私の瞳を受け取ってもらえませんか
ゲージの上には、ゆきくんという名前が書かれていた。
「この子、とっても可愛いですよね!このゆきくんは、保護した時にはもう、白内障になっていたんです。発見に時間がかかったので、おそらく右目は視力はほとんどないと思います。でも、この左右の目のギャップがまた可愛いですよね!綺麗で、人懐っこくて、ちょっとイケメンですよね!」
「ほんと!綺麗な瞳で、本当にイケメンさんですね!」
係の方と母が話す横で愛想笑いをしながら、私は決心をした。
この子に右目、受け取ってもらおう。
でも、これは人間である私のエゴで、本当に渡してもいいのだろうか。
すごく悩んだ。
でも、それと同時に、これからもあるゆきくんの人生に、もっともっとたくさんの景色を見てほしいと思ったんだ。
世界が変わって見えて、いつかその世界が、景色が、ゆきくんにとって当たり前になりますように。
「ちょっと失礼しますね!」
「私も御手洗行って来ようかな、ちょっと見て待っててくれる?」
「うん。」
係の方と母が同時に抜けたタイミングで、私はゆきくんと同じ目線にしゃがんだ。
そして、自分の手を組み、目をつむり、強く願った。
「私の右目の機能をゆきくんに渡してください。」
目を開け、ドキドキしながらゆきくんを見た。
ゆきくんの右目は、左右同じになっていた。
相変わらず綺麗なその瞳に、私は心を救われた気がした。
動物にも使えた。
ゆきくんのことで頭がいっぱいで、そもそも使えるかなんて考えてなかったけど。
ゆきくんに夢中になりすぎていたんだ。
本当に良かったとゆきくんを見て微笑む私を、母が右側から見ていることに気付かないほどに。
「夜織、そろそろ帰ろっか。」
聞き慣れたその声に、思わず身体がビクッと震え、右を見ると、無理をして作った笑顔を浮かべる母が、そこには居た。
家に帰るまで、母は黙ったまま、両手でハンドルを握り、ただただまっすぐ前を見ていた。
家に着くと、父の車があった。
仕事だと言っていたのに、どうしてだろう。
「ただいま。」
「…おかえり。夜織、少し話そうか。三人で。」
椅子に座る二人の様子を見て、私はさっきの違和感と全てが繋がった。
バレたんだろう。
しっかり話して、向き合おう。
「…ごめんなさい。二人に話さなきゃいけないことがあります。信じて聞いてほしい。私実は_。」
私は全てを話した。
あの日、倒れた時に見た夢の事も、余命も、願いも。
数分、無言の時間が流れた。
始めに口を開いたのは母だった。
「信じるよ…。あなたが話すことに嘘はないと思うから。ただね…一つだけ…あなたは私達の宝物なのよ…。あなたの手も目も、心も身体も全て、あなたの存在そのものが宝物なのよ…。」
涙を流しながら話してくれた母に、私はきちんと向き合わなければいけないと思った。
「私の生きる意味って、作らなきゃ無いに等しかったんだ。」
二人は私の顔を見て、聞いてくれた。
「私、生きてる意味が分からなくなってた。自分は間違ってないのに、間違ってるって言い聞かせた方が、自分の気持ちに蓋をした方が、何倍も楽だって気付いて、いつしか、固く固く蓋を閉めるようになった。笑う時間も減って、話すことも減って、いつの間にか感情を消すことが、特技になってた。でも、間違ってるとか間違ってないとか、悩んだり、落ち込んだりする時間があるだけで、幸せなんだって思った。世界には、悩む事も許されない人や動物が居て。贅沢な人生だとも思った。そしたら、何も出来ないまま、誰のことも救えないまま消えるなんて嫌だと思ったの。少しでいい、誰かを救って、役に立って、自分が生きてた意味を作りたかった。生きてきた私の人生を、間違いなんてなかったって、幸せだったって、心から笑って言えるように。だから、お願いします。私の願いを、どうか分かってください。お願いします。」
頭を下げた。
できるだけ低く。
「…顔、上げなさい。」
顔を上げると、父は少し笑って、
「頑張りなさい。夜織の願いは、間違ってないと私は胸を張って言える。」
と言ってくれた。
母は、父と目を合わせ、まっすぐ私を見た。
「夜織、約束して。これからは、話して欲しい。あなたの事だから、考えたらすぐ行動で、事後報告になることが多いと思うけど、それでもいい。あなたがしたこと、思ったこと、何でも話して。見ただけじゃ、私達は今日のあなたが何を分かってて、何が出来ないのか分かってあげられない…。私達にあなたのサポートをさせて欲しい。あなたの生き方を、私達は誇りに思うから。頑張って。あなたは間違ってなんかないんだから。」
「本当にありがとう。」
三人で手を重ねた。
二人の心の温かさが心にスっと入ってきたような気がした。
そして、私は気付いた。
私の人生、二人の元に産まれてこれた時点で、そもそも間違ってなんかなかったんだと。
頑張ろう。
やるべきことを、やり遂げよう。
2026年3月22日日曜日…




