第61話 宗教
ドクたちの脱出後──
「隊長、村全体の捜査が終了しました」
「そうか。
生き残りは居たか?」
「地下も隈無く捜査しましたが、生存者は1人も確認できませんでした」
「例の通報者は見つからないか……」
「捕らえた連中も1人残らず自害しましたし、この村の中で見つかる可能性は低いかと。
もしかしたら、すでにどこかへ逃げ延びているかもしれません」
「生きていることを祈るしかないな……。
して、村長の捜索はどうなっている?」
「申し訳ありません、取り逃してしまいました。
この暗闇では、地の利で勝る相手を捕らえることは困難でした。
捜索範囲を広げてはいますが、見つかる確率は低いでしょうね……」
「元凶を討てないとなると、また一からやり直しか。
しかしよくもまぁ、魔王崇拝などロクでもないことを考えるものだ」
「自然発生的にそうなったのか、魔人の介入があったのか、調べることは多そうですね。
それと隊長、気になることが」
「なんだ?」
「地下の手術室らしき一室で、我々の介入とは関係なく頭部を撃ち抜かれて死亡している者が発見されました。
見たところ争った形跡もありませんでしたし、そして何より地下の資料室と思しき部屋が荒らされていたこともあり、我々以外に何者かが侵入していた可能性があります」
「とすると、村長の脱出もその何者かが関わっているのか?
いや、村の人間を地下で殺しているから無関係なのか?
もしくは村長が資料を回収して不要な部下を殺害したという線もありうるか。
どれにしても、わからないことばかりだな」
「この村が国に対して、ひいては人類に対してよろしくない感情を持っていたことは確かです。
魔剣も多数見つかっていますし、この村で製造されていた可能性が極めて高いです。
地下に残された資料や魔法陣を専門家に見てもらわねばなりませんね」
「よもや魔剣の製造など、狂気の沙汰だな。
ひとまず状況は理解した。
今ある情報だけでも持たせて伝令を走らせろ。
別部隊の到着をもって業務を引き継ぎ、我々は撤収する。
あと、魔剣には直接触れないように伝えておけ」
「はっ!」
「魔王復活の周期が近づくと、このような因子も芽生えてくるわけか。
なんとかしなくてはな……」
「なるほど、あの村の背景には魔王崇拝教というものがあったのですか。
もう少し早く接触していれば、嗅ぎつけられることもなかったでしょうに。
非常に残念ですよ」
「魔剣とか魔眼の作り方は見てきたんだろ?
成果としては十分じゃねぇのか?」
「あの村を存続させ続けられるのであれば、それが1番の成果だったんですがね。
ひとまず魔剣に関しては独自に開発したもののようなので、再現しようとするとなかなか骨ですね。
ただ、親族を使うことでうまく仕上げられていました。
それに関しては良いヒントを得ましたよ。
あとは複数の人間を触媒にした場合と比べてどれほどの性能差があるのかは気になります。
魔眼については検討の余地があります」
「魔眼は捕まえてきたガキに加えてグランドノットのとこにもいるし、研究対象としては多い方だから色々やれンだろ。
おっとそうだった、アンタを驚かせる良いモンが見つかったンだったぜ。
ホレ、コイツを見な」
ディスクリートがドクに何かを投げてよこした。
「なんです、これは?」
ドクは拳に収まるほどの大きさの赤黒い塊を手に、まじまじと観察する。
「まさか、これは……!」
いつにないほどにドクの手は震えている。
「おう、そのまさかだ。
魔人の魔核の一部だと思うが、まさかこんなモンを隠し持ってるとは思わなかったぜ。
長生きのアンタなら誰のモンか分かるンじゃねぇのか?」
「これは、この強大なマナは……500年前の魔王様のもので間違いありません」
「おいおい、マジかよ!」
大仰に驚くディスクリート。
「まさか残っていようとは……!
あの時エルフの王が使い切ったと思っていましたが……」
ドクは声も小さくブツブツと呟いている。
「何だって?」
「いえ、何でもありませんよ。
しかしこれであの村に関して納得がいきました。
ラウールの使っていた魔法といい、力の源泉はコレだったというわけですね。
アナタ、大変な手柄ですよ」
「なんなら褒美でも貰ってやっていいンだぜ?」
「そうですね。
では今回の仕事が終われば、アナタに自由を差し上げましょう。
そうなればもうワタシの下で働く必要はありません。
あとは自分の意思で動いてください」
「ま、まじか……!」
ディスクリートはワナワナ震えている。
よほどの衝撃なのだろう。
「では次回のグランドノット家訪問を最後に、この国での仕事を終えますか。
魔核の用途も思い付きましたし、この国での収穫は十分と言えます。
ただ自由を与えると言いましたが、アナタには重要な役割を負っていただきます」
「これから自由に暴れられるンだったら何でもいいぜ。
おい、約束を違えるンじゃねぇぞ?」
「分かっていますよ。
ですので最後までキッチリ働いてください」
「そうと分かったらどんなクソみたいな仕事でも我慢できるってモンだ。
今から俺は何をすりゃあいいんだ?」
「まずはこの魔核からマナを抽出して魔石を量産します。
ちょうどいいところに魔王崇拝教というものがあるのです。
この教団を使っていきましょう。
アナタにやってもらいたいのは宣教師のようなものです」
「それと魔核がどう繋がるんだ?」
「この魔核の“周囲のマナを取り込む”という性質を利用します。
ここから作った魔石であれば魔核とリンクするため、この魔石を通じて人間からマナを徴収することができます。
そしてマナを多く貢いでいる人間には力を与えなさい。
力を持った人間をトップに据えた教団支部を人間界の各所に作れば、あとは彼らがやってくれるはずです。
教義やシンボルはお任せします」
「ああ、こんな大仕事は滅多にねぇからな。
ようやく俺もアンタらに近づけるってわけか……」
「これからは自分で考えて自分で行動するのですよ。
その意味は分かりますね?」
「ああ。
じゃあ早速で悪いが、俺の駒として何人かもらっていっていいか?」
「ほほ、アナタには期待できる。
自由に使って構いませんよ」
「とりあえずリバーのガキを使わせてくれ」
「ええ、彼は実験台としてはあまり魅力的ではありませんからね。
どんな用途で?」
「後進教育ってやつだな。
それ以上は企業秘密だ。
そっちの方がアンタも楽しめンだろ?」
「ようやくアナタも分かってきましたね。
良いでしょう、ここにあるものの大半は使用を許可しましょう。
ただ、ワタシの下を離れるまでは勝手な行動は控えるように」
「分かってるさ。
身一つで出ていくのも忍びねぇからな。
その準備をするまでだ」
「ではアナタの門出を楽しみに最後の仕上げといきましょうか」
ドクは不適に笑う。
彼は久しぶりの我が家を目の前に据える。
本来なら喜ばしいはずの帰還。
しかし帝国魔導学園からの帰路、先ほどから精霊たちが騒がしいため、今になっても不安は拭えない。
開け放たれた通用門。
誰も迎えにやってこないことからも、何かが起こっていることは明らかだ。
「一体なにが起こっているんだ!?」
皆で自分を驚かしにかかっているんだろうと、楽観的な考えでもいられない。
なぜなら、いつもそこにあったはずの結界の存在が感じられないからだ。
「くそっ!」
彼は駆け出す。
そして屋敷に入ると、彼は見覚えのない2人の男性を見つけた。
「あなた達、何者ですか?」
彼は目の前の怪しい二人組を見据えて声をかけた。
ドクはグランドノット家の門を潜る。
「マギア様、本日もお越しいただきありがとうございます。
ではご案内致します」
出迎えてくれた使用人がドクに礼を述べる。
「ええ、よろしくお願いします」
ドクの返答を確認すると、使用人は目的地に向けて歩き出した。
途中、慌ただしい人の動きが見える。
気になったドクは使用人に声をかけた。
「今日はいつにも増して慌ただしいですが、何か催し物でも?」
「ええ。
本日夕刻にお坊ちゃんが帰宅されるので、その準備ですね。
お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません」
「いえいえ、活気があっていいじゃないですか」
軽い話をしながら2人は歩く。
応接室に近づき、周囲に人の気配がなくなったあたりでドクは使用人には聞こえない程度の声で魔法を唱えた。
「ロード、マリオネットコントロール」
それを受けてビクンと使用人が震えると、首や肩が気力を失って項垂れたように傾く。
「制限下とはいえ、この出力でどうにかなるとは。
このような魔法耐性では警備もロクに機能していないでしょうね。
アナタ、このまま案内しなさい」
「……はい」
使用人はドクの忠実な人形に成り下がり、命令通りに動き出す。
ただその無気力な人間のような立ち振る舞いは、周囲の目に留まれば違和感を抱かれるのは間違い無いだろう。
「ロード」
ドクは懐からナイフ2本を取り出し、魔法を待機させた状態で扉が開かれる瞬間を待つ。
使用人がゆっくりと応接室を叩く。
「……お客人を……お連れしました」
「入れ」
いつも通りのやり取りが行われ、当主の声が室内より聞こえる。
そして扉がゆっくりと開かれるなか、当主の姿が見えるや否や、ドクはナイフの1本を当主に向けて投擲した。
「がっ!?」
肩口に深々とナイフが突き刺さり、当主は座っていたソファに倒れ込む。
ドクはそれを確認すると、当主そば付きの使用人に向けてもう1本のナイフを投擲した。
当主同様、使用人も苦しみながら倒れ込んだ。
ナイフには麻痺毒が塗布されており、これによりナイフを受けた2人はまともに動くことはできない。
「精神作用系の魔法は半端な練度では防がれてしまいますが、相手を弱らせた上で使えば成功率が上がるんですよ。
勉強になりましたね?
マリオネットコントロール」
ドクは、いまだに状況を飲み込めていない当主に向けて待機させていた魔法を放つ。
「な、なにを言──」
当主の目が虚となり、それ以上言葉を発しなくなった。
ドクの予想通り、魔法は効果を発揮している。
「ではアナタ、この家の防御結界を解除する方法を教えてください」
「……そ、それ、は──」
ドクは上機嫌に廊下を歩く。
当主の持っていた結界の核となる魔道具は破壊した。
もちろんそれだけで結界が解除されるわけではないが、すでに当主には全てを自白させている。
あとは時間の問題。
諸々の術式を破壊して回れば良いだけだ。
執務室前には支配下に置いた使用人を待機させているため、しばらくは室内の様子が誰かに伝わるということはないだろう。
ドクは当主から聞き出した情報を頼りに、屋敷のあちらこちらを巡る。
そしてようやく最後の1つの元へたどり着いた。
「はぁ、魔法というものをまるで理解していない配置でしたね。
平面ではなく立体的に術式を組み上げれば、より精緻で強固な結界も作れるでしょうに。
ま、そんなことを言っていても仕方ありません。
この不愉快なほどに一般的な結界はさっさと潰してしまいましょう。
ロード、ブレイクマジック」
最後はなんとも呆気のないものだった。
音もなく、魔法陣が砕け散る。
ドクは自身にかかる重圧が一気に霧散するのを感じ取った。
「ふむ、この程度ならここまで時間を掛けなくても良かったかもしれませんね。
さて、動きますか」
解き放たれた悪が地上へ向かう。
「ロード、マリオネットコントロール」
また1人、使用人がドクの傀儡と化す。
「そろそろ飽きてきましたね。
殺しても良いんですが、騒ぎになって外から応援でも来たら面倒ですからね。
時間的にはそろそろ彼もやってくるはずなんですがね」
ドクがつまらなそうに周囲を観察していると、屋敷に近づく無頼漢の姿が見える。
「ようやくですか」
ドクは嘆息する。
「よう、結界がなければ動きやすいったらねぇな」
ディスクリートは軽口を叩いてやってきた。
「目的は達したので、次の獲物を待っているところです」
「ああ、なるほど。
そこには例のガキが入ってるわけか。
そもそもここまで周到に準備する必要があったのか?」
ディスクリートの視線の先、ドクの足元にはちょうど子供が入るくらいの大きさの麻袋が転がっていた。
「これ自体は大した手間でもなかったんですがね。
そろそろ帰ってくるであろう息子の方は魔法に優れてると聞きましたので、わざわざ結界を解除したんですよ。
魔眼を使いこなしているのであれば、生半な準備では失敗する可能性がありますからね」
「魔眼ってのは実際に見たのはネイルのガキのものしかねぇわけだが、そんなに厄介な代物なのか?」
「ワタシも精霊視の魔眼は見たことはないですが、精霊を使役できるとなると戦力は未知数です。
ワタシたちが知らない力ですから、警戒してもしすぎるということはないでしょう。
その力をも支配できるようになれば、ワタシの実験は大きく躍進するはずです」
「なんだ、あとは待つだけかよ。
てっきりすぐに暴れられるかと思ってたんだがな」
「ここの人間は当主を含めて大したことがないので、あまり楽しめる現場ではないですね。
結界もそうでしたが、拍子抜けもいいところです」
「そうか。
あ、そうこう言ってる間に来たみたいだぜ。
ヤツには手加減なしでいいんだよな?」
「殺さないなら何をしても構いませんよ。
こっちに気づきましたね」
屋敷に入ってきた、若く身なりの良い青年と視線が交錯する。
「あなた達、何者ですか?」
若い、凛とした声が2人を射抜いた。
「さて、何と答えるのが正解なんですかね?」
「知らねぇよ。
目的を告げてやったらいいンじゃねぇの?」
目の前の男2人は調子を変えず話している。
「僕はクリストカフェル=バルマ=グランドノットといいます。
あなた達はうちの客人でしょうか?
僕は今起こっている異変にあなた達が関わっていると踏んでいるのですが」
もし本当に客人であれば、自分の今の態度は失礼極まりないものだ。
しかし、先ほどから微動だにせず言葉も発さずに男達のそばに佇んでいる使用人を見ていると、何かをされているとしか思えない。
「客人として招かれているのは間違いないですよ。
それにしても異変ですか。
主にどのあたりを異変と踏んでいるので?」
壮年の男性は不思議そうな顔で、さも何もないかのように振る舞っている。
あまりの不自然さに気持ち悪ささえ覚える。
明かにこの男達は何かを知っている。
隣に立つガラの悪い男もニヤニヤと口角を上げてこちらを見ているだけだ。
ふと彼らの足元に、何かが入って膨らみを持っている麻袋があるのが目に入った。
「質問を変えます。
その足元の袋は何でしょうか?」
「ああ、これですか。
何だと思いますか?」
先ほどから、この男はのらりくらりとまともな返答を寄越さない。
そこに苛立ちを隠すことができず、思わず怒気を含んでしまう。
「これ以上まともに取り合わないのであれば、誠に申し訳ないですが、あなた達を外敵として対処します!」
言いながら、クリストカフェルは腰に刺した剣を抜く。
「所詮は子供ですか。
少し期待しましたが、見込み違いだったかもしれませんね」
これだけ敵意を見せられても平然としているのであれば、そうなのであろう。
「今からあなた達を斬ります。
死にたくなければ知っていることを話してください」
じりじりと攻撃できる範囲に向けて身体を進める。
「ということなので、アナタが相手して差し上げなさい。
危なそうであれば助け舟を出してあげますから」
壮年の男はもう1人に告げる。
このやりとりを見て、クリストカフェルはこの男達が敵だと確信する。
「ま、俺だけで何とかなるだろ」
「本当ですか?」
「と、自分の実力も分かんねぇようなヤロウならこんなことを言うんだろうが、生憎俺はそうじゃねぇ。
なるべくあんたの手を煩わせないようにやってみるさ」
「そうですか。
それでは任せましたよ」
壮年の男はそう言うと、麻袋を抱えて背を向けて歩き出した。
そして目の前にはガラの悪い男だけが残された。
先ほどのやり取りからして、おそらくはその辺のチンピラではないことは確かだ。
何かしらの組織として我が家に入り込んでいると見て良いだろう。
「さて、今から楽しいお遊びの時間だ。
簡単にやられてくれンなよ?」
男もやる気のようだ。
どうやら戦闘は避けられないみたいだ。
グッと覚悟を決める。
でも大丈夫。
僕には精霊達が付いている。
この家は僕が守るんだ。
クリストカフェルは、生まれて初めて明確な悪意と対峙した。
昔週刊誌を読んでいて物語の過去編が始まると、子供ながらに早く本編進めろよと思っていたわけですが、自分で過去編を書いてみて初めてようやく漫画家さん気持ちが分かりました。
こりゃ長くなるな、と。
冗長になってしまっていることに文章力のなさを痛感しました。




