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31. “Legacy of Mourning”

 勇者アーガスの遺言ともとれる願いを果たすために、ミュゼッタはフォーティスとともに長期休暇を取った。


 足とたてがみが黒い馬(バックスキン)でフォーティスは道を進む。とろとろと先送りするかのようだった。導かれるままにミュゼッタはビスコッティで追いかける。


「遠いところですか?」


「まあまあね。頭の中に道筋を直接吹き込まれてる。……ボロプレス地方かな」


 途中に濃い瘴気を見つければ浄化をかける。魔物に出会えば倒す。小規模だが、騎士団といるときとそこまで変わらない。


 ときおりフォーティスは思い詰める、までなくとも何かの思考に囚われているようだった。休憩がてら手を繋いで歩いても、なんだか寂しい。こちらから話しかけるにも大した話題もなく。


 二週間、宿に泊まったり野宿したりして、結局は中身のない話ばかりで疲れて寝てしまう。



 そうしてやっと、クレムラの入り江にたどり着いた。海とも間違うクレムラ湖は人の手も入らず自然が繁栄している。


 見つけた目印は林の中に埋もれるようにしていた。蔦や木の根に絡みつかれて、柄は傾いている。そこにあると知らなかったら確実に見逃してしまいそう。


 フォーティスが木の根を切り離し、ぽっかりした空間を作った。風雨にさらされていたはずの長剣は錆びてもいない。けれど、光も反射しないほど真っ黒だった。この入り江が美しく澄んでいるのは、勇者の剣が瘴気を吸い込んでいるからに違いない。魔を払う剣だけれども、使用者がいなければうまく浄化機能を発揮できないのではないか。


「大層な置き土産だね」


「浄化してみましょうか」


「頼める?」


 ミュゼッタが祈ればじりじりと白刃が現れ元の姿を取り戻した。


「定期的に浄化しに来たほうがいいですか?」


「ううん。勇者殿は私に引き取ってほしいってさ」


 しゃがんだフォーティスはふてくされた。


「この銘読んでよ」


 手招きされた。膝と手を地面について、ミュゼッタは頭を最大限横にする。


「『永らえる正義』……、でしょうか」


「 “Eternal Justice” って、名付けの才能を疑うね。私が十三歳なら喜んでいたかなぁ……」


 フォーティスは長剣に触れようとしない。騎士なのに、剣の名前が気に入らずそそられないと。


 するりと手を繋がれて、その横顔を見つめた。


「ここまで来るのを引き伸ばしたのはね。ミュゼッタの運命には巻き込まれても本望だ、ねじ曲げてやる、くらい思っていたのに……私の運命にきみを巻き込むと思うと尻込みしてしまった」


「わたしの運命……?」


 とは、なんだろう。神に決められた、聖女の力のことか。


「自分の努力で得た以外の力に振り回される。こういうことなんだね。ミュゼッタのことを少し知れたよ」


 フォーティスは権力の最たるものに近しい生活から一転、幼い頃に平民から始めた苦労人だ。生まれもあって最低限衣食住に困ることはなかったかもしれないが、体を鍛え剣技を磨いてゼロから団長へと上り詰めた。人望もなければ認められぬ肩書きだ。


 けれど、彼の口にした「運命」とか「意想外の力」……その肩にかかっているのは、なんだというのだ。


 ため息とともにフォーティスがミュゼッタを離した。


「御託はここまでにしとくよ。見守っていてくれる?」


 ぼんやりとミュゼッタが頷くのを見て、彼は弱く微笑む。


 フォーティスが手を柄に近づければ、剣は自ら地面から浮き上がった。触らず離れて手のひらを上にしたら、剣はそこに横たわる。


 表面に光が走って、やがて落ち着いた。


 この光景を独り占めしてしまってよかったのだろうか。歴史に残る瞬間だろうに。


「銘が……変わってます。『哀悼の遺物』だそうです」


「 “Legacy of Mourning” 、これは前任者にまつわる銘?」


 目を細める。確かに、大聖女コルネリアを亡くした勇者アーガスには似合いだ。


「正義うんぬんよりましか……」


 一応の納得をして、鞘のない長剣の銘をなぞる。


「他の人には、アーガスさまとの約束は話したんですか?」


「いいや。この話を知ってるのはきみだけだ。勇者アーガスを直接知ってるのはミュゼッタしかいないからね」


「なら、黙っていましょう。剣も地下とかに埋めて」


 と言ったのも、剣を手に入れても、フォーティスは嬉しくなさそうだったから。


「魔王が生まれたときは、ちゃっかりその時に剣を見つけたことにして倒すのがんばればいいんです」


 きょとん。ミュゼッタの証拠隠滅の提案は意外だったらしい。


「フォーティスならそう言うかもと思ったんですが、わたしたち思考が似てきてしまったんでしょうか」


「うーん。私に毒されたってことかな?」


 彼はあごに手を置いている。


「今世に勇者と大聖女が出揃うなんて、兄上に知られたらまたお祝いになってしまう」


「ーーゆ、うしゃ?」


「らしいよ。この長剣が抜けたならね。知らなかった?」


 剣をふりふり、とまるで羽ペンを振っているような仕草だ。


「そういう決まりだとか、制約みたいなものは……」


 聞かされていなかった。自分には関係ないことだから。オデッサーー前世でのミュゼッタがアーガスに出会ったころには、彼はすでに勇者の称号を得ていた。


「ミュゼッタの案、いいんじゃないかな? 魔王は不在だし、家の庭にでも封印してしまおう。畑のかかしの芯にしたらいい鳥避けになりそうじゃない?」


「はい……えーと……庭師のアズニーに言っておくべきですか?」


 庭に勇者の剣刺しておくけど気にしないでね、とかなんとか。


「そうしよう、でも信じてくれるかな」


「一杯食わされたと思うかしら……」


 あとにはぽくぽくと馬の蹄の音がする。

 はじめて? の夫婦の共同作業は、勇者の剣の隠蔽になりそうだ。


“Legacy of Mourning”

((哀悼の遺物))


次話で完結します。

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