第56話 真髄
ドンドンドン──
ベッドの中で微睡んでいると、扉を叩く音が室内に響く。
んん……?
まだ寝てていい時間のはずなんだけどなぁ。
仕方なく身体を起こし、ベッドを離れる。
眠気まぶたで扉に向かい、俺は扉を開けた。
すると、そこには制服姿ではないガルドの姿があった。
「無防備な状態で警戒もなく扉を開けるのはよくないと思うぞ」
寝起きで叱られた。
今日の運勢は悪そうだ。
「そんなことより大変だ。
今回に関してはそんなことでもないんだが、まぁいいだろう。
寮内で殺人事件が発生したから知らせに来た」
「え、まじかよ!?
どこのどいつがやられたんだ……?」
ガルドの報せに、一瞬で目が覚めた。
俺は殺人鬼が彷徨く寮でグータラと寝てたのか。
安息はどこへ?
とにかく昨日の今日で、また次の犠牲者だ。
物騒ったらありゃしない。
そういえば、入試直後にアルメイダルが学園内は基本的に安全とか言ってなかったか?
昨日のことといい、全然そうじゃねーな。
「やられたのはEクラスのやつで、同じクラスのやつが見つけたようだ」
「Eクラスって言えば、3階だよな。
今どんな状況なんだ?」
学生寮の1階にはSとA、2階にBとC、3階にDとEクラスの生活スペースがある。
そして各クラスごとにカードキーで出入りが管理されている。
そのため他クラスの生活スペースへは侵入することはできない仕組みになっている。
しかしそれでは学生同士の交流が妨げられるということで、寮の中央に1階から3階までの広いラウンジがあり、そこで他クラスの生徒とも接触が可能だ。
ラウンジは、まだ男子寮と女子寮に分かれていないため、暫くすれば男女の逢瀬もチラホラと見られ始めるだろう。
「すでに警備の人間が入って調査を開始している。
オレがラウンジで聞いた話だが、発見者は被害者を起こしに行って見つけたようだ。
扉が全開だったので不審に思って部屋を覗いたら、被害者は首を裂かれてベッドの上で死んでいたらしい。
揉めた形跡もなかったらしく、就寝中を狙っているな」
それは明らかな殺意でもって殺してるな。
「うへぇ、ロクでもないな。
犯人はEクラスの人間ってことか?
被害者と確執でもあったのかねぇ」
「皆そんな感じのことは言っていたな。
ただ、それ以上は調査の結果を聞かないことには分からないな。
結構な騒ぎだったから、皆起きてきてラウンジにやってきていたぞ。
寝てたのはクロぐらいなもんだ」
まじかよ。
そりゃガルドも俺に苦言を呈しても仕方ないな。
昨日は疲れもあったし、マナを使い切って意識を失ったから仕方ないと思ってほしい。
「わざわざ伝えにきてもらって申し訳ないな。
それで、今日の授業は問題なく行われるのか?」
「ああ、授業自体は滞りなく行われるらしい。
1限目の始めに注意勧告があるようだ」
「そうか、了解だ。
じゃあちょっと早いが、これから食堂に向かうとするか。
お嬢様たちも起きてきてるだろうし」
「そうだな。
着替えたらラウンジに集合でいいか?」
「じゃあすぐに準備するわ」
「オレも追いつくから先に行って待っててくれ」
「了解」
ラウンジの1つのテーブルに女性陣が待機しているのが見えた。
今日はみんな早く集合している。
やっぱりこの4人は華があるな。
周囲の男子学生たちもジロジロと見ているし、他の女子学生よりも遥かに高いレベルだ。
顔面カーストではバラモンは下らないな。
そんな彼女らをいつも連れて歩いているのだから、男子諸君の妬み嫉みは避けられまい。
「クロ、おはよう!」
アルが俺を目ざとく発見し、声高に朝の定型文を投げかける。
こんな殺人があった状況でも、相変わらずアルは元気だ。
「みんなおはよう。
ここにいるってことは、今日起きたことは聞いてるんだよな?」
アル以外の3人に目配せすると、みんなそれを同意で返してくれた。
「全く物騒な話なんだよ。
どうせ犯人はEクラスの人間なんだから、1人ずつ拷問していったらいいんだよ。
私の朝の貴重な睡眠時間を返して欲しいんだよ」
オリビアがやや眠そうな眼で不平を垂れている。
ギリギリまで寝ててサーセン!
「拷問って、お前の方が物騒だよ……。
可愛い顔して何言ってやがる」
「可愛い? 私が?
今度は私にまで手を出すの?
どんだけ絶倫って感じなんだよ」
オリビアは自身の身体を抱きしめながら、ドン引きした目で俺を見ている。
「人聞きの悪いことを言うんじゃねーよ」
何せ俺は童貞なんだよ。
「そうよ。
クロは私と同じ部屋で寝ても手を出さない小心者よ。
だからオリビア、安心していいと思うわ。
まぁ、手なんて出したら問答無用で氷像にするんだけど」
「え!?」
アルがまん丸に目を見開いて俺を見る。
アルはいちいち反応がうるせーよ。
「お嬢様、今そんな話を出さなくても……。
俺はお嬢様の護衛だ。
手を出すなんてとんでもない。
ないったらない!」
「ソフィだけ、ずるいぞ。
……あ、そうだ!
寮内に殺人鬼がいるんだから、クロがうちの部屋に泊まって護衛してもらえるように寮監に掛け合ってみるか!
そうだな、それがいいな!」
「アルさん、はしたないですわよ。
まぁ、悪い考えではなさそうではありますが」
「揃いも揃って何言ってんだ……。
ほら見ろ、オリビアのこの目を!
アルとジュリをゴミを見るような目で見ているぞ」
「私はクロもそれに含んでいるんだよ」
「ひ、ひどい!」
「すまない、遅れた」
俺たちが周りの目も気にせずコントまがいの事を繰り広げていると、制服に着替えたガルドが姿を見せた。
「いや、全然待ってないから大丈夫だ。
殺人の件もあるし、今後もなるべく団体行動をしておくべきだしな。
んじゃ、朝食にするか」
「おー!」
アルのテンションは最早慣れたものだ。
殺人が起こった中でも、俺たちの日常は動き出す。
「──というわけで、調査が完了するまで1人で行動するのは避けるように。
少し時間が短くなってしまうが、これより魔工学の授業を始める」
マジか、このまま授業するのかよ。
だりー。
なんてことは思わない。
無為な大学生活を送っていた頃ならまだしも、ここでは毎日新しい発見ばかりだしな。
生き死にを身近に感じない日本での生活が、いかに生産性のないものだったかが分かる。
もはや俺だけの命じゃないし。
この世界に来て、俺もなかなか逞しくなった気がするな。
「今回は魔道具の成り立ちからやっていく。
魔道具というものは、誰でも作ることができるわけではない。
それができれば世界中魔道具で溢れていることになるからな」
セアドの授業が始まる。
「魔道具を作成するのに重要なのは、込める魔法と込められる媒体との親和性だ。
それを理解せずして魔道具の完成はあり得ない。
魔法陣を刻印できても魔法発動はできない、なんてことも珍しい話ではない。
人間もいわば魔道具であり媒体だ。
マナを通す門という見方もできる」
魔道具と聞くと大層なイメージだが、日常にありふれている魔光灯からインクの切れないペンに至るまであらゆるものが魔道具だ。
「知らない者も多いだろうが、肉体刻印魔法というものが存在する。
刻印魔法とも呼ばれるな。
いずれ学ぶ機会があるだろうが、自身の肉体に魔法陣を根付かせるという原理で成り立つこの魔法も、自身を魔道具化させていると言える」
モモコもミドリくんも刻印魔法をいっぱい入れてたもんなぁ。
しかし彼らが魔道具にされてるって思うと、ますますトラキアの連中は許せないな。
「話を戻そう。
魔道具作成において親和性が重要だという話はしたが、それ以上に重要な要素が存在する。
それ以上にというよりは、それ以前にと言った方が正しいか。
それは、魔法に対するイメージだ。
親和性とイメージが合致した時、それは魔道具完成に至る。
ここで質問だ。
アルベルタ、君の適性は地属性だったな。
では、地属性魔法のイメージとは何だ?」
「え!?」
アルは急に振られて素っ頓狂な声をあげる。
なんだ、聞いてなかったのか?
「君は岩の魔法をよく使っていたな。
どうなんだ?」
「え、えっと、土とか岩を動かす、的な?
あ、あれ、間違ってます……?」
アルはアドリブに弱いのかな。
「いや、間違いなどはない。
君らが学園に入るまでに学ぶレベルでは十分と言える。
これからは、そのイメージを払拭する」
払拭?
どういうことだ?
「知識は力だ。
しかしその一方で、過度な知識は毒にもなりうる。
学園に通わず普通に生活していたのなら知ることのできない知識を得てもらう。
今までの魔法“ごっこ”は今日で終わりだ。
君らには本当の魔法というものを学んでもらう」
気迫を込めてセアドがそう言い放った。
ゴクリと喉が鳴る。
周りの連中も似たようなものだろう。
魔法の真髄へ至れると知っては、誰もがそうせざるを得ないような状況だ。
「百聞は一見にしかず。
2年次の生徒を呼んである。
先輩の魔法を実際に見て、直に感じて欲しい。
先程アルベルタを指名したのは偶々ではない。
今回呼んだ彼女も、地属性の魔法を使う。
アルベルタには、これから彼女と模擬演習を行ってもらう」
「え、えぇぇええええ!?」
アルの不安を孕んだ声が絶叫が教室に響いた。
うるせーよ。
場所は変わって、俺たちは野外演習場にやってきている。
野外演習場は用途によって環境を変化させることが可能になっており、現在の環境は森林および広野がメインとなっている。
地属性だからこの環境なんだろう。
水場なんか用意されても困るしな。
いやぁ、実際に魔法を使う授業ってのはやっぱテンションが上がるなぁ。
座学ばっかやっても、現場で使えないと話にならないからなぁ。
トラキアで魔獣にひどい目に遭わされたことが懐かしいな。
実際の戦いもこれからドンドン体験しておきたいところだ。
おっと、そろそろか?
遠くに一人の女子生徒が見えた。
こちらに気づくと、彼女は小走りで駆けてやってきた。
「いやぁ、悪りぃ悪りぃ。
せんせー、少し遅れちまったな」
金色の短髪で、見るからにヤンキーな女がここにいた。
スカートも短いし、アクセサリーも付けすぎな。
ブラウスの上のボタンも空いてるし、目のやり場に困るぞ。
風紀委員さん、取締りを強化した方がいいのでは?
口も悪いしなぁ。
セアドは怒らせないほうがいいと思うんだが。
「呼んだのはこちらだ。
時間にも間に合っているから問題はない。
では早速だが、彼女と模擬演習を行なってもらおうか」
別に怒ってはいなさそうだな。
セアドがピシッとアルを指差す。
ビクッとするアル。
なんだ、怯えてんのか?
別に殺されるわけじゃないんだから、胸を借りるくらいの気持ちでいいんじゃないか?
「お、女子か!
女子なら心おきなくブチ殺してやれるなぁ!」
前言撤回。
アルはここで死んでしまうかもしれない。
セアドは生徒の選択間違ったんじゃないの?
「あたいはルー=ウッドフォールってんだ。
よろしくな!」
そう言ってルーは右手を出した。
「は、はい、よろしくお願いします……。
うちはアルベルタ=バルマ=グランドノットでうっ!?」
ルーはアルが差し出した右手を握らず、アルの腹に拳をねじ込んだ。
たまらずアルは地面にへたり込む。
う、うわぁ……。
なんて女だ。
ひでぇ。
「無防備に隙を晒してるとすぐ死んじまうぜ。
あんたのことは入試で見てたから知ってる。
ま、仲良くやろうぜ、アルちゃんよ。
あたいは先に行ってるから早く来なよ」
それだけ言うと、ルーは歩き出した。
「だ、大丈夫か……?」
ルーが離れたのを見て、俺はアルに声をかけた。
皆、アルを同情の目で見つめている。
「うぅぅ、なんだよあの人……。
怖いけど、行ってくるぜ……」
アルはそう言うと、ヨロヨロと立ち上がり、トボトボとルーの元へ歩き出した。
なんだかアルが強くなった気がするな。
いや、諦めの境地ってやつか。
この一連の騒動を見ても、セアドは何も言わねーし、どうなってんの?
ルーとアルが位置についたのを、少し離れたところで見守る。
俺たちの前方には障壁が張られているので、たとえ今から大怪獣バトルが行われても、ちょっとやそっと壊れないようだ。
防陣より優秀なんじゃね?
「じゃあ、始めっか!
あたいは暫く手を出さねぇから、自由に攻撃してくれていいぜ」
「そ、そんなこと言ってると、うちに足元すくわれますよ!
覚悟してください!」
アルもすごい虚勢で頑張ってるな。
「おーおー、威勢がいいねぇ!
さぁ、かかってきな!
言っとくが、見込み無しと判断したら──」
空気が変わる。
「──その場で殺すから」
「っ!」
ふざけてるように見えたが、この先輩やっぱりまともじゃねぇな。




