第76話 密命
あーあ、またかよ。
「進んで命を捨てにいく人間なんて、いつまでも助けてられないわよ?」
掛けられた声に瞼が開く。
椅子に座りながら、ランゼが呆れ顔で俺を見下ろしている。
「これには事情が……っ痛う……!」
起き上がろうとしたが、痛みによりその行動は阻まれた。
再びベッドに横たわる。
「この頻度で重傷を負っているようじゃ、先が思いやられるわね……。
自分の力量に合った行動を心がけなさい。
気持ちだけじゃどうにもならないことがほとんどよ」
ランゼは呆れ顔だが、口調から俺に対して憤っていることは分かる。
そりゃそうだよな。
協力を頼んでいながら、依頼主がルールを逸脱してるんだから。
「それは……すいません……。
ってか、ジュリはどうなったんだ!?
あと他の奴らも……うぐぅ……!」
「ああもう、落ち着きなさい。
ジュリアーナさんも重傷だったけど、命に別状はないわ。
ただ、あなた以上に内臓をやられてたから、別室で安静にさせているわ。
いつも言ってるけど、無茶はやめなさい。
下手な正義感じゃ、次に同じようなことがあったら命はないわよ」
「はぁ、はぁ……分かっちゃいるんですけど、身内に危機が迫ると思うと制御が効かなくなるというかなんというか……」
「その結果、お仲間に更なる危険がふりかかったけど?」
「……考え無しでした。
本当にごめんなさい……」
「私に謝っても仕方ないわよ。
あとでみんなに謝っておきなさい。
あとジュリアーナさんにもね」
「はい、反省してます……」
「あと、あなたを助けた人物からの言付けだけど」
「え……?
あいつらが助けてくれたんじゃなかったのか……」
「次は無い、だそうよ。
今あなたが生きていられてるのは、たまたまあなたが特別な存在だったから。
そしてあなたより重傷だったジュリアーナさんが助かったのは、その人物の気まぐれ。
本来であれば、ルールを逸脱した行為の上での負傷なんて助けるに値しないのよ。
あなたが神の力を受け継いでいない普通の生徒だったら、今頃2人とも無様に死体として転がっているところよ」
「……!」
「今後も、周囲は何とかしてあなたを助けようとするでしょう。
あなたは助かるかもしれない。
でもお仲間はどうかしら。
命の価値は平等じゃ無いのよ。
どちらかしか助からない場合、当然見捨てられるのはあなたではない。
みんなを守りたいとか言うんだったら、自分がいかに愚かな行動を取っているか分かるでしょう?」
「……」
「……まぁいいわ。
持続効果のある治癒魔法をかけてあるから、もう自室に戻りなさい。
時刻もまだ深夜だし、こっそり戻れば大丈夫でしょう。
ジュリアーナさんは時間がかかるから、また明日顔を出しなさいな」
「はい……ありがとうございました。
ジュリをよろしくお願いします……」
パタンと扉が閉まり、室内に静寂が広がる。
「はぁ……今の話はちょっと酷だったかしらね。
ただあの調子でいけば、あの子の命も長くない。
あの子に死なれちゃ全人類が困るんだから、もう少し自覚を持って欲しいわね。
マリアも嫌なことを押し付けてくれたものよ、まったく。
ほんと、嫌な女」
▽
俺はトボトボと保健室から自室に向かって歩いていた。
ジュリが傷ついて、ようやく気づいた現実。
俺の命は俺だけのものじゃない。
分かっているつもりだったが、分かっちゃいなかった。
仲間を守りたいなんて思ってたし言ってたけど、俺はそこからかけ離れた行動ばかりとっていた。
殺人鬼をやっつけるとか俺の自己満足な行動が、むしろ仲間を傷つける結果になっていたのだ。
傷つけるだけならまだいい。
もしかしたら今夜ジュリの命が失われていたのかもしれない。
そう考えると、恐怖で心から震えた。
思わず足を止めて立ち止まってしまう。
今更、両の足が震えている。
俺は一体何をやっているんだ。
恐怖と同時に、自身に対して怒りも込み上げる。
何でもかんでも安請け合いするべきじゃなかったんだ。
恐らく俺はある種の全能感に酔いしれていたのかもしれない。
周囲より少し魔法技能が優れているだけで、いや違うな……少し出来ることが多いだけで、強くなった気持ちになっていた。
しかしその実、周りと何も違っていなかった。
そこにあったのは、慢心そのものだ。
慢心しきった人間なんて、いつか足元をすくわれる。
躓いた段階でそこに気づけてよかった。
一歩間違えれば、仲間を失って自分の命すら捨てていた可能性がある。
もしあの場もうまく切り抜けられていれば、次に俺を待ち構えていたのは死だったに違いない。
心を入れ替えなくては。
慢心しきって努力を忘れた人間なんて、将来が見えている。
そうならないためにも、一度基本に立ち返って考え直さねば。
「あらあら、こんな時間に出歩いてはダメですよ?」
「!?」
廊下の先の暗がりから響いた声に、心臓が跳ねる。
しかし、見慣れたその姿にほっと一安心する。
「あ、マリア先生でしたか。
すいません保健室にいたものでして、今戻っている最中です。
先生は見回りですか?」
よく見ると、マリアの足元には展開された魔法陣がある。
なんだ……?
「いえいえ、命を大切にしない学生がいるようなので、少しお灸を据えに来たんですよ。
リバース ヒーリング」
マリアが理解の追いつかない俺に向けて何かの魔法を発動した。
「せんせ……い?」
突如訪れた違和感のもとを辿ると、先程の戦闘で傷ついた部分が赤く血に染まっている。
「え……?」
明らかに傷口が開いている。
そして当然痛みもやってくる。
「あ……ああ……ああああ……」
痛みのためにその場に立っていられず、グシャリと地面に転げてしまう。
な、なんで……?
どうして、マリア先生がこんなことを……?
パニックでグルグルと思考が回るが、当然答えなど出ない。
そんな中、俺に迫る足音だけが増す。
まずい、理由は分からないがマリア先生は俺を殺そうとしている。
命の危機で脈打つ心臓に合わせて、さらに傷口から血が吹き出す。
「せっかく拾った命なのに、大切にしないとダメじゃないですか」
マリアがいつもと変わらぬ笑顔なのが、逆に不気味だ。
笑顔を無理矢理に貼り付けたようなその表情に、怖気が走る。
「ひ……な、なんで、先生がこんな……」
立ち上がるだけの力もなく、後退るようにして離れようとするが、マリアが迫る方が早い。
「なぜって?」
「あがああぁぁ!」
マリアは近づく脚でそのまま俺の血に染まった脇腹を踏みしめた。
「あなたがあまりにも愚かしくて、我慢ならないんですよ」
「あ゛あ……ああああ!」
グリグリと傷口を踏み潰され、痛みとともに視界が明滅する。
それでもなんとか助かることを期待して、腕のリングにマナを通す。
誰か……誰か来てくれ……。
「ああ、そうそう。
私が使っている魔道具の効果で、助けは呼べないようになっていますよ」
「……え?」
何とか腕のリングに目を向けると、マナを込めたにもかかわらず何の反応もしていないのが見て取れた。
な、なんで……このままじゃ俺は……。
そして再びマリアが足を振り上げたのが見えたので、ようやく防陣のことを思い出し発動した。
「……?
ああ、その魔導印の効果ですね。
それにしても遅すぎるといいますか。
外傷に対しては有効でも今のように傷口を開かれるような魔法には効果がないんですよね。
良かったですね、死ぬ前に勉強になって」
「し、死ぬ……?」
「ええ、そうですよ。
あなたはここで誰に知られることもなく死んでいきます」
突然の恐怖で金縛りにあったかのように、これ以上身体が動かなくなった。
マリアは言いながら、絶えず足を振り下ろしている。
眠ったことで多少回復したマナも、ゴリゴリと削られている。
反撃するだけのマナはもうほとんど残されていない。
「い……嫌だ……」
目を見開いてマリアを見ると、何をおかしな事を言っているんだという表情だ。
それがなお恐ろしい。
声が震える。
いや、全身の震えが声に伝播しているのか。
「嫌だ、と言われましても。
正直、あなたが死んで世界がどうなるだとか私にはどうでもいいんですよ。
いつか天に召し取られる命ですからね。
あなたがもう少し利口で、命を簡単に捨てようとすることのない生き方をしていれば、私も協力することは吝かでは無かったのですが。
あのような無様な戦いを見せられては幻滅です」
「じゃあ、俺を助けてくれたのって……」
「ええ、私ですよ。
一応あなたを手助けしろとの命が下っているので手を出しましたが、本来であればあなたのお友達を助ける義理なんてなかったんですよ。
あれは、あなたがお友達を守って死ねたという満足感を与えるために残しました」
「何を……」
何を言っている?
「良かったじゃないですか。
あなたの蛮行にもかかわらず、お友達は助かった。
それだけ確認できれば、もう思い残すことはないですよね?」
「一体さっきから何を!」
「誰かを守るだとか、あなたには荷が勝ちすぎていたんですよ。
でも、もうその重荷をわざわざ背負う必要はありません。
毎度他人の手を借りているようじゃ、先は思いやられます。
それなら──人に迷惑をかけて生きるくらいなら、死んで楽になりましょう?
ロード、ペイン ブースター」
「だ、だめだ!
俺には……俺にはやるべきことが──ああああ!」
防陣が意味をなさず、激しい痛みが全身を駆け巡る。
マリアの足元の黒い魔法陣が、一瞬チラッと目に映った。
だが、そんなことはどうでも良かった。
それ以上の苦痛が脳内を占めていたんだから。
のたうつ俺を見るのマリア表情は、それでも変わらない。
俺はここで……死ぬ?
いやだ、死にたくない!
なんで……なんで俺がこんなところで!
アカ、シロ、アオ──あいつらを還すって決めたんだ。
モモコとミドリくんに追いつくって言ったんだ!
それがこんな……。
あんまりじゃないか!
「ロード、マイナー ヒ──ああああ!」
俺が唱え切る前に、マリアの魔法が炸裂する。
「今更やる気になったところで、もう手遅れなんですよ。
あなたはここで死ぬ。
その程度の存在だったということですね。
そんな人間が、果たして世界を救うことなんてできるでしょうか?」
「そ、それでも、俺は──」
「できるとは思えませんね。
この世は、あなたの歩もうとしている道はそこまで甘くないですよ。
現実を知って早々に退散した方が楽だとは思いませんか?」
「俺は決めたんだ!
あいつらを還すって、彼女を守るって……!」
もはや意識が朦朧としているが、こればかりは譲れない。
「でも、ここで死ぬんだから守れませんよね?
口では大層な事を言いながら、行動が伴っていないとは思いませんか?」
「……!」
「では、最後に言い残すことはありますか?」
マリアの雰囲気が変わった。
ここでとどめを刺す気なのだろう。
「ひっ……や、やめ、やめてください……!」
俺が死んだら……。
俺が死んだら約束も何も守れなくなってしまう。
もはやほとんど動かない身体でなんとかマリアから離れようとするが、それは何の意味も為していない。
「やめろと言われましても。
……そうですね、私の言うことを聞いてくれるというのなら、殺すのは先延ばしにしてあげても構いませんよ?」
「な、なんでもする!
いえ、します!
だから……だから命だけはどうか……!」
涙で顔がボロボロだ。
だが、生きなきゃ。
生きなければ何も始まらない。
無様だろうが何でもいい。
俺は何とか生にすがるために必死で懇願した。
「そうですか、何でもする……しっかり聞きましたからね。
ただし、今後無様な生き方を晒すようなことがあれば、躊躇なく殺します。
それで構いませんね?」
「……はい……。
でも無様な生き方って、一体……」
「少なくとも、自分より仲間の命を大事にしているようではいけませんね。
いつ死んでもおかしくない──それが、あなたの今の状況です。
仲間は力になるでしょうが、最終的には足枷でしかありません。
場合によっては仲間を殺した方が目的遂行に繋がることもありますね」
「マリア先生……あなたは何を……」
この人は今まで何を見てきたというんだ。
戦場で何かがあったのか?
「今後自分の命をこれまで以上に重視し、大事にしなさい。
それが出来なければあなたの命は長くない。
それならいっそ、私が殺してあげます。
分かりましたね?
このことを肝に銘じて生きなさい」
そう言ったマリアの表情から、笑顔は消えていた。
本気なのは間違いない。
思わず息を飲む。
そして次の言葉を待つ。
「最後に私からあなたに命じることですが──」
マリアの顔が俺の耳元に近づき、
「──シリウス皇帝を殺害しなさい」
マリアは驚くほど低い声で、そう囁いた。




