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22/25

改めまして

それからの日々は、本当に怒涛だった。

練習に練習を重ねることはもちろん、歌番組に雑誌撮影、取材にレコーディング。

約一ヶ月は、夜織の近況を聞く余裕もないほどだった。

いや、それは言い訳だ。

本当は怖かった。

僕を忘れた彼女に、どう接すればいいのか。

考える時間も余裕もなく、ただただ日にちだけが過ぎていった。


そんなある日、僕は、午前中の休みがあった為、早朝5時、頭をスッキリさせたくて、公園に行った。

夜織にどう接するかもしっかり考えたかったから。

僕はギターを取り出し、夜織と最初に出会った時に歌っていた歌を、繰り返し歌っていた。


何回か歌った時、遠くから何か来る音がした。

こんな早い時間に、ウォーキングだろうか。

僕は気にせず、歌い続けていた。

すると、歌い終わった時、肩をトントンと叩かれた。

驚いて顔をあげると、そこには、夜織が居た。


「え…どうして…。」


彼女は何も言わず、ホワイトボードをカバンから取り出して、何かを書き始めた。

書き終え、彼女はホワイトボードを僕に見せた。

「元気ですか?」

僕は、涙が溢れ出した。

大切な人。

僕を忘れた、世界で一番大切で、大好きな人。

ずっと会いたかった彼女が、今目の前に居る。

耐えられる訳がなかった。


「うっ…うぅ…。」


いつまでも泣き止まない僕に、君はとても動揺したよね。

怖かったよね、ごめんね。

すると突然、彼女が僕の頭をポンポンとしてくれた。

そして、「大丈夫、大丈夫。」と、口で言ってくれた。

より、泣き崩れる僕に、彼女は、ホワイトボードの文字を消し、新たに書き始めた。

「私、身体ほとんど動かないんです。」

僕に見せ、彼女は話を続けた。


「左手の真ん中辺り、右目と右腕、両脚と、両耳、最近は左肘が動かなくなったの。」


そうか、譲渡は続いていたんだ…。

僕の耳に譲渡した後、彼女は、誰かに左肘の機能を渡していたんだ…。


「あなたはすごく素敵な歌を歌うんだろうね。私も聴きたかった…。」


その時、また涙が溢れ、奪った罪悪感が一気に僕の中に流れ込んできた。

どうしようもなく、俯く僕に、彼女はまたホワイトボードを見せた。

次はなんだろう…。

聴こえない今に、きっと彼女はとてつもなく辛い想いをしているだろう。

僕は受け止められるだろうか…。

思いきって顔をあげて、僕はホワイトボードを見た。


「でもね、聴けなくてもあなたの良さが分かるの。

聴こえないからこそ、今のあなたに私は会えた。

あなたは何か悩んでるようだったけど、歌を歌ってる最中だけは、本当に歌が好きな顔をしていた。

大切にしていて、誰かに届けたがってるんだろうなって顔。本当に惹かれた。多分、一目惚れ笑、」


僕は、涙が溢れてるのも構わず、彼女に抱きついてしまった。

抑えられるわけがなかった。

一ヶ月ぶりの彼女の優しさ、声、仕草。

僕を知らないのに、声を掛けてくれるその温かさと温もり。

その全てに僕は涙が止まらなかった。

泣き止まない僕の背中を、彼女はただひたすらトントンとして、さすってくれていた…。



私は、分からなかった。

なぜこの人は泣いているのか。

そして不思議だった。

私は、そもそも男性があまり好きではない。

怖いし、大きいし、プライド高いし。

でも、なんでだろう。

この人は違う気がした。

この人の声は全く聴こえない。

だから表情を見るしかなくて。

でも、分かった。

この人の歌は嘘をつかないって。

本当に不思議だけど、この人は信じたいと思ってしまった。

だから抱きつかれた時、驚きはしたけど、離そうとは思わなかった。

むしろ、できるだけ長く、こうしていたいと思った。

理由だけが置いてけぼりのまま、私は彼に寄り添いたいと思った。

そして図々しくも、彼の温もりを感じて、少し喜んでしまっていた。

数分後、彼は私を離し、おそらく「ごめん。」と言った。

なんで謝るんだろう。

何も悪いことなんかしてないのに。

多分、私のことを想って謝ってくれたんだよね。

この人のこと、私、好きだな…。

ん?

いや、待てよ。

私、この人の名前も知らないんだよな…。

年齢も声も、何もかも知らないのに、なんでこんな好きとか思っちゃったんだろう…。

謝罪しなきゃ…よし、書こう。


「急に一目惚れとか言っちゃってすみません!」


見せると彼は、手を出してきた。

私は、ホワイトボードを渡した。

彼は、私の文字を消して、何か書き始めた。

書き終えると彼は、真剣な顔で、ホワイトボードを胸の前に出し、私に見せた。


「突然抱きついてしまい、すみません。僕の方が、おそらくあなたのことを好きだと思います。」


私は、あまりに真剣な顔で話す彼の顔を見て、やはり好きだと思った。

でも、これ以上、彼に近付いてはいけない。

私は、彼の傍に居てはいけない。

だから…。


「私、迷惑かけたくないんです。私から言っといて、ごめんなさい。」

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