第62話 転機
最初から見込みが甘かった。
戦いになれば勝てると、その時は本気で思っていた。
しかし戦いとは、戦う前からすでに始まっていたのだ。
本来なら助けを呼ぶべきだったのかもしれない。
でもあの時は気が動転して、自分がなんとかしなくちゃと思ってしまった。
相手が余裕を見せているうちに圧倒してしまえば済む話だと思い、即効で仕掛けた。
案の定、相手よりも自分の魔法力は優っていた。
いや、“自分の”というのは語弊がある。
総合的に優っていたというべきか。
ただ、場所が悪かった。
自分の領内だったということもあり、規模の大きな魔法は使うに使えなかった。
それでもじりじりと相手を追い詰めていたのは確かだ。
しかし、その時は突然訪れた。
「はぁ、はぁ、残念ながら僕の勝ちです。
知っていることを洗いざらい吐いてもらいましょうか」
ディスクリートと名乗る男の喉元に剣を突きつけて勝ちを宣言する。
この男はもはや瀕死の重症だ。
両足を切断され、全身も傷だらけになり、多くの血を流しながら彼は壁を背にもたれかかっている。
半端な回復魔法では完治には至らないだろう。
しかしよくもまぁ、ここまで戦えるものだ。
ここまで強い人間と戦ったのは初めてだったが、学園で培った戦闘技術を如何なく発揮して男を追い詰めることができた。
「ああ、クソ!
こんなはずじゃあなかったンだがな。
楽しむことを優先しちまったか、まだまだ甘いな俺も」
まだ減らず口を叩ける元気があるのかと、敵ながら感心する。
それにしてももう1人の壮年の男性は最後まで姿を見せなかったな。
一応は周囲に警戒をしながら戦ってはいたが、チャチャを入れてくることはなかった。
さっきの話も案外嘘で、まんまと逃げ果せたのかもしれないな。
「早く答えてください!
これ以上酷い目に遭うのも嫌でしょう?」
鋒をさらに突きつけ、それに触れた男の皮膚から血が滲む。
情報は聞き出したいが、もし魔法を発動する素振りを見せれば即座に首を切断する構えだ。
「ああ、いいだろう、話してやる。
俺らはなぁ──」
男が話し始めた時、その右腕が動くのが見えた。
キラリと一瞬光を反射したことから、男の握るそれが金属製の武器だと即座に予測する。
そして男の視線の先には──
男は命が惜しくないのか、はたまた最後っ屁のつもりなのか、それとも逃げ出すための手段なのか、取り出したナイフを視線の先に投擲した。
僕は男を攻撃している暇はないと判断。
地面を蹴って、目標に届く前にナイフを剣で叩き落とすことに成功した。
まだ身体強化が切れていなかったため、何とか攻撃の阻止はできたと安心する。
男は使用人の1人を狙ったのだった。
今まで使用人達を建物の外で見かけなかったことから、使用人は何らかの手段で全員動きを封じられていたのだろう。
どこに隠れていたのか戦闘の終了を確認して出てきたこの使用人を目敏く確認して、男は攻撃を仕掛けたのだろう。
「大丈夫ですか!?」
「ええ、た、助かりました……」
使用人は怯えた様子だ。
男の方を見ると、逃げ出そうとしているのか這々の体で動き出しているが、それが十分にできているとは思えない様子だ。
やはり苦し紛れの攻撃だったのか、と少し安心した。
男が身体を動かした軌跡に血の跡が伸びている。
「あなたは建物の中に入っていてください。
これが片付いたら少し話を伺いますので!」
それだけ伝えて、次なる攻撃に警戒しながら剣を構える。
周りを見渡しても、男が人質として使いそうな人間はいない。
ようやく終わりか。
そこで一瞬気が抜けてしまった。
「えっ?」
急に身体がふらつき、前のめりに倒れる。
現状が理解できないでいると、ふと脇腹が激しい熱を持っているのが分かった。
背中から刺さった刃が腹から突き出し、ドクドクと血が溢れ始めている。
「あ、ああっ……!」
徐々に激しい痛みが込み上げてくる。
「アナタも油断しすぎですよ。
まだまだやるべき仕事があるというのに、ここで死んでしまったらどうするんですか?」
背後、というよりほぼ頭上から声が聞こえる。
何とか顔を傾けてそこに視線を向けると、先ほどの使用人がグニャグニャと形を変え、異形の魔人へ変貌しているのが見えた。
「ま、まさ、か……」
喋ろうとするが、痛みで思うように声が出ない。
「やろうと思えばいつでも、どんな方法でもやれたんですよ。
人質を使ったり不可視で攻撃を入れたり、ね。
まぁこれで彼も少しは学んだでしょう」
そう言って、魔人は男に液体の入ったビンを投げやった。
男はそれを受け取ると、一気に飲み干す。
するとみるみるうちに傷は癒え、失われたはずの脚も生え始めた。
「悪いな、引き時を見誤った。
最終的にアンタが何とかしてくれると思って安心しちまったぜ」
男はすぐに立ち上がり、近づいてくる。
もうこの辺りになると、彼らの声も聞こえづらくなってきた。
出血のしすぎか、意識が朦朧とする。
ああ、ホント何をやってるんだろう。
今更ながら後悔する。
願わくば、アルよ無事でいてくれ。
淡い願いを抱き、クリストカフェルは意識を失った。
「気を失ってしまいましたね。
さっさとコレを回収して撤収しましょう」
「そうだな、俺も楽しむには楽しめた」
こうしてグランドノット家から、子供2人が姿を消した。
「ネイルの方は開眼しましたか?」
「いや、まったくもってダメだな。
弟を目の前で痛めつけても開く気配がないな」
クリストカフェルとアルが捕らえられたあと、ドクの工房にて連日人体実験が行なわれている。
「ふむ……そうですか。
そうなると、まだ魔眼埋め込みは先になりますか。
クリストカフェルで続けるしかないようですね」
「目算でもついてンのか?」
「いいえ。
ですが、聞き出せることは粗方聞き出しましたので、あとはトライアンドエラーで地道に探っていくだけですよ」
「結局よ、精霊視はどういう代物だったんだ?」
「言ってしまえば、精霊を“視ることができる”というのが究極的な能力です。
ですがその“視る”という行為は、精霊達とコンタクトを持つ唯一の足掛かりななようですね。
精霊達は“視られる”ことで術者を認識し、そこでようやく接触を図るという流れです」
「接触ってのは、会話とかのコミュニケーションってことか?
それとも物理的に触れるようになンのか?」
「そのどちらでもないようです。
一度互いに認識すれば、術者は彼らの拠り所となるようですね。
あとは勝手に魔法の発動を手助けしたり、時には居なくなったり、身の危険なども知らせてくれるらしいですよ。
知らせてくれるといっても、そのような感覚を感じさせてくれるという話で、具体的にどうというのはないみたいですが」
「なるほどな。
なんとなく理解できたぜ。
強力な助っ人が気ままに訪れるって感じか」
「まぁ、その理解で問題ないかと」
「ところで、精霊ってのはどういう存在なんだ?
意思でも持ってンのか?」
「生き物として定義できるか微妙ですね。
見え方としてはその属性を示す色で、昆虫だったり動物だったり形は様々なようです。
術者がイメージする形で見えるんじゃないですかね?
霊脈に近づくと寄ってきて、離れすぎるといなくなるそうです。
どこへ行っても精霊達は同じような反応を示すようなので、精霊が意思を持って霊脈を通じてコミュニケーションを図っているか、全て同じ存在なのか、その辺りは想像するしかないですね。
何せ言葉を介したやりとりができないんですから」
「……というか霊脈って何だ?」
「ああ、ワタシも初めて耳にしましたが、どうやら精霊の源泉──所謂ホットスポットというやつです」
「じゃあなにか、もし精霊視を持っててもそこに近づいて力を使わなければ、ファーストコンタクトは図れないってことになるのか」
「恐らくそのような感じですかね。
精霊に関する概念は、まぁそんなものです。
あとはどうやってワタシが精霊とコンタクトを取るかですね。
彼から眼球を摘出してワタシに埋め込んでもいいですが、機能しなかったらどうしようもないですしね。
2つ合わせて魔眼だった、なんてことになれば目も当てられない失態になりかねません……魔眼だけにね」
「あんたはなかなかの研究者だが、そういうところはセンスねぇよ」
「人間の真似事をしていたせいで、こういう無駄なものまで習得してしまうんですよ。
誠に遺憾ですが」
「じゃあよ、目も当てられないっていうくらいなら、むしろ目を当ててみたらどうだ?」
ふと思いついたことがディスクリートの口をついた。
「どういうことです?」
「ヤツが精霊を見てる時に、あんたも目を当てて見てみたらいいじゃねーか。
魔法的に視界を接続することなんて造作もないだろ?」
「な、る、ほ、ど、なるほど。
そんな当たり前のことに気づかないなんて、ワタシもどうかしていましたね。
研究はごくごく単純な疑問から、でしたね。
お手柄ですよ、アナタ」
「俺が言わなくても、どうせすぐに気付いてただろ」
「まぁでも、早いことに越したことはありません」
「じゃあ俺もしばらくできることもないし、アンタのを見学させてもらうぜ。
もうゴールまでのルートは描けてるんだろ?」
「ええ。
魔法的に同調するためには、まずマナを彼のものに近くなるように変質させる必要がありますね。
家族のように近しい存在であればマナの性質はそう変わらないのですが、ワタシなら問題無く行えます」
「マナの性質について聞いていいか?」
「構いませんよ、質問するのは大事です。
基本的に人間は単一の属性に寄ったマナを持って生まれてきます。
人間は受精した瞬間から親の属性を引き継ぐ形で発生しますが、多くは片方の親の属性が強く出ます。
そのため両親の属性が異なる場合は、ほとんどの確率でどちらかの属性を引き継いで生まれてくることとなりますので、複数属性持ちは珍しいものとなります」
「どうりで複数属性持ちの人間が少ねぇ訳だ」
「一方、両親ともに同じ属性の場合、子供はその属性に対する親和性が増すため、基本的に次代はより強力な子供が生まれてきます。
このシステムを利用したのが貴族で、属性婚といって同じ属性同士を掛け合わせ続けることで一つの属性に特化した子供を生み出すことを目的とした結婚がなされています。
とりわけ有名なのが、帝国に2つありますね。
風のスペデイレ家と火のフレアマイナ家。
研究材料にするならこの辺りなんですが、グランドノット家のように一筋縄ではいかないのが厄介ですね」
「貴族連中は、複数属性持ちを生み出すことはしてないのか?」
「別の属性が入り込むと親和性が低下するという理由で、積極的にやっているところはないですね。
そのため代を重ねた貴族ほど後に退けないので躍起になって単一属性を極める訳ですよ。
しかし平民なんかは属性婚なんてしてないので、複数属性持ちは平民に多い傾向にありますね。
そういうこともあって複数属性を使うことができれば平民でも重宝するので、貴族と住み分けが出来てたりするわけですよ。
属性についてはこんなところですかね。
では早速ですがやりましょうか」
2人はクリストカフェルを監禁してある部屋へ向かう。
扉を開き中へ進むと、彼は壁に繋がれた状態で項垂れていた。
彼は2人に気付いて身をよじらせるが、大した動きはできない。
当然、魔法を詠唱できないように物理的に、そして魔法的なものも含めて口は何重にも封じられている。
「まずはマナを解析して、ワタシのマナを彼のものに変質させていきましょう」
「変質しちまったら使える魔法も変わってくンのか?」
「ええ、彼のマナに変質すれば恐らく地属性しか使えなくなるでしょうね。
人間にこういうことを行うと、基本的に自分以外のものとして排除しようとする働きで体調を崩したり、最悪死に至りますね。
ワタシの身体は色々いじって特殊な状態なので問題ないですよ。
必要に応じてマナを変質させることは、今までもよく行ってますからね。
ただ変質といっても、全てを完全に近づけられるほどマナの解析は終わっていません。
似てはいるが、極見えない部分での差異はどうしても生じてしまいます。
まぁ、それは追い追い調べていけば良いですね。
さぁでは、楽しい実験と行きましょうか。
ロード、マナドレイン」
これだけ何日も拘束されながら未だに目に敵意を浮かべているクリストカフェルの頭に、ドクは手を当ててマナを吸収する。
パッと手を離し、ドクは何かを吟味するように斜め上に視線を向ける。
「大体の解析は終わりですね。
ロード、マナコンバージョン」
「そんなんで終わりなのか?」
「ええ、マナを構成する要素の大まかなパターンは数百程度なので大して数は多くないですからね。
細部に拘ると、恐らくとてつもないパターン数になるんでしょうが。
ひとまず彼の見る世界をじっくりと堪能しましょうか。
ただ、精霊がいなければ見えるもの見えませんがね」
ドクは再びクリストカフェルの頭部を両手で掴む。
「ロード、マナコネクション。
ロード、コ・レジビリティ」
「ンーー!ンーー!」
クリストカフェルは魔法的に繋がる行為が苦痛なのか、必死に身をよじって頭部からドクの手を引き剥がそうとする。
しかし万力に挟まれたようにピクリとも動かない。
「どうなんだ?」
「アナタ、嫌なのは分かりますが、目を開けなければ妹が酷い目に遭いますよ?」
クリストカフェルはビクッとして必死に目を開ける。
「ほほう、これが精霊ですか。
彼の周りに集まっているのが見えますね。
なんとも奇怪な形状ですね。
動きも規則性がないですし、床を這っているものもいれば空中を漂っているのもいて、全て別の生き物のようにも思えますね」
「触れンのか?」
ズブブとドクは腹部から腕を生やし、精霊がいるあたりにブンブンと手をかざすが、触れられる様子はない。
「ダメみたいですね。
一方的に覗き込んでいるだけなので、そもそもワタシを認識してない可能性が高いですね。
この状態で魔法を使ってみますか。
ロード、ストーンバレット」
ドクは掌の上に石礫形成する。
「威力を知りたいので、一度防御していてください」
「あいよ」
ドクはディスクリートに向けて待機させていた礫を発射。
ガキンという音とともに、ディスクリートにぶつかり砕け散った。
「次は彼のマナを使ってやってみます」
ドクは再び同じ行為をディスクリートに向けて繰り返す。
「格段に威力が上がってるな」
「形成速度と発射速度も上がってるようですね。
では最後は接続を切った状態でやってみます」
ドクがそう言うと、フツンと糸が切れたようにクリストカフェル頭が勢い良く垂れ下がった。
三度の行為を終える。
「どうですか?
1番最初と形成速度や弾速に違いは感じませんでしたが」
「威力も全く同じだな」
「そうですか。
つまり精霊は、コンタクトを取った術者のマナを用いて行われた魔法に対して、無作為に干渉してくるわけですね。
ワタシが作り出した擬似的なマナでなく、全く同じマナを用いる必要があるというわけですか。
マナに匂いがあるかは分かりませんが、精霊はその匂いにつられて集まってくる性質があるようですね」
「えらく原始的な生物だな。
いや、生物と定義できるかは不明って話だったか」
「普段ワタシたちの身体から漏れ出すマナや、魔法発動の際に魔法陣に注ぎ込まれるマナに彼らは強い反応を示すようです。
この性質を用いることで高密度に精霊を集めることができ、魔法の出力も飛躍的に上げることができるでしょう」
「続けようにもコイツはもう伸びちまってるぞ?」
「妹の方を使いますか」
「まだ精霊を見れてないんじゃ無かったか?」
「兄の周りにいるのを見せればいいんですよ。
やれることは多そうですね」
それからも実験は続けられていた。
その過程で、うちには刻印魔法が施された。
精霊を見れるようになるや否や、ドクの開発した魔法を身体に刻み込まれたのだ。
確かにドクの理論は正しく、本来なら散り散りのはずの精霊を一箇所に集めるための装置として彼の魔法は十全に機能した。
しかしこれにはまず、マナの消費が大きすぎるという欠点があった。
またこの魔法は無理に精霊を一箇所に集めているため、一度魔法を解除するとその反動のせいか一気に精霊が離散してしまい、暫くは精霊が寄り付かなるという欠点も備えていた。
短期的に使うには効果的かもしれないが、幼い身体で扱うには負担の掛かる代物だった。
そういう理由で、魔眼に関する実験主に兄を対象に行われていたと思う。
思うというのは、この頃のうちは精神・身体共にすっかり磨耗してしまっていて記憶が曖昧だからだ。
部屋に近づく彼らの足音に常に怯えながら苦痛に耐えていたのだけがくっきりと記憶されている。
その監禁生活の中で彼らの話を盗み聞きしたところによると、うちら以外にも多数の人間は捕らえられているようだった。
特に魔眼に関しては、うちらとは別の魔眼を持った姉弟も捕らえられているということだった。
なんとか苦痛から逃れたい一心で、実験をするならその姉弟の方へ行ってくれとひたすらに願っていたものだ。
朝も夜もわからない、そして狭い部屋に監禁されていることによって満足な行動もできない、そんな状態に発狂しそうになっていたある日、騒ぎが起こった。




