41.お泊まり会の夜・三
そのあとも、賓客室ではそれぞれのツガイについての話が続いていた。
隣室の男子たちは、エターナに釘を刺されたことが効いたのか、先ほどまでが嘘のように静かになっている。こちらでは五人が寝台や椅子に思い思いの姿勢で腰を落ち着け、卓上に置かれた菓子や飲み物をつまみながら、普段の教室ではなかなか聞けない話を順番に披露していた。
そんな中でも、私がもっとも意外に感じたのは、サクの話だった。
「クレノは、とても繊細なんだ」
クレノの名前を口にした途端、いつも凛としているサクレティアの表情が目に見えて柔らかくなる。膝の上で指を組みながら、彼女はどこか誇らしそうに微笑んだ。
「花を愛でるのが好きだし、刺繍も得意なんだ。細かなところによく気がつくし、綺麗なものを見つければ、私にも教えてくれる。ふふ……どれも私にはできないものばかりだ」
その声音には、自分にないものを持つクレノへの憧れのようなものさえ感じられた。
放課後、一緒に魔力玉で遊ぶクレノを思い出す。ヘルケのように大きな声ではしゃぐことはないけれど、皆が楽しそうにしていると自然に頬を緩め、魔力玉を作るときも一つ一つの動作が丁寧だった。確かに、サクの言う「繊細」という言葉がよく似合う。
「サクって、そういうの苦手なの?」
私が尋ねると、彼女は少しだけ考えるように目を伏せた。
「苦手というより、ほとんど習っていないんだ。イージス公爵家は剣術の名門だからな」
サクはそう言いながら、無意識なのか自分の手を見つめた。その指には令嬢らしい華奢さがあるのに、剣を握り続けてきた人間らしい強さもある。
「兄は三歳の頃から行方不明で、見つかったのもつい最近だ。それまでは当然、私が次の当主になるものとして育てられていたから、幼い頃から剣術を徹底的に仕込まれた。領地や軍のことも学んできたが、そのぶん、一般的な令嬢が受けるような教育はほとんど知らないんだ」
「えっ、そうだったの?」
思わず驚いてしまった。
私から見れば、サクはどう見ても完璧な公爵令嬢だった。姿勢も綺麗だし、話し方にも隙がなく、どこに出しても恥ずかしくないどころか、むしろ私のほうが隣に並ぶのを遠慮したくなるくらいなのに。
「最低限の礼儀は教わっている。だが、刺繍や花の扱い、細かな社交の作法となると、クレノのほうがずっと詳しいよ」
自分よりクレノのほうが得意だということを、サクは少しも恥じていないらしい。むしろ、それを嬉しそうに語っているのが印象的だった。
けれど、しばらくして彼女の表情がふっと変わった。
目の前の私たちではなく、もっと遠いところを見ているように青い瞳を細めると、胸元へそっと手を置く。
「だが……不思議なんだ」
「不思議?」
「ああ。私は知らないはずなのに、懐かしいと思うことがある。やったことがないはずなのに、知っているような気がすることもあるんだ」
サクの声は先ほどまでより少しゆっくりになり、言葉を一つずつ探すような響きを帯びていた。
「クレノと一緒にいると、ときどき胸の奥に何かが浮かぶ。景色なのか、感情なのか、自分でもよく分からない。けれど……心に、思い出があるんだ。たくさん」
そこで彼女は言葉を止めた。
まだ何か伝えたいことがあるように見えたものの、うまく形にできないらしい。何度か口を開きかけては閉じ、やがて諦めたように小さく息を吐いた。
「うまく言えなくてすまない」
その様子を見ているうちに、私は妙な引っかかりを覚えた。
「あの……」
もう少し聞けば、何か分かるかもしれない。
そう思って身を乗り出しかけたところで、エターナが静かに手を上げた。
「ミッケ、だめよ」
「え?」
制止されて振り向くと、エターナは責めるような顔こそしていなかったが、これ以上踏み込まないほうがいいと示すように軽く首を振った。
「彼女なりに、精一杯の言葉を並べてくれたのよ。これ以上、無理に説明させないほうがいいわ」
「でも……」
「先日、学んだでしょう?」
その一言で、私は口を閉じた。
先日、王立図書館で調べたこと。
歴代イージス家の記録に何度も現れた、クレノと同じ顔の男。アベルやエターナに驚くほどよく似た過去の夫婦。そして、メローネから聞いた、死んだあとも同じ名前と顔で生まれ変わったヘルケの話。
それらが頭の中で静かに繋がっていく。
もしかして、ツガイ主の側には前世の記憶が何らかの形で残っているのだろうか。
はっきりとした出来事として思い出せるわけではなくても、懐かしさや感情のようなものだけが残っていて、自分でも理由を説明できないまま「知っている」と感じる。
そして、もしそうなのだとしたら――。
どうしてサクは、それをもっと具体的に話せないのだろう。
単に思い出せないだけなのか、それとも、何か別の理由で言葉にできないのか。
そこまで考えた瞬間、私は無意識に眉を寄せていた。
カインも同じなのだろうか。
森で覚醒した直後、ついさっきまでミモザを好きだったはずなのに、カインはほとんど迷うことなく私を好きだと言った。あのときの私は、ツガイになったから突然そういう感情が生まれたのだと思っていたけれど、もし本人の中に説明のできない懐かしさや記憶の欠片のようなものがあるのなら――。
いや、それも今の私には確かめようがない。
問い詰めたところで、サクのようにうまく説明できない可能性だってある。
考え込んでいる私を見ていたエターナは、少しだけ表情を緩めると、今度はメローネへ視線を向けた。
「メローネのことは、もうあらかた聞いているのよね?」
「うん。ヘルケのことも、前のヘルケのことも聞いたよ」
私が答えると、メローネは穏やかに微笑んだ。彼女については、すでにかなり深いところまで話を聞いているため、今ここで改めて最初から語る必要はないということらしい。
「なら、ちょうどいいわね」
エターナが姿勢を整えたのを見て、私は何となく嫌な予感がした。
さっきまでの話の流れからすると、まだ語っていない人物は――。
その予感を確かめるように、エターナの紫の瞳がまっすぐ私へ向けられた。
「じゃあ、ミッケ」
「……なに?」
反射的に身構える。
そんな私の警戒など気にも留めず、エターナはごく当然のように告げた。
「あなたの話も聞かせて頂戴」
エターナに促され、今度は部屋中の視線が私へ集まった。さっきまで他人の話を聞く側だっただけに、いざ自分のことを話せと言われると妙に落ち着かない。
「え? 私……?」
思わず自分を指差すと、エターナは当然でしょうと言いたげに頷いた。
「私は恋バナなんてできないけど……出会いなら、八歳の頃かな」
そう口にした途端、ずいぶん昔のことなのに、当時のカインの姿が意外なほど鮮明に浮かんできた。
「その頃のカインって、近寄るなって全身で言ってるみたいな子だったの。いつも本ばっかり読んでて、誰かと遊ぶ感じでもなくて。でも、髪も目も綺麗で、なんというか……キラキラして見えたんだよね」
今のカインからは想像しづらいけれど、最初に見たときの印象は本当にそんなものだった。
「それで私から声をかけたの。しかも、かなりしつこく」
シャルシアが小さく吹き出し、メローネも納得したように笑う。自分でもそこは否定できないので、私は少しだけ肩をすくめた。
「最初は全然相手にしてくれなかったんだけど、そのうち何となく一緒に遊ぶようになって……そこへミモザも加わったの」
第三王女であるミモザと出会ってから、三人で過ごす時間は少しずつ増えていった。
「そのうち、カインとミモザがだんだんいい雰囲気になっていってね。私から見ても、お互い好きなんだろうなって分かるくらいだった」
そこまで話して、少しだけ胸の奥が重くなる。
「ミモザが十六歳になる誕生日の日、パーティーに招待されてたんだけど……カインが、その日にミモザへ告白するから、プレゼントを探しに森へ行くのに付き合ってくれって言ってきたの」
あの日のことを思い出す。
森へ向かうまでのことも、遺跡へ入り込んだことも、その後に起きたすべてのことも、今では簡単に切り離せない。
「私は……楽しみにしてたんだよ」
自分でも確かめるように、ゆっくり言葉を続けた。
「大好きなミモザと、大親友のカインが一緒になるのを。二人が結婚したらきっと似合うだろうなって思ってたし、カインが告白するって聞いたときも、ちゃんとうまくいけばいいって……本当にそう思ってた」
そこで、向かいに座っていたエターナが静かにこちらを見た。
紫の瞳は責めているわけではないのに、なぜか私の言葉の奥まで確かめようとしているように見えた。
「ほんとうに?」
「……え?」
エターナは視線を逸らさないまま、もう一度だけ問いかけた。
「ほんとうに、そう思っていた?」
「え?」




