第49話 仮初
「では報告をお願いします」
エリザの言葉を受けて、アオは先ほどの戦闘の概要を大まかに説明した。
現在彼らがいるのは王城の会議室。
同席しているのはエリザの隣にハインツ、そしてアオの隣にアカだ。
シロはまだ目を覚ましていないため、この会議に参加していない。
「なるほど、ありがとうございます。
アカ様は身体に不調などは見られませんか?」
「ギフトの影響で絶好調ってわけじゃないが、それを除けば何ら問題はないな。
腕もこの通り動くし、戦闘中に受けた傷は全て元通りだ」
アカは左腕を回したり、手のひらを開け閉めしながら話す。
「アカ、本当に覚えてないの?」
「ああ。武器を投擲したところまでは覚えてるが、それ以降はさっぱりだ。
気づいたらベッドで寝かされてたな。
実際に死んでたってんだから驚きだよな」
アカは軽い調子で答える。
「本当に身体には問題がないようですね、安心しました。流石はシロ様のギフトです。
死の淵から呼び戻しただけでなく、あらゆる外傷を回復するとは驚きです。
ただそれだけに、シロ様にどのような副作用が出ているかは分かりません。
意識を失う程度で済めば良いのですが……。
ひとまず、自らの命を犠牲にして他者を蘇らせるという効果ではなかったのが救いです」
「あ、そうだ。
アカの腕は見つかったんですか?」
「そうでした。
腕の落ちていたと言われた付近を捜索しましたが、何も見当たりませんでした。
シロ様のギフトは傷を回復させるというより、元の状態に戻す効果があるようですね」
「腕だけ置いてきちゃったと思ってたので安心しました」
「俺も腕がちぎれた時は想像を絶する痛みだったから、今後はあんなことがないようにしたいな。
そういやこれを聞いてなかったな。
アオ、どんな魔法を使ったんだ?
もう少し早く準備が整うとありがたかったんだがな」
「それはごめん……。
とにかく強い魔法を選んだらすごい時間が掛かっちゃったんだ。
使った魔法は書庫にあった本で見かけた『アルカ・へスト』って魔法なんだけど、使ってみたら凄まじい効果でびっくりしたね。
一瞬で地面も建物も含めて消し去っちゃうんだから」
「まさか!」
急に大声をあげてエリザが立ち上がる。
「ど、どうなさいましたか?」
ハインツも王女の急変に焦りを見せる。
「アオ様、どちらでその魔法を……?」
「え、えっと、書庫の奥で大きくて厚い外装の本があって、その中にまた小さな本が入ってたから開いてみたら魔法陣が書いてあったんだ。
あれ、ダメだった?」
「いえ、結果的に魔獣を倒すことに成功したので大丈夫ですが、多用は避けてください。
過去に使用者もろとも消し去ってしまった事例があったためその本は禁忌の棚にしまってあるはずですが、なぜそのようなところに……。
あの魔法は判断を誤れば味方もろとも消し去ってしまう諸刃の剣です。
それに激しい頭痛が起こるなど、身体への影響も多いと聞きます」
「たしかに立ってられないくらいの頭痛に見舞われました」
「今後も使用し続ければ、身体にどんな甚大な被害が起こるか分かりません。
現在のレベルに見合った魔法の使用をお勧めします。
どうしても困難な戦いであれば逃げることも考えてください。
あなた方を失ってしまっては元も子もありませんので」
「わかりました、気をつけます。
そんな危ない魔法だったとは……」
「魔法のことはひとまず置いておきましょう。
問題は魔獣が現れた経緯ですね。
今まで魔獣が王国の周囲で度々目撃されることはありましたが、王国内に侵入してくることはほとんどありませんでした。
侵入してきても兵士たちにより討伐されてましたし、それ以前にハンターたちが王国の外の魔獣を狩ってくれていましたので」
「それならあんな数が来るはずないもんな」
「そうです。今回魔獣は群れで一直線に王国を目指すように動いていました。
そのため魔人による操作があったと考えられます。
恐らく何かしらの目的があって魔人が襲撃してきているのだと思われますが、敵が北門の一箇所からしか攻めてきていないことが疑問です。
王都を攻め落としたいのならもっと違う方法があったと思いますし」
「確かにな。
でも単純に俺たちを殺そうとしていただけかもしれないな。
まずは集団戦で消耗させて、そこを叩いてきただけにも感じたし。
運が悪けりゃ 全員殺されていたわけだしな。
あとは混乱に乗じて魔人が王都に侵入しているとか、俺が思いつくのはそんなとことだな」
「魔人の侵入はまず無いでしょう。
実は王国の周囲には魔人の侵入を察知し、さらには魔人を弱体化させる効果のある防衛障壁があります。
これは王国全土を球場に覆うように張り巡らされています。
侵入があれば即座に捕捉できますし、弱体化の影響で魔人といえどひとたまりもありません。
少なくとも私が生まれてからこの防衛網が機能したことはありません」
「へぇ、そんなにすごいものがあるんですね。
それって魔獣に対しては機能しないんですか?」
「弱い魔獣に対しては効果はありません。
そして恐らく、今日も防衛障壁が反応していなかったことから、今回の魔獣は弱い部類なのでしょう」
「まじかよ……あんな苦戦したのに。
今までダンジョンとかで戦ってきた魔人よりもはるかに強かったぞ。
ってことは今まで会った魔人は、魔人の中でも低位ってことになるな。
ヤベェな、もっと鍛えないとダメだぞ……」
「アカ様の言う通り、恐らくそういうことになりますね」
「防衛障壁が壊されてしまったら、魔人が攻めてきた時に為すすべもないんじゃ……?
今回の襲撃でその障壁を壊しにきてるんじゃないですか?」
「それも問題はありません。
王国の防衛障壁は単一の魔道具ではなく、複数の魔道具の効果を組み合わせて形成されています。
たとえ障壁に穴を開けるような手段があっても即座に修復される機構が備わってますし、その穴から侵入があっても魔人は弱体化してしまうだけです。
同時に全てを破壊でもされない限りは効果は永続です」
「それなら安心だな。
だが、今後も魔人が魔獣を使って攻めてくるかもしれない。今後出てくる敵が全てあのレベルだと仮定して動くべきだな」
「その通りです。
さらに言えば、防衛障壁を破壊しようとすれば王国への侵入が必須ですし、侵入をしたらしたで弱体化の効果を受けて全てを破壊することなど到底できません。
そのため王国は魔獣さえどうにかできれば安泰なのです。
勇者様方には、今回のレベルの魔獣であれば容易に屠れる程度の力はつけていただかないといけませんね」
「強くなった気でいたが、現実はそうじゃなかった。まだまだやることは多いんだな」
「シロが起きたらまた特訓を続けないとね」
「今後はさらに訓練の強度を上げていきます。
ダンジョン破壊や魔人との戦闘も多くなっていくと思いますので、覚悟していてください」
「ああ、了解だ。
しかし今日、街の兵士の戦いを見ててあまりに不十分だと感じたんだが、どうなんだ?
そいつらの練度を上げることもやっておいた方がいいんじゃないか?
俺たちもいずれは中央大陸へ行かないといけないわけだし、俺らがいなくなった途端にまた凶悪な魔獣なり魔人が攻めてきたらどうしようもないぞ」
「確かにその通りです。
王国は魔人の襲来を最も受けにくい場所に存在しているので十分な訓練が行えていないことは認めます。
王都の外の防衛もハンター頼りなところもあります」
「なんなら、俺たちが見てやってもいいぞ」
「アカ、どういうこと?」
「今回の戦闘で、レベルを上げただけでは不十分に感じたんだ。
俺は今、強くなることに少し行き詰まってるから、他人に戦いを教えることで何か見えてくるんじゃないかと思ってな。
これならウィンウィンの関係だろ?」
「そういう意図でしたか、分かりました。
今後はそういったことも含めて、勇者様方の訓練に勤しんで参りましょう」
アカの何気ない発言により大規模な軍事訓練が始まった。
ハンターたちも巻き込み、最弱と言われ続けていた王国も対魔人の防備を強固なものとしていくこととなる。
そして軍事訓練が始まって早くも1週間が経過しようとしていたが、この間シロが目を覚ますことはなかった。
「ここはどこだろ……」
シロはどこまでも広がる白い空間にいた。
「えっと、私は確かさっき……」
覚えているのは、なんとか魔獣に勝利して、アカが命を落として、それからえっとなんだっけ。
「……そうだわ、ギフトを使ったのよ!
それがどうしてこんなところにいるんだろ?
たぶん王城の中でもないよね。
こんなところに来た記憶はないし、それに出口がどこにあるかも分からないわ。
私がシロって呼ばれてるから、真っ白い空間とか?
なーんてね、そんな訳──」
「そのような訳なかろう」
「ひゃああ!?」
急に後ろから声が聞こえて、シロは驚きで飛び上がった。
シロは即座に後ろを確認しながらその何者かから離れる。
そこにいたのは無精髭の男性。
日本古来の服装をしている。
「えっと、おじさんは誰……ですか?」
「さてな……。
どうにも呼ばれたような気がしたのでやってきたまでだ。
名前も忘れてしまって久しい。
して、貴様こそ何者だ?」
自分は答えないのに聞いてくるの?
素直に答えていいものかどうか……。
まぁいいか。
「私は白石メグミって言います。
みんなにはシロって呼ばれてます。
勇者として地球から召喚されて、今は魔王を倒すために特訓中です」
こんなものでいいかな?
「勇者、召喚、魔王……」
何やらブツブツ呟いている。
このおじさん、大丈夫かな……?
しばらく謎の時間が続いた後、男は口を開いた。
「……我は勇者として日ノ本より召喚され、魔王と呼ばれる者を討伐した、はずだ」
「はず?」
「記憶が朧げだ。
だが一つ確実に思い出したことがある。
同様の状況に陥ったことがあるのでな。
貴様、『蘇生』が使えるな?」
「蘇生って……あ、リザレクションのことか。
はい。それを使ったら、気づいたらここにいました。
それと何か関係があるんですか?」
「我も味方の死に対して『蘇生』を使用した直後、このような空間にやってきたのを覚えている。
そして先代より忠告を受けたのだ」
「先代? それに忠告ってなんですか?」
「なるほど、これが我のすべきことか……」
自分の世界に入っちゃってるし。
「えっと、なんですか?」
「いや、気にするな。
兎に角貴様は今後ここに来ることはない。
心して聞け」
何なんだろう、この人は。
「はい、聞きます」
とりあえず、先人の知識は重要って言うし、聞いたほうがいいよね。
「今後、『蘇生』を多用するな」
「……? 多用って、主にどれくらいの頻度ですか?」
「それは分からぬ。
ただ、使い続ければいずれ限界がくる。
我が魔王を倒すためには『蘇生』の使用が必須であった。
味方もいない戦場で戦い続けるにはそれしかなかったのだ。
使用するほどに激しい苦痛に苛まれ、それでも戦い続けた」
訳がわからない。
「味方もいないのに『蘇生』を使うってどういうことですか?」
「何を言って──なるほど、これは知らぬのか。
『蘇生』は自らに対しても有効だ。
そしてこの妙技、使うほどに強さの上限が上がっていく」
え、死んでも生き返れるの?
「使えば使うほど強くなれるのなら、使った方がいいんじゃないですか?
魔王を倒すためなら、苦痛を受けるのも仕方ないと思いますが」
「貴様は他者のために苦痛をものともしない気質か。
我も多少なりとそうであったが、これも仕方のない運命なのか。
しかし言っておく。最終的には必ず限界がくる。
記憶が曖昧だが、貴様が召喚されているということは恐らく我は魔王を討伐することに成功したのであろう。
しかし我は限界を迎えた。
限界を越えれば戻れなくなる。
見たところ貴様は若い。
若い命を積極的に散らすべきではない」
男の眼は真剣そのものだ。
恐らく嘘はない。
「戻れない?死ぬってこと?
ひとまず忠告ありがとうございます。
でもみんなを守れるなら、私は苦痛なんて気になりません。
この言いつけを最後まで守れるかは分かりません。
だから、先に謝っておきます。ごめんなさい」
「貴様がそう思うのであれば止めはしない。
限界を迎えることなく無事に役目を終えれば良い。
少なくとも忠告はしたからな」
「ありがとうございます。
えっと1つ聞きたいことがあったんですけど、自分の世界に帰る方法ってご存知ではないですか?
魔王を倒せば帰してもらえるって話で、私たち勇者は仕方ないんですけど、一緒に巻き込まれた友人だけは元の世界に無事に返したいなって思うんです」
「帰る方法など知る由もないな。
我らの役目は魔王を倒すことで完結している。
世界を救って死ぬのであれば本望であろう。
……というのは我の考えだな。貴様は若い。
帰ることができるのであれば帰った方が良かろう。
ところで、私たちだとか友人だとか言っていたが、貴様は1人で召喚されたわけではないのか?」
「え……。
さっき味方の死って言ってましたけど、まさか勇者はおじさん1人とか言わないですよね……?」
「召喚されたのはもちろん我1人だ。
味方と言っていたのは、道中で仲間になった者たちだ。
複数人も勇者が召喚されるとは恵まれているな。
それであれば魔王を倒すことも容易であろう。
勇者は貴様1人だと思って忠告していたが、杞憂であったか。
貴様以外にも勇者がいるのであれば、貴様が限界を迎えるほど戦わなくても良いかもしれんな」
ってことは、最終的にはこのおじさん1人で魔王を倒したってこと?
すごすぎでしょ……。
「今回は合計で7人の勇者が召喚されています。
他の勇者も、『蘇生』じゃないですけど同じようなギフトを授かってて、それらも限界がくるんでしょうか?」
「7人とはな、驚きだ。
そしてこのような妙技を"ぎふと"と呼ぶのか。
なにぶん我は1人であったために、そこまでは分からぬ。だが貴様の仲間も我ら同様に限界があるはずだ。
推測だがな」
「そうですか、分かりました。
そうだ、ギフトを使ったら皆こんな空間にやってくるんですか?
私の仲間からは、ギフトを使ってこんな所に来たって話は聞いたことないんですよ。
というか、ここってどこですか?」
「矢継ぎ早だな。
ここは恐らく精神世界のようなものであろう。
誰しもがこのような場所にやってくるかは分からぬ。
ただ言えるのは、我は貴様に忠告するために呼ばれたということだ。
貴様を心配してではなく、必要にかられてやってきたこと、これをしっかりと理解しろ」
「えっと、よく分からないけど一応は理解しました。
他に何か私に伝えられることってありますか?」
「ここまで話したことで全てだ。
あとは好きに帰るが良い」
「帰るってどこからですか?
って、あれ? いつの間にかこんな所に扉が……」
シロが質問を投げかけようとしたその時には、ポツリと扉が出現していた。
「ここから出られる。
そうすれば現実でも目覚めるであろう」
「よかった。
色々教えてくれてありがとうございます。
おじさんが一度は救ったこの世界、私も守り切ってみせます。
じゃあ、またどこかで会えたらいいですね!」
「……」
「えっと、私何か変なこと言いました?」
「いや、気にするな。
早く戻るがいい。現実では結構な時間が経過しているようだからな」
「え、まじ!?
やばいじゃん、早く行かないと!
じゃあ、今度こそ帰ります。 さよなら!」
そう言うと、シロは急いで扉に飛び込んでいった。
シロの脱出と同時に扉も失われ、また空間が白一色になる。
「また会えたら、か……。おかしなこと言う娘だ」
男はわらう。
それは笑っているのか、それとも嗤っているのか。
「あのような若者まで引っ張りださねばならんとは、世界はひどく消耗しているとみえる。
我は伝えられることは伝えたが、果たして我の真意を理解できたのだろうか」
男は自分の話した内容を思い出しながら暫く思惑に耽る。
そして重要なキーワードだけは残すことができていたことを再確認した。
「しかし難儀なものだ。このような方法をとってもなお、全てを伝えてはならんとは。
たしかに解は自身で見つけださねばならぬものだが、多少の融通をきかせてくれても良いだろうに。
ひどく歪で不均衡な成り立ちをしているにもかかわらず、何かと均衡を重んじる世界だな」
均衡。
それがこの世界で最も重要視される要素。
実は、男はシロとの会話の途中で全てを思い出していた。
ただ、それでも伝えられることは限られていた。
「さて、我も役目は果たした。
そろそろ消える頃合いか」
ふと、男の頭にシロの言葉が蘇る。
『おじさんが一度は救ったこの世界、私も守り切ってみせます』
「どこまでも直向きな娘だ。
若くして何故あのように他己中心になれるのか」
男は一呼吸置いて続ける。
「我が救った世界、か……。
娘よ、貴様は少し間違っているぞ。
我が救った世界。そして、我が壊した世界。
我と同じ悲劇が繰り返されないことを願おう」
言ってすぐ、男は自身の言葉に耳を疑う。
「ふっ……。
まさか我が死してから何かを願おうとはな」
自嘲気味に言うと、男は歩き出した。
徐々にその姿が薄れていく。
男はシロには伝えられなかった自身の最期を思い出していた。
魔王を倒した時のことを。
人でなくなった時のことを。
そして白い空間とともに、男は消えていった。




