第26話 雨粒
ちょっとグロあり。
帝国への旅2日目──
今日はあいにくの雨だ。
馬車の中にいる限りは特に被害を受けることはないが、あまり景色を楽しめないのは残念だ。
この世界は自然が豊富に存在しており、日本のように建物が立ち並んでいるなんてことはなく、遥か遠くまで色々なものを見ることができる。
都会じゃ味わえない感覚に、この風景だけでもクロを興奮させてくれる。
こういう風にすぐ近くに未知が広がっているのは、なんとも好奇心を誘うよなぁ。
天気もよくて、常に視界にピエロがいなければもっと最高なんだが。
馬車の中では特に何をするということは決まっていないが、雨ということもあってソフィアラは水魔法の特訓をしている。
今までは魔法で水を生み出すことばかりだったが、現在行なっているのは周囲の水蒸気をコントロールする練習だ。
自分で生み出した水分ではないのでなかなかコントロールできないらしく、四苦八苦している。
水に適性のあるソフィアラでそれなのだから、俺なんて到底無理な作業だろう。
俺も試しにやってみるが、予想通りだった。
全部の属性を使えるってのは何かと便利だが、器用貧乏になりそうで不安がある。
ピエロが言うには、空間の特定のポイントに干渉するのは初心者には厳しいらしく、まずは自分の周囲にマナを停滞させて場を形成し、その中に入ってきたものに干渉するのがいいらしい。
言っていることはわかるが、体から離れた位置のマナを維持するのがこんなにも難しいとは思わなかった。
あらかじめ魔法にマナを込めておくのとは全く異なる感覚だった。
鍛錬を積めば体から離れた位置へのマナ干渉もできるようになるらしく、天候を操る魔法使いもいるようだ。
空間干渉系の魔法はまず空間を支配した状態を維持し、その上で魔法を唱えて方向性を整えるため、本来のコールマジックとやや趣が異なる。
雨を降らせたり、雷をドッカンドッカン落とすのは憧れるものがあるな。
魔法の操作範囲を広げる意味でもマナを維持するのは効果があるため、今日からコレも魔法の特訓の一環に含めることにした。
しかしMPの消費が半端じゃない。
維持しようとしても、穴だらけの風船に空気を込めている時のようにマナがあらゆるところから拡散していくため、MPの多い俺でも長く続けられるものではなかった。
ソフィアラはしばらくすると慣れてきたようで、マナでできたボールに包まれたような状態が維持できているようだ。
維持さえできたなら、コレを平行移動させるイメージでやれば徐々に操作範囲は広がっていくらしい。
あとは場を維持しつつその範囲に干渉すれば良い。
俺も頑張ろう。
自分の可能性がどこまでも広がっている気がして、探求心が常に刺激されている。
しばらく練習すると、ソフィアラのイメージが少し固まり、空間干渉魔法を実践してくれるようだ。
目を閉じて周囲にマナを停滞させていく。
「ロード、ウォーターボール」
ソフィアラの手のひらの上に水球が形成されると、一瞬だけ周囲の湿気がなくなった。
ゼロから魔法で水を作り出したんじゃなくて周囲の水蒸気を集めて水球を形成したから、一時的に湿度が下がったんだな。
なるほど奥が深いな。
しばらく走っていると急に馬車が停止した。
あまり揺れを感じなかったが、御者が言うにはどうやら雨で泥濘んだ地面に車輪が沈んでしまったようだ。
こういう場合ってどうするんだっけ。
「見てきますので、ここにいてください」
そう言ってピエロが外に出ていく。
魔法でどうにかするのかな?
「おや、どうしましたぁ?
お手伝いしましょうかぁー?」
ん、誰の声だ?
知らない男の声が聞こえる。
前方の幌から外を見ると、男が大声をあげながら両手を広げて近づいてくる。
これって、あれかな?
「盗賊ですね。
罠を張って、ここを通る馬車を襲撃しているのでしょう」
ピエロがニヤつきながら教えてくれた。
待ってましたと言わんばかりの猟奇的な笑顔だ。
どうでもいいけど、雨にぬれてもメイクは落ちてないんだな。
すると離れた位置の木々の後ろから、いかにもな風体の男たちが現れた。
雨で見えづらいが、ざっと見ても10人以上はいるな。
「んんー? なんだぁ、同業者かよ。
まあいいや、命が惜しかったら着てる服以外全部置いていきな」
ナイフをチラつかせながらなおも近づいてくる。
ほら見ろ、言った通りだ。
盗賊と思われてるじゃないか。
それにあいつら盗賊相手でも関係なく襲おうとするのな。
野蛮ったらありゃしないぜ。
なんでこんなに俺に余裕があるのかって?
いや、これだけ数を揃えてもフードの男1人でもどうにかなりそうな感じがするんだよな。
「ちょうどいいですね。
さっきの空間干渉魔法に近いことを実践でお見せしましょう。
あなたたちはお二人を護衛しておいてください」
フードの連中に指示すると、いつの間にかピエロの両手には包丁が握られている。
すでに包丁は血で汚れている。
殺る気だ……。
「おいおい、1人で相手するつもりかぁ?
この数を見て気でも狂ったか?
お前ら、このバカに現実ってものを教えてやるぞ」
男たちがそれぞれの武器を構えて少し離れた位置に集結した。
「ひゃっはぁああー!!!
さっさとくたばれ、デブ!」
「ロード──」
ピエロが魔法を唱える。
男たちがピエロに迫る。
「──シャドウ スワンプ」
突如男たちの足元が黒い影で覆われた。
「あぁ? なんだこの黒いのは!?」
「ロード、シャドウ ダイブ」
ピエロが魔法を唱えると、次の瞬間には姿が消えてしまった。
「野郎どこ行きやがった!」
ザシュッ──
2人の男の首が宙を舞う。
消えたと思われたピエロは男たちの背後に現れていた。
男たちが振り向いてピエロに武器を振るうが、ピエロはすでに影の中に沈んで回避している。
またも見失った男たちの背後から斬りつけ、更に2名を殺害する。
「こんな魔法聞いたことねぇぞ!
さっさと殺せぇ!!」
リーダー格の男が叫ぶが、着実に死体は増えていく。
数分もしないうちに、あれだけいた盗賊も残り1人になっていた。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ!
何勝手に死んでやがるお前らぁ!!!」
「ほほっ。 あとはあなた1人になりましたが?」
今度はゆっくりと男の目の前に浮き上がながら、男の片腕を切り落とした。
「ぎゃああぁぁぁ!!!
俺の……俺の腕があぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
喚きながら男は地面を転がる。
「なんとも憐れですねぇ」
「な、な、なんでも……なんでもする!
だから命だけは、と、取らないでくれ……」
さっきまでの威勢は失われ、男は恐怖に震えている。
「なんでも?
じゃあ、やかましいので死んでください」
「えっ」
男の首が宙を舞う。
ピエロは男の首が地面に落ちるのを見もせず、馬車に向かって歩き出した。
「いやー、迷惑な連中でしたね。
どうでした、私の魔法は?」
ピエロはいつもの調子で聞いてくる。
初めて人の死を目の当たりにしたけど、離れていても結構キツイ……。
「おや、人の死を見るのは初めてでしたか?
時に冷酷になれなければ外の世界では生きていけませんよ?」
こんな世界だ。
分かってはいるが、死とは無縁な人生を送ってきたから、まだ受け入れられない。
「うぷ……」
結局吐いてしまった。
情けない。
車輪を元に戻し再度馬車は走り出したが、しばらくは俺の体調は戻らなかった。
この間、ピエロも空気を読んで話しかけてはこなかった。
数時間休むと体調も元に戻ってきた。
あの光景をソフィアラも見ていたが、どうなのだろうか。
「お嬢様、さっきの戦闘を見てて大丈夫だったんですか?」
「気分がいいものでは無かったわ。
でも、受け入れないと生きていけないわ」
女の子ってグロ耐性あるのな。
やっぱ男ってのは軟弱な生き物だ。
いや、俺が特に貧弱なだけか。
「そうですか。
情けない姿を見せてすいませんでした」
「別に謝ることじゃないわ。 普通の反応よ」
ソフィアラは強いな。
俺も受け入れないと。
「ところで、さっきの魔法だが……」
「お、ようやく聞いてくれましたか」
ピエロがウキウキしていて気持ちが悪い。
「悠長に喋ってくれたので、その間に彼らの足元にマナ干渉をしていたのですよ。
私の得意魔法は闇属性の中でも影の中を移動したり操ることなので、遠くに展開した影に移動してズバッと。
あれくらいの距離なら鍛錬次第ですぐにできますよ。
ああいったことを応用すれば、いずれ天候を操るのも夢ではないでしょう」
「そうか、やっぱ魔法って奥が深いな」
「あの盗賊たちは魔法に精通してなかったのでよかったですが、魔法に通じてる者なら私の魔法を感知して離脱されていたので、万能な訳ではありませんよ」
なんかめっちゃ親身に教えてくれるな。
「おや、どうしました? 私なんかを見つめて。
もしかして、好きになっちゃいましたか?」
やっぱダメだわ。
ピエロはやっぱりピエロだった。
「そんな訳ないだろ……」
「聞きたいことがあるなら、この旅の間に聞いてくれるといいですよ。
私も教えることは吝かではないのでね。
傷口に塩を塗って申し訳ないですが、私としてはこの旅の間にお二人には殺しを経験してもらいたいところですね。
そっちなら、より詳しく教えられますので……」
「それは、ちょっと……」
この世界では必要なことかもしれないが、俺には無理だ。
「いつでもお手伝いしますよ」
衝撃的な2日目が終わった。
25話を書いていたら、ロドリゲスに入り込みすぎて泣きそうになりました。




