第55話 殺人
「クロ、これを見て」
「お嬢様、なんでしょうか」
ソフィアラが古ぼけた本を見開きでこちらに寄越してきた。
持ち上げて表紙を見ると、どうやら皇帝について書かれた本のようだ。
「これがどうかしたんですか?」
ソフィアラが指指さすのは一枚の挿絵。
そこにはランドヴァルドの皇帝と思しき人物が描かれている。
「なになに、えーっと、ルーサー・アーレリア・ヴァレリウス・アントラルキア。
名前なっげー。
何代か前の皇帝ですかね。
この人がどうかしたんですか?」
本の外装もボロボロだし、結構昔の本なのかな。
「耳の所、どう思う?」
ソフィアラに言われるまで気づかなかったが、注意して見てみると髪の隙間から突起物が飛び出しているのが分かる。
「耳……ですかね?
これが耳だとしたら、人間っぽくはないですよね。
それこそ、物語に聞くエルフみたいな──」
「あら、シリウス皇帝の肖像ですか。
一般には出回らないのですが、珍しいですわね」
ジュリアーナがのぞき込むようにして俺とソフィアラの間に入ってきた。
「シリウス?」
誰だよ。
「ええ、シリウス現皇帝の肖像ではなくて?」
ああ、今の皇帝か。
「いや、結構前の皇帝っぽいぞ。
ほら、ルーサーなんとかって名前だし」
「……確かにそうですわね。
しかしよく似ていますわね」
「代々の血筋なら似てるのも別におかしな話じゃないだろ。
というか、それはいいんだよ。
ジュリもこれを見てくれって。
たぶん耳なんだろうけど、ここが尖ってるだろ?
たしかエルフは耳が尖ってるって話だけど、人間とエルフを除いた人間ぽい種族で耳が尖ってるのっていたりするのか?」
まぁ、これが忠実に描かれたって確証もないわけだが。
耳じゃないかもしれないしなぁ。
「わたくしの知る限りは、いないはずですわ。
現在世界に存在するのは人間族と魔族だけですのよ。
エルフはもういないことになってますし。
魔族でもないと思いますので、これが忠実に描かれているのなら、ここに描かれている皇帝は人間族ではなさそうですわね」
「ジュリは現皇帝に会ったことはあるんだろ?
耳にあたりのことって覚えてるか?」
「謁見した回数自体は少ないですし、それこそ耳にあたりまで気を配って見たことはありませんわね。
髪が長かったので、耳は完全に隠れていたくらいしか覚えがないですわ」
「じゃあ関係ないのかもね」
「今のは無理やりこじつけたような感じだけど、手掛かりかどうかは分からないが、とりあえずひとつ進展か?」
「このような感じで気になることがあればどんどん言っていきましょうか」
それから数時間同じようなことを続けていると、窓の外に見える景色に暗さが目立ってきた。
「ふぅ、手探りだからなかなか先が見えないな」
俺は大きく伸びをして背もたれに背を預ける。
「別のフロアも見れたらいいんだがな。
今のところオレたちでは1Fしか入れないしな」
そう、この学園の図書館には閲覧権限というものが存在する。
閲覧権限により学生が触れられる書籍には限りがある。
俺たち1年生が入学時点で得られるのは閲覧権限Ⅰだ。
そのため、俺たちの閲覧権限Ⅰでは図書館の1Fにしか入ることができない。
閲覧権限は学年を追うごとに自然と上がっていくが、それ以外にも試験を受けることで閲覧権限を上げることが可能だ。
試験は単なる知識を試すものもあれば、戦闘技能を見るものまで様々だが、そのどれも一筋縄ではいかないものばかりだと聞く。
「そうだよなぁ。
試験っていつでも受けられるのか?」
「そのあたりは先生方に聞くしかないだろう」
「じゃあ明日朝一で先生に聞いてみるか。
おっと、そろそろ暗くなってきたし寮食食べに戻るか?」
「そうですわね、そうしましょうか」
俺たちはそれぞれ本を元あった場所に返して、身支度を整えると図書館を後にした。
図書館から本を貸出できないのも、俺たちが図書館に足を運び続けなければならない要因になっている。
いつも通り6人でグダグダと話しながら食堂へ向かう。
一度寮に戻るのも面倒なので、食堂で夕食を食べて寮に帰るのがルーチンとなっている。
見上げると、もう夕陽はうっすらとしか残っておらず、空のほとんどは黒が占め始めていた。
俺たちは図書館から校舎棟に繋がる渡り廊下に差し掛かった。
図書館は少し離れているということもあって、渡り廊下は結構な距離がある。
「ここはいつも不気味だな!」
アルは不気味って言ってる割にはやけに元気だ。
「いきなり大声出すんじゃねーよアル。
確かに、もう少し魔光灯を設置すべきだとは思うけどな」
「この学園はお金がないのか?」
「おい、それ以上はやめとけ」
「ん?
クロ、あそこに何か落ちてるぞー」
アルが立ち止まり、俺たちの行く先を指差している。
そう言われれば、地面がなんだか盛り上がっているように見える。
「暗いし、遠いからよく分からないな」
立ち止まったのも一瞬、俺たちは進路上にある何かに向けて歩みを進める。
「ほら、やっぱり何か落ちてるじゃないか!」
そう言ってアルは駆け出す。
「おい待てって」
俺もアルに続く。
「なんだこれ。布か何かかなぁ?」
アルがしゃがみ込んで何かを探っている。
「あら、何か踏んでしまいましたわ」
ジュリの支配から声に後方に注意を向けていると、
「げぇっ!?」
アルが座り込んだままの姿勢で後ずさり、俺の脚にしがみついてきた。
「ひ、ひ……!」
「ひ?」
後ろの4人も俺と同様に首を傾げている。
「人の……あ、頭が……」
震えながら俺を見上げるアルと目が合う。
えっと、どういうことだ?
こういう時は……。
「全員、警戒!」
俺の声に全員がハッとして周囲に注意を向ける。
それは数秒か数分か、緊張が場を支配する。
「誰も、いなさそうね」
ソフィアラの声で、ようやく俺たちは緊張から解放される。
皆、汗でぐっしょりの状態だ。
「ふぅ……。
じゃあ、確認するからもう少し警戒を続けてくれ。
ロード、ライトボール」
俺は前後に光球を飛した。
それらが周囲を照らすと、見えなかったものがようやく明らかになった。
照らすまで気づかなかったが、足元には血痕が散らばっており、アルの言った通り人間の生首が転がっている。
そしてさらに離れた場所には首を失った人間の身体が横たわっていた。
血痕が所々乾いていたり湿っていたりすることから、多少の時間は経過していることが分かる。
俺たちと同じ制服を着ていることから、被害者はこの学校の生徒だ。
顔にも見覚えはないし、俯向きに倒れているから学年も分からないな。
「くっそ、こういう時どうしたらいいんだよ……」
殺人現場に遭遇とかマジでついてねーよ。
「まずは先生方に助けを求めるのが先だろう。
現場を維持しておかないといけないから、何人かは残っておくべきだろうな」
案外、みんなは狼狽えていないな。
動揺しているのは足元のアルと俺くらいか。
「アル、そろそろ離れてくれるか?」
「あ、ああ、ごめん。
ちょっと驚いちゃって」
スカートの裾を直しながら、アルが立ち上がる。
ついさっきまでパンツ丸見えだったからな。
風情もクソもなかったし、特にそれについて言うつもりもないが。
あれ、下着に風情ってなんだ……?
「じゃあクロとソフィで助けを呼んでくるんだよ。
ソフィもクロといるのが1番安全でしょ。
私たちは4人で残ってるから、たとえ殺人犯が近くにいても遅れはとらないんだよ」
「確かにそうですわね。
ではクロさん、お願いしてもよろしいかしら?」
みんな、よくこんなにすぐ頭が回るな。
素直にすごいよな。
「ああ、了解だ。
すぐ戻るからここは頼んだぞ。
お嬢様、向かいましょうか」
「そうね。
みんなお願いね」
4人に軽く手を振り、生首と胴体を横目にソフィアラを連れて校舎へと向かう。
校舎に着けば職員室があったはずだ。
流石にまだ警戒を解くことはできないので、歩くには少し遅すぎるくらいの速度で校舎へ向かう。
気配感知の魔法があるみたいだが、今の俺は使うことができない。
なるほど、これが後悔ってやつか。
まだ実際的な被害は受けていないものの、今後何か重要な局面で魔法を使いこなせないなんてヘマはしたくないから、できることはできるうちにやらねーとな。
ジリジリとした緊張の中、歩みを進める。
ようやく校舎の中の光が見えてきた。
幸運なことに、校舎にたどり着くまでに俺たちが何者かに襲われることはなかった。
魔光灯があるため、ここまで来ればもう安心だろう。
あとは後ろの4人に何もなければいいんだが。
「あれ、閉まってる」
職員室まで来たが、あいにくと錠がかけられていた。
「それならたしか入り口に警備の人がいたはずだから、そっちに行きましょ」
俺たちは急ぎ、校舎入り口へ向かう。
さっきの光景を見てしまうと、光源があっても誰もいない校舎ってのは安全に思えなくなってきたな。
俺たちが足早に進んでいると、ふいに見知った顔が角を曲がって現れた。
「あ、先生! いいところに!」
そこにいたのはアルメイダル。
入試で教官をしていたのを見た以来だな。
知ってる顔でよかった。
「おいおい、こんな時間にそんなに急いでどうした?」
「えっと……そうだ、殺人があって人を探していたんです。
俺たちは現場を発見しただけなんですが、一緒に来てもらえませんか?」
焦って何て説明したらいいか分からないから、とりあえず結果だけ伝えることにした。
「なんだと!
それは本当か!?
すぐに向かうから案内してくれ」
「こっちです、ついて来てください!」
これほど安心できる助っ人はいない。
俺たちは元来た道を戻る。
「おーい、こっちだぞ!」
オリビアが出したであろう光球で照らされた空間でアルが手を振っている。
よしよし、ちゃんと4人ともいるな。
「みんなお待たせ。
先生を連れてきたぞ」
言いながら、遺体の前で停止する。
「これは……」
現場を見てアルメイダルは絶句するが、それも一瞬、すぐに周囲を見渡して魔法を唱えた。
「ロード、ウルトラ サウンド」
魔法発動後、数秒間目を閉じていたアルメイダルはすぐに目を開いた。
「周囲には誰も潜んでいないようだ。
では君たちが見たままの状況を教えてもらえるかな?」
「そうですね、まずは──」
「なるほど、状況は理解した。
一応聞いておくが、君たちがやったわけではないんだな?」
急にアルメイダルは真面目な雰囲気を出した。
空気がピリつく。
「さっき言った通りなんだよ。
そこの彼と揉めたわけでもないし、私たちはその顔に見覚えなんてないんだよ」
「いやすまん、疑ったわけじゃないんだ。
君たちがそんなことをするとは思えないしな」
「分かっています。
来ていただいてありがとうございました。
俺たちだけじゃどうしようもなかったので」
「君たちが速やかに伝えてくれてこちらも助かっている。
あとは我々で調査するから、君たちは寮に戻れ。
また君たちに聞くことがあるかもしれないから、その時はよろしく頼む」
「よし早く夕食に行くぞー」
こいつは何を言ってるんだ。
「おいアル、殺人現場を見たばっかだろ。
すいませんうちの食いしん坊が……」
確かにお腹は減ってるけども。
「はっはっは、この状況でも腹は減るか!
君たちは流石だな、 肝が座っている。
ただ今日は危ない。
外食はせず、寮食で我慢してくれ」
「いえいえ、何から何までありがとうございます。
もともと寮食で済ますつもりでしたし」
「そうか。
先程は何事も無かったみたいだが、この後も何も無いとは限らない。
注意して帰寮してくれ」
「はい、分かりました。
では失礼します」
俺たちはアルメイダルに後のことは任せて、その場を後にすることにした。
遺体を横目に見ると、冷静になっているからなのか、今更になって気持ち悪さが湧き上がってきた。
死んだ方には申し訳ないが、こればかりは仕方がない。
心の中で手を合わせつつ、側を通り抜けた。
その際、転がった頭部にキラリと光るものが見える。
紅く輝く宝石は、俺が持っているのと同じだな。
確か、公国では魔王崇拝教徒のシンボルだったよな。
まさか、そのあたりのイザコザか?
やっぱり、あの宝石は外で身につけるべきではないな。
まぁ、考えすぎって線もあるが、関わり合いになるべきではないことは確かだ。
そしてその後、食堂にたどり着くまでは警戒を緩めないまま、俺たちは6人で固まって進んだ。
6人で固まっていて、警戒状態のところに手を出す奴なんかいないだろうけど。
それでも、危険はないとは言い切れないしな。
そして、とりあえずは校舎には着いた。
「ここまで来れば安心か?」
「人のいる食堂まではこのまま行きましょ」
「腹が減って仕方ないしな!」
「お前はまた……。
ひとまず、作戦会議は夕飯をつまみながらだな」
俺たちはまた食堂に向けて歩き始めた。
途中、数名の生徒とすれ違うようになり、ようやく安心感が生まれる。
それと同時にドッと疲れが押し寄せてきた。
他の面々の表情から、似たような状態だというのが推察できる。
皆こんな状況は初めてだろうしな。
こればかりは仕方ないよな。
こうして俺たちは無事食堂までたどり着き、各々好みの食事を持ち寄って同じテーブルを囲み食事を始めた。
「随分面倒なことが起こり始めたな」
ガルドがまず始めに口を開いた。
「そうですわね。
安全と思われていた学園内に殺人鬼が潜んでいるなんて、迂闊に外にも出られませんわね」
それに合わせて皆意見を出し始める。
「内部犯なら、私たちの寮でさえも安心とはいえないんだよ。
外部犯なら警備の網をくぐり抜けてきたってことだから、なおさら危険度は増すんだよ。
今回のことで警備は強化されると思うけど、それでも安心はできないんだよね」
「でも、何かあってもクロが守ってくれるから安心だぜ!」
「おいおい、俺だって万能じゃないんだ。
それに女子寮にまで入ることはできないしな。
普段一緒に行動している間は俺だってなんとかするが、どうしたって1人になる時間があるだろ?
自衛の手段は必須だと思うぞ」
「確かに、自衛の手段は持っておいた方がいいだろう。
先制攻撃できる状況ならまだしも、どこから誰が狙っているか分からない現状、咄嗟に身を守れなければ攻撃にも転じられない。
逃げられる手段も同時に必要だな。
あとアル、襲われたとしてもクロはすぐにやられたりはしないだろうが、クロはむしろオレたちで守るべき対象だ。
そんな調子では足元をすくわれるぞ」
「そ、そうだよな……。
考えを改めるよ」
叱られてやがる。
これは唐突に厳しい意見だ。
ハッとして、アルは途端に静かになった。
アルも悪いやつではないんだがな。
この能天気さに助けられている部分もある。
「あ、そうだ。
ジュリ、前言ってた連絡手段の方はどうなってるんだ?」
以前、ジュリに魔道具の手配をお願いしていたことを思い出した。
「申し訳ありませんわ。
急ぎ手配するようにしておりますので暫しお待ちを。
今回のようなことがわたくしたちの身に降りかかる前に準備しておかなければならないことですわね」
「いや、急かすようで済まないな。
ただ、ジュリが言ったように事件が起こってから後悔しないように準備は怠っちゃいけないよな」
「分かった、うちもこれからもっと頑張るぜ」
アルもみんなの意志に当てられ、元気になったようだ。
「飯も終えたし、そろそろ帰るか。
今日は色々あって皆疲れてるだろうし。
しかし、次々に課題が増えるな」
「こういう情勢だし仕方ないわ。
殺人に関しては仕方なくなんかないけどね」
そして、俺たちはようやく帰寮することができた。
授業受けたあと、図書館に行っただけだっていうのに旅行に行ったような疲労感だ。
俺がソフィアラの護衛って立場で入学しているので、寮監に非常時に女子寮に入れるか確認したところ、それは無理だという回答を得た。
学校側の警備で間に合っているということらしい。
本当にそれでいいのか?
不満はあるが、無理だと言われたのなら仕方がない。
寮内の談話室で数人が話をしているのが聞こえたが、まだ殺人があったなんて噂は流れていなかった。
ということは、俺たちが第一発見者か。
いずれ明日にも噂が流れることになりそうだな。
学校側がそれを周知して、警戒に努めるように言ってくるだろう。
「そうだ、そろそろ魔導書を試しておかないとな。
さて、どうなるか」
ロドリゲスに貰った魔導書を取り出し、机に置く。
魔導書からは濃密なマナが溢れ出している。
やっぱり魔導書ってのはいいもんだ。
見ているだけで厨二心がくすぐられる。
金色のなんとかって漫画を思い出すな。
さぁ、やるか!
俺は勢いよくマナを魔導書に注入していく。
防陣の魔導書の時もそうだったが、今回はそれ以上にマナを要求しているようだ。
そういえば、なんで防『陣』 なんだろうな。
効果は個人だけなのに。
まぁどうでもいいか。
あれ?
だんだんきな臭くなってきた。
モリモリとマナを注いでいるが、そろそろ注ぎ切ってしまうぞ。
ロドリゲスめ、ロクでもないものを渡してきたな。
魔導書にハズレとかあるのか?
あ、ヤバ……。
勢いで、全てのマナを放出してしまった。
突如、世界が傾く。
これは魔導書の世界に行くというよりは、意識を持ってかれてるやつだな。
そんなことを考えながら、俺は意識を手放して机に突っ伏した。
次の日、また学内で生徒の遺体が発見された。




