39.お泊まり会の夜・一
突然ですが。
何がどうしてこうなったのか、私にもよく分からない。
ただ一つ確かなのは、その日の夜、グレゴリー公爵家の賓客室にはいつの間にか五台もの寝台が並べられ、ちょっとした合宿でも始まりそうな光景になっていたということだった。
しかも、その部屋に集められている顔ぶれがまた妙である。
私とメローネ、それからサクレティアにエターナ。そしてなぜか、普段はあまり話す機会のないシャルシアまでいる。
広めに作られた賓客室とはいえ、五台もの寝台を置けばさすがにいつもより狭く感じる。壁際の卓上には飲み物や軽い菓子まで用意されており、使用人たちは何の疑問も抱いていない様子で準備を終えると、静かに部屋から出ていった。
残された私は、改めて五人分の寝台を眺めた。
……ここ、カインの家なんだけど。
どうして私より他のみんなのほうが当然のようにくつろいでいるのだろう。
「ふふふ、ありがとーな。うちまで入れてもらって」
楽しそうに笑いながら寝台へ腰を下ろしたシャルシアは、すっかり泊まる気満々だった。眼鏡を外して脇へ置き、長い髪を軽く整える姿には、公爵夫人候補というより年相応の少女らしさがある。
「まさかシャシャまで来ると思ってなかったよ。嬉しい」
サクレティアがそう言うと、シャルシアはにっこり笑って彼女へ顔を向けた。
「だって、サクちゃんがお泊まりするーいうて、そんなん羨ましいやん?」
そのやり取りを眺めながら、私はようやく二人の関係を思い出した。
そうか。シャシャはダルクと結婚しているから、サクの義姉になるんだっけ。
同い年くらいの女の子が義姉で、その義妹が十四歳で結婚していて、しかも兄妹それぞれにツガイがいて……。
やっぱり、ややこしい。
頭の中で家系図を組み立てようとしていると、向かい側の寝台に腰掛けていたエターナが、膝の上で両手を揃えながら静かに口を開いた。
「今日は集まってくれてありがとう」
どう聞いても主催者の挨拶だった。
私は思わず部屋を見回す。
……だから、ここカインの家なんだけど。
何なら私だって正式な主人ではないはずなのに、なぜエターナが一番堂々としているのだろう。
「恋バナをするのには、一人でも多いほうがいいわ」
「こ、恋バナ!?」
予想していなかった言葉に、思わず声が裏返った。
メローネも少し目を丸くし、サクレティアとシャルシアも互いに顔を見合わせている。どうやら、詳しい目的を知らされていなかったのは私だけではなかったらしい。
サクレティアはしばらく考えるように眉を寄せると、どこか真面目な顔で自分の胸元へ手を添えた。
「私は……ツガイ主側だが、問題ないのだろうか」
「問題ないわよ。私もツガイ主だもの」
すぐにメローネが答えた。
彼女はすでに寝台の端へゆったり腰を下ろし、用意されていた茶を手にしている。いつもながら穏やかな雰囲気で、とてもこれから恋愛談義が始まる人には見えなかった。
エターナは全員の顔を順番に見渡すと、なぜか満足そうに頷いた。
「ちょうどいい配分ね。ツガイ主側も伴側もいるし、経験もそれぞれ違う」
そこで彼女の紫の瞳が、まっすぐ私へ向けられる。
「馬鹿なミッケに理解させるための会よ。みんな、よろしく」
「え、エターナさん!?」
あまりにも自然に馬鹿呼ばわりされ、私は思わず身を乗り出した。
けれど、味方になってくれるはずの誰かが反論するより先に、シャルシアが楽しそうに笑う。
「あー、なるほどなぁ。ミッケはイノシシみたいやからねー」
「シャシャまで!?」
「一回走り出したら止まらんやろ?」
「そんなこと……あるかもしれないけど!」
自分でも完全には否定できず、語尾が弱くなった。
その様子を見て、メローネはくすくす笑い、サクレティアまで口元を緩めている。
完全に私を囲んで遊ぶ会になってない?
そんな疑いを抱き始めたところで、エターナは早くも本題へ入るらしく、シャルシアへ視線を向けた。
「ミッケはシャルシアさんとは、まだあまり話していないわよね。よければ、シャルシアさんから聞かせてもらえるかしら」
「うち?」
「ええ。ダルクと出会ったときの話を」
シャルシアは一度瞬きをしたあと、「恋バナなぁ」と小さく呟いた。しばらく考えていたものの、やがて枕を抱えるように膝へ乗せ、少し懐かしそうな表情を浮かべる。
「別に、そんな面白いもんやないよー? ダルクと出会えたんは、ほんまに奇跡みたいなもんやったし」
その言い方に興味を惹かれ、私は自然と彼女のほうへ身体を向けた。
「どこで会ったの?」
「アカデミーから帰る途中やよ」
シャルシアはそこまで話したところで、ふとサクレティアへ視線を向けた。
「……あ、これ全部話してええん? サクちゃん」
問いかけられたサクレティアは、すぐには答えなかった。
兄の過去に関わる話なのだろう。少しだけ考え込んだあと、この場にいる全員を見渡し、最後に私へ目を向ける。
「……このメンバーなら構わないと思う。話を外へ持ち出したり、悪用したりする人はいないだろう」
「わかった。ほな、続けるで」
シャルシアは枕の角を指先で弄びながら、当時を思い出すように視線を落とした。
「アカデミーの帰り道にな、ダルクが鎖に繋がれて歩かされとってん」
「……鎖?」
思わず聞き返す。
今のダルクの姿を思い浮かべると、どうしても結びつかなかった。
イージス公爵家の次期当主で、誰よりも大柄で、立っているだけで迫力のある人。そのダルクが鎖に繋がれていたという話が、すぐには現実味を持たない。
「そう。見たときは、うちもびっくりしたわ。この国、奴隷は禁止やろ? せやから一緒におった商人に、『何してんねん、警察呼ぶで』って言うたってん」
その場面が目に浮かぶようだった。
まだ今より幼かったであろうシャルシアが、眼鏡の奥から商人を睨みつけている姿は、不思議なくらい容易に想像できる。
「そしたら、そいつらダルク置いて逃げよってん」
「置いて!?」
「せやで。捕まったらまずいと思ったんやろなぁ。ほんま無責任な奴らやったわ」
シャルシアは呆れたように肩をすくめたものの、当時のことを話す表情にはわずかな苦さが残っていた。
「ダルクもだいぶ弱っとったし、事情聞こうにもまともに喋れる状態やなかったから、一旦うちの寮へ連れていったんよ。汚れたまま放っとくんも可哀想やったし、身体拭いて、ご飯食べさせて……とりあえず休ませようと思ってな」
そこまでは、行き倒れた人を助けた話として理解できる。
けれどシャルシアは、ここからが本題だと言わんばかりに人差し指を立てた。
「ほんで、身体拭いてあげてたときに見つけてん。うちとおんなじ紋」
「ツガイ紋……」
「そうそう。うちにももう紋は出とったから、もしかしてって思うやん?」
シャルシアは当時の自分の行動を何でもないことのように話しているけれど、私はその先を予想しただけで妙に緊張した。
「それで、重ねてみたんよ」
やっぱり。
「そしたら突然、ダルクに角が生えてなぁ! うち、もうびっくりしてもうて。こんなんどう考えても竜人族やんって思ったら、ちょうどイージス公爵家の子息が行方不明になっとるって話を思い出してな」
シャルシアはそのときの驚きを再現するように両手を広げた。
「これはもしかして、と思ってイージス家へ連れてったら――ビンゴ!」
明るく締めくくられたけれど、内容はとんでもない。
私はしばらく呆然としていたものの、ある一点に気づいた途端、森での出来事が鮮明に蘇った。
紋が触れた瞬間のカイン。
突然抱きしめられ、首元へ左手を押し当てられたこと。
普段のカインとはまるで違うほど強い感情を向けられ、怖くなった私が泣きかけるまで離してもらえなかったこと。
それを思い出すと、どうしても聞かずにはいられなかった。
「……襲われなかったの?」
私の声が少し強張っていたからだろう。シャルシアはきょとんとしたあと、ようやく質問の意味を理解したらしく「あぁ」と頷いた。
「ダルクにな?」
私は無言で頷く。
サクレティアも黙ってこちらを見ており、エターナとメローネも続きを待っていた。
「んー……あのときは、だいぶ衰弱しとったからなぁ」
シャルシアは顎へ指を当て、記憶を探るように少し上を向いた。
「それにダルク、見た目も喋り方もぶっきらぼうやけど、ほんまは優しい人やから。たぶん相当我慢しとったんちゃうかなぁ」
「我慢……」
同じ覚醒でも、カインとは違った。
そのことが妙に引っかかった。
ツガイ主なら全員、覚醒した瞬間に同じ行動を取るわけではない。感情がどれほど強くても、本人の性格や置かれている状況によって現れ方は変わるのだろう。
シャルシアはそんな私の考えには気づかず、むしろ懐かしそうに笑った。
「でも、ほんまに弱っとったからな。放っとかれへんかったし、うちが眠たくなるまで魔力ぜーんぶあげて、回復させたったよ」
あまりにもさらりと言われ、私は目を丸くした。
自分の限界まで魔力を渡した経験なら、私にもある。そのあと猛烈な眠気に襲われることを知っているだけに、「全部あげた」という言葉を軽く聞き流すことはできなかった。
それでもシャルシアの表情には後悔らしいものがなく、当たり前のことをしただけだと言わんばかりに笑っている。
そのとき、不意に隣の賓客室から何かが倒れるような音と、男たちの慌ただしい声が響いてきた。せっかく落ち着いていた部屋の空気が一瞬で乱され、シャルシアが訝しげに壁のほうへ顔を向ける。
「ん? なんや?」
私も騒音のする隣室を睨み、呆れながら肩を落とした。
「あいつら~」




