第51話 霧中
グレッグが周囲を探るというので、シロたちは彼の能力を確かめる意味でも彼に任せることにした。
「少し見ててくだせぇ。
ロード、エコー グラウンド」
グレッグが人差し指で地面をつつくと、そこから周囲一帯に波動が拡散し始めた。
トントンと地面を叩き、音の反跳から周辺の動向を探る。
「いくつか戦闘を行なっているチームがあるようで。
緊急連絡もないんで、雑魚の魔獣を狩りながら進んでいるようですなぁ。
あっしらの進む少し先にも10匹程度の固まった反応があるんで、勇者さん方頼んまさぁ」
そう言ってグレッグは森の奥を指差した。
「ようやく戦闘か。
周囲の警戒は引き続き頼んだ。
それにしても、誰かが警戒してくれてるだけでこうも安心感が違うんだな」
アカが待ってましたと言わんばかりに腕をグルングルンと回す。
「あっしにできるのはこれくらいなもんで」
「いや、生存率を上げるという意味ではグレッグは十分に働いてるぜ。
そんなに自分を卑下することもないと思うけどな」
「そう言ってもらえると助かりまさぁ」
言葉を交わしながら、4人はグレッグの指し示した方向へ歩みを進める。
しばらくすると木々の隙間から魔獣が群れをなしているのが確認できた。
アカは武器を構えながら他の3人を背後にしつつ前進する。
いつでも攻撃できるようにアオとシロも魔法陣を展開し始めている。
魔獣は4人の出現に気づき、体毛を逆立てながら威嚇と警戒を向けた。
「なぁ、魔獣って群れを作るもんなのか?」
「さぁ、どうなんでしょうねぇ。
群れごとマナに当てられて魔獣化するのか、魔獣化した一頭が他を魔獣化させるのか、あっしには見当もつきませんなぁ。
魔人が魔物の魔獣化に一役買ってるって話が有力みたいですがねぇ。
さて、あっしは姿を消しつつサポートさせてもらいますよ。
ロード、エリミネイト ボディオゥダー。
ロード、インビジブル」
急にグレッグの存在感が希薄化した。
「ははっ、すげぇな!
注意して見ないと分からないぜ」
グレッグの姿がボンヤリと見えづらくなっている。
「基本的には後衛のお二人の背後にいるんで、ご心配なく。
危なそうなら声をあげるんで。
あと増援なんかの警戒もしておきまさぁ」
「頼んだぞグレッグ。
おい、んじゃいっちょやるか。
一瞬で終わらせてやる。
シロ、アオ、いつものコンボで」
「ええ」
「うん」
二人の返事を確認すると、群れの中心に向かってアカが駆け出した。
それを見て魔獣がアカの周囲を囲むように散る。
「反応が早すぎる。
野生の群れとは思えねぇな」
アカは呟く。
展開した魔獣の数匹は、シロたち後衛に向けて駆け出している。
「ま、関係ねーけどよ。
ロード、ワイドレンジ プロヴォウク」
発動したのは、自身に敵意を集める魔法。
全ての魔獣の敵意がアカへ向けられる。
周囲魔獣に加え、シロたちに向かっていた魔獣の頭部が強制的にグリンとアカに向けられ、一瞬行動に隙が生じる。
その隙を逃すシロではない。
「ロード、ハンドレッド ホーリーランス」
魔獣たちの上空に光の槍が出現した。
それらはアカのいる場所のみを避けて無数に降り注ぐ。
「相変わらず見事なもんだぜ」
群れのボスと思われる一際大きな個体は即座にその場を脱出したが、その他の魔獣は全身を串刺しにされて動けなくなってしまった。
「しかし、俺に当たらないとは言え相変わらずヒヤヒヤするな。
これで群れのボス以外は行動不能だな、っと」
「ロード、ダイヤモンドダスト」
アカが後方に飛び退がったのを確認して、アオが魔法を発動した。
串刺しの魔獣が一瞬で氷の彫像に変化する。
アカの爪先ギリギリまでの範囲が白く染められている。
「ロード、エクスプロッシブ サウンド」
魔獣のいる一帯に爆音が生じ、彫像が粉々に砕け散った。
アカは魔獣のボスを警戒しつつその様子を見守り、全てを見届けると両耳に突っ込んでいた人差し指を引き抜いた。
「ああクソッ!
もうちょい離れとくべきだったな。
耳の奥がキーンとするぜ。
それにこの振動は心臓に悪りぃわ!」
アカは一瞬だけアオに抗議の視線を向ける。
アオはゴメンゴメンと言った素振りを見せている。
そしてすぐに視線を戻す。
「まぁいっか。
流れは完璧だ。
あとはヤツ1匹だけだな」
アカはグルルと威嚇してくるボスを見据えて、ニヤリと笑う。
「さぁ、仕上げだ」
「群れのボスも1匹だけなら大したことなかったな」
アカはバスタードソードについた魔獣の血を振り払いつつ3人の元へ戻ってきた。
「いやぁ、見事な連携であっしが出る幕もありませんでしたなぁ」
グレッグは薄れていた姿を徐々にはっきりさせつつ、3人に言葉を向けた。
「途中、周囲に問題はなかったかしら?」
「周囲も他のチームにも特にこれといった動きは無いようで。
このまま奥へ進みましょうか。
勇者さん方、疲労は問題ねぇですか?」
「ああ、特に問題はないぞ。
唯一気になったのはアオの攻撃範囲がギリギリ俺に重なりそうだったってことだな」
「それはゴメンって!
普段ならもっと大きく動いてたからいつもの感じでやっちゃったんだよ。
今度からは身をつけるよ」
「まぁ本気では気にしてねぇって!
連携は完璧だったしな。
この調子でどんどん進むぞ」
再び4人は歩を進める。
「霧が出てきたね。
かなり奥まで来たってことかな?」
アオが呟く。
途中数回の戦闘を挟みつつ、ここまで何ら苦戦することもなく4人はどんどんと森の奥まで進んでいる。
そのせいか、4人の心にはだいぶ余裕が出てきている。
「少し休憩を取るか。
みんな、いいよな?」
「あっしは勇者さん方ほど疲れてませんので、お任せしまさぁ」
「じゃあ休憩にするとしよう。
グレッグは周囲の確認を頼めるか?」
「任せてくだせぇ」
3人はグレッグに警戒を任せつつ腰を落ち着けた。
「グレッグがいると安心感が半端ねぇな。
俺は火属性しか使えないから、シロかアオ、ああいう魔法を覚えてくれよ」
「ボクも攻撃魔法ばっかりだからなぁ。
グレッグは自分であんまり役に立たないとか言ってるけど、かなり優秀だよ。
今使ってるのは地属性だし、姿を消すのは光属性でしょ。
あと地属性に加えて周囲の警戒に使ってる空気の振動とか、匂いを消す魔法も風属性じゃん。
1人であれだけできたら大したもんだよ」
「生きるには攻撃魔法とか回復魔法ばっかりじゃないってことね。
あとで教えてもらおうかしら」
3人が呑気に会話を続けられるのも、グレッグの存在があってのことだ。
「……!」
突如グレッグに動きが見られた。
「どうした、何かあったのか?」
アカがグレッグの変化を察知して声をかける。
グレッグがカバンから慌てて連絡用の魔道具を取り出す。
『緊急招集!
こちらAチーム! 魔人が出現した!』
「緊急連絡みたいで!
遠くで大規模な戦闘が確認できまさぁ」
「魔人っつってたな!
方角はどっちだ!?」
急な異変に、4人の先ほどまでの気楽さは抜けている。
魔道具には南東の方角が指し示されている。
しかしその点は突如消失した。
「は? どういうことだ!?」
「こればかりはあっしにも……。
魔道具が壊されたんですかねぇ」
「でも戦闘の起こっている方向はわかってるんだよな?」
「それはさっき確認したんで問題ねぇです」
「じゃあ急ぐぞ!
グレッグは周囲を確認しつつ着いてきてくれ!」
4人は再び装備を整え、急ぎその方角へ走り出した。
「待ってくだせぇ!」
「どうした、疲れたのかグレッグ?」
3人は走りを止めてグレッグに向き直る。
ハイペースで走っているため、グレッグはかなり息が上がっている。
「はぁ、はぁ。
いえ、違いまして。
探知魔法に反応がなくなってしまってまさぁ」
「まさか、やられちまったのか!?」
「それに他のチームの反応も全く……」
「どういうことだ?
とりあえず魔道具で呼びかけるぞ!」
アカがグレッグから奪い取るように魔道具を受け取り、魔道具に魔力を込めて声を発する。
「こちらBチーム。
Aチーム、何があった? 応答してくれ!
他のチームも状況報告を頼む!」
しかし、いくら待っても何の返事もやってこない。
「……全チームやられたってことはないよな?」
「反応が消える直前まで他の複数のチームは確認できてましたなぁ。
あっしらより遠くにいたチームの反応すらないなんておかしな話でさぁ……」
連絡が取れなくなった原因が分からず、4人は沈黙する。
「ところで、さっきまでこんなに霧が濃かったか?」
思いついたようにアカが呟いた。
「さぁ?
グレッグの言う通り南東方向に来てるから、ボクたちはむしろ森の奥には進んでないとおもうけどね」
アオも首を傾げている。
「しまった!
こいつはやられましたねぇ」
グレッグが唐突に声を荒げる。
「どういうこと?」
「これはただの霧なんかじゃねぇですよ。
こんなマナ多く含んだ霧なんて見たことがねぇ。
つまり……」
「何者かの魔法ってことか」
「その通りで」
「じゃあ、他のチームはやられたわけじゃないってことだよな」
「そこまでは分からねぇですが……」
ガサガサ──
突如、森の奥より何かが近づいてきている音が聞こえてきた。
4人は即座にその方向に警戒を向ける。
「何か来る。
全員、戦闘態勢を取ってくれ」
4人が動き、アカを前にした配置につく。
緊張が流れる。
ようやく暗がりからその何かが姿を現わした。
それは、腕のない身体に骸骨の頭部を持った異形。
「この霧はテメェの仕業か?」
まずはアカが第一声を切った。
「ワタシの名前はドク。
以後、お見知り置きを。
戦いやすい場を提供しよう思いましてね。
これなら邪魔が入りませんし、アナタ方も逃げられません。
先日あの程度の魔獣に苦戦していたアナタ方なら、増援が来ようともワタシ1人で余裕でしょうが」
カタカタと骸骨が揺れる。
「見てたんなら俺たちのことは知ってるよな。
分かりやすく北の森から魔獣を放ったのは、俺たちをおびき出すためか?」
「ええ、理解が早くて助かりますよ。
自分からおびき出したなどと言うのは、恥ずかしいですからね。
まんまと引っかかってくれて、王家の馬鹿さ加減には呆れを通り越して称賛を送りたいくらいですね」
魔人は嗤う。
「まぁ、以前の俺たちと思わないこったな。
テメェの名前は、テメェを倒した後にそんな奴がいたなぁって程度に覚えといてやるよ」
「おやおや、威勢がいいのは嫌いじゃありませんよ」
「その余裕も今のうちだぜ。
この間の魔獣を送ってきたやつだ。
みんな、油断せずに行くぞ」
ザン!
ドクが切り裂かれたと思うと、ゆらりとその姿は搔き消え、気づけばアカの真隣にドクが出現している。
即座にアカは距離をとるが、ドクは何もせずアカを見つめるだけだ。
「テメェ、どういうつもりだ!」
長期にわたり戦闘が続いているが、ドクは4人を相手取りながらも全ての攻撃をのらりくらりとかわし続けていた。
ヒットしたとしても、先ほどのようにまた別の場所からドクが現れる。
これが延々と繰り返されていた。
今のところドクから攻撃が来ていないとはいえ、流石に警戒を緩めるわけにはいかず、4人の顔には疲労がびったりと張り付いている。
「どういうつもりもなにも、見たままですよ。
力量の差を見せつけてアナタ方を絶望させ、じっくりと料理していこうとしているまでです。
流石にそろそろ色々とガタが来ているみたいですがね」
「んなわけあるかよ。
こちとらまだまだ余裕だぜ」
「その余裕もいつまで──」
「勇者さん方、分かりましたぜ!」
「おや?」
突如出現したグレッグにドクは話をやめ、視線を向ける。
「姿を消して何をしていたかと思えば、何がわかったんですかね」
「最初からやっていればよかったんだ。
地中から空の上まで魔法が届く範囲で調べたが、その範囲にねぇんでさぁ。生き物の反応が」
「じゃあコイツは一体なんなんだ!?」
アカはバスタードソードをドクに向けながら叫ぶ。
ドクは何もせず佇んでいる。
「その魔人が音を立てて近づいてきて、邪魔が入らない、逃がさないという言葉で騙されたんでさぁ。
あっしらはてっきり今いる霧の空間が脱出不能なもんだと思ってたが、実はそうじゃねぇ。
広範囲に霧が広がっちゃいるが、試しに通り抜けようとしたら外に出られた。
外から探知を行なっても、内側からやるのと同様に探知が妨害されているだけだった。
この霧は単なる魔法を遮断する障壁みたいなもんでさぁ。
つまりこの魔人の狙いは時間稼ぎ。
はなから戦うつもりなんかねぇんですよ」
グレッグの言葉に、ドクはカタカタと揺れる。
「いやはやご名答ですよ。
案外あっさりバレましたが、十分に足止めできましたよ。
ちょうどたった今、あちらでは面白いショーが繰り広げられているので急ぐといいですよ」
それだけ言うと、ドクの姿は消えた。
「くそ、まんまと騙されちまった!
ロレンスたちが危ねぇ!
グレッグ、方角は分かるな!?」
「付いてきてくだせぇ!」
グレッグの誘導に従って3人は駆け出した。
霧に突入するもそのまま進み続けると、グレッグの言った通り霧を抜けることが出来た。
「このまま直進すれば辿り着けるかと」
グレッグが進むべき方角を指し示している。
「よし、助かったグレッグ。
あとは俺たちの後ろに着いてきてくれ!」
4人は木々を縫いながら走り続ける。
疎らに現れる魔獣も、足を止めることなく屠りながら走る。
今この間にも、ロレンスたちが更なる危機に陥っているかもしれない。
そう思うと4人の足にも力が入る。
しばらく進むと霧が立ち込める一帯が見えてきた。
先程の経験から、ここにロレンスたちがいるのは間違いないだろう。
アカは迷わず霧の中へ突入する。
「みんな止まれ!」
前方には霧の薄く晴れた空間が広がっている。
その中心にはドクが待ち構えていた。
「お待ちしてましたよ。
生憎、楽しいショーは終演してしまいましたが」
今度はドクの方から声をかけてきた。
「ア゛……ア゛ァ…………ア゛……」
ドクの傍には、ドクとは対照的な純白の身体を持った何者かが呻きながら佇んでいる。
身体の至る所から突起を生やしたその姿は、明らかに人間のそれではない。
そして身体の至る所に返り血を浴びており、両腕からは血が滴っている。
彼らの背後には見覚えのある武器が転がっている。
ザグドルが使用していた武器で間違い無いだろう。
また周囲にはもはや人間とは言えない血に塗れた肉塊も至る所に散乱している。
ギリッ。
アカは血が出るほど強く下唇を噛んだ。
間に合わなかったことを悟り、不甲斐なさから自分で自分を殺したくなるほどに愚かさを悔いた。
たとえ足止めを受けずにここへやって来ていても間に合わなかったかもしれない。
それでも一つの可能性をふいにしてしまった。
目の前に広がる現状は変わらない。
「そいつがやったのか……?」
アカは白い魔人を睨みつけた。
アカの喉からは自身でも驚くほどの低い声が出た。
これまで様々な失敗を重ねて来たが、他人を死なせてしまったのは最初の魔人戦以来だ。
それ以来アカは自身を鍛え続け、そしてそこから誰も死なせていないことを自信に今日まで戦って来たが、その全てが崩れ去った。
よりにもよって、初めて守りきれなかったのが親しい人間だとは。
自分自身、そして魔人に対して怒りがふつふつと湧き上がる。
「見ての通りですよ。
間に合わず残念でしたね」
ドクはアカを挑発するが、意に介さずアカは白い魔人を睨みつけたままだ。
「ふむ、あまり面白みがないですね」
「シロ、あの状態からおっさんたちを生き返らせることはできるか?」
アカはシロを見ずに声だけを向ける。
「わ、分からないわ……」
いつもと違うアカの気迫に当てられて、シロはどもってしまう。
「分からない、か……。
できないとは言わないんだな。
それだけ聞けたら十分だ。
こいつらはここで消す。
みんな、手伝ってくれ」
アカは後方の3人が動き出したのを了解の合図と理解して、ゆっくりと武器を構える。
「ワタシは手出ししませんので、アナタは心ゆくまで戦ってください」
ドクが言うと、白い魔人がおぼつかない足取りで前に進み出た。
「ア゛……ア゛……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
白い魔人の咆哮を合図に、戦闘が開始された。




