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29. Truth behind a buffoon.

 ミュゼッタはコルネリアと並んで部屋の前に立つ。

 「入って」とノックに答える声は硬い。


 夫と小動物が睨み合っている。風呂に入る前にストゥは別部屋に置いてきたはずなのに、いつの間に抜け出したのだろう。


 とくにフォーティスは笑顔だけど一切のぬくもりがなく見ている側が身震いしてしまいそう。均衡を崩したのはコルネリアだった。ストゥの隣に立って、フォーティスに一礼する。フォーティスも警戒しながらの礼を返す。


『コルネリアと申します』


「勇者アーガスさまに大聖女コルネリアさま、か。ミュゼッタ?」


「はい、確かにわたしの知るお二人です。でも、ストゥは……?」


 二本足で立ったストゥの上に、人物の影が重なっている。透明な体が動けば、ストゥも同じ動きをした。


『俺は馬鹿なことをした。オデッサ、……いやミュゼッタ、申し訳ない。俺が悪かった』


 ひくひくと頬ヒゲが上下する。声は幽体から聞こえた。


 突然の謝罪に黙って眉尻を下げていると、フォーティスから抱き寄せられた。


『アーガスを許してとは言わないわ。でもわたくしが説教したから、じゅうぶんな反省はしているはずよ』


 コルネリアがちらりと見ると、アーガスはうなずいている。


『王命で結婚してしまったけれど、コルネリアに似た彼女を見つけたときにいい理由になると思った。恋人を作ったって嘘をつけばきみが呆れ果てて離婚してくれる。それで、自由になったオデッサはほんとうに好きな人と出会って結婚できるんじゃないかって。俺はもとよりコルネリア以外と添い遂げるつもりはなかったし、きみは大切な友人で……ごめん』


『愚かだわ』


 なんてお粗末な。短絡的な思考。戦いに関しては一級でも、勇者には足りないところがあった。繊細さとか、頭脳とか、もろもろ。


 元夫がそんなことを考えていたことも見抜けなかったなんて、よっぽどオデッサも思考が狭まっていたのだろう。


 腕組みしたコルネリアが先を話せとアーガスを突つく。


『天でコルネリアと会うことはできたけど、一緒になることは拒絶された。めちゃくちゃ怒られた。オデッサの生まれ変わりを守ることで罪を清算しろって言われて、ストゥになっていたんだ』


 ミュゼッタは、というかオデッサはコルネリアが筋の通らないことで怒ることはないと知っている。温厚で有名だった大聖女をめちゃくちゃ怒らせるなんて並大抵ではない。大きな体を縮こませている。反映されたストゥの姿で見るとかわいそう。


『わたくしがいなくなって、オデッサを守れるのはアーガスだけだったのよ。私生活で二人が夫婦にはなれなくても、信頼して協力して生きることをしてほしかったの。それをこのおばかさん、わたくしがいないとほんとうに駄目で』


『それはそうだ。コルネリアがいないと、俺はでくのぼうなんだ』


 勇者がぽんこつなのは骨身に染みている。オデッサとしての晩年には彼への情というものはなく、青春の美しい友情を引きずって捨てきれなかっただけだ。悲しくて、寂しくて、眠れぬ夜もたびたびあったけれど。


 その傷を癒してくれたのがフォーティスだ。肩に手を置かれて、現夫に身を寄せる。コルネリアが眉を広げた。アーガスはほっとしている。


『素敵な人と出会えたのだから、もうストゥの……おばかなアーガスのお守りは要らないわよね?』


 肯定したミュゼッタはフォーティスの腰に腕を回す。薄緑の目(ティー・グリーン)はやわらかさを取り戻した。


「ストゥにはたくさん助けられました。危ないときに、必ずかばって戦ってくれたのはストゥです。でも正体がアーガスさまだと知ってしまえば、いままでと同じように接することができません」


『うん。ごめん』


「……色々と、ありがとうございました」


 二度とないと気を抜いていた、元夫との再会という不意打ち攻撃の威力たるや。ストゥの正体に複雑な思いが胸をぐるぐる巡っているが、それだけは言えた。


『俺も。これまで面倒見てくれてありがとう』


 もう一度抱擁を、とコルネリアに求められてミュゼッタは半透明な親友を抱きしめた。


 ストゥのしっぽがフリフリしている姿を見るのもこれが最後。アーガスとコルネリアは並んで天へ昇っていった。


 長いため息を吐いたフォーティスが、ベッドに沈む。


「とんでもない夜になってしまったな。ある意味で生涯忘れられそうにないよ」


 嫌味であり、本音だ。結婚記念日のたびに思い出してしまう。


「わたしも今夜のことは忘れません。……もう一度、コルネリアさまとお話しできました」


 ずっとずっと、コルネリアと再会できなかったことが前世からの心残りだった。


「オデッサの旦那とも、ね」


 それは、と口を開けたら塞がれた。がっちり顔の側面を掴まれて、好き勝手に唇が這う。熱いと思われた舌はすぐに馴染む。心の闇を、疑念を、溜め込んだ思いを触れた箇所から吸い取られる。過去の傷をあっという間に治してしまう。


 ミュゼッタだけに向けられる好意。愛しているからこその嫉妬。そう、ミュゼッタは愛されている。


 確かな思いを持って触れてもらえるのが嬉しくて、じんわりと目尻に涙が浮かぶ。


 この人がいればもういいや。すべて報われた。


 二人の間に熱がこもっていく。


「でも嫉妬した。だって現代でも名を残す勇者だろう。死んでいたら決闘も申し込めない」


 勇者とは手を繋いだこともろくになく、キスなんて結婚式に一度だけ、しかも頬にしかされたことがない。コルネリアに一途すぎて、終盤にはおかしくなってしまった人。


「あの人はぽんこつです」


 悪口には笑った気配があった。


「アーガスさまは、コルネリアさまの次に大切な友人です。フォーティスはわたしがはじめて愛した男性です。この先も、あなただけです」


 言葉を噛み締めて、やさしくキスを落とした。


「ミュゼッタと結婚できて幸せだよ。愛してる」


 抱きしめあって眠っても、この夜、二人がガウンを脱ぐことはなかった。


Truth behind a buffoon.

(おばかさんの正体。)

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