第77話 尊厳ある死。
良い子のみんなに遺言を伝えようと思う。
『どんな仕打ちを受けても、憎んではいけない』
憎しみは連鎖し、拡大し、
やがては世界を滅ぼすからだ。
この世界が滅ぶ前に、
誰かが憎しみを飲み込まなくてはならない。
俺は今、静かな気持ちでいる。
迷宮を出てから、
アゼレアは魔王ベルゼブブに果たし状を書いた。
内容は以下の通り。
『決着をつけよう、煉獄鳥の荒野にて、
全軍を率いて待つ』
魔王ベルゼブブは潔く、この申し出に応じた。
現在、煉獄鳥の荒野にて。
アゼレア軍2万5000と、
ベルゼブブ軍3万が向かい合っている。
その最前線の最先頭の孤立した場所にて。
荷車の上の十字架に、
俺ははりつけにされている。
死を目の前にして、俺は何も語らない。
全ての憎しみは、
このウンコが煉獄へと運び、浄化するのだ。
ハエ魔族たちを滅ぼすために、
アゼレアは卑劣な罠を用意していた。
『ハエ魔族たち、逃げるんだ!』
そう叫びたい義憤に、俺は駆られる。
だが、耐えなければ……
全ては平和のためなのだ。
戦いが始まった。
俺を乗せた荷車が、
魔道師たちの風魔法によって、前進していく。
(すまない……許してくれ)
そう心の中で謝罪しながら、
俺はハエ魔族たちの軍勢へと突っ込んだ。
俺はウンコである。
加えて、荷車には、俺のウンコが満載している。
ハエの大好物はウンコである。
故にさ。
俺を乗せた荷車に、ハエ魔族全軍が殺到する。
目をハートにした魔王ベルゼブブが、
俺に抱きついた。
トラックみたいな大きさのハエ魔族のハグだ。
おえ、気持ち悪い。だけどガマンだ。
たくさんのハエ魔族たちが、
俺の身体をなめ回した。
ウンコですら汚いと思う、ハエ魔族の唾液。
おえ、気持ち悪い。だけどガマンだ。
彼らは、平和のための犠牲者なのだ。
せめてもの償いとしてさ。
このウンコが死ぬ寸前まで、
快楽におぼれさせなくては。
死の恐怖から、救わなくては。
アゼレアは今、粛々と、
超必殺技の詠唱をしている。
奴は俺ごと、
ハエ魔族たちを一掃するつもりなのだ。
俺はアゼレアの知謀が恐ろしい。
接敵寸前まで、
ウンコの臭いを隠すため、
アゼレアは狡猾な策を考え上げた。
風魔法を用いて、
ウンコの臭いを成層圏まで舞い上げたのだ。
なぜ人は、戦争の時に
最も、知恵を冴え渡らせるのだろう。
ナチスがジェット機。
イギリスが戦車。
アメリカが原子爆弾を発明したように。
アゼレアの超必殺技が発動した。
その名は、
『グレート・メテオ・インパクト』だ。
その消費MPは膨大。
アゼレア軍全員のMPを消費して、
なんとか発動しうる超大魔法だ。
ああ、巨大な隕石が落ちてくる。
俺とハエ魔族たちは、もはや助からないだろう。
良い子のみんな、さようなら。
俺が死んでも、
絶対にアゼレアを恨むなよ。
絶対だぞ。
隕石が大地に衝突した。
ボガァアアアンぅぅぅぅぅぅ!
という轟音。
めくれ上がる大地。
吹き飛び、消滅していくハエ魔族たち。
俺は地獄を見た。
そこに救いがあるとすれば……
彼らは断末魔をあげる暇もなく、
消えていったこと。
何が起きたのかさえわからず、
死んでいったことだ。
視界が真っ暗だ。
もう、俺の目はダメになってしまったようだ。
「よっしゃあ!
ウンコ1人で大勝利! 超コスパいいぜ!」
そうアゼレアが大喜びする声が聞こえる。
「「「ハハハ!」」」
「「「レベルが上がったぜ!」」」
「「「ハハハ!」」」
「「「害虫を駆除できたぜ!」」」
「「「ハハハ!」」」
本当に多くの人間兵士たちの笑い声が聞こえる。
なぜ、そんなにも喜べるのだろう?
俺は嫌悪を感じた。
奴らには、
ハエ魔族たちの痛みがわからないのか!
彼らの命にも、
人間と同じだけの価値があったはずなのに!
人間どもは去っていった。
俺はまだ生きている。
もう、こんな世界にいたくない。
でも、大丈夫。
俺の目は見えない。
そして、身体は全く動かない。
程なく、死ねるはずだ。
だが、俺は死ねなかった。
急に視界が開けた。
太陽のまぶしさに、俺は思わず、目を閉じる。
目を開くと……
傍らには、魔王ベルゼブブがいた。
瀕死だった。
「お、お前だけでも……
タスケられて、ヨカッタ……」
そう言って、魔王は死んだ。
俺は理解した。
覆い被さるように、身を挺してさ。
魔王は隕石の衝突から、
俺を守ってくれたのだ。
そんな優しい彼と、
その仲間の死を笑う人間どもめ……
絶対に許さんぞ!
良い子のみんな。
前言を撤回する。
『憎むべき悪は完全に滅ぼせ!』
さもないと平和は実現しない。
憎しみの連鎖など恐れるな。
その連鎖の芽をことごとく断ち切れば、
いつか平和は必ず訪れるのだ。
「うぉおおおおおおおおお!」
ウンコは立ち上がり、そう雄叫びをあげた。
その時、ペンダントの宝珠(紅)が輝き、
砕け散った。
『反転します』と脳に声が響き、
俺の身体は紅の光に包まれた。
身体に力がみなぎるような気がする。
ふふふ。
この力で人間どもを滅ぼしてくれる。




