第72話 接敵
「またかよ……」
校舎の上から男女の情事が見える。
昨日も同じところでイタしてたけど、どんだけ盛ってるんだよ。
こっちとしては、ありがたい限りだけどな。
今晩も出入りが見られるのはカップルばかり。
ほとんど一年生だけどな。
もうそんなにカップルできてるのかよってくらいには色々な顔ぶれが確認できる。
その中には同じクラスのやつらも。
くそう、リア充しやがって。
校舎の影でべったりひっついて楽しそうに話していたり、手を繋いで夜の散歩をしていたり、昼間では確認できていなかった学生たちの夜間の活動を見ることができた。
コソコソと隠れてやっているようだが、丸見えだぞ?
まぁ、みんなしっかり学生してるんだな。
その中でも性行為に至っているのは奴らだけ。
それが分かっているのか、他のカップルはそちらに寄り付いていない。
俺が彼女でも作ってソレを目撃しようものなら、理性なんてふっとんじまうけどな。
だが今はそれが目的じゃない。
殺人鬼がいないかどうかの警戒中だ。
目下、一番怪しいのは俺に違いないんだが……。
でもまぁ、見られるものは見ておくとしよう。
……。
ソレ自体は見慣れた前後運動だ。
女が木に両手をつけ、男が後ろから女の腰を掴みながら乱暴に腰を打ち付けている。
徐々に男の方の動きに余裕がなくなってきているのがわかる。
女の方もそんな男に顔だけを向け、何かを訴えている様子だが、それが何かまでは把握できない。
しかし女は後ろを向く余裕もなくなったのか、崩れ落ちそうになるのを両手で木を支えに身悶えている。
さらに男の乱暴さが増す。
女は背を逸せながら必死に男のそれを受け止めている。
「おお……」
思わず見ているこちらも力が入る。
こちらに音が聞こえそうな勢いで男が最後の打ちつけをお見舞いすると、女はブルリと全身を震わせて、ついに膝から地面に崩れ落ちた。
下手なAVより興奮するんだが?
そんな状態の俺は背後から忍び寄る存在に気づくことができなかった。
気づいたのは、校舎の屋上の縁に触れた靴の音が聞こえた時。
唐突な物音に俺は影に身を仕舞うことも忘れ、そのまま顔だけを物音の方向に向けてしまった。
そこには全身にフード付きの黒いマントを纏った二人の人物。
怪しいなんてもんじゃない。
「テメェ、なにモンだ?」
声からして男のもの。
ナイトアイがあるとはいえ、顔までは見えない。
むしろ、ナイトアイがあるにもかかわらず顔が判別できない。
そのマントの効果だろうか。
そんな思惑も一瞬、失態に気付いた俺は影から飛び出し臨戦態勢をとる。
急な襲来に心臓が激しく脈打っているが、それを気取られてはいけない。
「お主らこそ、何者だ?
ワシは殺人鬼がいないかどうかのパトロールの最中なんじゃがの?」
さも落ち着き払った様子で返す。
声でバレてはいけない。
ということで、話し方も声もジイさんのようなものに変えておく。
声自体は仮面の効果で変えることができる。
なんて便利!
いきなりだったが、ここはギリギリ機転が効いたな。
というより練習の成果があったというものだ。
仮面で姿自体は変えられるとはいえ、中身がバレては一環の終わりだ。
ということで、仮面を得てからしばしば練習していたのだ。
「ハッ、殺人鬼だと?
ジジイ、あからさまに怪しいテメェがそうじゃねえのかよ?」
一方的の話すのは男の方だ。
いや、彼らも俺と同様に変声させている可能性もあるか。
いや、俺をジイさんと勘違いしているところを見ると、案外そうじゃないのかもな。
とりあえず現状話しているこいつは男ということにしておこう。
「ワシを殺人鬼と疑っておるのか?
ワシがそうなら、あんな無防備な学生程度すでに殺しておろうて。
言ったじゃろ?
今は殺人鬼の出る危ない状況。
若いカップルが危なくないように見守っているだけじゃ」
「ハッ、ふざけてやがる。
俺らこそ殺人鬼がいないかどうかの調査中だ。
なぁ、殺人鬼のジイさんよ」
こっちから先に答えたのが裏目に出たか。
これでは何も聞き出せない。
「夜中外に出たら怪しい奴から攻撃を受けた」
「何を言っておるのじゃ?」
急にどうしたこいつ。
「俺らは激しい戦闘の結果、なんとか殺人鬼を倒すことができた」
「さっきから一体なにを……」
「しかし学生の力量では余裕がなく、残念ながら生きたまま殺人鬼を捕らえることは出来なかった」
「なんの話をしているのじゃ?」
こちらが何を言っても返す気は無いようだ。
しかし今の発言が本当なら、こいつらは学生。
殺人鬼は学生の中にいたということだ。
「殺人鬼の懐からは武器が出てきた」
そう言って男が懐から取り出したのは血で汚れたナイフ。
「誰の血じゃ、それは?」
「このナイフには学園内で殺された学生たちの血がこびり付いてる」
は……?
「お主ら、まさか……」
まさか、こいつらが……?
「ジジイ、テメェはこんな感じのシナリオで殺人鬼として生命を終えてくれ。
その格好といい、この場所といい、お誂え向きだろ?」
「お主らはここで捕らえねばならんな……」
くそ、2日目でまさかのビンゴかよ……!
ヤバイ、これは全く想定していなかった。
しかも相手が二人。
殺人鬼が二人組だとは思わなかった。
闇魔法も見られている。
今更顔を出しても、こいつらは嬉々として俺を殺して殺人鬼に仕立て上げるだろう。
顔を出さずとも、複数種類の魔法を使えばいずれ特定される。
闇魔法のみでこれを切り抜けることが身バレしない条件だ。
彼らを捕らえられるのが最善だが、そこまで闇魔法に自信はない。
くそったれ、なんで俺はこうもハズレくじばかり引いてやがる。
そしてバレずに生きてこの状況を切り抜けられるのが次善。
助けを呼びたいが、ジュリからもらった魔道具を使っては、五人ともここにやってきてしまうことになる。
そうなれば今度は彼らが狙われることになるし、それ以上に俺という存在が露呈する。
捕らえるのは荷が勝ちすぎている。
ひとまず切り抜けるしかない!
しかしどう動く……!
足元の影は魔法を維持したままだから、まだ使える。
あの時これまで解除してなくてよかった。
「今からこいつを殺るぞ?
……なぁ、聞いてんのか?」
「もう──」
「ぐっ!?」
「──やってる」
突然に襲いくる激痛。
思わず膝から崩れ落ちる。
俺の背中に深々とナイフが突き刺さっているのがわかる。
いつ投げやがった!?
声からして、もう一人は女。
あいつがやったのか。
一体どうやって……。
いつも防陣を必要な時に使えちゃいない。
しかし今はそんなことも考えちゃいられない。
「ロード、シャドウ リーパー!」
俺が倒れるや否や、男は俺に鎌をぶん投げた。
こいつも闇属性を!
俺はそのまま足元の影に沈み込むことでこれを回避する。
俺の髪の毛の一部を切断しながら、鎌の刃が頭上スレスレを通り抜けた。
判断が遅ければ首が胴体からサヨナラしていたところだ。
「ロード──」
沈み込む直前、女の方もこちらに向かって魔法を詠唱しながら動き出していた。
相手も闇魔法を使うようだから、影移動にそこまでアドバンテージはなさそうだ。
このまま影に留まり続けることは出来ない。
「ロード、シャドウ エンクレイヴ!」
俺は校舎の側壁に影の飛び地を作り、即座にそちらに移動した。
ズガン!
次の瞬間、激しい音とともに先ほどまで俺が沈んでいた場所と影の繋がりが切断された。
恐らく高威力の攻撃を叩きつけたとみえる。
ダッ──
俺が側壁にへばりつけた影から外を覗き込もうと顔を出した時、奴らの一人が俺を捉えていた。
こいつは逆さを向いて落下しながら、正確に俺に両手を向けている。
そして今まさに魔法を俺に打ち込もうとしている。
「まず──」
影の中に引っ込んでも今からでは回避のしようがない。
「──ブラスト!」
逡巡も一瞬。
俺は胸元の魔法陣にマナを込める。
光の魔弾が一直線に俺を打ち砕こうと接近する。
それが俺に触れるほんの直前で、防陣が起動。
光弾は衝撃音だけを残して霧散した。
ごっそりとMPが削られたのが確認できた。
奴はそのまま落下を続けている。
威力を見るに、今の一撃で仕留めるつもりだったのかもしれん。
あのまま地面に叩きつけられて死ぬとも思えんが。
落ちていく一人を横目に、俺は次なる行動を開始する。
俺も下に向かってもいいが、一人が下に落ちていっていることから、待機された場合に面倒だ。
「ロード、シャドウ エンクレイヴ」
俺は今いる側壁に繋がった一方の側壁に向けて飛び地を設置。
設置したからといって、即座にそこに飛べるわけではない。
影の中の移動は水中を泳ぐ魚の如く、そこそこ速く移動できるが、物理的な距離はどうしても存在する。
俺は急いで移動せんとする。
しかし。
俺が頭を影に沈む込めようとした時、更なる攻撃が飛来した。
それは俺自身を狙ったものではない。
俺が今いる場所と飛び地を設定した場所のちょうど真ん中、そこにあたる側壁が砕け散っていた。
同時に飛び地との繋がりも切断される。
俺は急いで攻撃の飛んできた方向を確認。
すると先ほど落下したと思われていた一人が、空中で停止したまま両手を俺に向けている。
「なん──」
文句を垂れている時間はない。
俺は口に出しかけた言葉を飲み込み、頭をフル回転させる。
空中の一人は光魔法を使う。
なぜそんなやつが殺人なんかを……?
いや、今はそこはどうでもいい。
どういうカラクリかは知らないが、宙を自在に動けるとなると空中戦は不利。
もう一人は何をしているか知らんが、空中の敵は両手に光を集め始めている。
追撃を放とうとしているのは明白だ。
無駄な思考をしている暇はない。
一応二人を分断した形にはなっているが、今を逃せば好機はない。
「ロード、シャドウ エンクレイヴ!」
俺は今度、飛び地を三箇所設置。
俺が同時に設置できるのは現状三つまでだ。
一つは先ほどの飛び地とは反対側。
もう一つは真っ直ぐ下にある地面。
そして最後に屋上の地面だ。
俺は即座に影には潜らず、顔だけを出したまま相手の攻撃先を読もうと凝視する。
一瞬相手は動きを止めたが、すぐ二方向に攻撃を放った。
思った通り、それらは屋上以外の二箇所に向けられている。
やはり、何かしらの方法で移動先が割れている。
しかし、だ。
相手は俺が屋上に設置したのをブラフだと考えてくれた。
だからこその、今の攻撃先だろう。
これが俺の狙い。
俺は光弾の発射先を確認するや否や影に身体を沈め、上に向けて動き出した。
背中に刺さった刃による激痛は終始続いているが、それ以上の命の危機だと自分を誤魔化しながら我慢する。
「ぐっ、ロード、ロック──」
右手に極限までマナを込めつつ影の中を動く。
そのまま屋上の相手を確認しないまま、勢い良く影から宙に飛び出した。
「それで逃げ果せるつもりか?」
俺の飛び出した目の前。
そこには刃を握った男が待機していた。
そのまま手に持った武器で俺を一刀の元に切り捨てんと振りかぶる。
俺は困ったらすぐコレだ。
これはあまり見せたくない切り札だが、そんなことを言っている余裕はない。
しかしコレを使うからには必殺でなければならない。
こいつには悪いが、殺人鬼である以上遠慮はなしだ。
今後お嬢様に危害が及ぶ可能性があることから、排除するに十分な理由だ。
あいつらを──仲間を守るためなら、俺はなんでもやる。
トラキアで定めた、俺を俺たらしめる根本。
スン、と心が今より一層深いところへ沈んだような気がした。
急に思考が冷静になる。
それと同時に闘争によって狭まっていた視野が広く拡大した。
「悪いな」
それは俺の言葉だったのか相手の言葉だったのか。
相手が狙うのは、俺の首筋。
抵抗もなくそこをやられては、絶命は必至。
対して俺は、右手を相手の中心に向ける。
現状だけを外から見れば、このまま俺が切り捨てられて負けるのは明白。
だが、俺にはヴィクターからの授かりものがある。
獲った。
そう、相手は思っただろう。
さぞ相手は猟奇的な笑顔をフードの下に隠しているだろう。
顔は見えちゃいない。
だがその顔が、理解できない状況から一転するその瞬間を見逃さない。
俺を切り捨てるはずの一撃は、当然、俺に触れた状態で停止している。
当然というのは、俺に限った話だな。
こいつからしたら、これは悪夢。
一瞬、思考が停止しているはずだ。
そのまま何も考えないまま、死んでくれ。
殺人鬼とはいえ、苦しんで死なれるのも後味が悪いからな。
じゃあな。
「──シェル」
詠唱できる時間のなかで、俺が限界までマナを込めた一撃。
砲弾の如きそれは、けたたましい音を響かせて男の背後にある屋上の床を蹂躙。
小隕石がぶつかったが如く、大きく階下まで大穴を穿っている。
それを確認しながら俺は地面に足を着く。
宙に浮くように飛び出したのも、相手の油断を誘うため。
俺の着地から数瞬、動きを止めていた男が糸の切れた人形のように後ろに倒れ伏した。
この男、攻撃が当たる直前に超人的な反応を見せて身体を無理矢理に捻っていたな。
正中を貫いて殺してやれなかったのが少し残念だ。
だがそれも時間の問題だろう。
俺は後ろからもう一人が来る前に、急いで屋上からそいつとは反対側へ飛び出した。
同時にもう一人も屋上にやってきたが、どうだろうか。
「ロード、シャドウ ダイブ」
地面に着く前に、そのまま影に沈む。
ナイトアイで明るいと、本来そこにあるはずの様々なものによる影と自分の影がくっきりと区別できる。
「ロード、シャドウ エンクレイヴ」
ランダムに複数の飛び地を設置しながら上を確認する。
今のところ追ってきている様子は……ないな。
でも一応警戒は続けるということで、一旦そこから一番離れた学園の端にまで移動して身を隠した。
「ロード、マイナー ヒール」
同時に傷も癒す。
くそ、いきなり背中にブスリとやりやがって。
戦闘の興奮が収まってくると、再び痛みが産声をあげる。
しかし危なかった。
一発目で首の後ろから延髄をやられていたら即死だった。
まだまだ甘い。
接敵したら、急所は即座に守らねばならないな。
ひとまず傷も癒えてきた。
それから俺は時間をかけて移動。
確実に追っ手のないことが確認でき次第、自室へと帰還した。
そのままベッドに突っ伏す形で、極度の疲労からすぐに眠りについた。




