第53話 不得
暴れ回る白い魔人。
魔人は標的をアカばかりに固定することなく、シロやアオにも次々と狙いを変えて動き続けている。
「くっ、アイス コフィン!」
氷檻が生成される直前、それを察知した魔人はアオへの追撃をやめてシロに襲い掛かる。
「ロード、ホーリー ジャッジメント!」
上空より巨大な十字架が魔人に向けて降り注ぐ。
が、魔人はそれを紙一重で躱しつつ、シロへの攻撃を続ける。
「きゃああ!」
「シロ!」
防御魔法によりシロが傷つくことはなかったが、振りぬかれた腕により背後の木に叩きつけられる。
ブンッ!
攻撃後の隙を狙ったアカの攻撃も空を切った。
飛び上がって回避した魔人は、木を足場にするとすぐさまアカに襲い掛かる。
「ぐうっ!」
ギリギリで防御が間に合い、アカは魔人と鍔迫り合いになる。
「てめぇ、ザグドルのおっさんたちを殺しやがって……!」
「ア゛ア゛ア゛……」
「ダイヤモンド ダスト!」
パキパキパキ――
アオの魔法により魔人の身体が凍りつき、徐々に動きを鈍くしていく。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
魔人は無理やりに全身を動かして纏わりつく氷を砕くと、アカたちから大きく距離をとった。
「やりづれぇ」
「ア゛、ア゛ア゛……」
アカたちはこの魔人の行動パターンを読み切れず、傷一つ付けることができずに攻めあぐねているのが現状だ。
加えて、姿を隠したドクと名乗る魔人に対しても警戒は緩められない。
「くそ、どうする……!」
相変わらずアカたちは決定打が打てない現状が続いていた。
見境なくと言うより、ボロを出させるようにアカとシロそしてアオを狙って立ち回る魔人。
しかし魔人がグレッグを狙っていないところを見ると、どうやら彼はうまく隠れられているようだ。
「あっしに任せてくだせぇ」
そう言って姿を隠したからには、何かを狙っているのだろう。
彼の行動を読めない以上、彼がいない前提で動かなければいけない。
彼は戦闘能力はほぼ皆無と言っていた。
そのため彼が姿を隠していることで、むしろ魔人の標的が少なくなり助かっているとさえ言える。
ふとアカの目に、魔人がこちらに走り出そうとしている姿が見えた。
次の標的は俺かと、すぐさま剣を構えなおし、攻撃に備える。
そしてそれは、唐突に訪れた。
魔人の踏み出した足が地に着く直前、そこにマナの高まりが生じる。
「きたっ!」
それがグレッグによるものだと即座に判断したアカは、その魔法の効果を確認することなく魔人に向かって一直線に突撃する。
「マッド フォール!」
どこからかグレッグの声が響く。
魔人もそれに感付くが、もう遅い。
絶妙なタイミングで発動されたグレッグの魔法は、見事に魔人の隙をついた。
地面の一部が変化し、泥と化した地面に魔人の右足が沈む。
それでもなんとか反対側の足でバランスを取ろうとするが、どうしても無理な体勢が生じてしまう。
「うらぁあ!」
そこに、アカによる全力の一撃が炸裂する。
バランスを取ることに注力していたせいで、一瞬魔人の反応に遅れが生じる。
無理に体をひねって回避するが、それは十分ではなかった。
肉を引き裂く音と血しぶきを残し、初めて魔人が地に転がる形となった。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
大きく裂けた首筋からボタボタと大量の血を流しながら、激昂する魔人。
魔人はフシューフシューと息荒く、この現状を引き起こすに至った原因たるグレッグを探すが、気配を断っているグレッグを見つけることはできない。
それが分かると更に息を荒くし、次はアカを睨みつける。
「ハッ、さすがはグレッグだぜ。
このままチクチクいけば大丈夫そうだな」
突如、ブシィッと魔人の身体に一筋の切り傷が生じた。
「ア゛?」
見えない何者かによる攻撃。
それは、かすり傷程度のもの。
だが、それが誰によって行われているのかは分かる。
「ハハッ、何が戦闘力皆無だよ!
バリバリ前衛で走り回ってるじゃねぇかよっ」
魔人は見えない何者かに対してブンブンと両腕を振り回しつづけるが、グレッグはそれをかいくぐって次々と小さな傷をつけていく。
「ガア゛ッ」
そこにアオとシロによる魔法も加わる。
次々と容赦なく降り注ぐ攻撃に一転、魔人は防戦一方となった。
魔人はアカたちの攻撃になんとか対処することはできても、それ以上の反撃にはなかなか転じられずにいる。
そんなことが繰り返されていると、魔人は蓄積したダメージで動きが鈍り、先ほどまでのような俊敏な行動ができなくなり始めた。
更にそれだけではないほどに魔人の動きが鈍ってきている。
疲れだけでは説明できないほどの衰弱具合だ。
「ようやく効いてきたみたいですなぁ」
アカの隣に、消えていたグレッグの姿が浮かび上がる。
もはやその場からあまり動けなくなってしまっている魔人に、4人には多少の余裕が生じてきている。
「グレッグ、何をしたんだ?」
「ちょいとばかし麻痺毒を仕込んだナイフで切りつけただけで。
効果があったようで何よりでさぁ」
「グレッグ、助かったぜ。
あとは任せてくれ」
サポート役がいるとここまで戦闘が楽になるのかと感心する。
アカは、最早まともに動けなくなった魔人に向けて歩みを寄せた。
魔人にトドメを刺すべく。
そして魔人の前で立ち止まる。
「散々暴れまわりやがって。
だがテメェもこれで終わりだ。
じゃあな。 ハッ!」
気合いとともに、アカの刃が魔人の正中を貫いた。
パキン、と何かの割れる音が聞こえる。
「核が割れたか」
アカが刃を引き抜くと、魔人は支えを失ったように前方に倒れていく。
「すま……ない……」
「!?」
ドサリと魔人の巨体が地に沈み、そして風化するように消えていく。
「今さっき、魔人が何か言ったように聞こえたが……」
「そうですか?
あっしには何も」
「そうか、それならいいんだが……」
グレッグは疑問を自身の顔面に張り付けるが、それ以上は何も言わなかった。
「お疲れ」
魔人の最後を見届けていると、シロとアオもやってきた。
「みんな助かったぜ。
あと、グレッグにも大いに助けられた」
「いえいえ、あっしは何も。
ただ安心していられるのも今のうちかもしれませんなぁ。
まだドクとかいう魔人が残ったままなんで」
「確かにそうだね。
姿を消してるから、今もどこかで見ているんだろうけど」
「皆さんが戦闘中に索敵はしてたんですが、それに引っかかる反応はなかったですなぁ。
白い魔人がやられたなら、何らかのアクションは起こしてきてもおかしかねぇですがね」
「じゃあもう一度索敵を頼めるか?」
「お任せを。 ロード――」
そうしてグレッグが再び索敵を行おうとした時。
「それには及びませんよ」
4人の前にドクが再び姿を現した。
「出やがったな!
今度こそてめぇを斬り殺してやるぜ!」
再びアカに闘争心が灯る。
「あいにくと実験は失敗しましたし、ワタシも相応のダメージを負っているので今回は撤退させていただきますよ。
霧のカラクリに気づいたハンターたちも一直線にこちらへ向かっているようですし。
この状態では、残念ながらしばらくこの森での実験は中止ですね。
今回は痛み分けということで。
では、またの機会にお願いしますよ」
ドクは一方的にそう言うと、サッと姿を消した。
「てめぇ待ちやがれ!」
アカが追いかけるようにドクのいた場所を薙ぐが、一切の手ごたえは感じられず、ただ空気を切り裂く音だけが響いた。
ドクの消失に合わせて、周囲の霧も薄れ始めた。
それと同時に連絡用魔道具に連絡が殺到し始めた。
「あっしが対応しておきましょう。
皆さんはまだやることがあるのではねぇですか?」
「そうだ、ザグドルのおっさんたち!」
「言い方は申し訳ねぇですが、人間のだと思しき肉片は一か所に纏めておいたんで。
他のハンターたちも来ますんで、やるならやっちまってくだせぇ」
「グレッグ、いろいろやってもらってすまん……」
そしてアカとアオがシロを見つめる。
「……やるわ、私に任せて」
「シロ、い、いいの?
でもあんまり使いすぎたら、って……」
「不特定多数には使わないわよ。
私たちはあの人に一度命を助けられてるじゃない。
その恩を返すだけよ。
さ、やるわよ」
シロはそう言うと、颯爽とグレッグに指定された場所に向けて歩き始めた。
「アオ、やっぱり女って強いんだな……」
「うん、ボクも最強はシロだと思うよ」
「二人とも、早く来て!」
シロが二人に向けて檄を飛ばす。
「あいよ。
アオ、行くぞ。
グレッグ、あとは任せた」
二人もシロのもとへ駈け出した。
そうして3人は遺体のある場所にたどり着いた。
「うえぇ、おっさんたちには悪いが、分かっててもこれはキツイな……」
「四の五の言ってないで!
私はまた気を失うかもしれないから、注意して見てなさい」
「了解だぜ。
すまんな、押し付けて」
「いいわよ、私にしかできないんだから。
じゃあ、あとのことは頼んだわ」
《蘇生》が発動し、シロを金色の光が包む。
肉片にも光が集まり、逆再生のように肉片から人間の肉体が形成され始めた。
「さすがは勇者ですなぁ」
離れた場所のグレッグからもその光景はありありと観察された。
光が失われると、そこには綺麗な身体のザグドルとキリアが横たわっていた。
それと同時にシロは意識を失い、糸が切れた人形のようにバランスを崩し始めた。
「おっと!」
慌ててアカが抱きかかえる。
「さすがはシロだな。
しかし……」
「ロレンスさんはどこに行ったんだろ?」
ロレンスたちは3人で戦っていた筈だ。
しかしここには2人しかいない。
「そうだよな。
おっさんが目を覚ましてくれたらいいんだが。
グレッグはあらかた集めてくれていたようだし、聞いてみるか。
おーいグレッグ、ちょっと来てくれないか?」
「何でしょうか」
「シロのおかげで2人は蘇生させることに成功したんだが、ロレンスの姿がない。
心当たりはないか?」
「あっしが集めた分で足りなければ、少なくともこの周辺にはいねぇと思いますよ。
ちょうどハンターたちもやってきたんで、周囲を捜索してみましょう」
グレッグが見つめる先には、多数のハンターたちの姿が見える。
最終的にロレンスのチームを除いた他の全てのチームは無事だったらしく、全てが揃ったところで事の顛末を説明した。
なおもザグドルたちは目を覚まさなかったので、ザグドルたちを運搬するメンバーとアカたちは、捜索メンバーを残して報告のために一足先に王城へ戻ることとなった。
ちなみにシロは、アカが抱きかかえて運んでいる。
しばらく歩いて森を抜け、最初の集合場所にたどり着くと、エリザやハインツ、そして兵士たちが集まっているのが見えた。
「あれ、なんで王女様たちがこんなところに」
アオが当たり前の疑問を口にする。
「ほんとだな。なんでだろ?」
そしてアカたちは彼女らの前に到着する。
ハンターたちはすぐさま跪いて頭を垂れた。
「本日は皆さん、お疲れ様でした。
だいたいの内容は聞かせていただきました」
「……?」
「どういうこと?」
アカたち全員が頭上にハテナを浮かべる。
一人を除いて。
「こちらへ」
エリザの手招きで、グレッグがエリザの傍に駆け寄り、そして跪いた。
「どういうことだ?」
「グレッグ、説明を」
エリザに促されてグレッグが話し始める。
「あっしはエリザ様直下の諜報員でごぜえやす。
途中経過は、逐一エリザ様に報告させてもらってまして。
今回は勇者さん方に何かあってはいけねぇってことで派遣されたんでさぁ。
そもそも、王城からの依頼なのに王城関係者がいねえってのもおかしな話じゃねぇですか?」
「そういえば、確かにそうだね。
うっかりしてたよ」
アカも同様に理解の意を顔に出した。
「ただあまりにもイレギュラーが多かったんであっしも焦りましたが、無事勇者さん方は失わなくて済んでよかったかと」
「そうですね。
あとはロレンスの安否だけでしょうか。
まだ捜索は難航しているのかしら?」
「その様子で。
肝心のザグドルとキリアが目を覚まさない以上、現状で詳細は不明かと。
これからいかがされますか?」
「そうね。
今日参加してくれたハンターには、追ってギルドより報酬を出してもらうようにします。
ザグドルとキリアは私たちが預かります。
今日はもう遅いわ。
グレッグは捜索中のハンターの所へ戻って、状況確認と、捜索が終わってなければ解散の旨を伝えて頂戴。
彼の捜索は明日以降私たちで行うようにします。
あなたたち、もう立ち上がって解散して構わないわ」
エリザの合図でハンターたちは帰途についた。
「あっしは仕事に戻りますんで」
「おう、いろいろ助かったぜ。
まさか諜報員だとは思わなかったがな」
「あっしは自分にできることをやってるだけで、そんなに大したもんじゃないですよ。
では勇者さん方、またどこかで」
グレッグは森の中へ消えていった。
「ではアカ様、アオ様。
ザグドルたちの報告も聞かなければなりませんし、一旦王城へ戻りましょうか。
シロ様もよければこちらでお預かりしますが?」
「いや、シロは俺がこのまま連れていくぜ。
ザグドルのおっさんたちのほうを頼むわ」
「畏まりました。
では皆の者、王城へ戻りますわ」
こうして、ようやくアカたちの長い一日が終わった。
今回の作戦では、ドクに一時的な撤退を強いただけで、十分な成果は得られなかった。
むしろ、ロレンスが失われている可能性も含めれば失敗と言うほうが正しいだろうか。
アカたちは顔に出してはいないが、意識には大きく響く結果となった。
森の中――
「いやはや、なかなかうまくいかないものですねぇ。
いくら素材が良くても、理性を失ってしまえばただの獣。
これなら我らが同胞のほうがまだ使えるというものです。
また一から実験をし直さないといけません。
しかし聖剣使いを一人潰したとはいえ、魔剣の代償のほうが大きかったですね。
これからしばらくは人間以下の身体能力で過ごさねばならないとはつくづく難儀なものです。
魔法もろくに使えない状態ですし、王都で人間の真似事でもしながら過ごすとしましょうか。
別のプランも考えないと、シルクハットの彼に先を越されてしまいますね。
やるべきことが増えてしまいましたねぇ、急ぎませんと」
失敗したにもかかわらずなぜか上機嫌なドクは、またも暗躍を続けるのであった。
王城の一室――
「ここは……?」
「ようやく目を覚ましましたか。
お前たち、エリザ様に伝えなさい」
兵士の一人が駈け出す。
「おう、ハインツじゃねぇか。
ここは王城か?
なんたって俺がこんなところに……。
たしか俺はさっきまで――っと、そうだった!
俺は王女さんに伝えなきゃなんねぇことがあんだよ!」
「こちらも聞くべきことがある。
じきにエリザ様が来るまで待っていろ」
「あいよ。
そういや、お前も城に入ってずいぶん経つが、昔は今ほど険しい顔じゃなかったはずだぜ。
どうしちまったんだ?」
「時間と環境で人は変わるものだ」
「そうかい。
ま、根は変わってないと思うがな」
そうしてしばらくやり取りをしていると室内にノックの音が響き、エリザが入室する。
「エリザ様も来られた。
目覚めてすぐのところ悪いが、現在ロレンスが消息を絶っている。
知っていることがあれば教えてくれ。
我々が得ているのは、白い魔人が出現し、勇者たちの力でそれを滅ぼしたということだ。
そして結果的に、ドクと名乗る魔人にも逃げられた」
「滅ぼした……だと……?
まさか、そんな……」
途端、ザグドルは絶望した表情になる。
「どうしたのです?」
それ以降何も発しなくなったザグドルにエリザは疑問を投げかける。
そしてぽつりと口を開いた。
「あれは、あの魔人は……ロレンスだ……」
「……どういうことですか?」
「あのドクって魔人が使った魔法で、ロレンスは勇者になったんだ。
魔法は確か、『トランセンド』とか何とか言っていた気がする。
そんでそこに追加で魔法を掛けられて、そしたら見る見るうちにロレンスがおかしくなっちまって、それで……」
「……その場面をほかに誰か見ている者は?」
「その時にはキリアはやられちまってたし、俺だけだ。
そうだ、キリアは無事なのか!?」
ずっと下を向いていたザグドルが、がばっと顔を上げる。
「ええ、シロ様が蘇生の魔法を使ったので無事ですよ。
彼は別の部屋でまだ眠っています」
「そうか、キリアだけでも無事ならよかった……。
いや、ロレンスがあんなことになっちまってるから良くもねぇか……。
それにしてもシロの嬢ちゃんは蘇生なんて使えたのか。
そんなこと俺に話しても大丈夫なんですかい?」
「ええ、構いませんよ。
今に忘れますから。ロード――」
「な、ん……!」
唐突にエリザによって放たれた魔法により、ザグドルの意識が朦朧とし始める。
「勇者が魔人になるなんて、彼らには知られてはならないんですよ。
なので記憶は消させてもらいます。
ハインツに免じて命は取りませんから、安心しなさい」
そう聞こえたあたりで、ザグドルの意識は完全に消失した。
ドサリとザグドルの巨体が地面に沈む。
「エリザ様、私に気を遣われずとも。
消してしまってもよろしいのですよ」
「ロレンスを失ってしまった以上、ザグドルまでいなくなるのはハンターたちに影響が大きいわ。
……ひとまず、皆にはロレンスを捜索しているという体だけは伝えておきましょう」
「畏まりました」
「私は戻るわ。
あとは頼んだわよ」
そう言い残し、エリザは部屋を後にした。
静かになった部屋でザグドルを見下ろすハインツ。
「私は変わってしまったよ。
エリザ様のご厚意に感謝することだな」
ハインツの呟きだけが室内に響いた。




