第59話 魔眼
「分かりませんか?
ですから、その眼があるために魔法がうまく使えないということですよ」
まさかの拾い物だ。
当主が息子を天才と評していたが、その彼もアルと同様に何かしらの能力を秘めているかもしれない。
「それってどういう……」
急な事実に、アルは頭が追いつかない。
「ワタシの見立てでは貴方が魔法を使う時に何かしら見えるものがあると思いますが、どうなんです?」
ドクがマナの流れを見たところ、アルがマナを放出しようとすると、それを横取りするように眼球にマナが集まっていた。
恐らく無意識なのだろうが、その特殊な眼のせいでマナをうまく放出できないのだろう。
こう言った者は稀に生まれることがある。
アルのように気づかずにいる者もいる一方で、ごく稀にその力を使いこなす者もいる。
最も有名なのが未来視の力。
未来視の魔眼とも呼ばれ、数秒先から遥か先の未来まで見通すその力はあらゆる事象を回避し、文字通り未来を変える効果があるという。
まさかこんなところでそのような力に出会うとは思わず、ドクは笑みを溢す。
「えっと、なにも見えないです……」
なるほど、少なくとも未来視の魔眼では無かったか。
これは研究心をくすぐられるが、こういったことを想定して準備をしていれば良かったとの後悔もある。
確かにそういうものがあるという話は聞いていた。
だが実際に自分の目の前に現れるとは想像しないではないか。
果たして、アレはどういった原理で成り立っているものなのだろうか。
眼球を取り出しさえすれば、魔眼の力を抽出できるのか。
はたまた魂まで刻まれているシロモノなのか。
コレがこの娘の一点物だとすれば、周到な準備と考察を積まずに触れてしまっては台無しになってしまう。
しかしもし、兄の方が同じ力を有していれば……!
これはなかなかアツイ展開だ。
胸躍るとはこのことだ。
「せんせい……?」
思惑に耽っていて反応のないドクに、アルは声をかける。
「あ、ああ、すいませんね。
少しその眼のことで考え事をしておりました。
今なにかが見えないのであれば、今までで魔法を使った際に、普段と違った感覚に見舞われたことはありますか?
例えば、周りの動きが急に遅く感じられたとか、遠くの物がハッキリと見えるようになったとか、あとはそうですね……物が違った色や形で見えるようになったとか」
「え、うーん……」
誰かを真似たのだろうか、アルは顎に手を当てて考える動きをした。
幼子のこういった仕草は可愛らしいものがある。
「そういえば貴方のお兄さんは、眼のことで何か言っていたことはないですか?」
今の考えに加えて更に考えることが増えたため、幼いアルの頭はパンクしそうになる。
「おにいさまとは、がくえんにいってからはあまりあそんでいないなぁ」
ふと昔を思い出す。
そういえば、最後に遊びに行ったのは──
『アル、見てごらん?
あの大きな木の根本に、何かが集まっているのが見えるかい?』
『あのおおきなき?
なにもみえないよ?』
兄の膝の上で抱き抱えられながら、夕陽を浴びて兄と話をしていたことを思い出す。
『そうかぁ、アルにはまだ見えないか。
僕とアルの眼の色はお父様やお母様、そしてお爺様やお婆様とも違っているだろう?』
頭を上に向けて見る兄の眼は、アルと同じ色をしている。
『はい!
とってもすきないろです!』
『ははっ、それは良かった。
この眼は特別でね、精霊さんたちを見ることが出来るんだよ?』
『ほんと?
ほんでよんだせいれいさん!?』
『そうだよ、すごいだろう?』
『うん、すごい!』
アルはもう一度先ほどの木を見つめて目を細めるが、何ら見えてくることはない。
そんなアルの様子を見て、兄はその邪魔をしないように動きを止めている。
『まだアルには早かったかな。
ボクはアルの歳には見えていたんだけどね。
もしかしたら、魔法が使えるようになったら見えるのかもしれないね』
『まほうはまだつかえないや……』
アルは急にシュンとしてしまう。
『そんなに残念がらなくてもいいよ?
ボクが見えたんだ、同じ眼のアルならきっとすぐ見えるようになると思うよ!』
『すぐっていつ?』
『うーん、そう言われると難しいなぁ。
じゃあ今度ボクが精霊さんにお願いしてみるよ。
アルに精霊さんが見えて、お友達になれますようにって』
『ほんと? やったー!』
『へぶっ!』
アルの上に伸ばした拳が、兄の顔面を捉えてしまった。
『あ、ごめんなさい!』
アルは上半身を兄の方にひねり、拳が当たったであろう兄の顎の辺りをさする。
『アルは優しいね。
いや、いいんだよ。
嬉しい時は身体で表さなくちゃね!』
『ありがとう、おにいさま!』
『じゃあ精霊さんが見えるようになったらボクに教えてね。約束だよ?』
『うん、やくそく!』
『アルは約束できて偉いね。
じゃあそろそろ暗くなってきたし、宿に帰ろうか。
手を出して?』
『うん!
おにいさまのて、あったかーい』
『しっかり握っているんだよ?』
『うん!』
「あ!」
ポンと手を叩いて、アルは何かを思い出したようだ。
「ずっとまえにおにいさまは、せいれいがみえるめだっていってました」
「ほう、精霊視ですか。
これまた珍しいですね。
お兄さんも同じ眼を持っているのですか?」
「はい!
あっ……でもあんまりひとにはいっちゃだめだっていわれてたんでした……」
「そうなんですね。
では今日聞いたことは秘密にしておきますので、心配しなくても大丈夫ですよ」
「ほんと?」
「ええ、ですからワタシにだけその眼のことを教えてもらっていいですか?」
「じゃ、じゃあ、せんせいにはとくべつにおしえてあげます」
「では約束ですね」
「あっ、はい!やくそくです!」
アルは以前兄に褒められた『約束』という言葉に嬉しくなり、ドクに気を許してしまう。
「貴方が魔法陣にマナを注いでいるとき、つまり魔法が発動されるまでに間に貴方の眼にマナが集中しておりましたので、魔法を発動せずに待機させた状態で周りを見てみましょうか」
「はい、わかりました。ろーど」
魔法陣へのマナ注入速度は遅いが、先ほどと同じくマナがアルの眼に集中していく。
「何か見えるものはありますか?」
アルはその状態で周囲を見渡すが、特別何かが見えることはない。
「なにもみえない……」
「ふむ、それだけでは精霊視が発動していないのか、もしくはこの場は見ることができない環境なのか。
お兄さんは精霊がよく見える場所などを教えてはくれていないのですか?」
「なにもきいていないです」
「そうですか。
ではひとまずは良いでしょう。
魔法を解除していただいて構いませんよ」
「はい」
ドクの言葉で魔法を解除した途端、アルの眼にドッと疲れが溜まる。
それを表すようにアルが目頭をつまんでいるのを、ドクは見逃さず観察していた。
「なるほど、その状態は眼に負担が大きいようですね」
「そうみたいです」
「では貴方に質問です。
もっと効率的に魔法を使いたいですか?
マナ経路を部分的に遮断することで、今すぐにでもマナ運搬効率を上げることは可能ですよ。
しかしその場合、その眼は使えなくなるかもしれません。
もっとも、その眼が本当に精霊視の力を持っているかどうかは分かりませんがね」
「えっと、せいれいさんがみえなくなるなら、べつにまほうをうまくつかえなくていいです」
「そうですか。
でもこのままだと誰も見返すことなんて出来ませんよ?」
「うーん……」
アルはひどく悩む素振りをしている。
「いや、すいませんね。
今の話には少し嘘があります。
少し訓練すれば、必要なときにだけ眼にマナを供給できるようにすることは可能です。
貴方がどちらを大切にするかを確認したかっただけですよ」
「ほんとですか?
うれしいです、せんせい!」
「普通はマナ経路を遮断するなんてことは生活に必要な行為ではないのですがね。
時間も限られているので出来ることだけでもやっていきましょうか。
まずは自分の中のマナの動きを感じるところからですね」
「ありがとうございました!」
本日の魔法訓練を終え、アルは帰路につくドクを見送る。
「いえいえ、では今日やったことを毎日続けるようにしてください。
さっきの調子でやれば、次にワタシが訪れる頃にはマナがうまく放出できるようになっているでしょう。
頑張ってくださいね」
「はい、がんばります」
「ではでは」
ドクはコートを翻して去っていく。
ドクの背中が見えなくなるまでアルは手を振り続けた。
「お嬢様、素晴らしい教師に巡り会えてよかったですね」
「うん!」
アルは満面の笑みで答える。
「じゃあ、おへやでつづきをやってくる!」
「お嬢様、転びますのであまり走らずに!」
アルは元気に走り出し、すごい勢いで館の中に消えていった。
「まったく、急に元気になられて……。
当主様にご報告しなければなりませんね」
侍女は歩き出した。
「入れ」
「失礼します」
ノックを鳴らし、当主の執務室へ入る。
「早速今日の報告を聞こう。
娘の調子はどうだ?
うまくいきそうか?」
当主は椅子にふんぞりかえりながら侍女の答えを待つ。
「はい、マギア様のおかげもありまして、お嬢様が抱えられていた問題はじきに解決すると思われます」
「ほう、さっそく成果をだしてくれたか。
重畳重畳。
御仁には感謝せねばならぬな。
懸念事項がなくなった今、我がグランドノット家もようやく上を目指すことができる」
当主はいやらしい笑みを隠さずにのたまう。
「それは何よりでございます」
「他に何か報告すべきことはあるか?」
侍女は一瞬アルの眼のことを考えるが、あんなにもアルが言わない約束と言っていた手前、当主といえど話すべきではないなと思惑した。
アルのこの家での待遇が改善されることが1番望むべきものであり、変にアルが魔眼を持っていると当主に知れれば何をされるか分からない。
そう考えた上で、
「はい、他には特にございません」
侍女は表情を隠しつつ、そう答えた。
「そうか、では退がれ。
娘に何か変化が見られれば、逐一報告するように」
「畏まりました。
では失礼いたします」
使用人に忠義を誓われないようでは上を目指すなどおこがましい、そんなことも分からない当主であった。




