第30話 王の実験場
外縁区画は、正式に「特例区画」として王宮の記録に刻まれた。
それは、勝利ではない。
むしろ、免罪符でもなかった。
――責任付きの猶予。
その名が示す通り、この区画で起きたすべては、
第二王子レオンハルトの判断として扱われる。
「……これで、逃げ場はなくなりましたね」
ハロルドが、苦笑混じりに言った。
「はい」
私は、静かに頷く。
「でも、ようやく“誰の区画か”は、はっきりしました」
王都のどこにも属さない場所。
そして同時に、最も王に近い場所。
それが、今の外縁区画だ。
初めての“特例報告”が、提出された。
形式は、簡素だ。
だが、内容は重い。
判断した者の名前。
理由。
結果。
改善点。
どれも、省略できない。
「……書く側も、読む側も、楽ではありませんね」
「ええ」
私は、書類を閉じた。
「ですが、逃げられない記録です」
現場では、空気が変わっていた。
判断を求められる者は、増えた。
失敗も、増える。
だが――言い訳は、減った。
「自分の判断です」
そう言って、報告に来る役人の目は、以前よりも澄んでいる。
誰かが、責任を引き受けている。
それが分かるだけで、人は前に進める。
午後。
リリア・アルフェンが、再び区画を訪れた。
神殿の代表としてではない。
一人の神官としてだ。
「……特例区画、ですね」
彼女は、看板を見上げて呟く。
「はい」
私は、隣に立つ。
「ここで起きたことは、すべて記録されます」
「怖くありませんか」
唐突な問いだった。
「失敗が、すべて残る」
「怖いですよ」
私は、正直に答えた。
「だから、誤魔化さない」
リリアは、しばらく黙っていた。
「……神殿では」
彼女は、低い声で言う。
「今回の件は、“危険な前例”として扱われています」
「でしょうね」
「ですが」
彼女は、視線をこちらに向ける。
「現場の神官の中には……安堵している者もいます」
私は、少し驚いた。
「判断を、誰かが引き受けてくれると分かったからです」
その言葉に、胸の奥が静かに温かくなる。
「善意だけでは、足りない場面がある」
リリアは、噛みしめるように言った。
「……ようやく、分かりました」
彼女は、頭を下げた。
「今回の制度、神殿としては支持できません。ですが――」
顔を上げる。
「個人として、協力させてください」
それは、彼女なりの選択だった。
夜。
レオンハルト殿下と、区画を歩く。
灯りは、以前より増えている。
派手ではないが、確かな光だ。
「……実験場、ですか」
殿下が、ぽつりと言った。
「ええ」
私は、答える。
「失敗すれば、あなたの責任です」
「成功しても、称賛は少ないでしょう」
「はい」
殿下は、苦笑した。
「……割に合いませんね」
「それでも」
私は、殿下を見る。
「ここで積み上げたものは、いずれ国を動かします」
殿下は、しばらく考えてから言った。
「兄上は、完成された国を守ろうとしている」
「はい」
「私は」
殿下は、夜空を見上げる。
「未完成の国を、完成させようとしているのかもしれません」
その言葉に、私は静かに頷いた。
外縁区画は、小さい。
だが、ここには“王の仕事”が、確かに存在する。
制度の外で拾われてきた声は、
今、制度の中に置かれ始めている。
王都は、まだ静かだ。
だが、その中心から、確実に潮目は変わりつつある。
これは、終わりではない。
第二王子が王になる物語は、
ここから、ようやく始まったのだから。
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