第75話 過熱
私が到着した時、やはり彼は戦っていました。
「クロさん、大丈夫ですの!?」
「うおぉ、ジュリか!」
派手に驚いています。
なぜ彼は、こんなにも面倒ごとに首を突っ込むのでしょうか。
面倒ごとは勘弁などと言いつつ、むしろ進んで関わろうとしています。
「他のメンバーは?」
私が1人なのを見て、他の方々を確認しています。
即座に何かしらの思惑を巡らせているのでしょう。
いつも状況判断が早く、尊敬できます。
どうやら先日敵対した殺人鬼のようです。
そして更に面倒なことに上級魔法を放とうとしてるとのこと。
「それは相当マズいのでは……?」
以前セアド先生から説明がありましたが、こういう時は逃げろと仰られていたような……。
「一気に攻撃を仕掛けるぞ!
他を待ってられない」
とのことです。
あくまで応戦する構えです。
「わ、分かりましたわ!」
そうは言ったものの、どこを攻撃すればいいのでしょう?
殺人鬼?
それとも、あの渦巻く球体でしょうか。
クロさんはそれだけ言うと、魔法を準備しようとしています。
ソフィさんやガルドさんなら、これだけで全てを理解して行動を起こすのでしょうが、私は少し動けるまでに時間がかかってしまいます。
この感じがとでも口惜しい。
突如激しく球体が明滅したかと思うと、数え切れないほどの光が線を描きながら上昇を始めています。
あ……これは本当にマズそうです。
あれらがこちらに殺到してくるのは明白。
アレを使うしかありません。
しかし、間に合うでしょうか……。
いいえ、ここはしのごの言ってられません。
そうとなれば。
「クロさん、私の魔法で迎撃致します!
お手伝いお願いします!」
「お、おう、まじか!
で、どうしたらいい?」
「システムマジック、ロード!」
「!」
周辺の気温が一気に下がるの肌で感じる。
そしてこれも加えておきます!
「ロード、ヒートボディ。
この魔法は発動条件として大量の熱を必要としますので!」
「そうか、気温が下がってるのはそれが原因か。
なら、俺もそれと同様に周囲の熱量を確保するんだな?」
やはり、判断が早い。
「いえ、そうではなく……。
あ、いや、そうではないわけではないのですが……」
「ん、どうした?
発動条件が厳しいのか?
特別にすべきことがあるなら言ってくれ!」
本来この系統魔法の使い方は、戦闘開始前から準備しておき、戦いの中で熱を集めながら発動するのが一般的だ。
発動までに時間がかかる反面、その威力は絶大だ。
しかし、今は圧倒的に時間が足りない。
だから、手っ取り早く熱を集めるにはこれしかない。
こんな時にこんな事を思いつくなんて、本当に私はどうかしていますわ。
迷ってる暇はありません。
ええい、ままよ!
「その、わ、私と……キ、キスしてくださいまし!」
あああ……言ってしまいましたわ。
ハレンチな女と思われたに違いありませんわね……。
「はぁ!?
こんな時に何言ってんの!?」
「ち、違いますわ!
この魔法に一番必要なのは体温ですの!
その次に周囲の気温!」
でもこうなっては引くに引けない。
無理矢理にクロの肩を引き寄せる。
「ちょ、おま、待てって!」
「ほ、ほら、もう来ますわよ!」
「ええい、くそ!
失敗したら容赦しねぇからな!」
「え、ええ、お任せくだ──んむっ!?」
クロは強引に私の後頭部を掴むと、勢い良く2人の唇を接触させた。
カチン、と前歯が当たる。
「ん、んん、んんん……ぷはぁ!
い、いいいきなり、し、舌まで入れるなんて、聞いてませんわ!」
唾液で濡れた口周りを手の甲で拭いながら、パニックになった頭で叫んでしまう。
暗いが、クロの顔が赤くなっているのは分かる。
そして、それ以上に自分も。
「うるせぇ、これが大人のキスだ!
分かったら、さっさとやっちまえ!」
「そ、そうでしたわ!」
言われてハッとする。
危うく本来の目的を忘れてしまうところでした。
激しく脈打つ心臓と、全身の火照り。
あとはギリギリまで周囲の熱を集め続ければ十分。
「クロさんの体温もくださいまし!」
ガシリとクロの腕も掴んで、できる限りのことはしておく。
「え、さ、さむ!
ちょっと待て、無茶すんな!」
クロには酷かもしれないが、散々無茶する彼なら死んでしまうことないだろう。
「頑張って熱を集めてください!」
「ロ、ロード、ヒートボディ!
凍死したらどうする!
そんで、なんで俺が悪いみたいになってんの!?」
「死にたくなかったら、死ぬ気で発熱してください!
さぁ、きますわよ!」
無数の光線は一度天高く登ると、そこから束をなしてこちらに狙いを定めて落下してきている。
それは槍のように鋭く尖り、ジュリアーナたちを刺し貫かんとしている。
「ああもう、分かったよ!」
彼はそう言うと、周囲にマナを拡散させているようだ。
何をするつもりでしょうか?
「ロード……うーん、まだか……いや、もうちょい、もうちょい……ヒート!」
「!?」
突然に、むせ返るような熱が周辺を覆う。
爆発的な熱量に驚愕するジュリアーナ。
「もう来てる!
これでダメならもう無理だ!」
迫る光の束。
しかし魔法の発動条件を満たせるほどの熱量は十分に確保されている。
「いえ、十分ですわ!
行きますわよ……!」
クロが生み出した熱も全て、この両手に集める。
先ほど以上に、再び急激に気温が低下。
この速度で魔法を発動できるなら、私とクロさん、最強じゃありませんの?
思わずニヤける。
そして慎重に対象を捉える。
狙うは、光槍の先端。
「ソル!」
▽
生み出されたのは、手のひらに収まるサイズの赤熱する球体。
表現するならば、小さな太陽。
眼前の脅威に向けて、それは放たれた。
向かってきた光槍に比べると、圧倒的にゆっくりした速度で球体は前進する。
数秒も数えぬ間に、それらが触れ合う距離まで接近する。
「お、おい、大丈──」
俺が口を開きかけると、ジュッという音と共に、光槍の先端が触れた先から文字通り溶けるように消滅していく。
球体は回転しながら光を巻き込み、それを溶かしているようだった。
球体はすぐに臨界を迎え、そして──爆ぜた。
「うおっ!?」
爆風に俺の身体が浮く。
ジュリも同じく余波を受けたようだが、空中でクルリと回転して上手に着地した。
俺は無様にケツから落下したため軽くダメージを受けている。
爆風の後には──
「なに!」
光槍が解けたのか、爆風の隙間から数条の光が俺たちに殺到する。
尻餅を着いたままの俺は防陣を展開。
ジュリはもう一度空中に飛び上がることで、なんとかそれらの回避に成功。
ジュリの回避した光の一部が俺に触れ、消える。
ごっそりとMPが削れたのが分かる。
その他、俺たちに触れずに近くを通り抜けていく光も数本。
なんつー威力だよ!
さっき熱生産に大量に使ったのも相まって、残りMPは500程度。
全部受け切るなんて不可能だったな。
防御できた安堵感のなか、飛んで回避したジュリがスローモーションに映った。
なんだ?
時々こういうことがある。
大体がピンチの時だけども。
ジュリの攻撃で大半は焼失したのか、即座に俺たちへ向かう光はない。
しかし通り抜けた光はどうだ?
後方へ目をやる傍ら、光によりできた影が動いたのが見えた。
見えたが、どうすることもできない。
そしてこの時間も束の間。
「ジュリ──」
時は正常に動き出す。
光が作った影から次々に槍が生える。
俺の声が届くか届かないか。
そんなタイミングで、ジュリを複数の槍が貫いた。
「ぎ……!」
同時に俺の意識は別のところに持っていかれた。
影の槍は俺のことも標的にしていた。
いくつかは防陣で止めたが、それを超えるダメージは受けきれない。
右肩、左脇腹、そして左太腿を黒い槍が容易に貫いている。
「あ゛あああ……!」
痛みに地面に伏すが、転げ回る体力もない。
俺の視線の先には、ピクリとも動かないジュリの姿がある。
まだ攻撃は続くかもしれない。
「ロ……ごほ……ロード……」
だがそれよりもジュリの回復が先だ。
這うようにして、ジリジリと進む。
今のところ、追撃はない。
終わったのか?
いや、そんなことはあとだ。
激しい痛みに視界は明滅している。
いつ気を失ってもおかしくはない。
それでも痛んでいない左腕を使って、なんとか前に出る。
数メートル進むのにどれだけ時間がかかったのだろうか。
ようやくジュリにたどり着く。
「マイ、ナー……ヒール……」
可能な限りマナを込め、一部は腕に巻いたリングへ。
後のことなんか考えちゃいなかった。
今はジュリなんとか助けることだけ。
そして俺は意識を失った。
▽
倒れ伏す2人のもとに、2つの人影が近づく。
「なんともまぁ派手にやったものだ」
「第1学生にしては良い戦いぶりだったのではないでしょうか」
「だが、結果がこれではな。
学園のカリキュラムでは戦う術というよりも、生き抜く術を教えているはずなんだが、威勢がいいというか何というか。
どこへ行っても死に急ぐ若者が多くて困るな」
「そうですね。
戦場でもそういった若者が後をたちません」
「お前もそこそこ若かろうに」
「それを仰るなら教官こそ。
私が学生の頃から時間が止まったように外見が変わっていませんよ」
「歳だけは着実に重ねているがな。
っと、このままだと2人とも死んでしまうな」
「このまま放置するので?」
「生活圏を抜けた上での行動だからな。
向こうで未だに戦い続けているお仲間がすぐさまこちらにやって来れば間に合うが、それも難しかろう。
学生を守る立場とはいえ、これはルールを逸脱した上での結果だ。
流石にそこまで責任は取れない。
学園の方針もあるし、いつまでも過保護にはしてやれない。
将来有望な若者だったが、ここで命の灯は消えるだろう。
戦闘の様子はしっかりと記録した。
我々は戻るとしよう」
「……」
「どうした?」
「……ロード」
「おいおい、同情でもしているのか?
可哀想ではあるが、この様子では遅かれ早かれ死んでいる。
それが今やってきたに過ぎない。
妙な感傷に浸るのは、この学園の教員として働くには失格だぞ」
「そのような感情は持ち合わせていませんよ。
ただ、ここは教員としてではなく、1人のシスターとして行動します。
お咎めなどは後ほど受けますので、黙って私の行動を見ていてください」
「シスターとして?
慈善活動の一貫ということか?
冷徹なお前に似合わない行動だな」
「いえ、そうではありません。
詳しくはお話しできませんが、彼を手助けしろという命がコルネオ教皇より下っているのですよ。
ここの教員になる以前から、私の根本は教会に属する1人の人間。
その命を蔑ろにすることはできません。
というわけで、『マリアちゃんご乱心♡』とでも上へ報告しておいてください」
「30歳で、ちゃん付けはさすがにないと思うがな」
「女性の年齢に触れるのはタブーですよ、教官。
……まぁ、今回は大目に見てください。
次はないよと、今度彼にこっそり伝えておきますから」
「そういうことなら、止めはしない。
もちろん、報告だけはさせてもらうがな」
「ではそのように。 ライフ リカバー」
倒れた2人を覆う形で、白い光が降り注いだ。




