↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アートランティス王国の奇跡の年  作者: 無月公主


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/42

33.サクレティアの思い

それから数日が経った、ある日の放課後。


 授業を終えた私は、いつものようにカインたちと校舎脇の庭へ出ていた。


 ここ最近、放課後になると自然と同じ場所へ集まるようになっている。大きな木々に囲まれた一角は午後になると長い影が落ち、校舎からも少し離れているため、人目を気にせず遊ぶにはちょうどよかった。


 もっとも、今日はいつもの魔力玉遊びではない。


「違う。そこで力入れすぎると固まるぞ。もっと薄く伸ばしてから丸めろ」


 少し離れた場所では、カインが先生役になっていた。


 その前にはメローネとヘルケ、それからクレノが並び、それぞれ両手の間に魔力を集めている。先日遊んだ魔力玉を自分たちでも作れるようになりたいと言い出したらしく、カインが渋々教えることになったのだ。


「こう……?」


 ヘルケの手の中で淡い光がふくらんだものの、形が整う前にぺしゃりと潰れる。


「あー!」


「だから練りすぎだって言っただろ」


 カインが呆れた声を上げる隣では、メローネがくすくす笑っており、クレノは自分の掌に浮かびかけた小さな球体を真剣な目で見つめていた。


 その様子を眺めていた私の背後から、不意に落ち着いた声がかけられた。


「少し、いいだろうか」


「はい?」


 振り返った瞬間、私は無意識に背筋を伸ばした。


 立っていたのは、サクレティアだった。


「は、はい!」


 自分でも驚くほど、返事が裏返る。


 別に怒られているわけでもないし、サクレティアが怖い人だというわけでもない。それなのに、彼女を前にするとどうしても妙な緊張を覚えてしまう。


 まだ十四歳で、私より二つも年下のはずなのに。


 深い群青色の髪に、静かな青い瞳。姿勢はいつ見ても崩れず、ただ立っているだけなのに妙な威圧感というか――公爵令嬢として育った人間特有の空気がある。


 これが竜人族の末裔の迫力なのだろうか。


「少し向こうへ行こう」


「は、はい……」


 促されるまま、皆が魔力玉の練習をしている場所から少し離れた木陰へ移動する。


 大きく枝を広げた木の下は風が涼しく、頭上では葉がさらさらと擦れ合っていた。少し離れたところからは、ヘルケの「あ、また消えた!」という声と、カインの「集中しろ!」という声が聞こえてくる。


 けれど、私はそれどころではなかった。


 サクレティアがわざわざ二人きりで話したいと言ってきた理由が思いつかない。


 まさか。


 クレノを勝手に毎日遊びへ誘っていることだろうか。


 よく考えれば、クレノはサクレティアのツガイ伴で、しかも二人はすでに結婚している。本人がいいと言っているからと、毎日のように「遊ぼう!」と連れ回している私は、かなり図々しかったのではないだろうか。


 もし「私の夫を勝手に連れ回すな」と言われたらどうしよう。


 そんな不安を抱えながら待っていると、サクレティアは一度クレノのほうへ視線を向け、それから私へ向き直った。


「その……クレノと遊んでやってくれて、ありがとう」


「……え?」


 思わず間の抜けた声が出た。


 怒られると思って身構えていたせいで、言葉の意味を理解するまで少し時間がかかった。


「い、いいえ! そんな、私が勝手に誘ってるだけですし……」


 慌てて手を振る私を見て、サクレティアはわずかに表情を和らげた。


「本人の許可なく、こういうことを他人へ話すのはあまりよくないと思っている。だから、詳しく言いすぎるつもりはないのだが……」


 そこで一度言葉を切り、彼女はもう一度、遠くのクレノへ視線を向けた。


 カインに何か教えられているクレノは、掌の上に浮かんだ小さな魔力球を見つめている。その隣ではヘルケが興味津々で覗き込み、成功しかけるたびに二人で顔を見合わせていた。


「クレノは、あまりにも不遇な環境で育っていてな」


「……そう、なんですね」


 声を落として答えながら、私はサクレティアをちらりと見た。


 やっぱり年下に見えない。


 話し方も落ち着きも、どう考えても私より年上である。


 なんなの、この貫禄。


 私が緊張したままなのが伝わったのだろう。サクレティアは少し困ったように眉を下げた。


「そんなにかたくならないでくれ。私も……そうだな。クレノのように、サクと呼んでくれて構わない」


 いやいやいやいや。


 それは恐れ多すぎる。


 イージス公爵家の令嬢を、いきなり愛称で呼べと?


「わ、私もミッケでもミケリアでも、なんでも構いません!」


 何か返さなければと思った結果、勢いだけでそう答えてしまった。


 するとサクレティアは少し目を丸くしたあと、珍しく声を漏らして笑った。


「くすっ……では、ミッケねーさん」


 ――神様。


 私、今日死ぬんですか?


 あまりにも似合わない可愛らしい呼び方に、心臓が変な跳ね方をした。


 サクレティアはそんな私の混乱など知らないまま、再び穏やかな表情へ戻る。


「クレノはな……もともと、バレンタイン公爵家の庶子として引き取られた子なんだ」


「バレンタイン公爵家……?」


「ああ。母親が亡くなったあと、身寄りがなくなったクレノを、バレンタイン家が引き取った。黒い髪と赤い瞳は、あの家に多い特徴だからな」


 私は遠くにいるクレノへ目を向けた。


 黒い髪と、赤みを帯びた瞳。


 言われてみれば、確かにバレンタイン公爵家の人間にいても不思議ではない色合いだった。


「だが、調べていくうちに……どうやら庶子ですらなかったことが分かった」


「え?」


「血縁があるのかどうかすら、はっきりしなかったそうだ。誰の子なのかも分からない。ただ、身体にはツガイ紋があった」


 サクレティアは自分の左手へ一度視線を落とした。


「紋が左手の甲にあるわけではなかったから、少なくともツガイ主ではなく、ツガイ伴である可能性が高いと判断された。それで、バレンタイン家も手元へ置いたのだと思う」


 そこまで話したところで、サクレティアの声が少し低くなった。


「だが……そこで、酷い扱いを受けていた」


 詳しく語られなくても、その一言だけで十分だった。


 放課後に初めて一緒に遊んだ日のクレノを思い出す。


 こちらをまともに見られず、話しかけてもすぐに俯き、何をするにも遠慮していた。


 ただ人見知りなのだと思っていた。


 けれど、きっとそれだけではなかったのだ。


「私が八歳の頃、チャリティーパーティーで偶然クレノを見つけた」


 サクレティアの瞳が、わずかに細くなる。


「その場でツガイだと気づいたわけではない。ただ……妙に気になって、放っておけなかった。それから調べてもらって、クレノの紋と私の紋が対になっていることが分かった」


 八歳のサクレティアが、今よりさらに幼いクレノを見つけたのだろう。


 どういう姿だったのかは聞かなかった。


 けれど、サクレティアの表情を見れば、軽い話ではないことくらい分かった。


「もし、あのとき私が見つけていなかったら……今頃、クレノがどうなっていたか分からない」


 その言葉には、静かながらもはっきりとした怒りが滲んでいた。


「当然、父はクレノをイージス家へ引き取る手続きを始めた。ところがバレンタイン家は、クレノを渡す条件として膨大な金額を要求しようとしてきた」


「えぇ!? それって……」


 人を、お金で売るようなものではないのか。


 思わず声を上げると、サクレティアは静かに頷いた。


「もちろん父がツガイ法に反すると訴えた。さすがに認められる要求ではなかったから、最終的には金銭を条件にされることなく、クレノを引き取ることができたがな」


「ツガイ法……」


 何度読んでも難しい文章ばかりで、途中から文字が頭の上を滑っていく、あの法律。


 ややこしい決まりを並べただけのものだと思っていたけれど、ちゃんと人を守るために働くこともあるらしい。


 ツガイ法、すごい。


 何回読んでも頭に入らなかったけど。


「そんなことが……あったんだ」


 もう一度クレノを見る。


 ちょうど魔力球が綺麗な形になったらしく、ヘルケが隣で大喜びしていた。クレノ自身も、ほんのり頬を緩めている。


 あんな笑顔を見せるようになるまでに、何があったのだろう。


 サクレティアも同じものを見つめながら、少しだけ声を柔らげた。


「うちへ来たばかりの頃は、いつもびくびくしていた。何か話しかけても、怒られると思うのかすぐに身体を固くするし、食事を出しても遠慮して……なかなか笑ってくれなかった」


 その言葉を聞くうちに、胸の奥が重くなった。


「だから最近、クレノがよく笑うようになったのが嬉しいんだ。放課後に帰ってくると、その日に何をしたのか話してくれるようにもなった」


 そこでサクレティアは私へ向き直る。


「ミッケねーさんのおかげだと思っている」


「えぇ!? 私!?」


 あまりにも予想外のところから話が飛んできて、思わず自分を指差した。


「いやいやいや! クレノを最初に連れてきてくれたの、ヘルケだよ!? 私はそのまま一緒に遊んでるだけだし!」


「うん。ヘルケ君にも、とても感謝している」


 サクレティアは素直に頷いた。


 けれど、すぐにほんの少しだけ唇を尖らせる。


「ただ……毎晩、クレノがミッケねーさんの話ばかりするのでな」


「……え?」


「少し、ヤキモチを焼いている」


「えぇ!?」


 今度こそ、本気で驚いた。


 目の前にいるのは、いつも冷静で堂々としていて、近づくだけで私が勝手に緊張してしまうサクレティアだ。


 その口から「ヤキモチ」という言葉が出てくるとは思わなかった。


「な、なんかごめんなさい!」


 反射的に謝ると、サクレティアはおかしそうに笑った。


「謝らなくていい。なら、今度は私も玉遊びに入れてくれ」


「それはもちろん!!」


 むしろ大歓迎である。


 さっきまでの緊張はどこへやら、私は勢いよく頷いた。


「サクも一緒にやろう! 玉ならカインに何個も作らせればいいし!」


 遠くでカインがくしゃみをした気がしたけれど、気のせいだろう。


 サクレティアは私を見つめ、しばらく何も言わなかった。


「……どうしたの?」


 気になって尋ねると、彼女は目を細めた。


「ミッケねーさんは、不思議だな」


「不思議?」


「ああ。なんというか……太陽みたいだ」


「え?」


 あまりにも自分とは結びつかない言葉に、私は首を傾げた。


 けれどサクレティアは、それ以上説明するつもりはないらしく、小さく首を振った。


「いや……なんでもない」


 そう言ってから、ふと何かを思い出したように表情を改める。


「それより、ミッケねーさん」


「うん?」


「ツガイを解きたがっていたな」


 一瞬で、話の空気が変わった。


 私は思わず姿勢を正す。


「……うん」


「私は、どちらかといえば好ましく思わない側だ」


 サクレティアの声に責める響きはなかった。


 ただ、自分の考えを正直に告げているだけだった。


「クレノとのツガイは、正直、死んでも解きたくない。私はクレノを深く愛しているから……だから、ミッケねーさんの考えには賛成できない」


 少しだけ緊張しながらも、私は黙って聞いた。


 以前なら、否定されたと感じて身構えていたかもしれない。


 けれど今は、この教室にいる人たちがそれぞれ違う事情を抱え、ツガイに対する思いも違うことを知っている。


 サクレティアにとって、ツガイはクレノと結びつけてくれたものでもあるのだ。


 嫌う理由などないのかもしれない。


 そんな私を見て、サクレティアは静かに言葉を続けた。


「けど、一つだけ……教えられることがある」


「え?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。