決まったデビューと消えた僕の記憶
僕は、周りの人達のおかげで、審査を進んでいった。二次審査は、グループでのパフォーマンス審査。
三次審査は、三日間の合宿審査。
最終審査は、課題曲二曲によるパフォーマンス審査。
僕は全ての審査をクリアし、オーディションを勝ち上がり、念願のデビューの権利を得た。
ここまで約三ヶ月かかった。
そして、公式からの発表は一週間後。
デビュー曲の披露も同時に行われるため、僕はオーディションの期間以上に練習に励む日々になった。
2026年10月28日水曜日。
そして、夜織にも発表出来る日が来た。
審査情報は身内にも口外禁止だった為、話したい気持ちをぐっと堪えていた。
公式から発表される朝、僕は夜織に電話をかけた。
やっと言える。
待たせた分、たくさん話して、これからのステージで僕のパフォーマンスを夜織に一番に届けていきたい。
トゥルルル…。トゥルルル…。カチャッ。
「おはよう、夜織。長いこと電話出来なくて、待たせてごめんなさい。今日このあと発表なんだけど、僕、デビューが決まったよ。本当に夜織のおかげなんだ。だから…!」
「あの…どなたですか…?」
「え…?」
僕は、時が止まった。
演技、な訳がない。
彼女は嘘なんかつかない人だ。
それはよく分かってる。
なら、どうして…。
「あの…。もしかして夜織さんですか…?」
「…はい。」
「あ!母と父が、もし夜織さんから電話があったら、伝えて欲しいと言われてたんです。ちょっと待っててくださいね!」
こんなことは、お父さんから聞いてなかった。
僕がお父さんから聞いてたのは、彼女の願いと、余命のことだ。
だから、なるべく彼女のそばに…。
居たか?
僕は。
自分の夢ばかり見て、彼女のそばから約三ヶ月も離れていたようなものだ。
僕は、何をしてるんだ…。
「もしもし夜織くん?ごめんなさい。あなたにまだ伝えてないことがあったのよ…。夜織くん、もし今日の夜時間があったら、家に来て下さるかしら。全部お話します。」
「はい…。ありがとうございます…。では今日の夜伺います。」
全部…?
夜織にはまだ僕が知らないだけで、何かあるのか…。
デビュー発表が終わり、僕は足早に会場を出た。
そして、まっすぐ彼女の家へ向かった。
ピンポーン
「ごめんなさいね、夜織くん。とりあえずあがってもらえるかしら。」
「…はい。お邪魔します。」
リビングには、お父さんだけが居た。
「こんばんは。あの…、夜織さんは…。」
「今は、部屋で音楽を聴いていてね。ヘッドホンをしているから、全く他の音とか聴こえてないと思う。それに、今会っても、夜織は、君のことを知らないままだから、君が混乱してしまうと思う…。」
「あの…。僕が知らないだけで、まだ夜織さんには何か秘密があるんでしょうか…。」
少し下を向いたご両親は、ゆっくりと話を始めた。
「夜織が見た夢の話はしたね?その話には、君に話してない中身があるんだ。夜織は、記憶障害も患うことになってたんだ…。私たちも驚いているんだ…。ここまで急速に進行している今に…。だけどね、夜織くん。多分、夜織は分かってたんだと思うんだ、今こうなることを…。」
「どうゆうことでしょうか…。」
「夜織はね、なるべく人の記憶に残りたくないと言ってたんだよ。いつ、どれくらい記憶を失くすか分からないのに、もし譲渡した人や動物達に次会って、声を掛けてもらえても、自分は何も話せないだろうし、それに、そもそも私の事を忘れて生きて欲しいと…。譲渡した後の人生は、その人達や動物達のものだから、自分の事を考えてる暇がないくらい、幸せになってほしいと…。」
「そんな…。」
「それと、なんで分かってたと思うかなんだけどね。あの子、夜織くんからオーディション受けるって聞いた時部屋で言ってたのよ…。」
(三ヶ月か…。ふっ、ちょうどよかったかも…。お母さん、お願いがあるの。もし、私の記憶から夜織が消えたら、日記を違うものと交換して、夜織の存在自体を、そもそも無かったことにして欲しいの。じゃないと私、夜織から離れること出来なくなっちゃうから…!)
「多分ね、夜織くんが受かるって信じてたんだと思う…。受かったら、きっと忙しくなる。そもそも恋愛のスクープなんてでたら、あなたの失点になってしまう…。全部分かった上で、自分の記憶障害の進行と、デビューの発表時期、照らし合わせて、ちょうどあなたの記憶から消えることができるって、思ったんだと思うわ…。だから私たちも、記憶障害のことを黙っていたの、本当にごめんなさい…。」
言葉が出なかった。
彼女の気持ち、ご両親の気持ち、全てが理解できるから。
家族全員で、僕なんかのことをここまで…。
「あれ?お客さん?こんばんは!」
部屋着の夜織が、僕達の前に現れた
大きなクマのぬいぐるみを抱えて。
「…こんばんは。それ…。」
「あ!この子の可愛さ、分かるんですか!?」
「はい。とても可愛いですね。名前ってあるんですか?」
「へへっ、おうまさんです!ふふっ、この子にピッタリですよね!」
「…はい。」
そこには、変わった君と、変わらない君が居た。
前まで両腕で抱えていたおうまさんを、左腕で一生懸命抱きしめる君。
おそらく右腕も、誰かに譲渡したのだろう。
でも、変わらなかった。
ぬいぐるみのその独特なネーミングセンスも、君のその笑顔も。
三ヶ月。
たった三ヶ月だ。
僕を忘れてるなら、そのままでいいから。
もう一度好きになってほしいなんてわがまま言わないから。
お願いだから、君と居させてほしい…。
「夜織。私たち買い物に行ってくるから、お客さんとお留守番しててくれるかしら?」
「うん!もちろん!え!今日の夜ご飯何!?」
「あなた達の好きな、ハンバーグよ。」
「達…?」
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい!」
そして、彼女はゆっくりと車椅子で僕の前に来た。




