魔剣なんて気色の悪いものが世界に溢れているという事実だけでも怖気を催しているのに、これ以上何を受け入れろというんだ。
すでに身体が拒絶反応を示している。
胃酸の逆流だけでは収まらないかもしれない。
でも、聞かなければ。
ここが救うべき世界なのかどうか。
もし話を聞いてこの世界に絶望してしまったら?
勇者連中を連れて地球に逃げる方法を探す?
いや、でもその場合ソフィアラたちはどうする?
「どうされますか?」
マリアからの念押しに、俺は絞首台に送られる囚人のような感情を抱く。
聞けば、もう戻れないだろう。
知らなければ幸せなこともあるだろう。
ただそんな幸せも、いずれ世界崩壊という絶望に塗り潰されることは明白だ。
それなら、そんな仮初の幸せなんて必要ない。
「……分かりました。
聞かせてください、この世界の真実を」
「覚悟が決まりましたか。
先ほどの犠牲魔法の話も含めて、これから語るお話は、あなたの過去・現在・未来全てに繋がる内容です。
真実とは得てして毒です。
途中で根を上げても誰も文句は言いません。
ですが、あなたが全てを聞いた上で続けるというのなら、私はあなたの活動を応援します」
「はい……」
「では、始めましょう」
マリアの口から語られる内容に、俺は耐え切れるのだろうか。




