第48話 窮地
アカが動き出すと同時にアオは戦闘準備に入る。
「《魔力吸収》!」
アオの身体が金色に包まれ、大気中の魔力が急激にアオの身体に流れ込む。
これが周囲のマナを強制的に奪い取り我が物とするアオのギフト。
これにより先ほどの戦闘で消費したマナを急速に回復するとともに、MP最大値以上のマナを必要とする魔法を発動することが可能になった。
「ロード!」
アオが狙うのは──
アカはシロとアオの前から瞬時に魔獣の元に移動すると、その前脚を切り落とすべく水平にバスタードソードを振るう。
しかし、空を切る。
「なっ!?」
振りかぶった時にはすでに魔獣は後方に飛び上がりつつ、アカに向かって口から火球を吐いていた。
そしてすぐに着地する。
「火まで吹けるのかよ!」
アカは躱した後のリスクまでフルシュミレートし、敢えて前方に出る選択を取った。
火球がアカの頭の上スレスレを通過し、後方が爆ぜた。
アカは爆風で思わず前方に倒れこみそうになるがそれを耐え、その踏み込みから魔獣に再度突撃する。
魔獣はアカが後方へ避けることを想定して追撃を狙って前方に体重を預ける態勢だったため、予想外のアカの行動に一瞬逡巡を見せて硬直した。
アカはそれを逃さず、攻撃を繰り出す。
今回は魔獣の回避方向が容易に予測できたため、確実にダメージを与える斜め上への角度で一閃を放った。
案の定、魔獣はアカを飛び越える形で回避行動に移ったため、切断とはいかないまでも魔獣の後ろ足を深く切りつけた。
魔獣はダメージにより回避後の着地がうまくいかず地面に転がる。
「ホーリージャベリン!」
シロはそこに追撃を放つ。
魔獣は即座に起き上がると、サイドステップを繰り返してシロの攻撃の全てを紙一重で回避する。
そこへさらにアカが斬りかかるが、今度は余裕を持って大きく後方へ回避される。
「くそ、後脚の傷なんて関係ないような動きだな」
「グルル……」
攻撃を受けたためか、アカ以外は目に入っていないかのようにアカを睨みつけて唸っている。
「まずは俺からってか?
それならそれで好都合だが、シロの攻撃はあまり効かないみたいだしアオ頼りってとこか。
俺が押し切れたらいいんだけどな……」
アカが魔獣の行動を待っていると、魔獣は天高く飛び上がり、上空10メートルほどのところで羽ばたいて停滞した。
「何をする気だ!?」
そんな動揺するアカの様子を嘲笑うように、魔獣は上空から火球を連射し始めた。
「有利な位置から一方的かよ!」
その攻撃の多さにアカは回避行動を余儀なくされる。
着弾した火球により石畳が抉られて平らな地面の範囲が徐々に狭くなっていき、アカが回避行動を取りにくい地形が形成されていく。
また爆発による破片も少しずつアカの身体を傷つける。
「クッソ、このままじゃジリ貧だ!」
アカは魔獣に向かって憤りをぶつけながら回避し続ける。
アカは回避しながらも次の手を模索する。
魔法ではなく口から火球を吐いているためそのエネルギーには限界があると思われるが、一向に攻撃がやむ気配がない。
そして限界突破した動きにも完璧に追いつくほどの速度で攻撃が繰り出され続けている。
アカはシロたちに攻撃が向かないようにも立ち回っているので、なかなか次の一手を考える時間が与えられない。
アオは魔法発動の準備をしているため、シロはアオを守ることとアカに回復を飛ばすこともしなければならず、攻撃に割く時間があまりない。
そのような状況のため、魔獣は優雅に攻撃をし続けられている。
また攻撃もアカを狙ったものばかりではなく、行動を阻害するように周囲の家屋にも火球をぶつけて破片をばら撒いてきている。
魔獣は確実にアカのスタミナ切れ、ないしは攻撃できる隙を狙ってきている。
一瞬でも立ち止まったりすれば格好の的だ。
シロによる回復魔法が定期的に届いてはいるが、回復できるのは外傷だけだ。
確実にスタミナは削られ続けている。
せめてもの救いはアカ以外に攻撃が降ってこないこと。
回避を続けながらそんな風に思考していると、急に攻撃の矛先がシロとアオに向けられた。
火球が連続して放たれる。
「えっ?」
思わぬ攻撃に、シロは一瞬思考が停止する。
「シロ!」
アカも急いで迎撃に走り出すが、どう考えても間に合う距離ではない。
「──ッロード! セイントシールド!」
シロはなんとか思考を持ち直し、魔法の発動が間に合った。
火球が触れるギリギリでシロの前に光の盾が出現し、火球の軌道が逸れて後方の着弾した。
その光景を見て、アカはホッとして魔獣から気をそらしてしまった。
これが魔獣の狙い。
そんな隙を逃すはずもない。
「アカ!」
アカはシロの声にハッとして後ろも確認せずに回避行動に移ろうとしたが、目前にまで迫った魔獣による降下しながらの攻撃を完全に回避するにまでには至らなかった。
そして──アカの左腕が宙を舞った。
そんな勇者と魔獣の戦闘を見守る魔人。
「おやおや、勇者たちが劣勢ですねぇ。
もう少し獣らしく戦ってくれてもいいと思うんですが、ちょっと知性を与えすぎましたかね。
あの作品を作っている時には何も考えずにアレコレ能力を付加したりしましたが、強くしすぎましたね。
このままでは勇者が負けてしま──って、あらら。
腕まで飛ばされては、あのタンクはもうダメそうですね。
このまま終わってしまった場合は死体だけでも回収して帰りますか」
言葉尻に残念なニュアンスを残しながら魔人は降下を開始する。
しかし唐突に立ち止まる。
「おっとそうでした、この状態のまま王国に入ってしまうと探知に引っかかってしまいますね。
危ないところでした。
今のところ王国には魔人は侵入していないことになっていますからね。
魔獣騒ぎ程度なら王国もそこまで警戒はしませんが、最終的な計画のためには念には念を入れておかないと後々面倒なことになりかねません」
すると、魔人は壮年の男性に姿を変えた。
「これで良いでしょう。
こうすれば王国に侵入できるとはいえ、全ての能力を人間レベルにまで下げないといけないのが面倒ですね」
そう言って外壁の上に降り立つ。
「おっとと。
この程度の高さでも人間には厳しいですか。
人間とは難儀な身体ですね」
本来なら外壁の上にも衛兵が待機しているが、この騒ぎのため全てが出払ってしまっている。
これにより魔人は誰にも見つかることなく戦闘現場へと向かうのであった。
左腕を失い脇腹を大きく裂かれたアカが血を撒き散らしながら石畳の上を転がり、民家に激突して停止する。
「ぐぁあああああああああ!」
あまりの痛みにアカは大声で叫ぶ。
魔獣はそんなアカにトドメを刺すべく、すでに走り出していた。
「アカ!」
脇目も振らずシロもアカの元へ走り出した。
「ロード、セイント シールド!」
魔獣の爪がアカに届く寸前に光の盾がアカを守り、魔獣の攻撃を弾くことに成功した。
魔獣は一瞬だけシロに顔を向けて火球を吐くと、上空に舞い上がった。
「ぎゃぁああ!」
回避しきれず、シロは腹に火球の直撃を受けて吹き飛ばされてアオの近くに転がった。
今まさに攻撃されそうになっているアカと、腹を焼かれて近くで呻いているシロの姿にどうすればいいか分からず、アオはパニックに陥った。
しかしこのタイミングで魔法発動のためのマナの充填が完了した。
魔獣は光の盾の上からアカを叩き潰すと言わんばかりに降下を開始している。
アオはパニックになった頭で、攻撃しなければならないという思考だけをなんとか絞り出した。
これを当てなければ、アカが死ぬ。
そしてその後、自分たちも殺される。
パニックに恐怖がミックスされて、アオは全身が震える。
なかなか照準が定まらない。
こうしている間にも、魔獣はアカに迫っている。
「だめだ、間に合わな──」
──ヒュン!
「グギャッ!」
アオがハッとして魔獣を見ると、魔獣の右眼のあたりにバスタードソードが深々と突き刺さっていた。
「アオ、やっ……ちまえ!」
アカは魔獣の攻撃を受けてもバスタードソードは手放していなかったのだ。
そして最後の力を振り絞って投擲。
魔獣は視界を潰されたためアカを攻撃できぬまま地面に叩きつけられ、離れた位置に転がった。
しかし魔獣はよろめきながらも起き上がり、なおもアカを攻撃しよう動き出している。
せっかくアカが作ってくれたチャンスをふいにはできない。
今しかない。
「アルカ・へスト!」
アオは魔獣にしっかりと狙いを定め、魔法を発動した。
魔獣の動きがピタリと止まる。
アオはこの魔法の効果を知らない。
王城の書庫でたまたま見つけた古書に記載されていた魔法を記憶していただけだ。
知っていたのは魔法名と莫大なマナ消費があること、そしてこの魔法が禁忌に属する水魔法ということだけ。
今回この魔法を選択したのは、自分のギフトの効果を知った時にこれは使えるかもしれないと思ったことと、生半可な魔法では倒しきれないと考えたためだ。
アオにとってこれは謂わば賭けだった。
禁忌である以上、何かしらのリスクを負ってしまうかもしれない。
しかしそれ以上にこの状況をなんとかしなければならない。
禁忌であるからには、それ相応の効果があるはずだ。
アオは心の中で祈る。
アオの手から、何かしらの目に見える魔法が放出された気配はない。
しかし魔獣は動きを止めている。
一瞬何もない時間が流れる。
アオが怪訝に思っていると、魔獣が唐突にブルリと震えた。
バシャッ!
突如水音がなったかと思うと、魔獣を中心として直径10メートルほどが地面や周囲の家屋も含めてポッカリと消え去った。
発動したのは、全てを溶かして水にしてしまう魔法。
対象が有機物であっても無機物であっても、そこに存在する全てを水にして消し去る魔法。
「は?」
アオは拍子抜けした声を出すが、それに応えてくれる者はいない。
「そ、そうだっ!」
アオは思い出したようにシロに駆け寄る。
「シロ、大丈夫? しっかりして!
早くしないとアカが死んじゃう!」
その声にシロがハッと目を覚ます。
どうやら痛みで気を失っていたようだ。
シロは目が醒めると同時に腹部の痛みから苦悶の表情を呈する。
しかしそれ以上にアカが心配のため、呻きながらもなんとか立ち上がった。
アオはシロを支えながらアカの元へ走る。
なんとかアカの元へ辿り着くと、目を閉じたアカの姿と、その周囲に夥しい量の血液が広がっている。
「シロ! 早くしないと死んじゃう!」
「わ、わかってるわよ!ロード、ハイネスヒール!
ねぇアカ、目を開けて! 死んじゃダメだからね!」
その声を受けてアカが少しだけ目を開けた。
「ああ……お前たち……か……。
魔獣は、ど……うなったん、だ……?」
「なんとかボクの魔法で退治したよ!
あとはアカを治癒させたらお城に帰ってゆっくり休もう!絶対に目を閉じちゃダメだよ!」
この間にもシロは絶えず回復魔法を重ねがけしているが、一向に出血が治まる気配はない。
「そんなこと……言われたってなぁ……。
こんな夜中じゃ何も……見え、ねーよ……」
「何言ってんだよ、まだ昼間じゃないか!
しっかりしてよアカ!
シロも早くなんとかしてあげてよ!」
焦っているためか、アオはシロに対してなかなか治癒しないことに対する憤りをぶつける。
「ずっとやってるわよ!
回復魔法も何重にもかけ続けてる!
でも全然血が止まらないのよ!!!」
シロも半狂乱になりながら叫ぶ。
「ねぇアカ、今助けを呼んでくるから絶対に寝ちゃダメだよ!絶対助かるから!ねえ、聞いてる!?
寝たらダメって言ってるんだから、返事だけして!
絶えず返事だけしてくれてたらいいから!ねえ!」
アオの言葉に、アカは何の反応の示さなくなっていた。
「そんな……」
シロは何かを察したのか、両手で自らの口元を覆う。
「ねえ、返事してよ!
まだまだやりたいことあるって言ってたでしょ!?
強くなったってクロに自慢してやるって言ってたじゃないか!こんなところで倒れてどうするんだよ!
ねえ、返事してよおおおおお!」
アオはアカに覆いかぶさりながら叫び声をあげた。
しかしアカはピクリとも動かない。
「う……うぅ……。
こんな、こんなことって……」
アオはその体勢のまま泣き崩れた。
シロは言葉も出ないのか、放心状態で停止している。
それからどれくらいの時間が経ったのか。
「……そうよ」
シロが上を向いたままポツリと漏らした。
アオは耳だけをシロに傾ける。
「そうよ、そうだわ!
アオ、そこを退きなさい!」
シロが突然動き出したかと思うと、アカからアオをひっぺがした。
血だまりからアオが勢いよく追い出される。
「いきなり何するんだよ!
一体どうしたっていうんだ!?」
「私のギフトがあるじゃない!
今から使うからそこにいなさい!」
「それって……!
人を生き返すなんて何が起こるかわからないから、なるべく使わないようにって王女様に言われてたじゃないか!」
「そんなこと知らないわよ!
今が使いどきよ。 いいえ、今しかないわ!
アオ、私が死んじゃったらあとはよろしくね。
魔王を倒せって言われても正直パッとしなかったけど、クロだけは守ってあげてね。
生きてたらまた後で!」
「待ってよ! いきなりそんなこと言われても」
「《蘇生》」
有無を言わさず、シロはギフトを発動した。
アカとシロが金色の光に包まれ、まず先に光を失ったシロが糸の切れた人形のように地面に倒れた。
アカはなおも金色の光に包まれている。
「こ、これって……!」
光の中でアカの身体がめまぐるしいスピードで修復されていく。
傷が治るというよりは、全てが巻き戻されているような光景だ。
失った腕も、腹の傷も元どおりになろうとしている。
時間としてはものの数秒でアカの身体は完全な状態に修復され、そして光を失った。
アオはすぐさまアカに駆け寄ってアカの口元に耳を近づける。
「い、息してる!
すごい、こんな奇跡が起こるなんて!」
そしてシロにも駆け寄って同様の確認を行う。
「よかった、シロも息をしてる……。
はぁ、いきなり死んだらとか言うからびっくりしちゃったよ。
でも魔獣も倒せたし、みんな生きてるから結果オーライかな。早く誰かを呼ばないと!」
立ち上がり、救援を呼びに走り出そうとしたそ時、
ズキン──
「ぐっ……」
急な頭痛によろめき、アオ思わず近くの壁に手をつく。
「あ、頭がっ!」
しばらく頭痛に苛まれて苦しんだが、数分もすれば次第に収まってきた。
「はぁ……!
一体この頭痛は何だったんだ……?
というか、早く誰かを呼びに行かないと!」
丁度というか、やっというか、タイミングよく街の衛兵たちがやってきた。
「勇者様方、大丈夫ですか!?」
戦闘は収まったものの、あたりが破壊尽くされたため衛兵たちはなかなかやってこれなかったようだ。
「うん、魔獣も倒したしみんな生きてるよ。
2人はちょっと疲れて寝ちゃってるから、お城に連絡して迎えを寄越すように言ってもらえるかな?」
こう言った方が、いらぬ噂を立てられずに済むだろう。
「畏まりました!」
衛兵の中で1番上と思しき男が指示を出すと、数人の衛兵が走り去っていった。
残った人員で傷の手当てなどを行ってくれる。
「危ないのにわざわざ来てくれてありがとう。
街の人たちの避難も頑張ってくれて助かったよ」
「いえ、我々はすべきことをこなしただけです!
勇者様方こそ、あのような凶悪な魔獣を倒していただき感謝しております。
なんとか1人の犠牲も出さずに済みましたので!」
衛兵は勇者からの労いの言葉に誇らしげに答える。
しばらくすると迎えの馬車がやってきたようで、瓦礫で入ってこれないためアオは歩いて向かう。
アカとシロも衛兵たちに担架で運ばれていった。
そんな様子を、人間に変化した魔人が見つめる。
「まさかアレに勝ってしまうとは思いもよらなかったですね。それならワタシの計画も滞りなく行えるということで問題ないですね。
しかし今回の収穫は大きかったですね。
まさか死者を蘇らせるとは。
結果的には新型を投入して正解でした。
そして青髪の少年もいい感じに使えそうです。
いやはや、今後が楽しみだ」
壮年の男性、もとい魔人はルンルン気分で現場を後にするのだった。




