第73話 再戦
「殺す、殺す、殺す!
あいつはぜってぇ殺……ぐうっ!」
男の呪詛は、痛みによってかき消された。
「まだ治りきってないんだから、大人しくしていなさい。
あと周りにも違和感を抱かせないように生活しなければならないんだから、暫くは辛抱なさい」
「ぐっ、くそが……。
それもこれも、テメェがあのとき下手うって奴を自由にさせたからじゃ──」
「あ?」
女は冷ややかながら、明らかな殺意でもって男を睨む。
「い、いや、悪い……。
こんなこと言うつもりじゃなかったんだ、許してくれ……」
男もビビったのか、それ以上愚かさを上塗りすることはなかった。
「このザマじゃ、暫くは行動できない。
あなたは傷を治すことだけに集中してたらいい。
……やっぱり、あの時は変な興味を持たずにさっさと仕事をするべきだった。
あなたを御しきれなかった私にも落ち度はある。
昨夜の騒動はもう学生の耳に入ってしまっている。
あなたの傷が治っても、夜間の行動はできないかもしれない」
「そんなら、昼間に殺しちまったらいいだろ?」
「あまりにも切迫した状況なら、それも考えなくもない。
でも、その場合私達の力を晒してしまうことになる。
腕試しなんて面倒なイベントのせいでそもそもやりづらいのに、更なるリスクはさすがに勘弁」
「なんなら普通の学生として生活しても俺はいいんだぞ?」
「……」
「普通の人間のように生きるのだって、できなくもないはずだ」
「……ダメよ。
あの時に誓ったはず。
あいつらは、あの人間は絶対に根絶やしにしなくちゃならない」
「そうか……それならやるべきことをやるまでだ。
それで、奴の正体は割れたのか?」
「いいえ、かなり警戒してたみたいだから追い切れなかった」
「あの時俺を無視して追いかけても良かったんだぞ?」
「奴は元々のターゲットではない。
邪魔されたのは痛手だけど、あんなのに構ってたら、いつまで経っても目的は達成できない。
ただ次会ったら、確実に殺す。
分かったら、あなたは傷を治すことに専念なさい」
▽
「クラスのみんなが騒がしいから聞いてると思うけど、私は昨晩の騒ぎにクロが関わってると思うんだよ」
朝一番で俺はオリビアのジト目を受けながら尋問されている。
「あー……それな。
ざっくり言うと、昨日の晩に殺人鬼と遭遇したけど何とか撃退しました、まる。
これでいいか?」
「……」
一瞬の空白。
「校舎崩壊騒動はクロのせいだったのね」
「崩壊ってほどの威力で魔法を使ってないはずなんですけど……」
そんな名称の事件になってんのな。
「やっぱりクロだったのかー。
でも戦闘が何人かに目撃されてたみたいだけど大丈夫なのか?」
「え、マジ?」
「そうだぞ、怪しい三人が戦闘を繰り広げてたって話だぜ」
「まぁ、顔は見られてないだろうし、大丈夫だろ」
「おいおい、クロがやられたらシャレにならないんだ。
もう少し気をつけて行動してくれ」
ガルドの言には、やや不満を感じる。
「これは一方的に俺が悪かった。
今後身の危険を感じたら真先に伝えるようにするよ」
「本当に、なぜ私たちを呼んでくれませんでしたの?
危機ならばすぐに駆けつけますのに。
それに、そういう時に呼んでいただけないとなると、やはり私たちでは力不足ということでしょうか……?」
「いや、そんなことないって!
全部俺の判断ミスだ。
今の発言にそういう意味はない。
あの時は必死で、ターゲットがお前たちに向く可能性もあったからな。
更にやばい状況になったら考えてたかもしれんが、あの時はそれが最善だと思ったんだ」
「それでしたら、良かったですの。
ところで、なぜクロさんが殺人鬼と戦うことに?」
しょげた様子のジュリだったが、俺の説明で納得がいったようだった。
「知り合いからの頼みで、殺人鬼を調べてくれってな。
まさか2日目から遭遇するとは思わなかったが、あいつらの発言からして殺人鬼で間違い無いと思う」
「それで、相手の正体は分かったの?」
「ああ、それなんですが──」
俺は昨晩あった戦闘の様子を仔細に説明した。
一人は闇属性、もう一人は光属性の魔法を使うこと。
話し方や、声の感じなど。
ただ、依頼してきた知り合いが誰かだとか、ソフィアラや俺との関係などは伝えなかった。
ガルドらを関わらせてもいいことはないだろう。
今後更なる身の危険を感じる。
そもそもピエロの差し金で今の状況なんだがな。
むしろピエロと関わるからソフィアラが危険にさらされているのかもしれない。
俺はどうしたらいいんだ?
でも今のところ、急な問題が起きようともなんとかなっている。
殺人鬼もしばらくは鳴りを潜めるだろうし、危険は遠のいたはずだよな。
そんな甘い考えが過るのだった。
▽
5日後──
「ほほっ、いやはや彼も仕事が早い。
2日目で成果を上げるとは」
文面目を通しながらリバーは満足げな声をあげる。
「へぇ、まさか彼がそんなに優秀だったとはね。
2日目ってなると、やっぱりあの晩の騒動は彼だったわけだ」
「殺人鬼は二人組で、それをなんとか撃退したようですよ。
しかし騒動になっているのですか。
やはり詰めに甘さは相変わらずだ。
それに相手の正体は掴めず、またきっちり処理できたかどうか不明となれば、これはもはや失敗なのでは?」
「まぁ殺人鬼の安否はどうであれ、ダメージを与えたのならしばらくは彼らも活動を控えるだろうし、完全な失敗でもないんじゃないかな。
一度それを読ませてもらえる?」
「ええ、どうぞ」
「ふーん、そういう闘い方をしたのか。
光属性と闇属性に対しての備えはしておいたほうがいいよね。
それにしても彼、闇属性も使えるんだね。
他はどういう闘い方をするんだい?」
「それは、ご自分で調べてください」
「なんだい、つれないな。
もし敵対するようなことがあれば対策は必要じゃないか」
「ほほっ、彼は今のところ協力者なのでね。
下手なリスクは負わせられませんよ」
「また気が変わったら教えてね。
じゃあ計画の続きは頼んだよ」
「ええ、お任せを」
▽
今は夕飯後の勉強時間だ。
お互いの属性のことを教え合いしながら、時にはくっちゃべりながら筆記試験の対策をしている。
クラス毎の生活が始まるまで、俺たちは相変わらず6人で連んでいた。
だが漸くと言っていいだろうか、他のメンバーとも関わりが多くなった。
それもこれも戦闘訓練やらで拳を合わせ始めたからだろうか。
ひとつ屋根の下に詰め込まれることで、否応なしに関わらざるを得なくなったからかもしれない。
ただそこに特段不満はない。
むしろ歓迎しているくらいだ。
今までの俺たち6人は、多分、いや確実に浮いてただろうしな。
意識高い系集団に見えてもおかしくはない。
俺がもし外から見ている人間なら、あまり積極的に関わり合いになりたい人種ではなかっただろう。
世界だのなんだのに関わる状況がなければ、ここまで必死にやっていることもないんだけど、生憎俺たちには時間がない。
まぁそんなこんなでクラスメイトとの触れ合いが増えてきた。
これは素直に嬉しい。
ジュリアーナなんかは特に話しかけづらいと思われていたようで、それを彼女が聞いた時はガッツリ凹んでいた。
それを見て満足げな表情を浮かべていたオリビアも同じく話しかけづらいキャラではあったんだが、なんというか小さくて可愛いってのは女子受けがいいみたいだ。
ソフィアラ曰く、女子間で変なカーストやマウント取りはないものの、爵位による上下関係みたいなものは若干残っているらしい。
その中で公爵位のジュリアーナ、そして実質的にはそれを上回るオリビア。
この2人が浮くということも、わからなくもない。
オリビアの方はあんまり気にしていないようだったけどな。
男どもにすればあまり気にするまでもないといった風潮だが、男女間で思考の差異は仕方がないだろう。
ここ数日で、うちの女子たちの周りに目に見えて人が増え、ソフィアラあたりは色んな女子グループから引っ張りだこだ。
オリビアも可愛い可愛いと囃し立てられ、鬱陶しいとか言いながら実は満更でもないって顔しているのを俺はハッキリ見ている。
ガルドもトレーニング方法を聞かれたり、一部では教官と呼ばれたりもしている。
朝食は慣習のように6人で食べているが、今や晩ご飯はバラバラのメンバーで食べるようになっている。
クラス一丸となっているこの状況ってのは見ていてとても良いものだ。
俺以外の5人は着実に友達の輪を広げているが、しかし俺はそうでもなかった。
まだ浮いてるんだろうか。
問題児5人を纏めるボスみたいな立ち位置なのかもな。
属性に関する勉強も、その属性に特化しているヤツに聞いてくれって感じで5人に振っているのも原因かもしれない。
おかげで1人で静かに勉強できるからいいんだけどよ。
なんて強がりを言ってみたり。
俺はみんなの人間関係の移ろいを横目に、専ら人間観察をしている。
また高校時代のキョロ充に逆戻りか?
だがこういうのも時には大事なんだ。
俺も今や学園生。
誰と誰が付き合っているだとかそういう情報には耳が反応してしまうんだ。
俺の視線の先で楽しそうに勉強しながら話しているのはラウラとアレクサンドロ。
カップルかってな具合に距離が近いが、まさかもう付き合ったのか?
だって彼らが話しているのを見たのは数日前だぞ。
確か、俺とオリビアが模擬戦をやった時。
なんだよ、共同生活でリア充しやがって。
だが元気系の女子と、おっとり系のイケメン。
お似合いなことに違いはない。
てか男女共に顔面偏差値高すぎて、誰と誰が付き合ってもお似合いに見えるんだよな。
ソフィアラも美少女だけど、変なやつと付き合ったりしないだろうな?
俺は心配だぞ。
ってか誰とも付き合わないでくれ。
あれ、俺って彼女のことが好きなのか?
よく分からん。
あとは俺たちみたいな男女グループもいくつか出来ているし、メンバーの入れ替えが激しいな。
今まで6人体制だったから、子供たちが巣立って行ったみたいで悲しい。
これが娘を嫁に出す父親の気分か。
いやいや、集中しろ。
この時間はなんだかんだで勉強に集中しきれない。
実際ここは談話スペースだし、ほんとに勉強したいのならもっと端でやるべきだしな。
勉強しようとしつつもみんなと関わりたい、そんな気持ちが透いて見える俺の行動。
なんか恥ずかしくなってきた。
「クロくん、今ひとり?」
声をかけてきたのはジュリエット。
「ん、ジュリエットか。
なんか質問か?」
腰を曲げて俺に顔を近づけているから、彼女の首元から谷間がチラッと見えて思わず見てしまう。
「どうしたの?」
「ああ、いや悪い、何でもない。
とりあえず座ったらどうだ?」
こればかりは男の生理現象だから許してほしい。
というか、そうなんだよな。
女子の普段見せない素の部分や無防備な姿ってのが度々垣間見えて、思わずドキッとしてしまう。
ひとつ屋根の下、何が起こっても不思議ではない。
ソフィアラ、ジュリアーナ、オリビア──彼女らと付き合いたいと思う男子も少なからず、というかいっぱいいるだろう。
俺たちの状況は俺たちの胸の内にしまっているし、行動に出る男子が出てくるかもしれない。
「うん、ありがと。
それでね、クロくんに聞きたいんだけど、あの2人のことどう思う?」
あの2人というのは、さっきまで俺が見ていたラウラとアレクサンドロ。
「どう見ても付き合ってるだろ?」
「そうだよね!?
でもね、ラウラちゃんに聞いても付き合ってないって言うんだよ!」
「本人がそう言うなら、そうじゃないのか?
でもあのままいけば、付き合い出すのも時間の問題だろ」
やはり色恋沙汰にみんな目がないのな。
「そっかぁ。
なんかね、最近周りにいい感じの子が増えてきて置いてかれてるなぁって。
そんなに仲良くしてる様子がなかったのに、急に仲良くなってる子たちが多いんだよね。
隠れて会ってるのかな?」
ラウラとアレクサンドロではないが、夜中に出て行っているやつらも見たしな。
これは殺人鬼探しで外に出てる時に見たことだけど、言っていいのか?
ちょっと恋話に付き合うか。
出ていくのを見た、くらいのことは言ってもいいだろう。
「隠れて会ってるといえば、ルシアとヤコブが2人で夜中に出ていくのは見たぞ」
「え、うそ!?
2人とも大人しいのに、いつの間に……」
「図書館で2人で勉強してるのも見たことあるし、結構前からだぞ?」
俺たちが図書館であれこれやってる時に何度か見かけたものだ。
「そうなんだ、すごいなぁ……。
え、えっと、クロくんはそういう話ないの?」
「見ての通り、ジュリエットがボッチの俺のことを見るに見かねて話しかけてくるくらいには何もないな」
アルとジュリのあれは本気なんだろうか。
あの時点ではそうだったかもしれないが、口約束だし今は気持ちが変わっているかもしれない。
本気だったら本気だったで構わないんだけど。
それを大っぴらに喧伝するのも出来ないしなぁ。
「じゃ、じゃあさ、アルベルタちゃんと付き合ってるって話は嘘?」
「誰だそんなこと言ってる奴は……」
「みんなクロくんとアルベルタちゃんは付き合ってるって認識だったんだけど、違うんだね」
「確かにあいつはベタベタしてくるけど、少なくともそんな仲じゃないぞ」
そんな仲じゃないというか、それを超えた仲というか……。
ジュリエットに嘘を言うのは気が引けるなぁ。
「そ、それじゃあ、例えば私が──」
「クロカワくーん、勉強を教えて欲しいんだけどー、ってジュリエットちゃんもいたんだ……。
お、お邪魔だった?」
エクスが教材を持ってやってきた。
今回ばかりはナイスだ。
「いや、別に問題ないぞ。
なぁ、ジュリエット?」
「え、う、うん、混み入った話をしてた訳じゃないし、だ、大丈夫だよ……」
ジュリエット、かなり残念そうな顔をしているな。
俺はそこまで鈍感な訳じゃない。
鈍感系主人公とか、あれはもうワザとやっているとしか思えないしな。
ジュリエットから好意向けられてるのは分かる。
言っちゃなんだが、色恋に現をぬかしている暇はない。
ただ、俺たち6人でやれる事なんて限られているから協力者としては色んな方面に声を掛けたい。
現金な話だが、協力者として──いや、今後世界で戦っていく仲間として共に歩んでいくのなら歓迎だ。
俺としても今の世界の現状を知ってもらいたいのは山々だ。
しかし話しあった結果、それは今できないことになっている。
どこに俺たちに反する組織があるか分からないし、殺人鬼もまだ完全に退治できていない。
信頼を培って、話しても大丈夫だと思えるメンバーが現れるまでは控えることになっている。
その点、ランゼ先生だったり教会勢力は問題はない。
あとどこの勢力にも染まっていない孤高のルー先輩なんかも真先に確保すべき人材だった。
ジュリエットやエクスもそうだといいのだが……。
「んでエクス、何が分からないんだ?」
「えっと、ぜ、ぜんぶ?」
「なぜに疑問形?」
「いや、おいら実は……属性魔法が使えなくて、イメージが弱い分それぞれの属性の知識が入らないんだ」
「属性魔法が使えない……?」
隣のジュリエットも疑問符が浮かんだ顔をしている。
「えっと、そうなんだ。
無属性って事らしいんだけど……」
「人間は基本的に何かしらの属性に偏ってるって話だったよな?」
ジュリエットに確認をとる。
「授業を聞いた分では、そんなことは言ってたよね」
ジュリエットの理解も同様だ。
「そのはずなんだけど、おいらの家系は代々こんな感じなんだよ。
セアド先生聞いたら無属性って話らしいんだけど、極稀にこういうのがいるらしいんだ」
「へぇー、無属性か。
それは初めて聞いたなぁ」
「そうだね、私も聞いたことないや」
「それ以上の詳しい話は聞いても訳がわからなかったから、また聞いておくよ。
それで聞きたいことなんだけど、各属性の特徴を教えて欲しいんだよ」
「俺の知識も浅く広くだぞ?
そんなに色んな属性を自由に使いこなせてないしな。
それでも聞きたいか?」
「うん」
「わ、私も聞きたい!」
「ジュリエットもか?
じゃあいいか、学んだ知識を併せた俺の所見で良ければ聞いてくれ」
教えることで自分が理解できてるかの確認もできるしな。
聞くのは2人だけだし、話して恥をかくこともないだろう。
「じゃあまず火属性からだな。
火属性は広範囲攻撃に長けた属性で──」
▽
あの後は色々質問が来たり自分子勉強したりして時間が過ぎていった。
消灯時間自体は決まっているが、みんな眠くなったら戻るみたいな感じで解散していった。
深夜になれば、いつもの夜間巡回だ。
あの戦闘から1週間、奴らに姿は見えていない。
その騒動があったため、夜間の外出者は今やほとんどいない。
流石にカップルも自粛したとみえる。
一応報告書的なものは作ったけど、十分な情報とは言えないしな。
どこまでやれとかは言われてないけど、中間考査までの間は続けるかってことで殺人鬼を警戒した巡回を行っている。
殺人鬼がいなけりゃ、やっぱり俺が一番怪しい。
だけど前回の反省から、常に影に潜んで動いている。
それになるべく建物や樹木の影を飛びながら進んでいるので、まずバレることはないだろう。
影移動の練習にもなるし、奴らが行動していないなら、それはそれで良い。
しかし往々にしてそうやって油断しているところに、問題というものは転がり込んでくるものだ。
ふと視界に入るものがあった。
校舎棟の屋上に佇む一つのシルエット。
「マジかよ……」
校舎周辺には立ち入り禁止のテープなどが張られているが、魔法を使えるって時点でそんなものなんの役にも立たない。
ああやって容易に立ち入ることができている。
さて、どうする……。
現状、こちらから一方的に相手を視認できている。
これはアドバンテージだ。
でもそれだけだ。
もう1人がどこに潜んでいるか分からない。
あれも誰かを誘き出す罠かもしれない。
加えて、あれが殺人鬼本体かどうかも分からない。
闇属性が使えるならデコイを出してるって可能性もあるしな。
あいつらにも知らせておくか。
ジュリに貰った魔道具に、マナの注入を1回。
1回は警戒、2回が緊急招集、そして3回が離脱と決めている。
今目視しているあいつが、前回倒したやつかどうかだが……。
攻撃するか悩みながら観察を続けていると、そいつは徐に懐から何かを取り出した。
遠いため、それが何かは分からない。
そいつはそれを天高く掲げる。
しばらく経つと、そこ中心に波動が拡散した。
球状に広がる様が見えたが、それは目にも止まらぬ速さで拡大し、俺も含めてあらゆるものを通過していった。
「一体何を……って、は?」
俺の足元には何の変哲もない地面が見える。
おかしい。
何がおかしいって、俺はずっと影の中に潜っていたはずだ。
そこに地面が見えるのはあり得ないのだ。
そして肌の露出した両手と両足。
先ほどまで自室内で着ていたルームウェアに他ならない。
見ると、足元には見慣れた仮面が転がっている。
「まずっ──」
置かれている状況に漸く気が付き慌てて仮面に手を伸ばすが、遅かった。
「見つけた」
離れているはずなのに、声がしっかりと届く。
それは、明らかに俺を射抜いている。
びくりと俺の身体が跳ねる。
同時に激しく脈打つのを感じる。
クソッタレ、悠長すぎたか。
俺は下を向き仮面にマナを込めながら、声のする先を見据える。
その声は、あの時の女。
光属性を使う、殺人鬼の片割れ。
もし2人組だったらって話だけどな。
ヤバイ、顔を見られたかもしれん。
どうする……!
まずは全身に防陣を展開しておく。
どうやったかは分からんが、あいつはナイフを飛ばしてくる。
「ロード」
俺が魔法を唱えるのと同時に、奴は屋上から俺に向けて飛び出した。
ふわりとした動きで、音もなく、そして着地動作もなく地面に降り立つ。
何の魔法を使っている?
やはり顔は隠れていて見えない。
つか、そのフードには影響がないのかよ。
ひとまず現時点で確定なのは、魔法を解除する魔道具か何かを使ったということ。
「あなたを探していた」
どこまで見られてる?
「……」
どうやって攻撃するか、少し悩む。
この距離まで近づかれて、逃げ果せるとは思えない。
「まさか学生だとは思わなかったけど。
とりあえず邪魔された以上、あなたは殺す。
ハジメ=クロカワ、前みたいに逃げられると思わないで」
見られていた。
くそ、失態だ!
バレた以上、コレは使わざるを得ない。
手首に巻いた腕輪に、マナ注入を2回。
「チッ、ディレイマジック!」
同時に、女もこちらにナイフを投げつけながら迫ってくる。
顔を射抜かんとするそれをしゃがんで回避。
物凄い勢いでナイフが頭上を通過する。
奴め、確実に殺しにきてやがる。
「ロード!」
相手を見逃さないようにしながら、続けて魔法を展開する。
女はもう一本ナイフを取り出しながら、回避後硬直の俺を切り捨てにかかる。
先手必勝、というか早くやらないとこちらがやられる!
防陣中だから回避をする必要はなかったが、おいそれと手札を見せるわけにはいかない。
メリメリとマナを消費する防陣を維持しながら、切り掛かってきた瞬間のカウンターで決める。
ギリギリまで引きつけ、そしてナイフが触れる瞬間──
「リリース!」
しかしナイフは俺に触れる前に寸止めされ、女は勢いよく身体を捻っている。
女を貫く筈だったバーストエアが女の側を通過する。
加えて、女は突き出した俺の腕を切り落としにかかった。
「っ!」
思わず力むが、防陣によりナイフが停止する。
「ス、ストーンシェル!」
一瞬動きを止めた女に対して俺も急いで魔法を唱えたが、女の判断は早かった。
いや、俺の判断が遅すぎた。
相手に手を突き出して魔法を使うと、容易に読まれてしまう。
女は余裕のある動きで俺の追加攻撃も回避して見せた。
タッタッ、と軽いステップで俺から距離を取る。
校舎の壁面を砕く音だけが周囲に響き渡る。
次はどうするかと考えようとしたとき不意に俺のマナがゴッソリと削られた。
「なにっ!?」
俺の背後に何かが落ちる音がした。
一瞬そちらに目をやると、女の投げたであろうナイフが転がっている。
いったいどうやって……。
女に向き直るが、すぐさま攻撃してくる様子はない。
「前回の対策はしている、か。
方法は不明だけど、驚きといい、今の動きに魔法使用の形跡はなかった。
腕への攻撃でも見られたから、恐らく常時展開型。
魔道具か、刻印か、それとも魔導印か」
マズいな。
長引くと、いろいろ露呈してしまうぞ。
とりあえず俺は女の方を向きながら、後ろ手でナイフを確保しておく。
「ロード、シャドウコントロール」
ついでに足元の影にナイフを保管しておく。
「常時発動とはいえ無制限ではないはず」
へいへい、そうですよ。
よくわかってるこって。
これで迂闊に防陣が解けなくなった。
長期戦は不可能。
「攻撃を繰り返せば崩せる。
そろそろ死んでくれると助かる」
「何をするつもりだ?」
「あなた、余裕がない。
前の喋り方ができていない」
「はっ、よく観察してやがる」
内心の焦りを表出しないようにするだけで精一杯だ。
「長引かせるだけ、あなたの苦痛は増す。
早めに死んだほうが楽だから。
デュアルマジック、ロード」
「なに……!?」




