22.謎の校舎
婚約のお披露目から、数日が経った。
私とカインは朝早くにグレゴリー公爵家を出て、久しぶりに魔導アカデミーへ向かっていた。
もっとも、今日目指しているのは、これまで通っていた見慣れた校舎ではない。正門を抜けたあともいつもの道へは進まず、そのまま敷地の反対側へと向かっていく。
長年通ってきた場所のはずなのに、こちらまで足を運んだ記憶はほとんどなかった。やがて人通りの多い道を外れ、木立に囲まれた静かな一角へ差しかかったところで、私は思わず足を止めた。
「……こんなところに校舎なんてあった?」
木々の向こうに、一棟の大きな建物が建っている。
魔導アカデミーらしい重厚な石造りではあるものの、これまで使っていた校舎とは雰囲気がまるで違った。周囲を囲う塀は高く、立派な門柱や外壁には細かな魔法陣が幾重にも刻まれている。近づいただけで肌の表面が微かにざわつくような感覚があり、目に見えない何かに囲まれていることだけは、魔法に詳しくない私にも分かった。
これほど大きな建物が、同じアカデミーの敷地内にあった。
それなのに、今まで一度として存在に気づかなかったことのほうが不思議だった。
「魔力回路が通ってない奴には、感知できないらしいからな。知らなくて当然だ」
隣にいたカインが、特に驚くことでもないように答える。
「感知できないって……建物そのものが?」
「ああ。認識をずらす魔法がかけられてるらしい。普通の生徒が近くまで来ても、ここに校舎があるってこと自体を意識しにくくなるんだと」
「そんな魔法まであるんだ……」
私は改めて建物を見上げた。
覚醒する以前の私なら、仮にこの場所まで来ていたとしても、木立の向こうに何もないと思い込んで通り過ぎていたのかもしれない。
「じゃあ、覚醒してないと入れないの?」
「いや。覚醒してなくても、許可証さえ持ってれば入れる」
「……ってことは、まだ覚醒してない人もツガイ科にはいるの?」
てっきり覚醒した主と伴だけが通う場所なのだと思っていた。
問い返すと、カインは少し考えるように視線を上げた。
「どうだろうな。相手が極端に幼い場合なんかは、覚醒を控えてる奴もいるかもしれねぇ」
「そんなことできるの?」
「俺たちだって、そうだっただろ」
「あ」
言われてみれば、その通りだった。
私とカインの紋が対になっていると分かったのは八歳の頃だ。それでもアルバトラ公爵たちは、幼い私たちを覚醒させることはせず、カインには左手の手袋を外させないようにして、八年間も真実を伏せていた。
「そっか……」
相手が見つかったからといって、必ずすぐに覚醒するわけではない。
こうしてツガイについて学び始めてからというもの、知っているつもりだったことが次々とひっくり返されていく。
また一つ知らなかったことが増えたな、などと考えながら門の前に立っていると、不意に背後から低い声が飛んできた。
「どけ。邪魔だ」
「えっ」
振り返った瞬間、反射的に身体が強張った。
そこに立っていたのは、私たちと同じ魔導アカデミーの制服を身につけた青年だった。
黒髪を無造作にかき上げ、その下から覗く切れ長の青い瞳が鋭くこちらを見据えている。通った鼻筋と整った顔立ちは十分に美しい部類に入るはずなのに、近寄りがたい雰囲気が強すぎて、華やかさより先に威圧感のほうが目についた。
さらに目を引くのは、その体格だった。
鍛え上げられた厚い胸板に、広い肩。紺と白を基調に金の装飾をあしらった制服に身を包んでいても、学生というより戦場帰りの騎士とでも言ったほうがしっくりくるほど、荒々しい迫力がある。
その青年の後ろには、もう一人の生徒が控えるように立っていた。
二人の距離は近く、青年も意識しているのかいないのか、その人物を庇うように半歩前へ出ている。
――たぶん、ツガイ伴だ。
「わ、悪かった」
さすがのカインも何も言い返さず、一歩横へ退いた。
私も慌てて道を空ける。
青年は礼を言うでもなく、そのまま私たちの脇を通り過ぎ、門の向こうへ歩いていった。後ろにいた伴らしき人物も、それに続いて静かに校舎へ入っていく。
二人が十分に離れたところで、私はようやく詰めていた息を吐いた。
「……誰、あれ」
「グリズナー大公家の子息だ」
「大公!?」
思わず声が裏返り、もう一度遠ざかっていく背中を見てしまった。
「こわ……。一緒のクラスだったらどうしよう」
あんな人と一日中同じ教室で過ごすなんて、できれば遠慮したい。
ところがカインは、私の心配をあっさり否定した。
「それなら大丈夫だ。クラス分けは確認してる」
「ほんと?」
「ああ。俺たちと同じ教室にいる大公家は、アーデントって書いてあった」
「アーデント……」
「アーデント大公家の奴なら知ってる。あっちは、あんな感じじゃねぇよ」
カインは先ほどの青年が消えていった方向へちらりと目をやり、それから思い出すように続ける。
「なんつーか……優しい王子様みたいな野郎だ」
「そ、そっか。よかった……」
思わず胸を撫で下ろすと、カインが横から呆れたような目を向けてきた。
「お前、分かりやすいな」
「だって初日から、あんな怖い人と同じクラスとか嫌でしょう!」
「聞こえたら殺されるぞ」
「ちょっと、やめてよ!」
そんなことを言われたせいで、私は反射的に背後を振り返った。
もちろん、もう青年の姿はない。
それを見てカインが小さく笑いながら歩き出したので、私は不満げに睨みつつ、そのあとを追った。
門では持参した許可証を厳重に確認され、その先にも複数の結界が張られていた。境界を越えるたび、薄い膜の中へ身体を通しているような奇妙な感覚が肌を撫でていく。
覚醒したツガイ伴が狙われる危険性については、もう嫌というほど理解している。
それでも、これだけの警備を実際に目にすると、改めて自分たちが通う場所の特殊さを思い知らされた。
「……ほんとに普通の校舎じゃないんだね」
「ツガイしかいねぇんだから、そりゃそうだろ」
カインはあっさりしたものだったが、私は周囲を見回さずにはいられなかった。
校舎へ入ったあと、私たちはそのまま職員室へ向かった。
編入初日ということもあって、普通の生徒のように勝手に教室へ行くわけにはいかないらしい。まず教師たちと顔を合わせ、朝のチャイムが鳴ってから一緒に教室へ向かうことになっていた。
それからしばらく職員室の一角で待たされ、やがて校内に始業を告げる鐘の音が響いた。
「では、そろそろ行きましょうか」
教師の一人がそう告げると、それまで各々準備をしていた数人の教師たちも立ち上がった。
私とカインもそれに合わせて席を立ち、彼らと一緒に職員室を出る。
教師たちに囲まれながら廊下を歩いているうちに、私は何となく周囲を見回した。
前にも先生がいる。
後ろにもいる。
その真ん中を、私とカインが歩いている。
どうにも別の状況にしか見えなくなってきた。
「……なんか、連行されてるみたい」
つい口から漏れた言葉に、前を歩いていた教師の一人が振り返り、愉快そうに笑った。
「ははは。面白いお嬢さんだ」
「すみません。こいつ、思ったことすぐ口に出すんで……」
なぜかカインが申し訳なさそうに頭を下げ始める。
「何よ。別に間違ったこと言ってないでしょう」
「ミッケ」
低い声で名前を呼ばれ、横を見る。
カインは歩調を合わせたまま少しだけ顔を寄せると、妙に真剣な表情で私を見た。
「頼むから、言葉には気をつけてくれよ?」
「なんでよ」
「なんでって……これから同じ教室にいる奴らの家、ほとんど高位貴族なんだからな」
心配しているのは私の態度ではなく、その結果として誰かを怒らせることらしい。
とはいえ、八歳の頃から散々貴族社会へ連れ回されてきた私に対して、今さらそれを言うのも遅い気がする。
「はいはい」
「……本当に分かってんのか?」
疑いの眼差しを向けてくるカインを無視して、私は廊下の先へ視線を戻した。
もう少し進んだところに、一つの教室が見えている。
今日から私たちが通うことになる、ツガイ科の教室だった。
22話までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ここまで読んでくださったあなた。
そう、あなたです。
22話ですよ。
もう「たまたま読んでただけ」は通用しません。
そろそろブックマークをお恵みください。
なお、すでにお恵みくださった方から二重に徴収することはできませんので、評価という別口の募金箱もご用意しております。
作者の欲望には限りがありません。
今後ともよろしくお願いいたします。




