僕の人生
僕は幼い頃からアーティストを目指していた。
僕の人生の軸に音楽があったから。
一人になった時も、歌ってる時だけは、自分を保つことができた。
音楽がなければ、僕はきっとこの世には存在していない。
音楽は好きだ。
僕を唯一裏切らないものだったから。
歌えば歌うほど、聴けば聴くほど、僕を導いてくれる。
だから、他には何もいらなかった。
彼女に出会うまでは。
あの日、彼女に出会わなければ、僕は僕の為だけに歌うだけで終わっていたんだと思う。
オーディションを何度も受けてきて、よく言われたこと。
「もっと感情を込めて歌ってみてほしい。」
僕にはそれが出来なかった。
僕は僕の為に、歌を歌っていたから。
人の気持ちとかよく分からないし、ましてや、好きとか嫌いとか、そうゆう感情すら抱いたことがなかったから。
でも、今は違う。
今の僕には夜織が居る。
だから、もう一度だけ受けてみようと思った。
年齢的にも制限がついてきて、応募できるものが減ってきた。
自分に諦めるのも、もう疲れた。
夜織には、オーディションを受けることはもちろん、分かってるだけの審査日程と、それに伴って連絡の遅れや、会える時間が減ることは伝えた。
夜織からは一言だけ。
「やっと、夜織くんの歌が世界に届く日が来るんだね!」
と。
彼女のこの一言で、より気持ちが引き締まり、僕はオーディションにまっすぐ向かっていった。
今回のオーディションは、書類審査はなく、全員対面からのスタートだ。
そして、今までと違うこと。
それは、ソロでのデビューのオーディションではないこと。
今までの僕は、一人でやることに固執していた。
だから、グループを作るようなオーディションは避けてきていた。
でも、夜織に出会ってからは、人を信じてみるのもいいのかもしれないと思えるようになれた。
審査開場に着くと、たくさんの人が丁寧に列を作り、
案内開始まで待っていた。
その後、緊張で今にも一人一人の鼓動が聞こえそうなほど、静かな控え室に入り、説明を受け、発声練習もせず、僕はずっと座っていた。
「32番。鈴木夜織さん。中へどうぞ。」
「はい。」
中へ入ると、カメラが一台。
審査員は全部で3人。
僕は目を閉じて、深呼吸をした。
夜織を思うんだ。
今の僕には夜織が居る。
大丈夫、大丈夫。
「自己紹介となぜこのオーディションに参加したかと、なぜ別室で発声練習もせず座っていたのか、説明をお願いします。」
控え室にもカメラがあったんだ。
でも、やましいことはない。
理由があったから。
「はい。鈴木夜織、20歳です。
僕は今まで、自分一人の為に歌を歌ってきました。
ですが、大切な人に出会ってからは考え方が変わり、誰かに歌を伝えたいと思えるようになり、人を信じて、仲間と音楽を伝えたいと思うようになれたので、このオーディションに応募させていただきました。
また、発声練習をしなかった理由ですが、気持ちを作ること以外の準備は、家で済ませてきていたので、集中力はそっちに使っていました。」
静かになった。
また、ダメだったんだろうか…。
「…では、ワンコーラス歌ってみてもらっていいですか?」
「はい。」
僕の今までの生きてきた道を、声に込める。
歌い終わると、再び静寂が訪れた。
そして、審査員の方にいくつか質問をされ、僕は部屋を後にした。
一次が通れば、連絡は一週間以内に届くという。
ただし、連絡は通った人だけ。
やれるだけの事はやれたと、今回のオーディションは言える。
どんな結果だとしても、最後の挑戦を悔いなくできたことを、誇りに思おう。
それから、三日後、アルバイト終わりに携帯を見ると、一件の不在着信が入っていた。
見慣れない番号からの着信。
留守番電話が残っていたので、恐る恐る聞いてみた。
「この度は、当社のオーディションにご応募いただき、ありがとうございました。選考結果につきましてのご連絡です…。一次を通過されました。次の審査の日程等の説明をさせていただきたいので、折り返しのご連絡お待ちしております。なお_。」
しばらく放心状態だった。
声も出せず、固まっていた。
それから、対応時間外だったので、折り返しの連絡は明日の朝一と決めて、僕は帰り道夜織に電話をかけた。
「もしもし、こんばんは。突然電話してごめん。…ちょっと声聞きたくて…。」
「こんばんは!突然の電話は嬉しいので、遠慮せずいつでもどうぞ!今ね、ご飯食べてお風呂入って、髪乾かして、スキンケアして…今お布団に入るか葛藤してたけども!お布団の誘惑には勝てず、お布団に入ってます!」
「ふっ。何それ…。容易に想像つくね。可愛い。」
「…突然の電話は嬉しいけど、突然の可愛いはドキドキがすごいので、極力控えながら、多めにお願いします…。」
「うん。可愛い。夜織、可愛いね。本当に癒される…。ありがとう。」
「うう…。こちらこそ、ありがとうございます。」
「今日は他に何してたの?」
「今日はね!お母さんとパンケーキ屋さんに行って_。」
君の何気ない話。
本当に可愛かったな…。
パンケーキ屋さんに行って、パスタ美味しかったとか、ちょっと理解するまでに時間がかかる君の話は、いつ聞いても飽きない。
結局僕たちは、僕がシャワーを浴びてる間も繋げたままで、そのまま朝まで電話を繋げていた。
朝彼女の方が早く起きて、時計を見ようとしたら間違えて切ったらしい。
寝落ち電話のおかげで、いつもより落ち着いた気持ちで眠ることができたと思う。
本当にありがとう。
そして、起きた僕は、折り返しの電話をかけ、二次審査へと進むことになった。




