第64話 終結
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「チッ、鬱陶しい!」
ルーは嫌悪感を表出する。
と言うのも、先ほどからルーのあらゆる行動が徒労に終わっているからだ。
遠距離攻撃など、高速でアルの元へ到達するものは、確かにアルにダメージを与える可能性はある。
だが、その程度の軽い攻撃は容易に処理されている。
一方、地中からの攻撃などはアルの支配領域に入った時点で上から支配権を強奪されるし、ゴーレムも当然その限りではない。
ルーは動けないことをデメリットと断じていたが、陣地防衛がこれほど厄介だとは予想だにしなかった。
「恐らく動けない以外のデメリットがあるはず。
触れられたら支配権は全部移っちまう。
ってことはアレしかねぇな。
ロード!」
だが即座に魔法を発動しようとはしない。
じっくり時間をかけてマナを注ぎ込んでいく。
「おいアル、そろそろそっちから攻撃しないと詰むことになるぜぇ。
こいつは脅しじゃない。
もし今の状態に時間制限があるのなら言ってくれ。
じゃなきゃ今から使う魔法で死んじまうことになるからなぁ」
最後通告なのか、ルーの言葉には真剣さが感じられる。
恐らく取っておきの魔法なのだろう。
「大体は先輩の読み通り、制限時間付きの状態ですけど、半端な魔法じゃうちに傷すらつけられないですよ」
アルは強がってはいるが、この状態もそう長くはない。
それに有効な攻撃手段もろくに持ち合わせていないというのが現実だ。
アルの想定ではルーの攻撃手段を奪って勝つというという考えだったが、ルーの洞察力があまりにも想定の上を行っていたためにそれも為し得ていない。
ルーは攻撃も回避も可能な絶妙な位置取りで、様々な魔法を叩き込んできている。
単なる攻撃手段ではなく、そこにはこちらの戦力や状況を判断する確認手段としての意味合いも大きいだろう。
こういうところで実戦経験の無さによる差が現れてきている。
ルーは口は悪いが、単に一方的に嬲ってくる訳でも無く、戦闘の中で様々なものに気付かせようとしている余裕さえある。
さすが上級生。
そしてその中でも選りすぐりのトップ。
さて、どうする。
アルは頭をフル回転し、次なる手を探る。
今はドクに刻み込まれた魔法により強制的に精霊をかき集めている状態だが、さすがにこれほど長時間使用したことはなかった。
本来気まぐれな存在である精霊を無理矢理ひとところに固着させているのだ。
そろそろ限界が来てもおかしくは無かった。
ここで降参をした方がいいかも知れない。
そんな気持ちが過るが、今更引くことはできない。
クロがあんなにも自分のことで怒ってくれるとは思わなかったし、その気持ちに応えたいという気持ちが大きい。
やはりこういうところはまだ子供のまま。
妙なプライドが邪魔して、アルは引き際を誤った。
「そうかい。
なら、遠慮無く。
できればあんたを殺したくねぇが、死んじまったら死んじまったで自分の無力さを恨みな」
恐らくこれが最後になるだろう。
アルもルーも、それを見守る者たちもそれを予感した。
「先輩のその魔法すら打ち壊して、負けを認めさせてあげますよ!」
「先に言っといてやる。
あたいのマナもこの魔法を使えばほぼ底をつくだろう。
あんたも同じような状態のはずだ。
これを防げたらアル、実質あんたの勝ちだ。
戦闘経験の差を加味しても、ここまでできてるあんたは及第点。
いや、十分に可能性がある」
「それは……ありがとうございます」
アルは突然の称賛に驚く。
「これが先輩からの最後の試練だ。
頑張って乗り越えてみせな!」
ルーの顔には笑みが浮かんでいた。
それは、ここまで十分に戦い抜いた後輩への敬意さえ感じられた。
それを見たアルは、ルーにこれ以上ない謝意を感じる。
それとともに、これを乗り越えなければならないという責任感も生じる。
「じゃあいくぜぇ!
メテオライト!」
ふんだんにマナを織り込んだルーの魔法が解き放たれた。
しかし周囲に対して見た目に何かが起こっている様子はない。
そこにいる誰一人として何が起こっているかは理解できなかった。
マナの動きに敏感な者であれば気がついたであろうが、今のアルにそこまでの技術は無かった。
まずそれに気づいたのはソフィアラだった。
空間干渉魔法の向上に重きを置いて修行してきたソフィアラだからこそ、真っ先に気付くことができた。
ソフィアラはルーのマナの向かう先を見て、そしてその技術の高さに驚愕した。
ソフィアラが可能な干渉範囲を凌駕したその魔法。
遥か上空──雲の切れ目からそれは姿を見せた。
次にクロがソフィアラの視線を追うように上空を見上げ、驚愕に目を見開く。
「まじかよ……!
というかアルを殺す気か!」
その声を受けて周囲の同級生たち、そしてアルも状況を理解する。
高速で飛来するそれは、接近するにつれて目に見えて大きさを増している。
それは、隕石と断じて構わないだろう。
即座にアルは行動を開始した。
攻撃を直に受け止めるのは良策ではない──愚策だ。
だからこそアルは最大限のマナを込めて魔法を発動する。
「ロード!」
急かされるが、不十分なマナでは対応しきれない恐れがある。
だからこそ隕石の軌道と到達時間を読んで、ギリギリまでマナを注ぎ続ける。
そして、アルに今できる最大を解放した。
「グランド……スピアァァァ!!!」
アルが両手を地面に着地させると同時に、十数メートルの規模で大地から隕石を貫く魔槍が天へ立ち昇る。
隕石と何ら遜色ない速度で天と大地が衝突を待つ。
▽
「あれ、マズいんじゃありませんの?」
アルの魔法を見てジュリが呟く。
「マズいってそりゃヤバそうな魔法だけど……」
クロは上空を仰ぐ。
「いえ、そうじゃありませんわ。
アルさんの魔法です」
ジュリの言葉を聞いてクロもその異変に気付く。
時間としてはあと10秒もしないうちに二つの魔法が衝突するだろう。
だがそれは、アルの魔法がこのままの勢いで進み続ければの話。
アルの魔法は目に見えてその速度を減じている。
誰の目にもそれは明らかだった。
不安が過る。
しかしそんな不安を無視したように、クロたちが見守るなか、突如としてアルの攻撃が停止した。
「なっ!?」
誰もが口を開いて驚きを隠せない。
アルの魔槍は全身に亀裂を走らせ、そして──
▽
フッ、とアルは全身から力が抜けたのが分かった。
そして自身の魔法が半ばで停止し、砕け散る様子がありありと見えた。
「な、なんで今……」
アルは自身の状態を見誤っていた。
今まで動けていたのは精霊の補助があったからだ。
それとともに緊張感や興奮が感覚を麻痺させていたからに他ならない。
いつ倒れてもおかしくないギリギリの状態であるのは変わりなかった。
いつ割れるとも知れない薄氷の上をアルは歩いていたのだった。
そこに限界を超える無理が入った。
これで終わりだという安堵が原因だったのかも知れない。
何が原因にせよ、この状況は変わらない。
アルは力なく地面に項垂れた。
「おい、何してやがんだ!」
ルーがそれを見て声高に叫ぶ。
ルーはアルが無事にやり遂げることを確信していた。
だからこそマナも限界まで使ったし、何より失敗するなんてことは眼中になかった。
それはルーがアルの実力を認めたからこそ。
しかしその期待を裏切る形でアルは大地に沈んでしまっている。
ルーは今更自分がアルにやり過ぎたことを思い至った。
ここまでうまくやっていたとはいえ、アルは入学して魔法技術に毛が生えるか生えないかのほぼ素人同然の存在。
そして精霊などという不確定の情報。
正常な思考であればアルが無理をしているということに気付けたかも知れない。
だが気づいてももう遅い。
隕石はアルを屠るべく着実に近づいている。
このまま行けばアルは隕石により死んでしまうだろう。
アルが跡形もなく消し飛ぶのは容易に想像できる。
しかしこの状況を止める手段はない。
なぜならルーはすでにマナを使い切っているのだから。
自身の過ちに立ち直れないほどの衝撃を受ける。
今更発動した魔法を止めることはできない。
あとは目の前で後輩の死を指を加えて待つだけ。
走ったとしても距離的に間に合うはずがない。
もしものためにルーは隕石の想定衝撃範囲のギリギリ外にいるからだ。
絶望からルーは両膝から崩れ落ちた。
今自分にできるのは、身を挺してアルの助けに入ること。
しかしその場合自身も命を落としてしまう。
ルーは長年極めてきた魔法だからこそ、確実に命を奪う威力があるという確信があった。
もう遅い。
全身が震える。
この状況に誰もが動くことができない。
えも言えない緊張、そして静寂が場を支配していた。
あとはアルの死を待つのみ。
誰もがそう確信していた。
▽
「アル、今助ける!!!」
聞き違いかと、ルーは一瞬錯乱したような状態となった。
しかしこの状況を見ても臆せず動き出そうとしている者がいることに、ルーは驚きを隠せなかった。
そんな気を知る由もなく、クロは行動を開始する。
「ガルド、全力で俺を飛ばせ!
遠慮はいらん!
お嬢様、俺があれを止めたら後は頼みます!」
返事は必要ない。
俺の意思を汲んで、ガルドの腕に凄まじい勢いでマナが集中する。
俺は走り出した。
タイミングなど計っている時間はない。
俺は全力で上に飛び上がった。
そして高く飛び上がった瞬間。
ジャストタイミング。
背後から豪風が俺を貫いた。
あまりの勢いに俺の身体はくの字に折れ曲がりながらも、遥か上空へ昇り始める。
「ぐうううぅぅぅ!」
激しい風圧を受けながらも、俺は隕石を見据える。
さっきの指示をソフィアラがどう汲んでくれているか不明だが、長い間一緒にいたからこそ彼女がやり切ってくれることを確信する。
デカイ。
まず隕石を見て思ったのはそれだ。
そして迫りくる重圧に対する恐怖が俺を支配する。
確実に俺は隕石に向かっている。
ルー先輩、なんてものをアルにぶつけようとしてやがる。
しかしこれも、アルの努力に敬意を表したからこそのものだろう。
あの戦闘には色々と感じるものがあった。
アルの成長を感じられる時間だった。
俺もアルのように成長していきたい。
アルにはこれからも一緒に歩んでいって欲しいと思っている。
そしてアルをボコボコにしてくれたルー先輩にも一言言ってやらねばならない。
俺たちはこんなとこで躓いていちゃダメなんだ。
だからこそこんなところで終わらせてはならない。
すぐ目前に隕石が迫る。
ガルドめ、あの短時間でその上この精度で俺を飛ばせるとは流石の技量だ。
なまじ数年ハンターをやってはいない。
しかしこのまま行けば俺の方が少し早いか!?
刻一刻とその瞬間が近づく。
そして──
俺の身体が隕石と直交した。
やや軌道が逸れ気味だったが、防陣を発動した俺の両腕が隕石を捉えた。
時が止まる。
その瞬間。
俺のMPがほぼ全損した。
なんつー威力だよクソッタレ。
そして受け止めきれなかった衝撃が俺の両腕に伝播する。
バシンッ!
そんな軽い音では到底言い表せないほどのダメージが俺の腕を吹き飛ばした。
背後に弾き飛ばされたその勢いに、正直両腕が引きちぎれたのかと錯覚した。
しかしそこに生まれた痛みが俺の腕の存在を証明する。
肩の付け根からは血が吹き出し、紙一重で腕が繋がっていた。
「がああああっ!!!」
肩甲骨から鎖骨、他にも様々な骨や筋・腱に至るまでが、受けたダメージの悲鳴を俺に伝えてくる。
それでも意識を失ってはいけない。
俺は必死で隕石を見た。
「ぅぅぅううう……よっしゃああああああ!」
吹き飛ばされながらも、隕石がその速度を激しく減じているのが確認できた。
しかし隕石はその軌道を変えず、大質量を抱えたままアルに向かっている。
隕石と俺の距離が徐々に開いていく。
これで俺にできることはもうない。
たったこれだけではアルの死を回避することはできない。
しかし、安堵した。
なぜかって?
それは、そこにソフィアラのマナの存在を感じ取ったからだ。
いつの間にやら、すげー距離まで空間干渉できるようになってるじゃん。
アルといいソフィアラといい、成長著しいなぁ。
俺は隕石の行く末を見守る。
隕石の落下する軌道に氷塊が出現する。
それは、隕石と比べれば遥かに小さいもの。
ぶつかった衝撃で、氷が一方的に砕け散った。
だが、それだけではない。
これも一瞬だけ隕石の速度を減じる。
加えて、少しだけ軌道にズレが生じた。
次々と出現する氷塊に、少しずつではあるが、それでも確実に隕石の落下地点はアルの頭上から離れていく。
そして遂に。
隕石はアルを大きく逸れ、激しい衝撃を伝えながら隕石は大地に着弾した。
砕け散った破片や砂埃が周囲に舞い散るが、アルを傷つけるほどではなかった。
俺はそれを横目に、自身の置かれている状況に対応すべく行動する。
このままいけば俺も落下死してしまう。
ガルドへの指示にちょっと無理があったかなぁ。
あいつ全力で飛ばしすぎだろ。
俺としては隕石との交点あたりで俺の飛ぶ軌道の頂点が来てくれたらありがたかったんだが、俺は隕石を通り過ぎた後も上昇を続けていた。
流石にソフィアラに俺の救助までお願いできるほどの状況でもなかったし、これは仕方ない。
まだMPは5%ほどあるし、終わったと決まったわけじゃない。
この状況を打開する手段として最初に浮かんだのは進行方向に向けて風魔法を発動することだった。
しかしすぐにやめた。
俺の予想が正しければ、魔法で反対方向へ向かおうとする勢いにより俺の身体は激しいダメージを負うことになる。
じゃあどうすると考えた時、みんなとドンドンと距離が離れていっていることがわかった。
これだけ距離が空いていれば、闇属性を使ってもそうそう見られることはないだろう。
陽は俺の飛んでいく進行方向の背後から差してくれている。
つまり、着地地点に影ができるはず。
……ビンゴ!
地面に近づくにつれて、俺の影が色濃く地面に映し出される。
「ロード、シャドウ ダイブ!」
いやマジ、ピエロに闇魔法習ってなかったら死んでるところだからな!
だが、アルを救うことはできた。
両腕はどうしようもないくらいにグチャグチャだけど、結果オーライってのはこういう時のために存在してる言葉だよな。
自身の影を確実に見据えた上で、俺はそこに飛び込んだ。
ドプン……。
全身が謎の浮遊感に支配される。
あーもう、心臓バクバク。
結果的にうまくいったけど、どれもこれも一つ間違えば全てオジャンだったよな。
そんなことを思いながら、俺は急いで影から這い出す。
身体を無理矢理に捻って、俺は勢いよく外に飛び出した。
「あ……」
勢いをつけすぎて、ちょっとだけ浮き上がった形で俺は飛び出した。
そしてそれが起こす結果は。
「ぎゃああああああああ!!!」
傷だらけの腕を激しく地面に打ち付ける。
アルを助け出した満足感も全て痛みに塗り替えられ、俺は意識を失った。




