第31話 特例の代償
外縁区画が「特例区画」として正式に認められてから、一週間。
変わったのは、制度そのものよりも――人の視線だった。
「……視察、ですか」
詰所の騎士が、少し緊張した面持ちで言う。
「はい。王都中央からの官僚団です」
私は、書類から顔を上げた。
予想していたとはいえ、早い。
特例は、例外だ。
例外は、必ず確認される。
午前中、外縁区画に複数の馬車が入った。
財務、治安、行政――各部署から選ばれた者たち。
表情は揃って硬い。
「……ここが、例の区画ですか」
誰かが、感想とも評価ともつかない言葉を漏らす。
私は、案内役として先頭に立った。
「ここでは、現場裁量を認めています」
淡々と説明する。
「ただし、判断理由と結果はすべて記録され、最終責任は第二王子殿下が負います」
「つまり」
財務官の一人が、眉をひそめた。
「殿下個人の裁量で、国の運営をしていると?」
「いいえ」
私は、即座に否定する。
「殿下個人が“裁量を許可した責任”を負っているだけです」
違いは、微妙だ。
だが、決定的でもある。
視察は、表向き順調だった。
窓口の対応。
支援の流れ。
現場での判断記録。
「……数字は、悪くない」
誰かが、そう呟く。
だが、そこに続く言葉は、決まっている。
「なぜ、ここだけが許されるのか」
その問いは、正論だった。
午後。
王宮に戻ると、すでに噂は広がっていた。
「外縁区画は、第二王子の私物だ」
「特別扱いにも程がある」
耳に入る声が、明確に変わっている。
――守られていた時代は、終わった。
執務室で、レオンハルト殿下と向かい合う。
「反発が、出始めています」
「ええ」
殿下は、落ち着いた様子だった。
「予想どおりです」
「特例は、羨望と不満を同時に生みます」
私は、率直に言った。
「このままでは、“成功しているから潰す”動きが出ます」
殿下は、ゆっくりと頷いた。
「……セラフィナから、連絡がありました」
その名前に、胸がわずかに緊張する。
「王妃派の?」
「ええ」
殿下は、短く息を吐いた。
「『特例は、王家の安定を脅かす』と」
私は、言葉を選んだ。
「それは……正しい指摘です」
殿下は、少しだけ笑った。
「でしょうね。正しいからこそ、厄介だ」
夕刻。
区画の端で、小さな騒ぎが起きた。
他区画から来た商人が、声を荒げている。
「なぜ、ここでは融通が利くんだ」
「なぜ、俺たちは待たされる」
不満は、もう外から来ている。
私は、現場に出て、最低限の説明をした。
「ここは、特例です」
それ以上は、言えない。
特例である理由を語れば、反発は強まる。
語らなければ、不満は溜まる。
どちらにしても、敵は増える。
夜。
執務室で、私は一人、記録をまとめていた。
成功例。
失敗例。
視察官の反応。
そして、新しく書き加える。
「外部からの反発」
それは、想定していた代償だ。
だが、実際に直面すると、重い。
――ここから先は、内政ではない。
特例区画は、王都全体の鏡になる。
うまくいけば、羨まれる。
失敗すれば、叩かれる。
レオンハルト殿下の名と共に。
私は、ペンを置き、深く息を吐いた。
この区画は、もう実験場ではない。
第二王子という存在そのものを、試す舞台だ。
そして、それを選んだのは――
他でもない、殿下自身。
特例の代償は、これから本格的に支払われる。
王都は、静かに牙を剥き始めていた。
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