第54話 日常
神になるとかなんやかんや言われた後も、俺たちは普通の学生生活を送っていた。
ま、学生の本分は勉強だしな。
「クロ、選択授業だよ」
後ろの席からオリビアの声。
今週から選択授業が始まっている。
選択科目は一日の最後の授業のコマに設定されている。
例えば月曜日はこの属性、というように固定されているわけではなく、複数属性持ちのために毎日全ての属性の選択授業が開講されている。
学生は1週間のうち好きな日に選択科目を受講することができる。
その週に行われるのは全て同じ内容の授業なので、習った内容に自信がなければ複数回受講することも可能だ。
俺は平日5日間全てをそれぞれ異なる選択科目で埋めている。
月曜日は風属性、火曜日は火属性って具合にな。
みんなは俺の受講する日に合わせて選択科目を受けてくれている感じ。
闇属性は教えてくれる人がいないから、夜自分の部屋でシコシコ練習している。
そんで今日は光属性の選択科目の日だ。
光属性の本格的な魔法はあんまり学んできてないんだよな。
だからすっげー楽しみだ。
「おっけー。
んじゃ、行ってくるわ。
みんな後でな。
終わったらいつも通り図書館に集合で!」
学生はみなそれぞれの選択授業に向かっていく。
選択科目がない者は自学自習にあてたり、実質この時間は自由時間でもある。
俺はオリビアと連れだって光属性の授業が開講されている場所へ向かう。
授業といっても、座学というよりは実習的な側面が強い。
実際授業の始めに講師から説明があり、あとは実践的に魔法を行使したり、分からないことがあればその都度質問をしたりという感じだ。
授業は演習場で行われることが一番多いしな。
「オリビア、今日までにもう4回もこの授業受けてるんだろ?
そんなに同じ授業受けたら飽きるだろ」
道すがら、オリビアと話しながら進む。
「そんなことないんだよ。
自分で魔法を練習しようと思ったら、いちいち演習場使用の許可を取らないといけないじゃない。
あと、授業中なら多少の無茶しても先生が助けてくれるしね」
「単なるめんどくさがりなだけじゃねーかよ」
「先生からは真面目に何度も授業を受けてくれる優等生としか映ってないんだよ。
だから先生もうれしいし、私も楽できる。
これならお互いに利しかないんだよ」
「先生にはずっと、オリビアのことを真面目な生徒として勘違いしていてほしいな……。
真実を伝えたら、先生は何も信じられなくなる」
「私が真面目なのは事実なんだよ。
先生も私のことを真面目と思ってるし、私も思ってる。
ほら、証明終了だよ」
「何を訳分からないこと言ってんだ。
ほら着いたぞ、さっさと入れ」
俺たちが演習場に入ると、すでに先生が待機していた。
「先生、遅れてすいません!」
小走りで駆け寄る。
「いえいえ、私が早く来過ぎただけですから」
先生は朗らかな笑顔を浮かべている。
「揃いましたので、始めていきましょうか」
おや?
「揃ったって、今日は俺たちだけですか?」
「そうですね。
今日はお2人だけです」
今日この授業を取ってるのは俺とオリビアの2人だけらしい。
光属性って人気ないの?
というか光属性に適性がある人間が少ないのか。
日と属性によっては、その日に受講している学生が1人もいないとかもありそうだよな。
あ、でもそれなら先生も楽できていいのか。
じゃあ気にする必要もねーや。
「ではクロさん、今日は支援魔法について学びましょう。
オリビアさんは今週何度もやっているので大丈夫ですね?」
「問題ないんだよ。
先生がクロに説明してる間、私はあっちで一人で自習してるね」
どうせサボるだけだろ。
「ええ、構いませんよ。
オリビアさんは勉強熱心ですね」
先生、こいつをあんまり信用しないでください。
先生の許可を得て、オリビアはふらふらと歩いて行った。
3人で演習場ひとつ丸々使うって贅沢すぎるんだよな。
「ではよろしくお願いしますね。
オリビアさんから聞いていると思いますが、私の名前はマリア=イングリス。
呼び方は何でも構いませんよ」
「あ、はい、よろしくお願いしますマリア先生」
「早速ですが、クロさんは現在支援魔法で何か使えるものはありますか?」
「いえ、そもそも光属性で使える魔法が少ないです。
魔法は主に本で勉強してたんですが、光魔法の記載されているものがほとんどなかったので」
「基本の4属性に比べれば光属性の適正は少ないですし、光属性に適性のある者の多くは教会に所属しますからね。
教会で教えを請うのが一般的なため、あまり書物としては出回っていないのですよ。
オリビアさんと仲が良いのであれば、教会に入るのも手ではありますよ」
「あー……考えておきます」
こういう時、なんて答えたらいいんだろうな。
「まずは支援魔法の基礎から始めましょう。
全ての支援魔法に共通して、効果時間が固定かつ限られているという特徴があります。
個人に効果があるものから集団に効果があるものまで様々ですが、前者の方が後者に比べて効果が大きくなります。
効果の大きさといっても捉え方にもよりますが。
自己強化魔法と異なり、支援魔法は割合上昇ではなく固定値上昇です。
つまり、同じ魔法であれば誰が使っても同じ効果かつ同じ時間だけ能力を上昇させられるということです。
また重ねがけをすることで効果時間をリセットして効果を持続させることができます。
ここまでは理解できますか?」
「はい、大丈夫です。
つまり、支援魔法はだれか1人でも使えたらいいってことですか?」
「そうですね。
支援魔法は、持続時間さえ管理していればそこまで難しい魔法ではありません。
そのため支援職は不遇の職種でもあります。
魔法陣の雛形さえ覚えればあとは使用者の力量やイメージ力に依存する攻撃魔法と異なり、支援魔法はほとんどが一点ものです。
複数の支援魔法を行使するなら、それだけ多くの魔法陣を理解する必要がありますね」
「うわぁ、また覚えゲーかよ」
「おぼえげー?
よくわかりませんが、今日は簡単なものからやっていきましょう。
まずはこれを記憶してください」
マリアは懐から小瓶を取り出すと、頭上に放り投げ、杖でそれを破壊した。
小瓶に入っていたのはマジックインク。
これがあれば、空中であろうと悪路であろうと問題なく魔法陣を描くことができる。
マリアが杖を動かすと、その軌道に線が描かれる。
そしてマリアは慣れた手つきで、頭の高さあたりの空中に魔法陣を描き切った。
「これは基本の基本、『スピードアップ』の魔法です。
範囲は個人のみ。
自身もその指定に含むことができます」
「自分には掛けられない魔法もあるんですか?」
「ええ、ありますよ。
例えばコレですね。
ロード、マジックミラー」
「お?」
マリア先生は俺に一つの魔法を付与した。
「今の魔法は一回だけ魔法攻撃を反射できるというものです。
ただ、実際に数値として現れない魔法はステータスを確認しない限り実感できないのが難点ですね。
ひとまず効果を実感してもらうため、試しに私が攻撃魔法をクロさんに放ちます。
反射上限内の威力に収めますので、じっとしていてくださいね」
「は、はい」
危なくないって分かってても怖いよなぁ。
「ロード」
マリアの足元に白い魔法陣が出現し、胸の前にボールを持つような感じで両手を出すと、その両掌の間に光が収束していく。
「フォトンブラスト!」
魔法の反動でマリアが仰け反り、収束した光が光球となって俺に飛来する。
見た感じ、だいぶ威力高そうなんだが……。
思わず防御姿勢をとってしまう。
が、俺にダメージはなかった。
パリンと何かが割れる音が聞こえると、光球は飛んできた軌道のまま倍する速度でマリアに返っていく。
「えいっ」
直撃する前に、マリアは裏拳でペシッと光球を弾いた。
あれ、そんな軽い感じ?
放物線を描いて光球が飛んでいく。
その光球の向かう先は――
ドゴォォン。
「わああ!」
遠くでオリビアの悲鳴が聞こえる。
見ると、オリビアの傍の床が砕け散っている。
「あらあら、ごめんなさいねオリビアさーん」
この先生、結構おとぼけ?
「もう、気を付けるんだよ!」
表情までは見えないけど、オリビアがプリプリ怒っているのが分かる。
「はい、続けますね」
マリアは俺に向き直った。
もうオリビアはいいのか。
「攻撃を受けたとき、なんか割れた音が聞こえた気がしたんですけど」
「それが魔法解除の感覚です。
回数制限のある魔法は割れた感覚が、強化系の魔法は身体が重くなる感覚が魔法解除の合図ですね。
少し脱線しましたね。
では先ほど私が描いた魔法陣を覚えて行使してみましょう」
「了解です」
しっかりと時間をかけて魔法陣を頭に叩き込む。
「覚えました!
ロード、スピードアップ」
確かに、気持ち身体が軽くなった気がする。
「その状態でオリビアさんのところまで走って呼んできてもらえますか?」
「分かりました!」
おー、ビュンビュンとスピードが上がるなぁ。
100メートルで言ったら9秒台前半くらいは出てそうな速度だ。
これで地球に帰ったらオリンピックとかも総なめだな。
案の定、一瞬でオリビアのもとへたどり着いた。
「オリビア、先生が戻って来いってさ」
「あ、そうなの。
それにしてもさっきのはひどいと思うんだよ」
「たまたまだろ?」
「違うんだよ。
あの先生、おっとりしてるように見えて全然そうじゃないからね」
「そうは見えないけどなぁ」
「女は見た目じゃないからね。
心では何を考えてるか分からないんだよ」
「とりあえず、先生のとこに戻るぞ」
「了解だよ」
行きと同じ要領でダッシュして戻る。
ちょっと移動速度が上がるだけでも、かなり楽になるな。
QOL上がるわぁ。
「先生、お待たせしました」
「はい、お帰りなさい。
どうですか、魔法の効果は?」
「すぐに効果を実感できてすごくいい感じです」
「それは良かったですね。
ただ上昇するのは物理的な速度だけで、反応速度などの感覚的なところまでは上昇しませんので気を付けてくださいね。
しかし『スピードアップ』の魔法だけでも、移動や攻撃、そして回避に至るまで様々な部分で恩恵が得られますので、あるとないとでは大きな違いがありますね。
では次の魔法は――」
今日の授業で、俺は合計3つの魔法を習得した。
ひとつは最初に習った『スピードアップ』。
これはAGIのステータスを上げるものだな。
次に『プロテクション』。
これは防御系の支援魔法で、VITを上昇させる。
防御系の魔法は『防陣』と組み合わせればダメージカット率が上がるから、更に効率よく運用することができる。
そして最後に『ブレッシング』。
これはSTRとINT、そしてDEXのステータスを上昇させる。
今日習った魔法だけでほとんどのステータスを網羅できている。
そういえば、トラキアを出るときに襲ってきた連中の一人が、『ブレッシング』と『プロテクション』を使ってたな。
まぁ、これはどうでもいい記憶か。
習った3つは下級の支援魔法だし、どれも上昇値こそ大きくはないが、確かな違いを実感できるだけの効果はあった。
マリアは支援職は不遇と言っていたが、一回支援魔法を受けたら、その後は支援魔法なしじゃ戦えなくなるよな。
それくらい効果は絶大だ。
下級でこれだもんな。
上級ともなるとどうなるんだろうか。
ただ俺は支援魔法の初心者なので、回数をこなさないことには中級、ましては上級なんて使えそうにない。
入試で下級、中級、上級の定義がどうとかきいてきてたが、効率よく上げる手段でもあるんだろうか。
俺はマナ量を生かして、ただ単にやみくもに使いまくれば勝手に上がるもんだと思ってるんだけどな。
魔法に関しては完全に脳筋の考え方だな。
「クロ、そのまま図書館に直行でいいんだよね?」
授業を終えて、俺とオリビアはみんなの待つ図書館へ向かっている。
今やっているのは、世界崩壊に関する文献からのアプローチだ。
「ああ、学校にいる間で出来ることは調べものくらいなものだしな。
でも今のところ手掛かりの一つも引っかからないんだよな」
「アルあたりは集中力あんまりないから、そろそろ泣き言言ってもおかしくないんだよ」
最終的にアルの扱いはみんなこんなもんだ。
かわいそうとは思わないけど。
そうこう言っていると、俺たちは図書館前にたどり着いた。
図書館は学舎から離れた位置にあり、これだけでも校舎棟一つよりはるかに大きい。
こんな広大な敷地内の膨大な蔵書を俺たち6人がたった一週間やそこいらで網羅しようってのがそもそも無理な話なんだよな。
たまに知らない魔法が載った本がでてきてお得感があるから俺は楽しくて続けられるんだけど、みんなどうなんだろうか。
内部に入ると、一つの机を占拠して本を多数積み上げ、本と格闘している集団が見えた。
ジュリアーナがこちらに気づき、手招きをしている。
「みんなお待たせ。待ったか?」
「お疲れ様ですわ、クロさん。
わたくしとソフィさんは先ほど来ましたのでそれほど待ってはいませんわ。
ガルドさんとアルさんは結構な時間ここにおられるようですが」
「オレは全然苦ではないぞ。
知らないことが多くて勉強にもなる。
アルは途中からダウンしてこの様子だ」
「うぅー、死ぬぅ。
もうこれ以上文字が頭に入らんー」
アルは机に突っ伏して唸っている。
だめだこりゃ。
「クロ、楽しめたかしら?」
「ええ、お嬢様。
とても勉強になりましたよ」
「クロさん、今日も今のところは手掛かりは特にありませんわ。
ただ言っても全体の1/10000やそれ以下でしか触れられていないので、むしろ今見つけていれば奇跡ですわね。
こればかりは時間をかけてやっていくしか仕方ありませんわね。
アルさん、さっさと起きて仕事にもどってくださいまし」
「ジュリは厳しいぞー……」
仕方なくのそりと起き上がって本を開くアル。
仕事って言われると更にやる気が出ないよな。
こればかりは分かるぞアルよ。
「俺は禁書庫が怪しいと思うんだけどな」
「警備もいますし、魔法的な措置も取られていると思いますから侵入は難しいでしょうね」
「あそこは城とも繋がってるって噂だろ?
ジュリ、城に呼ばれる予定とかないのか?」
「たとえあったとしても、城内はどこよりも警備が厳重ですわ。
それなら図書館から侵入したほうが楽かと思いますわ」
「先生に言っても駄目って言うし、警備も無理の一点張りだしな。
学長先生オッケー出してくれねぇかなぁ……くれねぇよなぁ。
はあ、まずは俺たち学生が触れられる範囲でなんとかしないといけないっぽいよな」
「まだ始めて一週間ですわ。
根を上げるには早すぎましてよ」
「そうだよな、とりあえずできることから一歩ずつだよな」
「クロ、その意気よ」
終わりの見えない作業が続く。




