第25話 復讐
彼女はフィルリアという名前の美しい女性だった。
一目で心を奪われた私は、周りの反対も押し切って結婚までこじつけた。
その後娘も生まれて、私たちは幸せの絶頂だった。
この幸せがいつまでも続くと私たち夫婦は信じてやまなかった。
娘が5歳になった頃だった。
フィルリアが突如姿を消した。
宮廷魔術師として働いていた彼女は、その日もいつものように仕事に向かっていった。
だが、いつまで待っても帰ってくることはなかった。
異変を感じた私は、即座に王宮に向かった。
しかし、彼女はその日王宮に訪れていないという話を門番の衛兵に聞かされた。
職場の人間に確認を取ってくれと伝えても聞いてもらえなかった。
王宮には入れてもらえず、その日はそのまま門前払いをされた。
焦っていた私はその時の対応にあまり疑問を持たないまま、各所を巡って彼女の向かいそうな所をしらみつぶしに調べた。
だが、何も成果は得られなかった。
急にいなくなるような女性ではなかったし、いなくなる理由はどれだけ考えても思い浮かばなかった。
彼女は娘とずっと一緒にいたくて仕事を辞めたいとさえ言っていた。
だが、今関わっている研究のキリがいいところまでは残っていてくれ言われて仕事を続けている状態だった。
そんな彼女がいなくなるはずはなかった。
そう言えば以前から気になることを言っていたのを思い出した。
仕事の内容で漏らせないが、現在関わっている研究があまり気の進む内容ではないということだった。
機密事項であることは予想できたので、私も深くは追求しなかった。
こう考えたあたりで、私はやっと王宮での対応の違和感に気づいた。
次の日も王宮に出向いたが、結局門前払いは変わらなかった。
私は、彼女が職場に監禁されて外にも出してもらえないような状況に陥っていると思い、王宮に忍び込んで調べられる人間を探した。
そして大金を使い、最終的に裏の人間に行き着いた。
私の話を聞き入れてくれたのは、シルクハットを被った怪しい雰囲気を纏う男だった。
早速調べてもらうと、やはり彼女は王宮にいた。
しかし私の望む形で彼女に会うことはできなかった。
聞くと、そんなに仕事を辞めたいなら最後に研究の被験者になれということで研究に参加させられたらしい。
その結果、もはや人としての機能を保たない廃人と成り果てたそうだ。
無理を言って彼女を王宮から回収してもらったが、治療の甲斐もなく、すぐに彼女は息を引き取った。
研究内容は、異世界から勇者を召喚するにあたり、どこまで人間を強化できるかという内容の人体実験だった。
そして無理な強化を受けた彼女は命を落とした。
私は研究を指示した王族に対して怒りが収まらなかった。
どうにかして復讐をしたいとシルクハットの男に詰め寄ったが、王宮に侵入するだけの前回とはわけが違うと断られた。
しかし、時間をかければできないこともないということだった。
私は復讐を果たすべく、何でもすると彼に懇願した。
彼はそれを受けて、何でもするという発言に偽りがないかの再確認を私にしてきたが、私の気持ちは変わらなかった。
それを聞いた彼は、私に計画を話した。
その内容は、王国そのものを滅ぼすというものだった。
むしろ絶望も与えて王族を消し去ることができるので、私は彼の計画を大いに支持した。
私の考えを聞いて、彼は正体を明かしてくれた。
彼の姿が変化して魔人であることが分かったが、私は驚かなかった。
むしろ復讐を成せる可能性が高いと安堵した。
そこから王国滅亡の計画が始まった。
あれから10年が経過して、勇者が召喚されたという話を聞くようになった。
フィルリアを犠牲にして得た技術を使って、勇者が召喚されたのだ。
そんな事実も知らずに彼らは各所から持て囃されて、実に腹立たしい。
これで勇者が魔王を倒して世界が平和になるだの言っている連中がいるが、私にはもはや平和などどうでもよかった。
この計画が成功すれば、恐らくこれを発端に世界の滅びは加速するのだから。
気がかりは娘だけだが、世界が魔人に支配されても娘だけは危害を加えないようにしてくれとお願いしている。
口約束だが、魔人は人間なんかよりもはるかに信用できる。
そして今日、無事に娘を送り出すことができた。
これで約1年は娘が王国に戻ってくることはない。
その間に王国を消す。
もうこの国に守るべき対象はいない。
あとは魔人の好きにすればいい。
復讐さえ達成すれば、私の命はもはやどうでもいい。
私は娘の成長を見守るよりも復讐を選んでしまった。
もう娘に会えないかも知れないと思うと涙が出たが、ここまで立派に育ってくれた。
私の人生とは何だったのだろう。
考えても答えは出ない。
だが、王国だけは絶対に滅ぼさなければならない。
ただ最近になって新たな事実を知った。
フィルリアの犠牲の上に成り立っている勇者召喚によって召喚された彼らも、犠牲を強いられてこの世界に呼ばれているということだった。
勇者を恨むこともあった私だが、彼らも被害者だったのと知り少し溜飲が下がった。
もはや彼らには同情しか湧かなかった。
そして勇者召喚に関わる全ての国、いやこの世界は早々に滅ぶべきだと再度確信した。
もっと娘と一緒にいたかったが、復讐を選んだ私にその権利はない。
感傷に浸るのは終わりだ。
あとは目的を完遂するのみ。
「おや、もういいのかい」
視線の先には、シルクハットの男が立っている。
実にタイミングのいい男だ。
「ええ。もう未練はありません。
この国を、この世界を滅ぼしてください」
「ああ、当然だ。 君はよくやってくれている。
準備も最終局面だ。
魔王様の復活をもって、この国から世界を滅ぼしていこう。
それにしても君はいい拾い物をしてくれたよ」
「と、言いますと?」
「クロという男だ。
出自も含め、彼はなんとも数奇な運命を辿っている。
彼のおかげでこの計画が順調に推移していると言っても過言ではない。
魔王様の復活も近い。
君の願望の成就ももうすぐだ」
「ありがとうございます。
目的さえ果たせば私の命はどう扱っていただいても構いません。
ですが、どうか娘だけは何卒よろしくお願いします」
「分かっている。
君にはむしろこの世界の滅亡を見届けて欲しいとさえ思っているから安心したまえ。
こちらも順調だ。
君も計画開始のその日まで、為すべきことを為せ」
そう言うと男は姿を消した。
あと少し。
あと少しでフィルリアの無念を晴らすことができる。
できれば誰もが幸せになれる世界を望みたかった。
親子が笑いあえる幸せな世界。
私のように復讐に取りつかれる者がいない世界。
だが、この世界にはそれを望むだけの価値はなかった。
腐りきったこの世界は早々に滅ぶべきだ。
今回召喚された勇者には気の毒だが、彼らの世界がこの世界ほど汚れていないことを祈ろう。
この時代を最後に、私が負の連鎖を──
──断ち切る。




