34.お似合いなのに
「これだ」
サクレティアはそう言うと、制服の内側から小さな石板を取り出した。
手のひらに収まるほどの大きさで、表面には淡い光を帯びた細かな紋様が刻まれている。装飾品というより、何かの認証に使う魔道具に近い見た目だった。
差し出されたそれを、私は戸惑いながら両手で受け取った。
「……これ、なに?」
「王立図書館にある、イージス公爵家専用書庫の閲覧許可証だ」
「え?」
思わず石板から顔を上げる。
王立図書館の名前はもちろん知っていた。王都でも最大級の蔵書を誇る場所で、一般に開放された区域だけでも相当な量の本があると聞いている。
けれど、高位貴族の家ごとに専用の書庫まであるとは知らなかった。
サクレティアは私の驚きを気にする様子もなく、落ち着いた声で説明を続けた。
「そこには、代々イージス家で残してきた記録が保管されている。公に出す必要のない家の記録や、先祖返り、妖力について書かれたものもある」
その言葉に、私は思わず手の中の石板を見下ろした。
薄く刻まれた紋様が、木漏れ日を受けて淡く光っている。
「それを……私が見てもいいの?」
「ああ。私から許可を出したことになっているから、これを持っていけば入れるはずだ」
サクレティアは一度だけ遠くへ視線を向け、それから再び私を見た。
「ツガイそのものを解く方法が書いてある、と約束はできない。私もすべてを読んだわけではないからな。ただ、イージス家は竜人族の血を受け継ぎ、昔からツガイや先祖返りに関する記録を多く残している」
そこで、彼女はほんの少しだけ目元を和らげた。
「閲覧してみるといい。何か……見つけられるといいな」
「サク……!」
思わず名前を呼んでいた。
先ほどまで「私はツガイを解くことには賛成できない」と言っていたのに、それでも私が調べるための手助けはしてくれるらしい。
考えが違うからといって、私の行動まで否定するつもりはないのだ。
それが嬉しかった。
「でも、本当にいいの? これ、イージス公爵家の書庫でしょう?」
「構わない」
サクレティアは迷いなく答えた。
「何か見つけられるか、それとも何も見つけられないかは……ミッケねーさん次第だよ」
いつもの凛とした話し方の中に、「ねーさん」という呼び方だけが妙に可愛らしく混じっている。
まだその響きには慣れない。
「少なくとも、何かを考えるきっかけにはなると思う」
私は改めて石板を握り直した。
「わかった。ありがとう。大事にするね」
「借り物だからな」
「わ、わかってるって!」
念を押されて慌てて答えると、サクレティアは小さく笑った。
それから彼女は踵を返し、クレノたちのいる場所へ向かって歩いていく。
その姿が近づくと、真っ先に気づいたのはクレノだった。
「あ! サクー!」
先ほどまで作る練習をしていた魔力玉を片手に浮かべたまま、嬉しそうに手を振っている。
サクレティアの表情が、ほんのわずかに柔らかくなった。
さっきまで私を緊張させていた公爵令嬢の顔とは違い、クレノを見るときだけは年相応の少女に近く見える。
私は借りた石板を制服の内側へ慎重にしまい、少し遅れて皆のところへ戻った。
「サク、見て。できた」
クレノは自慢するように掌を差し出した。
そこにはまだ少し歪ではあるものの、ちゃんと球の形を保った魔力玉がふわふわと浮いている。
「上手にできているじゃないか」
褒められたクレノは、照れくさそうに笑った。
その隣ではヘルケも、自分の作った球を両手の間で転がしている。少し離れたところではメローネが穏やかに見守り、カインだけは指導に疲れたのか、腕を組んで大きなため息をついていた。
クレノは私が戻ってきたことに気づくと、サクレティアと私を交互に見た。
「ミッケと何を話してたの?」
「うん?」
サクレティアは少し考えるような顔をしたあと、ごく自然な調子で答えた。
「ミッケねーさんと呼ばせてもらう話をしていた」
「えぇ!?」
クレノが思いきり目を見開く。
「ずるーい!」
「なにがずるいのよ」
私が笑うと、その横からヘルケまで口を挟んできた。
「でも、ミッケはねーさんって感じじゃないよぉ」
「ちょっと!」
八歳児にまで言われるとは思っていなかった。
しかも、その直後。
「確かになぁ」
カインが当然のように頷いた。
「ちょっとカイン!!」
振り向いて睨むと、カインは何が悪いと言いたげに肩をすくめた。
「お前、姉ちゃんっていうよりガキ大将だろ」
「誰がガキ大将よ!」
殴ってやろうかと拳を握りかけたところで、サクレティアが不思議そうに首を傾げた。
「……カインとミッケねーさんは、お似合いなのに」
「どこが!?」
反射的に声が出た。
あまりにも即答してしまったせいか、今度はカインのほうが微妙な顔をする。
「ミッケ……それ、俺が傷つくからな」
「今だけでしょ」
「今だけでも傷つくんだよ」
そんなことを言いながらも、カインは本気で落ち込んでいるようには見えなかった。
私もつい先ほどの夜の出来事を思い出しかけ、慌てて頭の隅へ追いやる。
サクレティアは私たちを交互に見たあと、どうにも納得できないという顔をしていた。
「こんなに自然に一緒にいるのに、どうして解きたがるんだ?」
「それとこれとは別なの!」
即座に答えた私に、サクレティアはますます分からないという表情を浮かべる。
ふと見ると、少し離れたところにいたメローネもこちらを見ていた。
サクレティアと目が合う。
二人は何も言わず、なぜか同時に小さく首を傾げた。
……何なの、その反応。
ものすごく納得がいかない。
けれど、そろそろ迎えの時間も近づいていた。
サクレティアはクレノと一緒に帰る準備を始め、メローネもヘルケへ声をかける。私たちもそこで今日の遊びを切り上げることになった。
◇
帰りの馬車の中。
私は窓際へ座り、制服の内側から先ほど借りた石板をそっと取り出していた。
揺れる馬車の中で落とさないよう、両手で慎重に持ち上げる。
改めて見ると、表面に刻まれた紋様は随分複雑だった。中央には竜を思わせる意匠があり、その周囲を細かな魔法文字が取り囲んでいる。
これがあれば、イージス公爵家の専用書庫へ入れる。
もしかすると、今まで知らなかった何かが見つかるかもしれない。
そんな期待を抱きながら眺めていると、向かいに座っていたカインが気づいた。
「ん?」
身を乗り出し、私の手元を見る。
「ミッケ。なんでお前が、イージス公爵家専用書庫の閲覧許可証なんてもってるんだ?」
「これ、やっぱりそんなに珍しいの?」
「珍しいっつーか、普通はイージス家の人間しか使わねぇだろ」
カインは怪訝そうに眉を寄せている。
私は少し得意になりながら、石板を見せた。
「サクがね、貸してくれたの」
「サク?」
一瞬誰のことか分からなかったらしく、カインが眉を寄せた。
「サクレティアよ。今日からサクって呼んでいいんだって」
「……いつの間にそんな仲良くなったんだよ」
「いいでしょ、別に」
私は石板を大事に膝の上へ置いた。
「王立図書館にあるイージス家の専用書庫を見ていいんだって。ツガイとか、先祖返りの記録もあるみたい」
「へぇ」
カインは興味を示したように石板へ目を向けたものの、すぐに別の疑問が浮かんだらしい。
私の顔をじっと見る。
「でもお前、本なんて読めるのか?」
「読めるわよ!」




