第52話 魔人
めちゃくちゃ空いてしまった。
アカたちが霧に囚われている頃――
「ハッ、まさか俺たちが当たりとはな!
ツイてねえよなぁ、ロレンス?」
ウォーハンマーを構えながら、ザグドルは嫌そうにしながら戦闘準備を始める。
「勇者くんたちはまだ発展途上だし、自分たちでむしろ良かっただろう」
ロレンスも腰の聖剣に右手を添える。
「まあ、それはそうだが」
「ひとまずアレの目的でも聞こうか。
何もしてこないところを見ると、何か話でもあるんだろう。
キリア、支援を一通りかけておいてくれ。
……さて、そこの魔人。
先日の魔獣騒動は君の仕業ってことでいいのかな?」
軽い調子で魔人に話しかけるロレンス。
一見無防備に見えるがそこに隙はなく、魔人が動き出せば即座に斬りかかる準備ができている。
この間、ロレンスとザグドルとともにチームを組んでいる魔術師キリアは、全体に支援魔法を掛け続ける。
「はじめまして、ワタシはドク。
先日のショーはワタシの主催で間違いありませんよ。
楽しんでいただけましたか?」
ドクはロレンスたち3人が戦闘準備が完了しているのを確認しながらも、何ら動く様子もなく話し始めた。
「低俗なショーで逆に不快になったくらいだよ」
ロレンスは表情にたっぷりの嫌悪感を乗せて言葉をぶつける。
「ほほっ、それは残念ですね。
それではこれより前回にも増して趣向を凝らしたショーをお届けしますので、今回こそはぜひ楽しんでいってください。
ただ、このステージに観客を呼べないのが非常に残念ではありますが」
「観客?
……ああ、そういうことか。
キリア、他のチームはどうなっている?」
ロレンスは一瞬だけキリアに視線を向ける。
「え、えっと……魔道具に反応がありません!
何かしらのジャミングを受けているようです!」
少し焦った様子でキリアが声を荒げた。
「そうか、増援は難しいか。
ということは自分たち3人で相手しないといけないわけか」
「その通りですよ。
理解が早くて助かりますね」
ドクの骸骨の向こうに嫌な嗤いが透けて見える。
「ただ、自分たちもお前を逃がすつもりは無いよ。
狩るつもりが気づけば狩られる側になっていた――なんてのはよくある話だからね」
「アナタ方にそこまでして頂けるとなると、ワタシも気合が入るというものですよ。
それでは……始めましょうか?」
突如、ドクの纏う雰囲気が変化した。
気温が数℃ほど下がったようなプレッシャー。
ロレンスの後方でキリアが一瞬びくりとしたが、すぐに落ち着き戻し、杖を構えた。
「そうだね。では、遠慮なく」
一瞬だけ、ロレンスの身体が数センチ沈み込む。
ヒュン──
「おや?」
宙を舞ったドクの上半身から、間抜けな声が漏れる。
「ロード、コ・レジビリティ」
続けてロレンスが魔法を唱えた。
「ロック スパイク!」
キリアも待機させていた魔法を展開。
地面から4本の岩の柱が突き出し、その全てが空中のドクを貫いた。
空中で固定されたドクの上に影が落ちる。
ドクがそちらに顔を向けると、飛び上がったザグドルが槌をまさに振り下ろしている最中だった。
「こ、れ、は……マズそうで──」
メキメキメキ――
ドクが言い切る前にザグドルの攻撃が炸裂した。
ドォォオオン!
凄まじい音を立てて、突き刺さった岩ごとドクが地面に叩きつけられ、岩の破片と土埃が舞う。
そして着地した後、即座にザグドルは飛び退く。
「やったか!?」
爆心地を注視する3人。
「これくらいで終わるは思えないけれど」
ロレンスも剣を前に構えた体勢で待つ。
土埃が明けるとそこには何もいなかった。
「地中を移動してるぞ!」
気づけば、切断されたはずのドクの下半身も消え失せている。
「!」
ザグドルの言葉で気づいたキリアが、後方に向かって杖を跳ね上げつつ自らのいた場所から勢いよく離れた。
見ると、ドクは攻撃を弾かれた腕をまじまじと眺めながら停止している。
キリアは数回のステップを繰り返して、2人の元へたどり着く。
「ロレンスさん、助かりましたよ」
「礼なら、自分にではなくこいつに言ってくれ」
ロレンスは自身の持つ武器に視線を向けた。
それは、世界に数本しか存在しない聖剣。
リスクを伴って強力な効果を得る魔剣とは正反対の存在であり、リスクを伴わずに強力な効果が得られる。
唯一のリスクと言えば、聖剣に認められなければ振るうことすらできないという点だろうか。
「危なかったな、キリア。
ありゃあ魔剣の類いだぜ」
先ほどまで存在していなかった黒い腕がドクの腹部から生え、その手には短剣が握られている。
「弱そうなところから崩していこうと思ったのですが。
ワタシの攻撃を回避したことといい、一瞬で魔剣と看破したことといい、不思議ですね。
その聖剣の力ですか?」
「そうだね。
一度切りつければ、一生その対象のマナを捕捉し続ける。
これ以降、聖剣は君が死ぬまで逃さないよ。
能力はこれだけじゃないけれど」
「ただロレンス、あの流動的な身体は厄介だぞ。
核がどこにあるかわかりゃしねぇ」
ザグドルが吐き捨てるように言い放つ。
「確かに。
さすがに核までは見えないか」
「おお、怖い怖い。
それが、かの有名な聖剣ですか。
実物を見るのは初めてですね。
コレクターとしての血がたいへん騒ぎますよ。
それにしても、切りつけた後に感覚共有の魔法。
良いコンボですね。
やれやれ、不意打ちは無意味になりましたか」
ドクは残念そうな調子で話すと、腹部に腕を引っ込めた。
「あそこに武器を収納していたのか。
他に何が出てくるか分からないから厄介だな。
あそこに核が収まっていたらどうしようもなくねぇか?」
ザグドルの顔が更に嫌悪感に彩られる。
「仕方ありませんね」
そう言うと、ドクは腕を体内に収め始めた。
ズブブ。
ドクは一度腕を完全に体内に引っ込めると、次は一本の長い黒い十字架を持った腕が現れた。
ロレンスたち3人の目には、十字架から禍々しいマナが溢れ出る様子が映し出されている。
「また別の魔剣か!?
十字架の形状は見たことがねぇぞ」
ドクは十字架を自身に向けて持ち直したかと思うと、おもむろに自身に突き刺した。
「「「!?」」」
ドクの奇妙な行動に驚きを隠せない3人。
十字架は取り出した時のようにドクの腹に収まると思いきや、ドクの腹から背中に突きつけた。
すると、ドクの眼窩から血が零れ落ち始める。
「アイツ、何をやってるんだ」
「さあ?
ただ、良からぬことをしているのは確かだろう。
魔剣を見せつけられている以上、迂闊に近づけもしないのが面倒なところだけれど……」
「じゃあ、遠距離でいくしかないですね」
「聖剣を解放するから、その時間を稼いでおいてくれ」
「あいよ」
「了解しました」
3人はドクの好き勝手にさせておくのもマズイと考え、即座に行動を開始した。
「クラウ・ソラス!」
天高く掲げその名前を叫ぶと、聖剣はロレンスの声に呼応するように光を発した。
キィィィィィィ――
高音を響かせ超振動をしながら、聖剣は輝きを増す。
現在ドクからは4本の腕が生え、それぞれに剣や盾を装備している。
キリアの魔法は盾によって弾かれ、ザグドルの攻撃は剣によって軽くいなされている。
「クソッ、マナの動きが見えても単純な近接戦闘に対しては全然効果がねぇなあ!」
「あの盾も、魔法に対して耐性が高すぎますッ!」
「二人ともそこを離れろ!」
後方からロレンスの声が響く。
「きたぞ!」
バッとドクから距離をとるキリアとザグドル。
「ソーラーレイ!」
剣を掲げた状態のまま魔法を唱えるロレンス。
「さて、ようやく聖剣の力が見れるようですね」
ドクは待っていたかのような態度で4本の腕を広げる。
「おや?」
ジュッという音がしてそちらに目を向けると、地面にドクの腕が一本転がっている。
その傍には、円形に焦げた穴。
「さあ、終わりだ」
ニヤリとした笑顔を浮かべるロレンス。
「くっ……!」
時すでに遅し。
ドクが動き出そうとした時には、すでに無数の熱線がドクの身体を貫いていた。
数秒の間を開けて、焦げたにおいだけを残して穴だらけのドクが崩れ落ちる。
「やったか……?」
ザグドルの声が静寂の中に響く。
ピクリとも動かなくなったドクを見守り続けるが、再び動き出す気配はない。
「やったんだよな……?
はは、さすが聖剣の力だな!
気味悪い魔人だったが、結果的になんてこともなかったな!」
豪快に笑うザグドル。
「案外拍子抜けかな。
じゃあ回収できるものだけ回収して戻ろうか。
キリア、連絡ができるか確認してくれるか?」
「?」
「どうしたキリア?」
返事が聞こえないのでキリアのほうに振り替えると、キリアがいたはずの場所にドクが立っていた。
「は?」
さっきまで遺体があった場所を見ると、そこにはドクではなく穴だらけになったキリアが転がっている。
「危うく死んでしまうところでしたよ」
飄々とした様子で話すドク。
「なにをっ、なにをしたぁあああ!」
半狂乱になったロレンスが勢いよくドクに切りかかる。
が、冷静さを失ったそこにまともな剣技はない。
「なにを、と言われましても、そんなに攻撃、を繰り出されては、話すのも難しいです――よっと」
振り回される攻撃はすべて紙一重で回避される。
隙をついたザグドルの攻撃さえも大きく躱し、ドクは離れた場所に着地する。
「簡単な話ですよ」
ドクはそう言って、さきほど自らに突き刺した黒い十字架を取り出す。
「これの効果は、自らが死んだとき近くにいた者の命を消費して生き返る。
大きすぎるデメリットのためあまり利用したくはありませんが、3人を2人に減らせたので良しとしましょう。
そのデメリットまで言うつもりはありませんが。
では、次なる余興を。
ロード、トランセンド」
息荒くドクを睨みつけているロレンスに向かって、ドクは魔法を放った。
ドクン――
ロレンスの身体に違和感が生じる。
「何をされた!?
ロレンス、何か身体に変化はないか!?」
「あれは特殊系の魔法だった。
バッドステータスはかかっていない」
「では、ステータスを確認してみてはいかがですか?」
「あいつ、何を言って……」
「!?」
ロレンスはステータスを確認すると、驚きから勢いよくドクを見てしまう。
「どうした、ロレンス?」
「勇者だって……?」
「何を言ってるんだ?」
「よかったですね。
これでアナタも勇者になれましたよ。
ついでにコレも。
ロード、オーバーグロウ」
驚きで動けなくなっているロレンスに、ドクは更に魔法を重ねて発動した。
「ぐっ……」
「どうした!」
「あとはおふたりでご自由に。
それでは。
ロード、ノン インターセプション」
スーッとドクの姿が薄れていく。
「おい、マナの動きも感じられないぞ。
どうなってるんだロレンス」
姿を隠してドクが攻撃をしてくる可能性は捨てきれないが、それよりもロレンスの様子が気になるザグドルはロレンスのもとへ駆け寄る。
「気配遮断というより、存在遮断の魔法、だろう。
どんな魔法を掛けられたか、ハァ……不明だが、レジストが効いていないところを見ると、バッドステータス系の魔法ではない。
しかし、先ほどから体内が熱い。
何か自分の身体におかしなところは見られないか……?」
「おかしなとこって言っても、外見に変化はなさそうだぞ。
他に気になることといえば、やつが姿を隠したのも気になるが、なんでロレンスが勇者なんてものになっちまってるかってことだ。
間違いないんだよな?」
「ああ、ステータス上の表記は間違ってはいない。
しかし勇者を任命できるのは王族だけという話のはずだ。
……なんだか力が湧いて仕方がないな」
「おいおい大丈夫かよ。
勇者になったというか、勇者にされた効果なんじゃねえか?
それより、勇者ってのは生まれ持っての勇者なんじゃなかったのか?」
「これは口が滑ったな。
まぁザグドルなら大丈夫だろう。
これは王族や上位貴族にしか知られていないが、勇者は異世界から召喚されているんだ。
その際に強力な魔法などが施されて彼らは人間の限界を超えて強くなれる。
そしてその後、王が勇者に任命する魔法を掛けることで彼らは晴れて勇者となる。
この世界の人間が勇者になれる可能性もなくはないが、成長には限界があるからね。
……おっと、これはマズイな」
ザグドルがロレンスを見ると、前身は震え、腕はパンパンに膨れ上がり、血管も多数浮いている。
まるで内側から膨れ上がる何かを無理やりに抑え込んでいるような状態だ。
「おいおい、ロレンス……どうしちまったんだ?」
異様なロレンスの状態にザグドルは後ずさる。
「ザグドル、早く自分から、ハ、離れロ……。
これ以上抑、オサえ切れナイ」
カタカタカタ――
音のしたほうを見ると、ロレンスの右腕が聖剣を振りぬこうとせんばかりに震えている。
それを左腕で必死で抑えるロレンス。
「冗談だろ……」
両目も限界まで見開き、眼球は人間のそれではない真紅に染まっている。
「あの魔人に何ヲさ、れたか分かラナい、が、これ以上ハだめだ。
ザグドルは応援、ヲ呼んで、クレ。
自分が自分でなくな、ル前に」
「お、お前はどうするんだよ……」
「さっきから身体が言うことを、聞かナイ。
すこ、しでも気を許せばこの身体は、ザグドル、さえも斬ろうとしている。
魔人もまだ倒しちゃ、いない。
だから、救援を呼んできテくれ。
ああクソ、だめだ、時間がない」
震える右腕を無理やりに動かし、ロレンスは聖剣の切っ先を自身に向ける。
「何してんだ!」
「被害を拡大させないためには、こうスるしか、ない。
自分の状態は、自分で、分カル。
じゃあなザグドル」
「おい、待てよ……」
そうしてロレンスは、自害することを選んだ。
はずだった。
「なにっ!?」
聖剣は、ロレンスに突き刺さる直前で何者かの白い腕によって阻まれていた。
その腕の生える先は――
「やはりそうなるか……」
限界を超えたのか、左腕だけでなくロレンスの全身のあちらこちらが人間のものではなくなっていく。
「逃、ゲろ……」
そう言われても、ザグドルは異形と化していくロレンスから目を離せないでいた。
ズグリズグリと白い肌が盛り上がり、ついにはロレンスだと認識できるものは何もなくなってしまった。
「ア゛、ア゛ア゛、ア゛……」
上を向き両腕をダランとした姿で立ち尽くす、さっきまでロレンスだった異形の何か。
カランと音を立てて聖剣が地面に転がる。
その音で正気に戻ったザグドルは、ようやくその場を動き出した。
「ア゛?」
それは動き出したザグドルを見て、すぐにそちらに飛び掛かった。
まるで獲物に飛びつく捕食者のように。
背後から迫る気配に、ザグドルはすべてを悟る。
「ロレンス……」
そして、それの凶刃がザグドルを切り裂いた。
「やはり理性を失ってしまいましたか。
人間だったころの能力を維持したまま魔人化させるには、何が足りないんでしょうか。
ねぇ?」
ドクは傍で呻きながら動かなくなっている白い魔人に向けて話しかけるが、それに対する反応はない。
「聖剣も何かに使えるかもしれませんし回収しておきましょうか。
……おや、4人ばかりここに入ってきたようですね。
こいつの性能チェックに丁度良いタイミングです」
ドクが聖剣を回収して体内に収めたと同時に、ドクの前にアカたち4人が到着した。
「お待ちしてましたよ。
生憎、楽しいショーは終演してしまいましたが」
ドクは、腕のない体で盛大に歓迎の意を示した。




