42.お泊まり会の夜・四
「ミッケ、大事なことよ」
エターナの声からは、先ほどまでの恋バナを楽しむような軽さが消えていた。紫の瞳はまっすぐ私を見つめており、その真剣さにつられるように、私は膝の上で組んでいた指へ力を入れる。
「カインとミッケは、最初から友達だったのでしょう? そこへあとからミモザ王女が加わって、カインとだんだん仲良くなっていった。それを見ていて、本当に一度も嫌だと思わなかった?」
「え……」
そんなふうに尋ねられるとは思っていなかった。
「私、そんな……。だって、ミモザは王女様だよ? 私なんかが……」
そこまで言ったところで、自分でも妙な返し方をしていることに気づいた。嫌だったかと聞かれたのに、私は嫌ではなかったとは答えず、いつの間にか身分の話へすり替えている。
それ以上考えたくなくて黙り込むと、今度はサクが少し身を乗り出した。
「ミッケねーさん。では、もしミモザ第三王女殿下が王女ではなく、普通の家に生まれた娘だったとしたら……どうしていた?」
「どうって…………」
すぐには答えられなかった。
ミモザが王女ではなく、ただアカデミーで知り合った女の子だったなら。カインの隣に立つことを最初から当然のように受け入れずに済む相手だったなら、私は二人をどんな目で見ていたのだろう。
そんな仮定を、これまで一度も考えたことがなかった。
「ミッケ、本当は少しくらい嫌だったんじゃない?」
メローネの声には責める響きがなく、むしろ逃げ道を残してくれているような優しさがあった。
その隣では、シャルシアも枕を抱えたまま頷いている。
「うちやったら嫌やなぁ。恋愛やなくても、先に仲良かった友達が、あとから来た子とばっかり仲良うなったら寂しいやろ? 『取られた』って思うくらい、普通やと思うで」
恋愛ではなくても――その一言に、胸の奥で何かが小さく揺れた。
「それは……うん。否定できないよ」
三人で遊ぶようになったこと自体は、本当に楽しかった。ミモザのことも大好きだったし、私にはないものをたくさん持っている彼女へ憧れていたのも嘘ではない。
それでも、カインとミモザが二人だけで話しているとき、私だけが少し取り残されたような気持ちになったことは、本当に一度もなかっただろうか。
思い返そうとした途端、胸の奥が妙にざわついた。
そんな私を見ながら、エターナは静かに口を開いた。
「ミッケはきっと、身分というものをあまりにも自然に受け入れてきたのよ。カインは公爵家の跡取りで、ミモザ王女は王族。自分は平民だから最初からそこには入れない――そう考えることが当たり前になりすぎて、本当に自分がどう感じているのか確かめる前に、諦めてしまっていたんじゃない?」
「……本当の、気持ち……」
口にした瞬間、ずっと閉じていたものの存在を意識してしまった。
蓋をしていたのかもしれない。
開けてしまえば戻れなくなる気がしたから。
だって、ミモザに敵うわけがない。
王女で、綺麗で、優雅で、カインがずっと好きだった女の子。そんな相手を前にして、自分だってカインを取られたくないと思うなんて、考えるだけ無駄だと最初から決めつけていたのかもしれない。
考えているうちに呼吸が浅くなっていたらしい。エターナは何も言わず私の隣へ移ると、そっと肩へ腕を回した。
「エ、エターナ……?」
驚いて顔を上げると、彼女はいつもの淡々とした表情より少しだけ柔らかい顔をしていた。
「大丈夫よ、ミケリア。今は法律も、家も、あなたを守ってくれる。昔のあなたがどんなふうに諦めてきたとしても、これからまで同じように蓋をし続ける必要はないのよ」
背中をゆっくり撫でられながら、私は何も言えずにいた。
「最初にカインを見つけたのは、あなたなのでしょう? あなたが声をかけて、しつこく付きまとって、それでもカインはあなたについていった。そうやって友達になったのでしょう?」
「……うん」
「なら、もういいのよ。嫌だったなら嫌だったって思っていいし、寂しかったなら寂しかったって認めてもいい。それに、ミモザ王女も本当に大切な友達だというのなら……ぶつかればよかったのよ」
「ぶつかる……?」
「友達でしょう?」
その一言で、胸の奥を押さえつけていた何かに、ひびが入ったような気がした。
「大切な友達なら、綺麗な感情だけ見せなくてもいいの。嫌だった、悔しかった、寂しかったって言って喧嘩して、それでもまた話せばいい。それが友達というものじゃない?」
視界が滲み始めた。
「私……」
声まで震えてくる。
「私、悔し……かったの?」
自分に問いかけても、すぐには答えが出ない。
「違う……だって、本当に二人が幸せそうで……私、それを側で見てるの、好きだったし……」
カインがミモザを見る顔も、ミモザが嬉しそうに笑う顔も覚えている。
本当に嬉しかったし、二人がうまくいけばいいと願っていたのも嘘ではない。だからこそ、自分の中にそれとは別の気持ちがあったかもしれないなんて、認めるのが怖かった。
するとメローネが、少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「ミッケ。それも、本当だったと思いますよ」
「……え?」
「二人に幸せになってほしいと思っていた気持ちも嘘ではない。でも、もしかしたらミモザ王女に自分を重ねることで、見たくない気持ちから目を逸らしていたところもあったんじゃないですか?」
「違う……そんな……」
否定しながらも、その声には自分で思っているほどの力がなかった。私は平民で、カインは次期公爵――その事実を、昔からあまりにも当たり前のものとして受け入れてきたのだ。だからこそ、彼の隣に自分が立つ未来など最初から考えるだけ無駄だと決めつけ、そこへ大好きな友達であるミモザが立ってくれるのなら、それが一番自然で、一番正しい形なのだと思おうとしていた。
そうすれば、カインの幸せもミモザの幸せも、どちらも心から喜べる。自分の中にある別の感情へ目を向けずに済むし、誰も傷つけずにいられる――そんなふうに、自分でも気づかないまま都合よく蓋をしていたのかもしれない。
そこまで考えたところで、視界が滲んだ。いつの間にか溢れていた涙が頬を伝い、私は慌てて拭おうとしたものの、エターナは何も急かさず、ただ隣で静かに背中を撫で続けてくれていた。
「大丈夫……カインはもう、ミッケのものだよ」
「いや……」
その言葉を聞いた途端、私は激しく首を横に振った。
「いやっ……! そういうのじゃない……!」
涙で声が詰まり、うまく息ができない。
「ミモザも大切なの……! ミモザだって大切な親友で……私だけカインを取って、それで終わりなんて嫌なの……!」
エターナは私の肩を抱いたまま少し身体を離し、泣き顔を確かめるようにこちらを見つめた。
「なら、ぶつかりなさい」
「……え?」
「ミモザとぶつかればよかったのよ。怒られたら怒り返して、泣かれたら自分も泣いて、言いたいことを全部言えばいい。それでも大切なら、そこからどうするのか二人で決めればいいでしょう?」
紫の瞳はまっすぐだった。
「友達なんでしょう? 大切な」
「……うん」
涙を拭っても、次から次へと溢れてくる。
「うん……っ」
何が正しいのかは、まだ分からなかった。
カインへの気持ちも、ミモザへの罪悪感も、ツガイを解きたいという思いも、何一つ綺麗には整理できていない。それでも、これまで「考えてはいけない」と押し込めてきたものだけは、もう前と同じ場所へ戻せないような気がした。
そのとき、ばんっと勢いよく扉が開いた。
「ミッケ!! 大丈夫か!!!」
血相を変えたカインが部屋へ飛び込んでくる。
おそらく隣室まで私の泣き声が聞こえたのだろう。目を真っ赤にした私を見つけた瞬間、こちらへ駆け寄ろうとした。
けれど、二歩目を踏み出すより先に、部屋のあちこちから枕が飛んだ。
「さいてー」
シャルシアの投げた枕が胸へ当たり、
「婦女子の寝室へ勝手に入るものではありませんよ」
メローネの一撃が肩へ命中し、
「最低だな」
サクの枕が、とどめのように顔へ直撃した。
「そ、そんな……」
三連続で攻撃を受けたカインは、顔から落ちた枕を受け止めたまま、その場で何とも言えない表情になっている。
そんな彼を見ても、エターナだけはまったく動じなかった。私の肩を抱いたまま扉のほうへ冷静な視線を向けると、いつもの淡々とした声で言い渡す。
「ミッケなら問題ないわ。早く戻りなさい」




